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第7章 奈落の底で問題解決

27 妙案

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 陽香に強く引き留められたルシフェリアは、至極面倒くさそうに大きなため息を吐き出した。そうして肩を竦めると、どこまでも気乗りしない様子でぞんざいな説明をし始める。

「僕がリベリアスの子供達に関わり過ぎると、よくないって言うの……アレ、本当はそうでもないんだよね。だから、世界が崩壊するかも~なんて事は気にしなくて良いよ。安心して」
「お、おお……そりゃ良かった、ひと安心――じゃ、ねえのよなー!! つまりお前、ずっとあたしらに嘘ついてたって事だろ!?」
「嘘? ううーん、まあ、価値観は人それぞれだからねえ。僕は君の考え方も尊重するよ?」
「オイ、ふわっと濁して逃げようとしてんじゃねえぞ! そもそもでもねえくせに!」
「まあまあ、詳しい話は全部終わってからで良いじゃない。まずは面倒事を片付けてきなよ。せっかくやっつけた眷属が起きて、逃げて行っちゃうじゃあないか」

 まともに取り合うつもりが一切ないらしいルシフェリアに、陽香は「ぐぬぬぬ……っ」と悔しげな唸り声を漏らした。
 まあ、今まで散々「自分は現地人に関われない」「予知を聞かせられない」「余所者に頼むしかない」と言われ、便利屋のような扱いを受けてきたのだ。

 力ある颯月達に相談する事すらできず、助力も乞えなかったため色々な苦労や戸惑い、心労があった。それでも自分達がやるしかないのだからと、尽力してきたのに――突然「実はそうでもなかった」と手の平を返されたのだから、「ふざけるな」となって当然だろう。

 しかし、ルシフェリアは憤慨する陽香の事を全く気にしていないようで、自身の口元に人差し指を立てた。そして、まるで「皆には内緒だよ」と内緒話でもするような表情で、悪戯っぽく告げる。

「――ちなみに、一番初めに飛ばした牛みたいな眷属……アレ、天幕の中の角の子と繋がってるから。逃がすと勿体ないよ」
「は!? アレ、幸輝を呪った眷属だったのか!? おま、早く言えっつーの! てか、幸輝そこに居るなら本人に意思確認だ、意思確認!」

 陽香は、ルシフェリアの話を聞くなり天幕へ向かって駆け出した。――「おい幸輝! お前、頭のソレ取りたいか!?」という、それは一体どういう確認の仕方だと思うような問いかけと共に。
 イレギュラー続きで、さすがの陽香も余裕がなくなってきているようだ。
 綾那は苦笑いしながら彼女を見送ったが、ルシフェリアが「ねえ」と言って肩に手を掛けたため、颯月の腕の中で僅かに身をよじる。

 そうして綾那が首を傾げれば、仮面の少女は一瞬口ごもったのち、意を決したように口を開いた。

「――ヴェゼルを恨まないであげてね」

 その言葉に、綾那は「恨む?」と怪訝けげんな顔つきになった。今回ヴェゼルがした事と言えば、ほんの少しの間雪を降らせた事くらいだろう。
 まさか「転移」もちと結託して、王都を混乱に陥れようとした訳でもあるまいし――感謝はしても、恨むなどもってのほかである。

 チラリと先ほどまでヴェゼルが居た屋根を見やったが、既に彼の姿はない。頭上に『?』を浮かべている綾那を見ながら、ルシフェリアは続けた。

「悪気があって雪を降らせた訳じゃない。あの子は、あの子なりに考えて――君が暑がっているのを見て、辺りの気温をほんの少し下げたかっただけだ。加減が上手くできなかったけど」
「え、アレ……? あの雪って、シアさんがヴェゼルさんにお願いしてくださったものではなかったんですか?」
「僕は、君があまりにも寒がっていたから「やめなさい」と言っただけだよ」
「じゃあ、ヴェゼルさんの純粋な善意だったのですね。確かにやり過ぎ感はありましたけれど、私はもちろんお客さんも涼めましたし……陽光で溶ける雪が光のエフェクトみたいで、皆さん喜んでいました。あとでお礼を言わないとですね」
「善意――そっか、うん……そうだねえ。間違いなく善意だ」

 ルシフェリアはおもむろに綾那に背を向けると、独り言に近い声量で「あの子はもう、ダメかも知れないなあ――」なんて、意味深な事を呟いた。しかし綾那が問いかける前に、少女はさっさと竜禅の元へ歩み寄る。

「青龍、君の主の姿を借りて悪かったね。十分かき回せたから、もうしばらくこの姿を借りる事はないかな」
「……そのお姿を、消してしまわれるのですか? せめて、正妃様にお見せする事は叶いませんか」
「うーん、きっと喜ぶだろうけれど……やっぱりすぐに消える幻想なんて、初めから見せない方が良いんじゃあないの。あと、主の息子に実母の顔を見せたいっていうのは、颯瑛あの子に写真をもらうのが一番良いよ。君や正妃の抱く想いが誰にでも通用するとは思わない事だね。君らにとっては常識でも、他の誰かにとっては非常識なんだから……価値観を押し付けて、人を傷つけるのは違う」
「しかし――」
「別に、僕は君らを否定するつもりはないんだよ。ただお互い、もう少し歩み寄りが必要だとは思う……君が危険と断じて颯月この子から遠ざけていたの性質は、今日よく分かったんじゃあないの? いつまでも見て見ぬ振りはできないよ――今すぐにとは言わないから、ちゃんと話し合って誤解をときなさい」

 竜禅はまだ何か言いたげにしていたが、ルシフェリアは「っていうか君、副長ならいい加減持ち場に戻ってあげないとまずいんじゃないの」と指摘する。
 そして、竜禅の返事を待たぬまま颯月へ顔を向けると、同じように「君も団長さんなら、戻って領民の安全のために働きなさい」と諭す。颯月は僅かに目を見開いて、とんでもないと首を横に振った。

「俺は綾の傍に居る」
「この子なら平気だよ、断言する。君じゃなくたって、他の悪魔憑きと一緒に行動すれば怖いものなしさ。キラキラの子と、あの……子供のフリが得意な子を連れて森へ行くと良い」
「――いや、待て。そもそも綾まで一緒に森へ行く必要はあるのか? 眷属と犯罪者の処理は右京と明臣に任せて、綾は俺の傍に居れば良いんじゃあねえのか」
「も~……ちょっとはマシになったかと思ったのに、結局DVなんだから~」
「DV言うな」
「良いかい、君は仕事中なんだよ? 婚約者にうつつを抜かしていたらダメでしょう――あんまり聞き分けが悪いと、僕ママさんを呼びに行っちゃうよ?」
「…………綾、創造神が俺に酷い嫌がらせをしてくる」

 颯月は途端に青褪めると、腕の中に居る綾那をギュウギュウと抱き締めた。「ママさん」とは、恐らく――いや、まず間違いなく正妃の事をだろう。

 綾那は苦く笑いながら、間近にある颯月の頬に軽く口付けた。彼はびくりと体を揺らすと、即座に綾那から距離を取って「魔法鎧マジックアーマー」を発動する。
 視界の端で竜禅が短く呻き、しゃがみ込んだのが見えたが大丈夫なのだろうか。

「クッ――ただでさえ、演武中のとんでもない色香と普段とは違う髪型の良さにてられてるって言うのに……!!」

 颯月は低く呟きながら、篭手の覆われた指先を器用にパチンと鳴らした。そうして竜禅と繋がる『共感覚』を解除すると、鎧姿のまま足早に天幕の中へ入って行ってしまった。

「君達って、互いに好いた相手しか見えてなくて本当に面倒くさいけれど――意外と颯月あの子の扱い方が上手いよね」
「いや、私はしたい事をしたいようにしているだけなのですけれど……ただ、いつも颯月さんが逃げてしまわれるだけです」

 綾那は何も、ていよく颯月を追い払おうとした訳ではない。ただ、正妃に怯える颯月を励ますつもりで――そして、間近にあった好み過ぎる顔につい体が動いてしまっただけだ。綾那にとっては自然の摂理に突き動かされた末の行動である。

 僅かに肩を落とす綾那に、アリスがぼそりと「アンタ、渚に会った時なんて言うつもりなのよ、マジで――」と呟いた。

「さて、それじゃあ僕は事が落ち着くまで姿を消すからね。ああ、そうだ……悪さをする余所者を牢屋に入れたいなら、パパさんを連れて行くと良いよ」
「パパさん――お義父様、ですか?」

 唐突に水を向けられた颯瑛は、びくりと肩を揺らした。どうも彼は演武が始まって以来、長らく放心状態にあったようだ。

 ――まあ、気持ちは分からなくない。
 ファッションショーに送り込まれて来た陽香刺客に始まり、亡き側妃を模したルシフェリアとのバトル。竜禅との舌戦。
 今まで話すどころか近付く事すら許されなかった、颯月との会話に――「転移」という未知の力。そして綾那の「怪力ストレングス」と、堂々とした違反行為を目の当たりにしたのだ。

 この短時間にこれだけイベントが盛りだくさんだったのだから、それは呆然としてしまうだろう。
 唯一露になっている紫色の双眸そうぼうは、これでもかと困惑している。何やら、すっかり無表情ではなくなったと喜ぶべきなのか、困らせてしまって申し訳ないと思うべきか――複雑である。

「パパさんは法の管理者でしょう。リベリアスにギフトが存在しない以上、今日「表」の彼らが犯した罪を正しく証明するのは難しい。証拠と言ったって、そもそも「転移」は僕が全部吸い取ってしまったしね――そこで、パパさんの出番さ」
「パパさんに何をしてもらうつもりなのよ?」

 流れるように「パパさん」と呼ぶアリスに、綾那は「順応性が高いのか、怖いもの知らずなだけなのか」と苦笑する。
 ルシフェリアはアリスに向かって大きく頷くと、「一度しか言わないから、よく聞くんだよ」と、やけに優しい声色になった。

「まず君を余所者の前に放り出して、エサにするでしょう?」
「………………アンタ、何言ってんの?」
「そうしたら余所者は君が欲しくて欲しくて堪らなくなって、きっと言わなくても良いような――色んな事を喋っちゃうはずさ。その現場をパパさんに直接見てもらって、君に対する侮辱罪とか脅迫罪とか、傷害未遂とか……その場で適当な罪状を架しちゃえば良いんじゃあないかな。妙案でしょう?」
「ねえ、何言ってんのって聞いてんのよ」
「つまり、現行犯逮捕ってヤツだね! 最終的には僕が「表」に送り返すつもりではいるけれど……とりあえず、ああいう頭のおかしな手合いはしばらく勾留して、反省を促すべきだと思う」
「え、嘘でしょう? いきなり私の声が聞こえなくなるとか、ある? ねえ?」

 間違いなく意図的に無視されているアリスは、かなり苛立った顔をしている。まあ、はっきりと「エサになれ」と言われたのだ。それはキレるだろう。
 そんな彼女の華奢な背に、明臣がやんわりと手を添えた。

「姫、エサになるかどうかは、実際に現場に行ってから考えよう。まずは昏倒している眷属の討伐を急がなければ」
「か、考えるも何もなくない!? エサになんかならないから!!」
「大丈夫、姫の事は私が守るから」
「何か起きた後に守れば良いってモンじゃあないの、私は未然に危険を防いで欲しいのよ!!」

 キラキラと眩しい柔和な笑みを浮かべる王子様に、アリスは大変ショックを受けた様子でツッコんだ。そんなアリスを、明臣はまるで暴れ馬でも宥めるように「どう、どう」と言って笑っている。
 彼はアリスに盲目な信者のように見えて、その実、意外としたたかな――イイ性格をしているのかも知れない。そうしてじゃれ合う二人を尻目に、綾那は「あの」と小さく手を挙げた。

「確かにお義父様が一緒に来て下さると大変心強いですが、さすがに国王陛下を東の森まで連れ出すのは、まずいのでは……?」

 何せ、いくら残念でも彼は国王だ。魔物が出る街の外へ護衛もなしに連れ出せるはずがないし、騎士は領民の取り締まりで手が離せない。
 王族の守護を専門とする、近衛騎士ならば――とは思うものの、颯瑛はいつも何故か近衛を連れずに一人でブラブラしている。

 眷属の相手は右京と明臣に任せるから良いとして、しかし、彼らが眷属の相手に掛かりきりになってしまった時が怖い。森に棲む魔物に襲われた際、魔法が使えない綾那だけで国王の身を守れるのだろうか。

(そもそも私、さっきの演武で体力消耗してるしなあ……「怪力」だって、あとどれくらい使えるか――)

 綾那がうーんと悩んでいると、おもむろに竜禅が口を挟んだ。

「陛下の身を案じているならば杞憂だ。そこらの騎士よりもお強いから、なんら問題ない」
「……へ?」
「何故、陛下がいつも供を付けずにお一人で散策していると思う? ――そもそも、護衛される必要がないからだ」
「へあ……お義父様、そんなにお強いのですか?」
「いや、別に強い訳では――ただ王宮に引きこもっている間、体を鍛えるぐらいしかやる事がなかっただけだ。ついでに言えば、立場上身を守るための魔具も腐るほど持ち歩いている。その内の一つが原因で、前に君の魔具を壊してしまっただろう」
「……つまり、引きこもりが原因で屈強なお体に?」
「屈強なのだろうか――とにかく、私は東の森まで向かうのも吝かではないよ。君はまるで、輝夜さんみたいに考えるよりも先に手が出るタイプらしいから。放置していると怪我をしそうだし、これ以上法律違反を繰り返されると、義父としてどうしていいものか分からなくなる」

 淡々と無謀を諫められた綾那は、しょんぼりと肩を落として「ごめんなさい」と項垂れた。

 気付けば竜禅は、綾那と颯瑛が近付いても反発しなくなっている。彼はただ静かな声色で「綾那殿をよろしくお願いいたします」と告げた。
 そうして颯瑛に向かって会釈すると、街中――恐らく、自身の待機場所である天幕――へ歩いて行った。

 ルシフェリアもまた颯瑛に「嫌がらせみたいな事しちゃって、ごめんね~」と軽く謝罪したかと思えば、忽然と姿を消してしまった。この場に残されたのは、綾那と颯瑛。アリスと明臣のみだ。

 アリスはまだぷりぷりと怒っているようだが、今は行動するしかない。彼女の居場所が、まだチャラ男とむっつりにしかバレていないとしたら――他の「転移」もちと合流する前に捕獲して、ここで情報を遮断してしまった方が良い。

「それでは……陽香が戻ってきたら、すぐ東の森に出発しましょうか?」

 綾那がおずおずと提案すれば、颯瑛と明臣は頷いて――アリスもまた、憮然とした表情ではあったが小さく頷いてくれた。
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