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第7章 奈落の底で問題解決
14 いよいよ開幕
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先ほどから天幕には、浮かれた領民と駐在騎士が代わる代わる出入りしている。
騎士は、基本的に自己判断で動いているようだ。処理が終わったのち颯月へ報告書を提出して、また街中へ戻っていく。
応対について判断に悩む場合や、法律に抵触するレベルで羽目を外した領民――度を越えた暴行や、窃盗など――が現れた場合には、颯月に助言を求めるらしい。
何せ彼は元王太子として、正妃から直々にリベリアスの法律を叩きこまれているのだ。領民の犯した罪がどの程度のレベルで、どのような罰を受ける可能性があるか判断するのは容易いだろう。
悪さをして騎士に連行された者は、まず身分証の提示を求められるようだ。そうして素性を調べられたのち、起こした問題の程度によっては厳重注意で済む。
ただ酷い場合には、切符のようなものを切られている。
どうやら後日迷惑行為の代償として、住居へ罰則金の請求書が届くらしい。この支払いを拒否した場合には、法律違反者として捕まってしまうそうだ。
――領民同士の小競り合いから、ちょっとした暴力沙汰に発展したのだろうか?
天幕内には反省を促すよう「風縛」で拘束され、地面に転がされている者が居る。怪我を負ったのか、簡易的な救護スペースで治療を受けている者も居る。
こうして間近で見ていると、騎士と言うのは本当に多忙な職業だ。何せ魔物や眷属から領地を守護するだけではなく、「表」で言うところの警察官の役割も担っているのだから。
正直、討伐すれば終わりの魔物と違い、人間を相手にする方が心身ともに疲弊しそうだ。
幸輝はずっと天幕の端で、騎士の働きぶりを目を輝かせながら見学している。「やっぱりキツそうだから、騎士は辞めておこう」とはならないのだろうか。
もしかすると、彼にとってはキツさよりも格好良さ、憧れの方が目立つのか。なんにせよ気概がある事に違いない。
――そうして騎士のなんちゃって職場見学をしていると、あっという間に繊維祭の目玉、ファッションショーが始まる時間になった。
綾那は、静真と澪の母親と共に、子供達を連れて天幕の外へ出た。
終始糸を押さえる役に徹していた楓馬と、綾那の護衛として付いて回っていた右京を除き、他の子供達は手首にミサンガを巻いている。
ちなみに朔がミサンガにどんな願掛けをしたかと言うと、「可愛いお嫁さんが欲しいです」だ。
元は「アーニャとよーかちゃんと、あつげしょーババアと結婚したいです」だったが、周りから「嫁は普通一人まで」「そもそも全員、既に婚約者が居る」「三人揃ってババアすぎる」と止められたせいで、妥協したようだ。
綾那は内心「ババア」呼ばわりよりも――法律があるから、当然と言えば当然なのだが――いつの間にか、アリスの書類上の婚約者が明臣になっている事の方に驚いた。
閑話休題。
いよいよショーが始まるとの事で、観客席は既に人で埋め尽くされている。やはり席は、全てチケット制――指定席だったようだ。
急遽見学を決めた綾那達が当日になってチケットを入手できるはずもなく、後方で立ち見するしかない。
座席のチケットを手に入れられなかったらしい領民も立ち見客に徹しているようで、背の低い子供達ではろくに舞台が見えないだろう。
(うーん……「大人のお祭り」、「子供向けじゃない」と言われる理由がよく分かる……と言うか、本当にお子さんが見当たらないな)
もしかすると、指定席には子供の姿があるのかも知れない。ただ綾那がサッと見渡した限りでは、確認できなかった。
大人も子供も夏祭りであれだけはしゃいでいたのだから、てっきり繊維祭も似たような状況になると思っていたのに拍子抜けだ。
蓋を開けてみれば、子供はファッションショーにあまり関心がないと言うし――街中に並んだ露店も、衣類または服飾関係の素材を販売しているのがほとんどだ。
軽食を取り扱っている店は限られており、子供が遊べるようなものも置いていない。そしてメインイベントのショーも、観客席が限られている上に立ち見客がこれだけ多いと――何も見えないのだ。
「なあコレ、陽香が出ても分からなくねえか? 俺全然、見えねえんだけど」
幸輝は言いながら必死に背伸びしているが、明らかに前方を埋め尽くす大人達に視界を遮られている。彼はぼそりと、「これなら、天幕で騎士見てる方が楽しいぞ」と呟いた。
確かに、見えないならばこの場に居たって仕方がないとは思う。肩車してやろうにも、子供達の数が多すぎるのだ。
華奢な澪の母親にそんな芸当が出来るとは思えないし、適性が光魔法のみの静真は「身体強化」が使えない。
こんな言い方をしてはなんだが、あの枯れ枝のような体では朔一人を持ち上げるだけで精いっぱいだろう。
(正直「怪力」があるから、この子達全員持ち上げるくらい、訳ないけれど――)
綾那にとっては、両腕いっぱいに子供を四、五人抱え上げる事など――紙袋に入ったフランスパンを両腕に抱えているのと同じ事だ。しかし客観的に見て、その光景が異質であると言う事ぐらい分かる。
ギフトに溢れる「表」ならばまだしも、リベリアスには「怪力」なんて魔法は存在しないのだから。
綾那が「一緒に繊維祭へ行こう」と誘っておいてなんだが、これは幸輝の言う通り、天幕の端で遊んでいる方が子供達にとって良いかも知れない。
騎士を観察できれば幸輝は楽しいだろうし、簡易テーブルがあれば澪もミサンガづくりに精を出せる。
ショー開幕間近だからか、バカをやって天幕まで連行される領民の数も一気に減っている。今なら、さほど騎士の邪魔にならないだろう。
陽香の出番についても、アリスが撮影したものを後で見せてやれば良い。どうせ天幕の外に居たって子供達の背では見えないのだから、むしろ映像ではっきりと見せてやった方が良いに決まっている。
しかし、綾那はどうしても生で陽香を見たいので、そうすると静真と澪の母親に子守を任せっきりになってしまう。まあ子守も何も、ルシフェリアが一切腕から降りなくなってしまったため、綾那の行動は制限されまくっているのだが。
うーんと声を漏らして、眉尻を下げた綾那。するとその思いを汲んでくれたのか、静真が口を開いた。
「やはり、子供達と天幕で遊んでいましょうか。舞台が見えないのでは意味がありませんし……この子達がはぐれて迷子にでもなったら大変です。ああ、綾那さんは陽香さんを見てあげてくださいね、子守は私がやりますから」
「あ、私も澪とミサンガを編んで遊びますから、こちらの事は気になさらないでください」
「い、良いんですか? 正直、そう仰っていただけると本当に助かりますけれど――」
静真に続き、澪の母親までも気を回してくれたようで、綾那は申し訳なく思いつつも安堵の表情を浮かべる。
しかし、そのやりとりを見ていた朔が、ぷっくりと頬を膨らませて「えぇーっ、僕もよーかちゃん見たかったなー」と不満の声を上げた。
「大丈夫だよ朔、後でアリスが撮った動画を見せてあげるからね」
「わー、ドーガ? 僕達が特訓した時と同じだね! 分かった、じゃあ後でドーガ見る!」
どうやら朔は動画を視聴する事にハマったらしく、ほんの数日前に見せた彼らの映る動画も繰り返し――それこそ、一日中見ていた。
新しい動画を見られると聞いて嬉しいのか、朔はすんなり納得すると、今出てきたばかりの天幕へ駆けて行った。
その後を静真と楓馬が苦笑しながらついて行き、幸輝は「仕事する颯月を見て遊ぶ!」と言って、嬉しそうに天幕へ入って行く。澪とその母親も、しっかりと手を繋いで天幕へ向かった。
この場に残されたのは綾那とルシフェリア、そして護衛を務める右京のみだ。
「右京さん、その姿のままで平気ですか? 大人に戻らないと、何も見えないんじゃあ――」
「良いよ、別に服とかモデルとか興味ないし……夏祭りの時と違って、さすがに「付け耳、付け尻尾」はキツイでしょう。僕は護衛に集中するから、お姉さんは心ゆくまで舞台を見ると良いよ」
「ああ、それもそうですね。では、よろしくお願いします」
「はーい、承りました」
軽い調子で相槌を打つ右京に、綾那は笑みを返した。
そしてルシフェリアを抱え直すと、少しでも舞台が見えやすい位置を探すため、場所を移動する事にした。
騎士は、基本的に自己判断で動いているようだ。処理が終わったのち颯月へ報告書を提出して、また街中へ戻っていく。
応対について判断に悩む場合や、法律に抵触するレベルで羽目を外した領民――度を越えた暴行や、窃盗など――が現れた場合には、颯月に助言を求めるらしい。
何せ彼は元王太子として、正妃から直々にリベリアスの法律を叩きこまれているのだ。領民の犯した罪がどの程度のレベルで、どのような罰を受ける可能性があるか判断するのは容易いだろう。
悪さをして騎士に連行された者は、まず身分証の提示を求められるようだ。そうして素性を調べられたのち、起こした問題の程度によっては厳重注意で済む。
ただ酷い場合には、切符のようなものを切られている。
どうやら後日迷惑行為の代償として、住居へ罰則金の請求書が届くらしい。この支払いを拒否した場合には、法律違反者として捕まってしまうそうだ。
――領民同士の小競り合いから、ちょっとした暴力沙汰に発展したのだろうか?
天幕内には反省を促すよう「風縛」で拘束され、地面に転がされている者が居る。怪我を負ったのか、簡易的な救護スペースで治療を受けている者も居る。
こうして間近で見ていると、騎士と言うのは本当に多忙な職業だ。何せ魔物や眷属から領地を守護するだけではなく、「表」で言うところの警察官の役割も担っているのだから。
正直、討伐すれば終わりの魔物と違い、人間を相手にする方が心身ともに疲弊しそうだ。
幸輝はずっと天幕の端で、騎士の働きぶりを目を輝かせながら見学している。「やっぱりキツそうだから、騎士は辞めておこう」とはならないのだろうか。
もしかすると、彼にとってはキツさよりも格好良さ、憧れの方が目立つのか。なんにせよ気概がある事に違いない。
――そうして騎士のなんちゃって職場見学をしていると、あっという間に繊維祭の目玉、ファッションショーが始まる時間になった。
綾那は、静真と澪の母親と共に、子供達を連れて天幕の外へ出た。
終始糸を押さえる役に徹していた楓馬と、綾那の護衛として付いて回っていた右京を除き、他の子供達は手首にミサンガを巻いている。
ちなみに朔がミサンガにどんな願掛けをしたかと言うと、「可愛いお嫁さんが欲しいです」だ。
元は「アーニャとよーかちゃんと、あつげしょーババアと結婚したいです」だったが、周りから「嫁は普通一人まで」「そもそも全員、既に婚約者が居る」「三人揃ってババアすぎる」と止められたせいで、妥協したようだ。
綾那は内心「ババア」呼ばわりよりも――法律があるから、当然と言えば当然なのだが――いつの間にか、アリスの書類上の婚約者が明臣になっている事の方に驚いた。
閑話休題。
いよいよショーが始まるとの事で、観客席は既に人で埋め尽くされている。やはり席は、全てチケット制――指定席だったようだ。
急遽見学を決めた綾那達が当日になってチケットを入手できるはずもなく、後方で立ち見するしかない。
座席のチケットを手に入れられなかったらしい領民も立ち見客に徹しているようで、背の低い子供達ではろくに舞台が見えないだろう。
(うーん……「大人のお祭り」、「子供向けじゃない」と言われる理由がよく分かる……と言うか、本当にお子さんが見当たらないな)
もしかすると、指定席には子供の姿があるのかも知れない。ただ綾那がサッと見渡した限りでは、確認できなかった。
大人も子供も夏祭りであれだけはしゃいでいたのだから、てっきり繊維祭も似たような状況になると思っていたのに拍子抜けだ。
蓋を開けてみれば、子供はファッションショーにあまり関心がないと言うし――街中に並んだ露店も、衣類または服飾関係の素材を販売しているのがほとんどだ。
軽食を取り扱っている店は限られており、子供が遊べるようなものも置いていない。そしてメインイベントのショーも、観客席が限られている上に立ち見客がこれだけ多いと――何も見えないのだ。
「なあコレ、陽香が出ても分からなくねえか? 俺全然、見えねえんだけど」
幸輝は言いながら必死に背伸びしているが、明らかに前方を埋め尽くす大人達に視界を遮られている。彼はぼそりと、「これなら、天幕で騎士見てる方が楽しいぞ」と呟いた。
確かに、見えないならばこの場に居たって仕方がないとは思う。肩車してやろうにも、子供達の数が多すぎるのだ。
華奢な澪の母親にそんな芸当が出来るとは思えないし、適性が光魔法のみの静真は「身体強化」が使えない。
こんな言い方をしてはなんだが、あの枯れ枝のような体では朔一人を持ち上げるだけで精いっぱいだろう。
(正直「怪力」があるから、この子達全員持ち上げるくらい、訳ないけれど――)
綾那にとっては、両腕いっぱいに子供を四、五人抱え上げる事など――紙袋に入ったフランスパンを両腕に抱えているのと同じ事だ。しかし客観的に見て、その光景が異質であると言う事ぐらい分かる。
ギフトに溢れる「表」ならばまだしも、リベリアスには「怪力」なんて魔法は存在しないのだから。
綾那が「一緒に繊維祭へ行こう」と誘っておいてなんだが、これは幸輝の言う通り、天幕の端で遊んでいる方が子供達にとって良いかも知れない。
騎士を観察できれば幸輝は楽しいだろうし、簡易テーブルがあれば澪もミサンガづくりに精を出せる。
ショー開幕間近だからか、バカをやって天幕まで連行される領民の数も一気に減っている。今なら、さほど騎士の邪魔にならないだろう。
陽香の出番についても、アリスが撮影したものを後で見せてやれば良い。どうせ天幕の外に居たって子供達の背では見えないのだから、むしろ映像ではっきりと見せてやった方が良いに決まっている。
しかし、綾那はどうしても生で陽香を見たいので、そうすると静真と澪の母親に子守を任せっきりになってしまう。まあ子守も何も、ルシフェリアが一切腕から降りなくなってしまったため、綾那の行動は制限されまくっているのだが。
うーんと声を漏らして、眉尻を下げた綾那。するとその思いを汲んでくれたのか、静真が口を開いた。
「やはり、子供達と天幕で遊んでいましょうか。舞台が見えないのでは意味がありませんし……この子達がはぐれて迷子にでもなったら大変です。ああ、綾那さんは陽香さんを見てあげてくださいね、子守は私がやりますから」
「あ、私も澪とミサンガを編んで遊びますから、こちらの事は気になさらないでください」
「い、良いんですか? 正直、そう仰っていただけると本当に助かりますけれど――」
静真に続き、澪の母親までも気を回してくれたようで、綾那は申し訳なく思いつつも安堵の表情を浮かべる。
しかし、そのやりとりを見ていた朔が、ぷっくりと頬を膨らませて「えぇーっ、僕もよーかちゃん見たかったなー」と不満の声を上げた。
「大丈夫だよ朔、後でアリスが撮った動画を見せてあげるからね」
「わー、ドーガ? 僕達が特訓した時と同じだね! 分かった、じゃあ後でドーガ見る!」
どうやら朔は動画を視聴する事にハマったらしく、ほんの数日前に見せた彼らの映る動画も繰り返し――それこそ、一日中見ていた。
新しい動画を見られると聞いて嬉しいのか、朔はすんなり納得すると、今出てきたばかりの天幕へ駆けて行った。
その後を静真と楓馬が苦笑しながらついて行き、幸輝は「仕事する颯月を見て遊ぶ!」と言って、嬉しそうに天幕へ入って行く。澪とその母親も、しっかりと手を繋いで天幕へ向かった。
この場に残されたのは綾那とルシフェリア、そして護衛を務める右京のみだ。
「右京さん、その姿のままで平気ですか? 大人に戻らないと、何も見えないんじゃあ――」
「良いよ、別に服とかモデルとか興味ないし……夏祭りの時と違って、さすがに「付け耳、付け尻尾」はキツイでしょう。僕は護衛に集中するから、お姉さんは心ゆくまで舞台を見ると良いよ」
「ああ、それもそうですね。では、よろしくお願いします」
「はーい、承りました」
軽い調子で相槌を打つ右京に、綾那は笑みを返した。
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