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第6章 奈落の底に囚われる
30 報告と相談
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現在応接室では、役職もちの騎士が繊維祭の警備計画について話し合っている。
彼らがやるべき事は基本的に夏祭りの時と変わらないらしい。本日もアイドクレースの領民達は、魔物の氾濫のごとき様相ではしゃぎ回るのだろう。
役職もちはそれぞれ決まった場所で待機して、街中を巡回する騎士の報告を受けては対処法を示し、場合によっては拘束した領民を引き受ける。そしてまた報告を受けての繰り返しだ。
夏祭りの時と違うのは、ファッションショーという明確なイベントが開催される事によって、領民が街中に散らばりにくい事だろうか。
人が集中するせいで小競り合いや窃盗は増えるだろうが、しかし一所に集まってくれれば、騎士の人員を分散させずに済む。そうなれば取り締まりもしやすくなるはずだ。
きっと今回の会議も颯月、竜禅、幸成、和巳に加え、右京と旭が招集されているのだろう。
そして颯月あたりが右京に、「今回もどうにかして働け」と無茶振りをしているに違いない。
何故、応接室でのやりとりが予測の域を出ないかと言えば、綾那は今私室で四重奏――いや、三重奏会議の真っ最中だからである。
竜禅や他の騎士は繊維祭の会議で忙しいため、王について説明する時間が取れなかった。しかし、陽香とアリスには――彼女らにも多大な心配をかけたため、今の内に説明しておこうと思ったのだ。
「じゃあとりあえず、王様は問題なかったって事だな? 今後アーニャが素顔で歩いてたとしても、監禁される事はない――と」
ベッドの上で胡坐をかいた陽香は、説明を聞き終わると腕組みしながら、うーんと唸った。綾那は「そうだよ」と相槌を打ってから、僅かに表情を曇らせる。
やはり、父子問題とそれに付随する各所の誤解について、どうにかしたい気持ちはあるのだ。
ただ肝心の颯月は「和解を望まない」と言うし、竜禅や正妃だって、綾那が話したところで「今更『誤解』など、ふざけるな」となる可能性の方が高い。
唯一誤解歴の短い維月ならば、理解してくれるかも知れないが――彼は義兄にゾッコンだから、きっと父親よりも颯月の考えに寄り添うだろう。
「どうにか、できないかな……?」
綾那は、二人の顔色を窺うように上目遣いで問うた。
昔からこれでもかと庇護欲をそそる表情と評されるが、陽香とアリスは絆されるどころかじっとりと目を眇めるだけだ。
「――いや、「どうにかできないかな」じゃないでしょう。アンタ、何勝手に王様の依頼なんてトンデモな仕事引き受けてんの? 四重奏はソロの仕事をしないんじゃなかったっけ?」
「ご、ごめんなさい……ソロって言うか、私一人じゃ無理だし最初から皆を頼るつもりだった……」
「尚悪いわ。つーか、他でもない颯様が嫌がってんなら無理だろ? 見事に王様と颯様の間で、板挟みになってんじゃん……状況が状況だけに引き受けざるを得なかったんだろうけど、一旦保留にするとかなんとか、他にも手はあったはずだろ?」
「うう、仰る通りです」
「あーあ。颯様の事になるとアーニャ、迂闊さに磨きが掛かるのよなあ……シアに言われるがままに囮を引き受けたり、スタチューバーのくせに顔に傷を作ったり?」
――などと、ますます目を眇める陽香に綾那は肩身が狭くなる。しょんぼりと肩を落として項垂れれば、アリスが口を開いた。
「でもそういうのってやっぱり、難しいと思うわ。よっぽど劇的な何かがないと無理じゃない?」
「劇的な?」
「結局のところ、王様の信頼度が低すぎる事が問題なんでしょう? いくら当時幼かったとは言っても、今や良い歳した大人なんだから……「誤解」の一言で許してもらおうなんて、考えが甘すぎるわよ。たぶん、包容力の鬼の綾那には人を許す、許さないなんて感情、理解できないと思うけど――」
「リベリアスに来てからは、ちょっとずつ分かり始めてきた気がするよ?」
「ちょっとずつ、ね――まあ良いけど、とにかく難しいと思う。信頼って崩れるのは一瞬だけど、本来ひとつひとつ積み重ねていくものだから……ひとまず、長い目で見守るのが良いんじゃない? 無理に事を進めて、綾那の信頼までなくしちゃったら困るでしょう」
「…………うん」
しょんぼりとしたまま生返事する綾那に、アリスは「全く納得してないわね」と言って、小さく息を吐いた。
「だから、ドラマみたいな事でも起こらない限り無理だってば。颯月さんや竜禅さんのピンチに王様が駆けつけるとか……正妃様や義弟さんと仲を深められるような、何かしらの特殊イベントでも起きなきゃ」
「いや、颯様のピンチって――また魔法封じでも出てこなきゃ、まずナイだろ。それか、正妃の姉さんに詰められてる所を助けに入るぐらいだろうな」
「――互いに格好つかないわよね、ソレ?」
「仕方ねえだろ? 颯様の弱点、そこしかないんだから――」
なんだかんだ文句を言いながら、真剣に対策を考えてくれる陽香とアリス。綾那は「ありがとう」と言って力なく笑った。
やはり、一朝一夕にはいかない。アリスの言う通り、長い目で見守っていくしかないだろう。
何せ二十三年物の『しこり』だ。ほんの数日で解消できるものならば、颯瑛自身の手でやっている。
「すぐにどうにかするのは、諦める――あんまり急いでも、皆の気持ちがついてこないだろうし」
「うん、それが良いと思う。ところで綾那、もう王様に会って――しかも何も問題なかったって事は、繊維祭に参加しても平気なのよね?」
「――へ? あっ、そっか! そうだね、もう誰からも隠れる必要ないもんね」
「そうなってくると、なんのためにあたしがショーに出んのか、分かんなくなってきたけどな」
元はと言えば、街中に広がる綾那の噂を上書きするという名目で陽香のショーの出演が決まったのだ。
綾那は苦笑いを浮かべて謝罪した。
「だけど変な噂には違いないから、陽香が上書きしてくれると助かるかな」
「まあ出るからには、全力で話題攫うけどさ」
「――綾那、どうする? 私の撮影補助、明臣に頼んだんだけど……やっぱり綾那がする?」
アリスに水を向けられて、綾那はゆるゆると首を横に振った。
「ううん、明臣さんに頼んでいるなら、私は――ところで明臣さん、まだアイドクレースに居て平気なの?」
「いや、仕方ないんじゃない? 明臣一人じゃあ、どうしたってルベライトまで帰れないんだから。辻馬車を拾おうにも、皆して「繊維祭があるから、今は王都を離れられない」って言って断られるのよ」
明臣は、北部ルベライト領の騎士である。
かれこれ三か月以上街を留守にしているため、本来ならばすぐにでも帰還しなければならないはずなのだが――彼の方向音痴レベルは神がかっているのだ。
彼一人でここを発てば、次は真逆の海を越えて、南部セレスティンにでも渡りそうだ。
四重奏のメンバーと合流する事。そして「表」に帰る事が目的だったアリスは、王都でメンバーと再会したからには、もうルベライトに用はない。
彼を送るためだけに、綾那達から離れるはずがない――そもそも送ったのち、戦闘能力が皆無のアリス一人では、ルベライトから王都まで無事に戻って来られないのだ。
であれば、アイドクレースの騎士を道案内に――と言っても、クソ忙しいであろう繊維祭が終わるまでは、誰も身動きが取れない。ゆえに明臣は、繊維祭が終わるのを待つしかないのだろう。
「でも……明臣さん、お別れしても良いの? 方向音痴に振り回されたとはいえ、恩人には違いないし、それに――「偶像」なしでアリスを好きになった人なのに」
「だよなあ」
「い、良いのって言われても困るわ。そもそも好きって……なんか、種類違いそうだし」
「お前がいかにも好きそうなキラキラ王子様なのに、本当に逃がして良いのか?」
「――あのねえ、明臣はただのキラキラ王子じゃあなくて、もっと特殊な変わり種で……いや、良いんだけどさ……とにかく、これっきりでお別れなら、それはそれで仕方ないわよ、向こうにも仕事と生活があるんだから――縁が続くなら、また会うでしょうし」
「保守的だなアリスは。アーニャと足して二で割ると、バランス取れそうなのに」
「なんか、ごめんなさい」
即座に謝った綾那に、アリスは呆れたように笑った。
「て言うか、綾那はダメで、私は男作っても良い訳?」
「うん? お前は今まで大人しくしてたから、たまの息抜きぐらいセーフだろ。アーニャはもう……後の事はナギに任せるわ」
「……本当にごめんなさい」
「いや、謝りすぎだろ。てか謝るぐらいなら最初から自戒してくれ、頼む」
綾那は「ぐうの音も出ないね――」と言って、また肩を落とした。
そのなんとも言えない微妙な空気を変えるように、陽香がパンと拍手を打つ。
「そんじゃ、そろそろ準備するか! 化粧はアリスに任せて、衣装の事はもかぴに頼んである。あとは正妃の姉さんと仲良しアピールするだけだな! まずあたしが領民に受け入れられなかったら、騎士団の広報動画第二弾も配信できないしさ」
「そうだね、よろしくリーダー」
「いや、ここのリーダーはアーニャなんだけどな……まあ良いや、そんでアーニャは祭りの間どうするんだ?」
「うーん……急遽決まった事だから、どうしようかな。もちろん、生で陽香を見たい気持ちはあったんだけど――あ、どうせなら教会の子達と見学しようかな! 昨日、挨拶もそこそこに出てきちゃったから」
綾那の言葉に、陽香は「おー、良いんじゃね?」と軽く相槌を打った。
悪魔憑きは相変わらず忌避されるが、しかし教会の子供達については、周囲の理解がかなり進んできている。
夏祭りの合成魔法が見事だったのもあるし、今や普通の人間との仲介役をこなす楓馬の存在も、街の者からすれば安心材料のひとつなのかも知れない。
大人しく繊維祭を見て回るぐらいなら、そう問題視されないはずだ。
(なんなら澪ちゃんも誘って、皆でお祭りを楽しんじゃえば良いよね)
もう綾那は、顔を隠す必要がないのだ。コソコソと身を隠す必要だってない。
雪だるまだなんだと噂されたところで、そんな取るに足らない噂は今日、確実に上書きされるから平気だ。何せこちらには、『正妃の再来』が居るのだから。
「ふふー。陽香の晴れ舞台、楽しみだなあ」
にこりと邪気のない笑みを浮かべる綾那に、陽香とアリスは「さっきまで悩んでいたくせに、本当に呑気だな」と目を眇めた。
彼らがやるべき事は基本的に夏祭りの時と変わらないらしい。本日もアイドクレースの領民達は、魔物の氾濫のごとき様相ではしゃぎ回るのだろう。
役職もちはそれぞれ決まった場所で待機して、街中を巡回する騎士の報告を受けては対処法を示し、場合によっては拘束した領民を引き受ける。そしてまた報告を受けての繰り返しだ。
夏祭りの時と違うのは、ファッションショーという明確なイベントが開催される事によって、領民が街中に散らばりにくい事だろうか。
人が集中するせいで小競り合いや窃盗は増えるだろうが、しかし一所に集まってくれれば、騎士の人員を分散させずに済む。そうなれば取り締まりもしやすくなるはずだ。
きっと今回の会議も颯月、竜禅、幸成、和巳に加え、右京と旭が招集されているのだろう。
そして颯月あたりが右京に、「今回もどうにかして働け」と無茶振りをしているに違いない。
何故、応接室でのやりとりが予測の域を出ないかと言えば、綾那は今私室で四重奏――いや、三重奏会議の真っ最中だからである。
竜禅や他の騎士は繊維祭の会議で忙しいため、王について説明する時間が取れなかった。しかし、陽香とアリスには――彼女らにも多大な心配をかけたため、今の内に説明しておこうと思ったのだ。
「じゃあとりあえず、王様は問題なかったって事だな? 今後アーニャが素顔で歩いてたとしても、監禁される事はない――と」
ベッドの上で胡坐をかいた陽香は、説明を聞き終わると腕組みしながら、うーんと唸った。綾那は「そうだよ」と相槌を打ってから、僅かに表情を曇らせる。
やはり、父子問題とそれに付随する各所の誤解について、どうにかしたい気持ちはあるのだ。
ただ肝心の颯月は「和解を望まない」と言うし、竜禅や正妃だって、綾那が話したところで「今更『誤解』など、ふざけるな」となる可能性の方が高い。
唯一誤解歴の短い維月ならば、理解してくれるかも知れないが――彼は義兄にゾッコンだから、きっと父親よりも颯月の考えに寄り添うだろう。
「どうにか、できないかな……?」
綾那は、二人の顔色を窺うように上目遣いで問うた。
昔からこれでもかと庇護欲をそそる表情と評されるが、陽香とアリスは絆されるどころかじっとりと目を眇めるだけだ。
「――いや、「どうにかできないかな」じゃないでしょう。アンタ、何勝手に王様の依頼なんてトンデモな仕事引き受けてんの? 四重奏はソロの仕事をしないんじゃなかったっけ?」
「ご、ごめんなさい……ソロって言うか、私一人じゃ無理だし最初から皆を頼るつもりだった……」
「尚悪いわ。つーか、他でもない颯様が嫌がってんなら無理だろ? 見事に王様と颯様の間で、板挟みになってんじゃん……状況が状況だけに引き受けざるを得なかったんだろうけど、一旦保留にするとかなんとか、他にも手はあったはずだろ?」
「うう、仰る通りです」
「あーあ。颯様の事になるとアーニャ、迂闊さに磨きが掛かるのよなあ……シアに言われるがままに囮を引き受けたり、スタチューバーのくせに顔に傷を作ったり?」
――などと、ますます目を眇める陽香に綾那は肩身が狭くなる。しょんぼりと肩を落として項垂れれば、アリスが口を開いた。
「でもそういうのってやっぱり、難しいと思うわ。よっぽど劇的な何かがないと無理じゃない?」
「劇的な?」
「結局のところ、王様の信頼度が低すぎる事が問題なんでしょう? いくら当時幼かったとは言っても、今や良い歳した大人なんだから……「誤解」の一言で許してもらおうなんて、考えが甘すぎるわよ。たぶん、包容力の鬼の綾那には人を許す、許さないなんて感情、理解できないと思うけど――」
「リベリアスに来てからは、ちょっとずつ分かり始めてきた気がするよ?」
「ちょっとずつ、ね――まあ良いけど、とにかく難しいと思う。信頼って崩れるのは一瞬だけど、本来ひとつひとつ積み重ねていくものだから……ひとまず、長い目で見守るのが良いんじゃない? 無理に事を進めて、綾那の信頼までなくしちゃったら困るでしょう」
「…………うん」
しょんぼりとしたまま生返事する綾那に、アリスは「全く納得してないわね」と言って、小さく息を吐いた。
「だから、ドラマみたいな事でも起こらない限り無理だってば。颯月さんや竜禅さんのピンチに王様が駆けつけるとか……正妃様や義弟さんと仲を深められるような、何かしらの特殊イベントでも起きなきゃ」
「いや、颯様のピンチって――また魔法封じでも出てこなきゃ、まずナイだろ。それか、正妃の姉さんに詰められてる所を助けに入るぐらいだろうな」
「――互いに格好つかないわよね、ソレ?」
「仕方ねえだろ? 颯様の弱点、そこしかないんだから――」
なんだかんだ文句を言いながら、真剣に対策を考えてくれる陽香とアリス。綾那は「ありがとう」と言って力なく笑った。
やはり、一朝一夕にはいかない。アリスの言う通り、長い目で見守っていくしかないだろう。
何せ二十三年物の『しこり』だ。ほんの数日で解消できるものならば、颯瑛自身の手でやっている。
「すぐにどうにかするのは、諦める――あんまり急いでも、皆の気持ちがついてこないだろうし」
「うん、それが良いと思う。ところで綾那、もう王様に会って――しかも何も問題なかったって事は、繊維祭に参加しても平気なのよね?」
「――へ? あっ、そっか! そうだね、もう誰からも隠れる必要ないもんね」
「そうなってくると、なんのためにあたしがショーに出んのか、分かんなくなってきたけどな」
元はと言えば、街中に広がる綾那の噂を上書きするという名目で陽香のショーの出演が決まったのだ。
綾那は苦笑いを浮かべて謝罪した。
「だけど変な噂には違いないから、陽香が上書きしてくれると助かるかな」
「まあ出るからには、全力で話題攫うけどさ」
「――綾那、どうする? 私の撮影補助、明臣に頼んだんだけど……やっぱり綾那がする?」
アリスに水を向けられて、綾那はゆるゆると首を横に振った。
「ううん、明臣さんに頼んでいるなら、私は――ところで明臣さん、まだアイドクレースに居て平気なの?」
「いや、仕方ないんじゃない? 明臣一人じゃあ、どうしたってルベライトまで帰れないんだから。辻馬車を拾おうにも、皆して「繊維祭があるから、今は王都を離れられない」って言って断られるのよ」
明臣は、北部ルベライト領の騎士である。
かれこれ三か月以上街を留守にしているため、本来ならばすぐにでも帰還しなければならないはずなのだが――彼の方向音痴レベルは神がかっているのだ。
彼一人でここを発てば、次は真逆の海を越えて、南部セレスティンにでも渡りそうだ。
四重奏のメンバーと合流する事。そして「表」に帰る事が目的だったアリスは、王都でメンバーと再会したからには、もうルベライトに用はない。
彼を送るためだけに、綾那達から離れるはずがない――そもそも送ったのち、戦闘能力が皆無のアリス一人では、ルベライトから王都まで無事に戻って来られないのだ。
であれば、アイドクレースの騎士を道案内に――と言っても、クソ忙しいであろう繊維祭が終わるまでは、誰も身動きが取れない。ゆえに明臣は、繊維祭が終わるのを待つしかないのだろう。
「でも……明臣さん、お別れしても良いの? 方向音痴に振り回されたとはいえ、恩人には違いないし、それに――「偶像」なしでアリスを好きになった人なのに」
「だよなあ」
「い、良いのって言われても困るわ。そもそも好きって……なんか、種類違いそうだし」
「お前がいかにも好きそうなキラキラ王子様なのに、本当に逃がして良いのか?」
「――あのねえ、明臣はただのキラキラ王子じゃあなくて、もっと特殊な変わり種で……いや、良いんだけどさ……とにかく、これっきりでお別れなら、それはそれで仕方ないわよ、向こうにも仕事と生活があるんだから――縁が続くなら、また会うでしょうし」
「保守的だなアリスは。アーニャと足して二で割ると、バランス取れそうなのに」
「なんか、ごめんなさい」
即座に謝った綾那に、アリスは呆れたように笑った。
「て言うか、綾那はダメで、私は男作っても良い訳?」
「うん? お前は今まで大人しくしてたから、たまの息抜きぐらいセーフだろ。アーニャはもう……後の事はナギに任せるわ」
「……本当にごめんなさい」
「いや、謝りすぎだろ。てか謝るぐらいなら最初から自戒してくれ、頼む」
綾那は「ぐうの音も出ないね――」と言って、また肩を落とした。
そのなんとも言えない微妙な空気を変えるように、陽香がパンと拍手を打つ。
「そんじゃ、そろそろ準備するか! 化粧はアリスに任せて、衣装の事はもかぴに頼んである。あとは正妃の姉さんと仲良しアピールするだけだな! まずあたしが領民に受け入れられなかったら、騎士団の広報動画第二弾も配信できないしさ」
「そうだね、よろしくリーダー」
「いや、ここのリーダーはアーニャなんだけどな……まあ良いや、そんでアーニャは祭りの間どうするんだ?」
「うーん……急遽決まった事だから、どうしようかな。もちろん、生で陽香を見たい気持ちはあったんだけど――あ、どうせなら教会の子達と見学しようかな! 昨日、挨拶もそこそこに出てきちゃったから」
綾那の言葉に、陽香は「おー、良いんじゃね?」と軽く相槌を打った。
悪魔憑きは相変わらず忌避されるが、しかし教会の子供達については、周囲の理解がかなり進んできている。
夏祭りの合成魔法が見事だったのもあるし、今や普通の人間との仲介役をこなす楓馬の存在も、街の者からすれば安心材料のひとつなのかも知れない。
大人しく繊維祭を見て回るぐらいなら、そう問題視されないはずだ。
(なんなら澪ちゃんも誘って、皆でお祭りを楽しんじゃえば良いよね)
もう綾那は、顔を隠す必要がないのだ。コソコソと身を隠す必要だってない。
雪だるまだなんだと噂されたところで、そんな取るに足らない噂は今日、確実に上書きされるから平気だ。何せこちらには、『正妃の再来』が居るのだから。
「ふふー。陽香の晴れ舞台、楽しみだなあ」
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