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第7章 奈落の底で問題解決
4 新たな動き
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「――今回も陛下は、綾をあっさり手放したんだな」
綾那からルシフェリアを引き受けた颯月は、男児を片腕で抱いたまま問いかけた。
スリーショット写真を拒絶したルシフェリアも、彼に抱き上げられる事については文句を言わなかった。
綾那は苦笑しながら「私はただ、お断りに伺っただけですので」と答える。
「そうか。まあ、綾に手出しされないなら、俺はなんだって良い。この後は宿舎に戻るのか?」
「あ……やっぱり、繊維祭を見て回るのはまずいでしょうか? 想像以上に露店が立ち並んでいて、とても楽しそうで……陽香の晴れ舞台も、できれば見たいな~、なんて――」
「……そうだよな」
小首を傾げて顔色を窺う綾那に、颯月は申し訳なさそうな顔をした。そうして逡巡するように目線を逸らせば、彼の腕に抱かれたルシフェリアが口を挟む。
「狭量だなあ……王様は問題なかったんだから、この子の好きにさせれば良いじゃないか。僕はまた、お祭りのご飯を食べて回りたいよ。赤毛の子も――あのいけ好かない、カミサマの子も今日は忙しそうだから、僕はこの子に運んでもらうしかないんだ」
「好きにさせてやりたい気持ちはある。しばらく教会に押し込めていたから、尚更な――ただ……陛下の事が絡むと、禅がうるさいんだ」
「君が「良い」と言えば、青龍も良いと言うんじゃあないの」
「――分からん。禅にしろ、正妃サマにしろ……俺はとにかく、陛下と関わりを断つように育てられたから」
颯月はそこで一旦言葉を切ると、「俺が気にしているのは、陛下の事だけじゃあない」と言って眉根を寄せた。
「陽香もアリスも傍に居ないのに、綾だけで街を歩くなんて今までにさせた事がないだろう? 護衛を付けようにも、今日は難し――いや、仕方ない。うーたんを呼ぶか」
「うーた……右京さんですか? でも、お仕事があると――」
颯月の口から出てきた意外な名前に、綾那は瞠目した。
「ガキの姿じゃあ表立って動けないから、今回も裏から手を回せと言ってあるが……どうしたって領民の取り締まりはできないからな。どうせなら綾の護衛として、有用に使わせてもらおう」
「へ~。この子を女として意識し過ぎている、とかなんとか言っていたのに、随分と成長したねえ」
にんまりと笑うルシフェリアに、颯月は「普段姿が見えなくても、どこにでも居るんだな、やっぱり」と呟いた。
彼が右京について「綾那を女として意識し過ぎている」なんて評していたのは、確か騎士団の大食い大会直後の会議の時だ。あの時はまだ綾那もギフトが揃っておらず、あの場にルシフェリアが居たかどうかは分からない。
ただ、陽香が「目が潰れる!」と叫んでいなかった辺り、少なくとも応接室の中には居なかったように思う。
「すぐに呼び寄せるから、ここで待っていてくれるか? あと、これは俺のワガママだが――できるだけ、メインステージ周辺を散策して欲しい。そうすれば、もし何か面倒な事があってもすぐ俺の元まで報告しにこれるだろう」
「わあ、ありがとうございます、颯月さん! じゃあ教会の子供達も連れて来て良いですか?」
「あまり人数が増えると、うーたんが実力を発揮できなくなるんだが……まあ、良い。ガキ共だって悪魔憑きだ。ただ連れてるだけで、いい抑止力にはなるだろう」
颯月は「創造神の事はひとまず、俺の親類と言う事にしておいてくれ」と言い残すと、右京を呼ぶために路地裏を後にした。
再びルシフェリアを腕に抱いた綾那は、これで繊維祭を楽しめるぞ――と、機嫌よく体を揺らす。それが揺り篭のようで心地いいのか、食事を終えたばかりの男児は「くぁ」と小さな欠伸を漏らした。
「ふふ、まだ露店が開かれるまで時間がありますし、少し休みますか? シアさんが口添えしてくださったお陰で、陽香のショーが生で見られそうです」
しかし、今後何度も揉めるのは面倒なので、竜禅とは早い内に颯瑛について話し合わねばならない。
彼が信じる信じないは別として、少なくとも綾那が攫われたり幽閉されたりという事はない。これだけは理解してもらわなければ、いよいよ騎士団宿舎から一歩も出られなくなってしまうだろう。
仮にそんな事になれば、広報の仕事どころではない。いくら颯月さえ居てくれれば幸せと言ったって、物事には限度がある。
(私、渚の事も迎えに行かないといけないし――)
今も南のセレスティン領で待つ渚。
ルシフェリアは彼女について、「あの子の方から王都には来られないから、迎えに行ってあげて」と話していたが――それは、家ごと「転移」させられた事が関係しているのだろうか。
それとも単に、交通手段の問題か。
王都とセレスティン領は海に隔てられており、陸路はないらしい。つまり、行き来するには航路――船を使うしかない。
いくら現在『緑の聖女』なんて祭り上げられている渚でも、気軽に船をチャーターするのは難しいはずだ。むしろ祭り上げられているせいで、セレスティンから他領へ渡るのを嫌がられそうである。
繊維祭が終わって落ち着いた頃、何事もなく彼女を迎えに行けると良いのだが。綾那がそんな事を考えていると、またしても腕の中の男児が欠伸をした。
「んー……お言葉に甘えて、ちょっとだけ眠ろうかなあ――」
「あ、はい。またお腹が空いたら、遠慮なく仰ってくださいね」
「うん……ふわあぁ――ああ、そうだ、今日……たぶんあの、いけ好かない子――」
「アリスですか?」
睡魔に襲われて限界が近いのか、ルシフェリアは目を閉じて、むにゃむにゃと不明瞭な喋り方になった。綾那はその、まるで寝言のような言葉を拾おうと熱心に耳を傾ける。
「うぅーん……たぶん……「転移」の余所者に、襲われるから……」
「――――――はい?」
「気を付けて、あげてね……じゃあ、おやすみ――」
「は、ちょっ……シアさん!? ――ねっ、寝てる!? 起きてください、どうしてそんな大切な事を、今……! シアさーん!!」
いくら揺らしても、起きる気配のない男児。路地裏には、途方に暮れた綾那の叫び声だけが木霊した。
綾那からルシフェリアを引き受けた颯月は、男児を片腕で抱いたまま問いかけた。
スリーショット写真を拒絶したルシフェリアも、彼に抱き上げられる事については文句を言わなかった。
綾那は苦笑しながら「私はただ、お断りに伺っただけですので」と答える。
「そうか。まあ、綾に手出しされないなら、俺はなんだって良い。この後は宿舎に戻るのか?」
「あ……やっぱり、繊維祭を見て回るのはまずいでしょうか? 想像以上に露店が立ち並んでいて、とても楽しそうで……陽香の晴れ舞台も、できれば見たいな~、なんて――」
「……そうだよな」
小首を傾げて顔色を窺う綾那に、颯月は申し訳なさそうな顔をした。そうして逡巡するように目線を逸らせば、彼の腕に抱かれたルシフェリアが口を挟む。
「狭量だなあ……王様は問題なかったんだから、この子の好きにさせれば良いじゃないか。僕はまた、お祭りのご飯を食べて回りたいよ。赤毛の子も――あのいけ好かない、カミサマの子も今日は忙しそうだから、僕はこの子に運んでもらうしかないんだ」
「好きにさせてやりたい気持ちはある。しばらく教会に押し込めていたから、尚更な――ただ……陛下の事が絡むと、禅がうるさいんだ」
「君が「良い」と言えば、青龍も良いと言うんじゃあないの」
「――分からん。禅にしろ、正妃サマにしろ……俺はとにかく、陛下と関わりを断つように育てられたから」
颯月はそこで一旦言葉を切ると、「俺が気にしているのは、陛下の事だけじゃあない」と言って眉根を寄せた。
「陽香もアリスも傍に居ないのに、綾だけで街を歩くなんて今までにさせた事がないだろう? 護衛を付けようにも、今日は難し――いや、仕方ない。うーたんを呼ぶか」
「うーた……右京さんですか? でも、お仕事があると――」
颯月の口から出てきた意外な名前に、綾那は瞠目した。
「ガキの姿じゃあ表立って動けないから、今回も裏から手を回せと言ってあるが……どうしたって領民の取り締まりはできないからな。どうせなら綾の護衛として、有用に使わせてもらおう」
「へ~。この子を女として意識し過ぎている、とかなんとか言っていたのに、随分と成長したねえ」
にんまりと笑うルシフェリアに、颯月は「普段姿が見えなくても、どこにでも居るんだな、やっぱり」と呟いた。
彼が右京について「綾那を女として意識し過ぎている」なんて評していたのは、確か騎士団の大食い大会直後の会議の時だ。あの時はまだ綾那もギフトが揃っておらず、あの場にルシフェリアが居たかどうかは分からない。
ただ、陽香が「目が潰れる!」と叫んでいなかった辺り、少なくとも応接室の中には居なかったように思う。
「すぐに呼び寄せるから、ここで待っていてくれるか? あと、これは俺のワガママだが――できるだけ、メインステージ周辺を散策して欲しい。そうすれば、もし何か面倒な事があってもすぐ俺の元まで報告しにこれるだろう」
「わあ、ありがとうございます、颯月さん! じゃあ教会の子供達も連れて来て良いですか?」
「あまり人数が増えると、うーたんが実力を発揮できなくなるんだが……まあ、良い。ガキ共だって悪魔憑きだ。ただ連れてるだけで、いい抑止力にはなるだろう」
颯月は「創造神の事はひとまず、俺の親類と言う事にしておいてくれ」と言い残すと、右京を呼ぶために路地裏を後にした。
再びルシフェリアを腕に抱いた綾那は、これで繊維祭を楽しめるぞ――と、機嫌よく体を揺らす。それが揺り篭のようで心地いいのか、食事を終えたばかりの男児は「くぁ」と小さな欠伸を漏らした。
「ふふ、まだ露店が開かれるまで時間がありますし、少し休みますか? シアさんが口添えしてくださったお陰で、陽香のショーが生で見られそうです」
しかし、今後何度も揉めるのは面倒なので、竜禅とは早い内に颯瑛について話し合わねばならない。
彼が信じる信じないは別として、少なくとも綾那が攫われたり幽閉されたりという事はない。これだけは理解してもらわなければ、いよいよ騎士団宿舎から一歩も出られなくなってしまうだろう。
仮にそんな事になれば、広報の仕事どころではない。いくら颯月さえ居てくれれば幸せと言ったって、物事には限度がある。
(私、渚の事も迎えに行かないといけないし――)
今も南のセレスティン領で待つ渚。
ルシフェリアは彼女について、「あの子の方から王都には来られないから、迎えに行ってあげて」と話していたが――それは、家ごと「転移」させられた事が関係しているのだろうか。
それとも単に、交通手段の問題か。
王都とセレスティン領は海に隔てられており、陸路はないらしい。つまり、行き来するには航路――船を使うしかない。
いくら現在『緑の聖女』なんて祭り上げられている渚でも、気軽に船をチャーターするのは難しいはずだ。むしろ祭り上げられているせいで、セレスティンから他領へ渡るのを嫌がられそうである。
繊維祭が終わって落ち着いた頃、何事もなく彼女を迎えに行けると良いのだが。綾那がそんな事を考えていると、またしても腕の中の男児が欠伸をした。
「んー……お言葉に甘えて、ちょっとだけ眠ろうかなあ――」
「あ、はい。またお腹が空いたら、遠慮なく仰ってくださいね」
「うん……ふわあぁ――ああ、そうだ、今日……たぶんあの、いけ好かない子――」
「アリスですか?」
睡魔に襲われて限界が近いのか、ルシフェリアは目を閉じて、むにゃむにゃと不明瞭な喋り方になった。綾那はその、まるで寝言のような言葉を拾おうと熱心に耳を傾ける。
「うぅーん……たぶん……「転移」の余所者に、襲われるから……」
「――――――はい?」
「気を付けて、あげてね……じゃあ、おやすみ――」
「は、ちょっ……シアさん!? ――ねっ、寝てる!? 起きてください、どうしてそんな大切な事を、今……! シアさーん!!」
いくら揺らしても、起きる気配のない男児。路地裏には、途方に暮れた綾那の叫び声だけが木霊した。
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