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第7章 奈落の底で問題解決
12 予知
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モデルや服飾関係者などでごった返した舞台裏。人の波を縫うように移動する綾那と、その腕に抱かれたルシフェリアの背に、陽香が軽い調子で「待った」をかける。
「おい、シア~どこ行くんだよ。衣裳部屋、マジでそっちじゃあねえぞ? 下手すると迷うし、その辺でやめとけって~」
ルシフェリアはちらりと振り向くと、右京や明臣の姿がかなり遠くなっている事を確認してから、「もう少しかな」と呟いた。
「この先に君達の控え室があるでしょう。そこへ行きたい」
「――控え室? え、なんで? 小物は……?」
「素人は黙っていろって、他でもない君が言ったんじゃあないか。そもそも僕、人の服がどうとか……よく分からないし」
「えっ、じゃあ何? ただ控え室に行きたかっただけなの? それならそうと初めから言ってくれれば、あんなに噛み付かなかったのに――て言うか、衣裳部屋じゃないなら明臣達も一緒でよくない?」
ルシフェリアの言葉を聞いて、アリスは途端に気まずそうな顔をした。恐らく、先ほど強めに反発してしまった事が気になっているのだろう。
「シアさん、私達にだけ話したい事があるんだって。右京さんや明臣さんには、まだ聞かせられないんだ」
「おい、ちょっと待て。ソレって――まさか、またなのかよ?」
綾那の言わんとしている事、そしてルシフェリアの意図を大体察したのか、後ろを歩く陽香が分かりやすく眉を顰めた。彼女は夏祭りで、『予知』とは名ばかりの無茶振りをされたばかりである。それは警戒して当然だろう。
「うーん……君には、今回もひと働きしてもらう事になるかもね?」
意味深に笑うルシフェリアを見て、陽香は「ウゲー」と漏らしながらしかめっ面になった。ショーのために美しく施されたメイクが――せっかくの美人が台無しである。
やがて控え室に到着したのか、ルシフェリアが「ここだね」と告げた。そこは、本当に簡易的な衝立で目隠しされただけのスペースのようだ。鍵どころか扉と呼べるものすらない。
衝立を自分の手で移動させて中に入り、また衝立を動かして閉じるしかないようだ。正直言って、「盗難、置き引き、ご自由にどうぞ!」と言わんばかりのつくりである。
いちいち監視カメラの魔具を取り付けている訳でもなさそうだし――「表」のイベントではまず考えられない、人の善意に訴えかけるタイプの控え室だ。
綾那は衝立に囲まれたスペースの中をぐるりと見回すと、ぽかんと口を開けた。
「これ……荷物はどうするの?」
「とりあえず持ち物は最低限に済ませたし、必要なもん――撮影機材は王子に管理してもらってる。いくらなんでも、無防備すぎるからな」
「ここは、あくまでも出番までの休憩所って感じなんじゃないかしら? 目隠しにはなるから、衣装変えぐらいなら十分できるしね」
「なるほど――ところでこの、衝立に沿ってぐるりと立てられた氷の柱は何……?」
綾那が何よりも驚いたのは、スペース内を陣取る謎の氷の存在だ。
ただでさえ猛暑日、そしてこれだけ大勢の人が集まるステージの舞台裏。大きな幌が屋根の役割をして日陰になっていると言っても、結局は屋外。うだるような暑さなのだ。
歩いているだけでも――いや、ただこの場所に立っているだけでも汗ばむ陽気。暑さに弱い綾那にとっては、なかなかに厳しい環境であった。
しかし、この控え室は違う。これでもかと立てられた氷が発する冷気のお陰で、屋外にも関わらず、まるで冷房が効いた部屋のようだ。
「暑すぎて陽香の化粧が落ちるのヤダし、私も無駄に汗をかきたくなかったから――明臣に魔法で出してもらったのよ」
「ほれ、アーニャもアデュレリアで颯様に氷を出してもらった事あっただろ? アレ思い出してさ」
「ああ、明臣さんが……」
「てか王子、スゲーのよ! さすが『氷』が一番得意なだけあるっつーか、朝から出してんのに全っ然溶けないんだよ、コレ。まあ、溶けにくくするためにメチャクチャ魔力を注いでくれたらしいんだけどな。溜めてた魔力がほとんど空になったって言うぐらいだ」
陽香の言葉通り、氷の下を見ても水たまりができていない。氷の表面はさらりと乾いていて、汗をかいている様子もない。
以前、颯月が作った魔法の氷は外気温によって溶けて縮むものだった。それが自然の摂理だからと、なんとも思っていなかったのに――同じ悪魔憑きでも、どの属性が得意かによってここまで魔法の効果に違いが出るのか。
感心して頷く綾那を横目に、陽香はその腕に抱かれたルシフェリアに向かって「――それより、話ってなんだよ?」と問いかけた。
「うん、ちょっとした予知を聞かせてあげようと思ってね」
「予知、なあ。でもなんか、あたしらの行く末とやらは見えなくなったーみたいな事言ってなかったっけか? ……いや、アリスが気に入らなさ過ぎて、コイツの事はシアの中で『余所者』判定のままとか?」
「ちょっと! 地味に傷つく事言わないでよ!?」
自身と全く同じ予想を口にする陽香に、綾那は苦笑いを浮かべた。そうして、ショックを受けているアリスに胸中で謝罪する。
ルシフェリアはそのやりとりを見ておかしそうに笑うと、「んーん」と首を横に振った。
「僕が見たのは、「転移」もちの行く末だよ。彼らの行く末――悪だくみが鮮明に見えたって事は、どうやら既にこの街へ紛れ込んでいるみたいだね」
「おい、「転移」もちって事は、狙いはもしかして――」
陽香がつい、とアリスに目線を投げれば、ルシフェリアはいとも簡単に肯定した。
「うん、アリスなんじゃないの? ここに居る事がバレたみたい」
暗に狙われているぞ――と告げられたアリスは、瞠目すると「ハァッ!?」と叫んで肩を跳ねさせる。
「なっ、なんで私が!?」
「なんでって……そもそも君達がリベリアスに来た原因は、元を正せば「偶像」でしょう」
「その「偶像」はもうないのに、どうしてまだ狙われなくちゃいけないのよ!?」
そもそも四重奏が「奈落の底」へ強制転移させられた原因は、「転移」もちの男達をかき集めた幹事――陽香に対してなんらかの強い感情を抱いているらしい、彼女の弟だろう。
しかし、家ごと人をリベリアスへ転移させるという、大々的な目的を達成するために集められた「転移」もち。彼らに共通する狙いはなんだったのかと言えば、アリスを誰にも邪魔されない場所へ監禁して、暴行する事だった。
では、彼らは何故そこまでして――犯罪に手を染めてまでアリスを欲したのか。それは言わずもがな、過去「偶像」に釣られてアリスを愛した経験があるからだ。
「アデュレリアで「転移」の男と直接話したけどよ、警察から接近禁止命令を出されてるヤツだった。あいつら全員リベリアスに来てから数か月経ってるのに、肝心のアリスの居場所が分からずに探し続けてて――そもそも、こっちに来てからお前は全ギフトを封印されてたんだよな。仮にヤツらとばったり出くわした所で、意味はなかったはず……つまり、「偶像」の効果なんてとっくに切れてるヤツらの集まりだ。下手すりゃ、最初からな」
「――それなのに、まだ私に何かするつもりでいるの?」
「そうとしか思えなかったぞ? アデュレリアで会ったヤツは、相当頭キマッてたしな」
「でも、ゼル君はもうなんともないじゃない。どうして「転移」もちだけそんなに粘着質なのよ」
アリスが「俺の運命の子」だと気付かなかったヴェゼルには話していないが、アリスには彼の正体があの時のイカである事を説明済みだ。
「偶像」を失った状態で再会しても、ヴェゼルはアリスに一切興味を示さなかった。しかも肝心の「偶像」は既にアリスを離れ、ルシフェリアが吸収している。
だから今後も、彼にアリスの正体を話すつもりはないのだが――ここ最近は子供達と遊ぶのに夢中になっているせいか、そもそも運命の子について口にする事すらなくなった。
「転移」もちの男達のように、アリスと長期間離れても尚、彼女を欲するという事もなさそうだ。恐らくもう、ヴェゼルがアリスについて「あの時、自身が恋焦がれた運命の相手だ」と気付く事は一生ないだろう。
「うーん。集められた「転移」の子達の、元々の人間性が最悪だったってだけの話じゃない? リベリアスに来てから危うさに拍車がかかっているのは、たぶんヴィレオールが悪さをしたせいだね」
「ヴィレオールさん……ヴェゼルさんのお兄さんですね。確か、闇魔法の――「暗示」、でしたっけ? 人を意のままに操る魔法が得意だと聞きました」
綾那が数日前にヴェゼルから聞いた話を口にすれば、ルシフェリアは大きく頷いた。
「そうだね。元々頭の悪い人間に「暗示」でバカな欲望を外付けされたら……正直もう、手に負えないよ」
「て、手に負えないって――そんな匙投げないで、なんとかしてよ。天使様なんでしょう?」
不安げな表情で眉尻を下げるアリスに、ルシフェリアは「いや、自分にとって都合の悪い時だけ擦り寄って来ないでよ」と嘆息した。アリスはますます表情を暗くする。
「いくら『余所者』の話だからって、僕は直接手助けができない。何せ、元は余所者とは言え――僕はもう、君達をリベリアスの住人として認めてしまっている。本来は、予知を伝えるのも避けたいんだけれど……放置するには、あまりにもなモノが見えちゃったから」
「――ま、待って、嫌よ。せっかく、リベリアスでも動画配信頑張ろうって……やっと面白くなってきたのに、しかも繊維祭が終わったら私も正式に広報に採用されるのに。どうしてそんな、あまりにもな目に遭わなきゃいけないのよ」
「そうなりたくなければ、ひとまず君は、あのキラキラした悪魔憑きの子の傍に居れば良いんじゃあないかな。今回の予知では魔法封じが見えなかったから……きっと守ってくれるでしょう」
キラキラした悪魔憑きとは、恐らく明臣の事だろう。アリスはルシフェリアの助言に頷きかけて――しかし途端にハッとすると、「ダメよ」と言った。
「明臣、この氷を立てたせいで魔力がほとんど空になったって言ってた。もう、まともな魔法が使えないんじゃあ――」
「ええ? そんなの、またマナを吸えば良いだけの話じゃあないか。吸収を阻害している魔具を外せば済む」
「えっ、いや、それは、そうかもだけど……で、でも、明臣は嫌がると思う。こんなに大勢の人がいる場所で、あんな――」
「あんな? そう言えば、王子の本当の――って言うとアレだけど、悪魔憑きの姿はまだ見た事がねえんだよな。そんな目立つ『異形』なのか? でも確か、魔具を付けたところで隠せるのは髪と目の色だけで、『異形』だけは隠せねえって聞いたんだけど……でも王子はパッと見、普通の人間なんだよなあ」
思案する陽香に、アリスはなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。そして、「目立つか目立たないかで言えば、目立つわよ」とだけ答えた。
「まあ、満足に魔法が使えなくたって、リベリアスの騎士が「表」の平和ボケした人間相手には負けないだろうから、平気でしょう。とにかく傍を離れない方が良い。どちらにせよ、彼らには今日君が襲われる事を話せないから……事前に魔具を外して備えて欲しいなんてお願いするのも、不自然だからね」
「えぇ……そんな、ただ襲われるまで震えて待てって言うの?」
「うん」
「うんってアンタ――」
「シアさん、私と陽香はどうすれば良いんですか? そもそもシアさんは、「転移」もちの方々をどうしたいとお考えですか……?」
綾那の問いかけに、ルシフェリアはしばし考える素振りを見せた。やがて顔を上げると、「どうしてやろうかな?」と言って不敵に笑う。
「とりあえず君は、僕と一緒に行動してくれれば良いよ。時が来るまで、僕と心ゆくまでショーを見ようか」
「は、はあ……まあ、以前もそういうフワッとした予知だったので、待つのにも少し慣れちゃいましたが――」
「そんな事に慣れなくて良いっつーの……で、シア。あたしがするひと仕事ってのは?」
「赤毛の君にはね、綾那を助けて欲しい」
「えっ」
「アーニャを? アリスじゃなくて?」
ぎゅうっと綾那に抱き着いたルシフェリアに、陽香は目を瞬かせた。その横ではアリスが「ちょっと! もしかして私の事が嫌いだからって、後回しにしようとしてる!?」と憤慨している。
「そっちの子は……まあ、なんだかんだで平気だと思う」
「なんだかんだ平気って何よ、雑過ぎない!?」
「そっちの子よりも、問題は僕と動く事になるこの子だよ。例え何があっても、どんなピンチに陥っても……絶対にこの子を助けてあげて。今日この子を助けられるのは、赤毛の君だけだよ。君にしかできない事だと思う」
「それは、銃が要る――って事なのか?」
「うーん? どうだろう。でも、その服にアレは似合わないんじゃない? 持っていない方が可愛いと思うよ」
「ホンット、お前さあ……毎度中途半端な予知だけして詳細ぼかすの、なんとかならんか?」
目を眇める陽香に、ルシフェリアは笑いながら「なんともならんね」と答えた。
天使としての力を満足に取り戻せていなかった前回とは違い、今のルシフェリアは割と大きな力を持っている状態だ。つまり、以前ほど途切れ途切れの予知ではなく、割とはっきりとした行く末が見えている可能性が高い。
それでも詳細を伝えたがらないのは、やはりリベリアスを作り上げた創造神として、過度に世界に干渉しないという決め事があるせいだろうか。
(そのルールを曲げてまで私達に助言してくれる慈悲に感謝すべきか、今日一日予知に振り回される事を憂うべきか――)
綾那は苦笑いしながらルシフェリアを抱き締め返して、しばし考え込んだ。やがて出した答えは、「やっぱり感謝しておこう」だった。
「おい、シア~どこ行くんだよ。衣裳部屋、マジでそっちじゃあねえぞ? 下手すると迷うし、その辺でやめとけって~」
ルシフェリアはちらりと振り向くと、右京や明臣の姿がかなり遠くなっている事を確認してから、「もう少しかな」と呟いた。
「この先に君達の控え室があるでしょう。そこへ行きたい」
「――控え室? え、なんで? 小物は……?」
「素人は黙っていろって、他でもない君が言ったんじゃあないか。そもそも僕、人の服がどうとか……よく分からないし」
「えっ、じゃあ何? ただ控え室に行きたかっただけなの? それならそうと初めから言ってくれれば、あんなに噛み付かなかったのに――て言うか、衣裳部屋じゃないなら明臣達も一緒でよくない?」
ルシフェリアの言葉を聞いて、アリスは途端に気まずそうな顔をした。恐らく、先ほど強めに反発してしまった事が気になっているのだろう。
「シアさん、私達にだけ話したい事があるんだって。右京さんや明臣さんには、まだ聞かせられないんだ」
「おい、ちょっと待て。ソレって――まさか、またなのかよ?」
綾那の言わんとしている事、そしてルシフェリアの意図を大体察したのか、後ろを歩く陽香が分かりやすく眉を顰めた。彼女は夏祭りで、『予知』とは名ばかりの無茶振りをされたばかりである。それは警戒して当然だろう。
「うーん……君には、今回もひと働きしてもらう事になるかもね?」
意味深に笑うルシフェリアを見て、陽香は「ウゲー」と漏らしながらしかめっ面になった。ショーのために美しく施されたメイクが――せっかくの美人が台無しである。
やがて控え室に到着したのか、ルシフェリアが「ここだね」と告げた。そこは、本当に簡易的な衝立で目隠しされただけのスペースのようだ。鍵どころか扉と呼べるものすらない。
衝立を自分の手で移動させて中に入り、また衝立を動かして閉じるしかないようだ。正直言って、「盗難、置き引き、ご自由にどうぞ!」と言わんばかりのつくりである。
いちいち監視カメラの魔具を取り付けている訳でもなさそうだし――「表」のイベントではまず考えられない、人の善意に訴えかけるタイプの控え室だ。
綾那は衝立に囲まれたスペースの中をぐるりと見回すと、ぽかんと口を開けた。
「これ……荷物はどうするの?」
「とりあえず持ち物は最低限に済ませたし、必要なもん――撮影機材は王子に管理してもらってる。いくらなんでも、無防備すぎるからな」
「ここは、あくまでも出番までの休憩所って感じなんじゃないかしら? 目隠しにはなるから、衣装変えぐらいなら十分できるしね」
「なるほど――ところでこの、衝立に沿ってぐるりと立てられた氷の柱は何……?」
綾那が何よりも驚いたのは、スペース内を陣取る謎の氷の存在だ。
ただでさえ猛暑日、そしてこれだけ大勢の人が集まるステージの舞台裏。大きな幌が屋根の役割をして日陰になっていると言っても、結局は屋外。うだるような暑さなのだ。
歩いているだけでも――いや、ただこの場所に立っているだけでも汗ばむ陽気。暑さに弱い綾那にとっては、なかなかに厳しい環境であった。
しかし、この控え室は違う。これでもかと立てられた氷が発する冷気のお陰で、屋外にも関わらず、まるで冷房が効いた部屋のようだ。
「暑すぎて陽香の化粧が落ちるのヤダし、私も無駄に汗をかきたくなかったから――明臣に魔法で出してもらったのよ」
「ほれ、アーニャもアデュレリアで颯様に氷を出してもらった事あっただろ? アレ思い出してさ」
「ああ、明臣さんが……」
「てか王子、スゲーのよ! さすが『氷』が一番得意なだけあるっつーか、朝から出してんのに全っ然溶けないんだよ、コレ。まあ、溶けにくくするためにメチャクチャ魔力を注いでくれたらしいんだけどな。溜めてた魔力がほとんど空になったって言うぐらいだ」
陽香の言葉通り、氷の下を見ても水たまりができていない。氷の表面はさらりと乾いていて、汗をかいている様子もない。
以前、颯月が作った魔法の氷は外気温によって溶けて縮むものだった。それが自然の摂理だからと、なんとも思っていなかったのに――同じ悪魔憑きでも、どの属性が得意かによってここまで魔法の効果に違いが出るのか。
感心して頷く綾那を横目に、陽香はその腕に抱かれたルシフェリアに向かって「――それより、話ってなんだよ?」と問いかけた。
「うん、ちょっとした予知を聞かせてあげようと思ってね」
「予知、なあ。でもなんか、あたしらの行く末とやらは見えなくなったーみたいな事言ってなかったっけか? ……いや、アリスが気に入らなさ過ぎて、コイツの事はシアの中で『余所者』判定のままとか?」
「ちょっと! 地味に傷つく事言わないでよ!?」
自身と全く同じ予想を口にする陽香に、綾那は苦笑いを浮かべた。そうして、ショックを受けているアリスに胸中で謝罪する。
ルシフェリアはそのやりとりを見ておかしそうに笑うと、「んーん」と首を横に振った。
「僕が見たのは、「転移」もちの行く末だよ。彼らの行く末――悪だくみが鮮明に見えたって事は、どうやら既にこの街へ紛れ込んでいるみたいだね」
「おい、「転移」もちって事は、狙いはもしかして――」
陽香がつい、とアリスに目線を投げれば、ルシフェリアはいとも簡単に肯定した。
「うん、アリスなんじゃないの? ここに居る事がバレたみたい」
暗に狙われているぞ――と告げられたアリスは、瞠目すると「ハァッ!?」と叫んで肩を跳ねさせる。
「なっ、なんで私が!?」
「なんでって……そもそも君達がリベリアスに来た原因は、元を正せば「偶像」でしょう」
「その「偶像」はもうないのに、どうしてまだ狙われなくちゃいけないのよ!?」
そもそも四重奏が「奈落の底」へ強制転移させられた原因は、「転移」もちの男達をかき集めた幹事――陽香に対してなんらかの強い感情を抱いているらしい、彼女の弟だろう。
しかし、家ごと人をリベリアスへ転移させるという、大々的な目的を達成するために集められた「転移」もち。彼らに共通する狙いはなんだったのかと言えば、アリスを誰にも邪魔されない場所へ監禁して、暴行する事だった。
では、彼らは何故そこまでして――犯罪に手を染めてまでアリスを欲したのか。それは言わずもがな、過去「偶像」に釣られてアリスを愛した経験があるからだ。
「アデュレリアで「転移」の男と直接話したけどよ、警察から接近禁止命令を出されてるヤツだった。あいつら全員リベリアスに来てから数か月経ってるのに、肝心のアリスの居場所が分からずに探し続けてて――そもそも、こっちに来てからお前は全ギフトを封印されてたんだよな。仮にヤツらとばったり出くわした所で、意味はなかったはず……つまり、「偶像」の効果なんてとっくに切れてるヤツらの集まりだ。下手すりゃ、最初からな」
「――それなのに、まだ私に何かするつもりでいるの?」
「そうとしか思えなかったぞ? アデュレリアで会ったヤツは、相当頭キマッてたしな」
「でも、ゼル君はもうなんともないじゃない。どうして「転移」もちだけそんなに粘着質なのよ」
アリスが「俺の運命の子」だと気付かなかったヴェゼルには話していないが、アリスには彼の正体があの時のイカである事を説明済みだ。
「偶像」を失った状態で再会しても、ヴェゼルはアリスに一切興味を示さなかった。しかも肝心の「偶像」は既にアリスを離れ、ルシフェリアが吸収している。
だから今後も、彼にアリスの正体を話すつもりはないのだが――ここ最近は子供達と遊ぶのに夢中になっているせいか、そもそも運命の子について口にする事すらなくなった。
「転移」もちの男達のように、アリスと長期間離れても尚、彼女を欲するという事もなさそうだ。恐らくもう、ヴェゼルがアリスについて「あの時、自身が恋焦がれた運命の相手だ」と気付く事は一生ないだろう。
「うーん。集められた「転移」の子達の、元々の人間性が最悪だったってだけの話じゃない? リベリアスに来てから危うさに拍車がかかっているのは、たぶんヴィレオールが悪さをしたせいだね」
「ヴィレオールさん……ヴェゼルさんのお兄さんですね。確か、闇魔法の――「暗示」、でしたっけ? 人を意のままに操る魔法が得意だと聞きました」
綾那が数日前にヴェゼルから聞いた話を口にすれば、ルシフェリアは大きく頷いた。
「そうだね。元々頭の悪い人間に「暗示」でバカな欲望を外付けされたら……正直もう、手に負えないよ」
「て、手に負えないって――そんな匙投げないで、なんとかしてよ。天使様なんでしょう?」
不安げな表情で眉尻を下げるアリスに、ルシフェリアは「いや、自分にとって都合の悪い時だけ擦り寄って来ないでよ」と嘆息した。アリスはますます表情を暗くする。
「いくら『余所者』の話だからって、僕は直接手助けができない。何せ、元は余所者とは言え――僕はもう、君達をリベリアスの住人として認めてしまっている。本来は、予知を伝えるのも避けたいんだけれど……放置するには、あまりにもなモノが見えちゃったから」
「――ま、待って、嫌よ。せっかく、リベリアスでも動画配信頑張ろうって……やっと面白くなってきたのに、しかも繊維祭が終わったら私も正式に広報に採用されるのに。どうしてそんな、あまりにもな目に遭わなきゃいけないのよ」
「そうなりたくなければ、ひとまず君は、あのキラキラした悪魔憑きの子の傍に居れば良いんじゃあないかな。今回の予知では魔法封じが見えなかったから……きっと守ってくれるでしょう」
キラキラした悪魔憑きとは、恐らく明臣の事だろう。アリスはルシフェリアの助言に頷きかけて――しかし途端にハッとすると、「ダメよ」と言った。
「明臣、この氷を立てたせいで魔力がほとんど空になったって言ってた。もう、まともな魔法が使えないんじゃあ――」
「ええ? そんなの、またマナを吸えば良いだけの話じゃあないか。吸収を阻害している魔具を外せば済む」
「えっ、いや、それは、そうかもだけど……で、でも、明臣は嫌がると思う。こんなに大勢の人がいる場所で、あんな――」
「あんな? そう言えば、王子の本当の――って言うとアレだけど、悪魔憑きの姿はまだ見た事がねえんだよな。そんな目立つ『異形』なのか? でも確か、魔具を付けたところで隠せるのは髪と目の色だけで、『異形』だけは隠せねえって聞いたんだけど……でも王子はパッと見、普通の人間なんだよなあ」
思案する陽香に、アリスはなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。そして、「目立つか目立たないかで言えば、目立つわよ」とだけ答えた。
「まあ、満足に魔法が使えなくたって、リベリアスの騎士が「表」の平和ボケした人間相手には負けないだろうから、平気でしょう。とにかく傍を離れない方が良い。どちらにせよ、彼らには今日君が襲われる事を話せないから……事前に魔具を外して備えて欲しいなんてお願いするのも、不自然だからね」
「えぇ……そんな、ただ襲われるまで震えて待てって言うの?」
「うん」
「うんってアンタ――」
「シアさん、私と陽香はどうすれば良いんですか? そもそもシアさんは、「転移」もちの方々をどうしたいとお考えですか……?」
綾那の問いかけに、ルシフェリアはしばし考える素振りを見せた。やがて顔を上げると、「どうしてやろうかな?」と言って不敵に笑う。
「とりあえず君は、僕と一緒に行動してくれれば良いよ。時が来るまで、僕と心ゆくまでショーを見ようか」
「は、はあ……まあ、以前もそういうフワッとした予知だったので、待つのにも少し慣れちゃいましたが――」
「そんな事に慣れなくて良いっつーの……で、シア。あたしがするひと仕事ってのは?」
「赤毛の君にはね、綾那を助けて欲しい」
「えっ」
「アーニャを? アリスじゃなくて?」
ぎゅうっと綾那に抱き着いたルシフェリアに、陽香は目を瞬かせた。その横ではアリスが「ちょっと! もしかして私の事が嫌いだからって、後回しにしようとしてる!?」と憤慨している。
「そっちの子は……まあ、なんだかんだで平気だと思う」
「なんだかんだ平気って何よ、雑過ぎない!?」
「そっちの子よりも、問題は僕と動く事になるこの子だよ。例え何があっても、どんなピンチに陥っても……絶対にこの子を助けてあげて。今日この子を助けられるのは、赤毛の君だけだよ。君にしかできない事だと思う」
「それは、銃が要る――って事なのか?」
「うーん? どうだろう。でも、その服にアレは似合わないんじゃない? 持っていない方が可愛いと思うよ」
「ホンット、お前さあ……毎度中途半端な予知だけして詳細ぼかすの、なんとかならんか?」
目を眇める陽香に、ルシフェリアは笑いながら「なんともならんね」と答えた。
天使としての力を満足に取り戻せていなかった前回とは違い、今のルシフェリアは割と大きな力を持っている状態だ。つまり、以前ほど途切れ途切れの予知ではなく、割とはっきりとした行く末が見えている可能性が高い。
それでも詳細を伝えたがらないのは、やはりリベリアスを作り上げた創造神として、過度に世界に干渉しないという決め事があるせいだろうか。
(そのルールを曲げてまで私達に助言してくれる慈悲に感謝すべきか、今日一日予知に振り回される事を憂うべきか――)
綾那は苦笑いしながらルシフェリアを抱き締め返して、しばし考え込んだ。やがて出した答えは、「やっぱり感謝しておこう」だった。
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