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第6章 奈落の底に囚われる
21 口下手
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「では、何故――何故、颯月さんを手にかけようとなさったのですか?」
颯瑛は、この上なく輝夜を愛していた。
そんな彼女が命を失う事になったキッカケ。それは、産まれたばかりの颯月が眷属に襲われた事だ。
我が子を守るために輝夜は、産後衰弱した体に鞭を打ち抵抗して――結局、颯月が受けるはずだった呪いの半分を持って、逝ってしまった。
だから颯瑛は、実の息子を殺したいほど憎むのだ。綾那は、颯月本人の口からそう聞かされている。
――だと言うのに今、その前提が覆ってしまったではないか。颯月が関わろうが関わるまいが、輝夜は亡くなっていたと。彼女が儚くなってしまったのは、颯月のせいではないと。
困惑する綾那の真っ直ぐな視線から逃げるように、颯瑛は僅かに目を伏せた。
「悪魔憑きの呪いが中途半端になってしまっているのが、輝夜さんと颯月を見て分かったからだ」
「え……」
「ほんの僅かだが――過去に一生悪魔憑きの前例がない訳ではない。何かの文献で読んで、知識としてあったんだ……颯月は、生きられないと思った。人の輪に入れず、かといって他の悪魔憑きとも違う。自分以外の悪魔憑きが眷属を祓い、『まとも』に戻る様を見る度に――死にたくなるんじゃないかと思った」
「一生悪魔憑きで苦しむくらいなら、何も分からない内に殺してしまおうと……?」
颯瑛は、ゆっくりと頷いた。
「頼りになる輝夜さんは、居なくなって――こんな育ち方をした私に、子育てが向いていない事は分かりきっていた。悪魔憑きというだけで忌避されるから、迂闊に乳母も頼めない。あの子は生きていても良い事はないだろうと、決めつけてしまったんだ」
「そんな――」
「見た目の『異形』など些事だ。実際問題、彼は子供好きになってしまっただろう? ……どう足掻いても、一生得られる事のないものに憧憬を抱いて――本当に憐れで、見ていられない」
颯瑛の言葉に、綾那は今にも泣き出しそうな心地になった。
その表情を見た颯瑛は、瞠目して――本当に若干だが、慌てたように口を開いた。
「だが彼は、君のような伴侶を得られた。だからあの時、私に殺されなくて良かったのだと思う、嘘じゃない」
綾那は、慰められているのだと察した。それは大変ありがたいが、しかし今綾那には、とてつもなく気にかかる事があった。
「どうして誰も、颯瑛様のお気持ちを知らないのですか」
「……私の?」
「だって颯瑛様はその時点で、颯月さんが一生悪魔憑きであると知っていたのでしょう? でも他の方々は――正妃様だって、彼が『一生』そうだと言う事を知らぬまま、十年間……維月殿下が生まれるまでは、王太子として厳しく教育したと仰っていました」
「それは――」
バツが悪そうに目を逸らした颯瑛を逃がさぬよう、綾那は畳みかける。
「まさか無言で、なんの説明も無しに颯月さんを手にかけようとしたのですか?」
「…………」
「正妃様に何故と問われても、何も答えなかったのですか?」
「……………………」
「あの、そこで黙られると、肯定と捉えますけれど――」
「輝夜さんみたいな事を言わないでくれ……会いたくなってしまう」
颯瑛は、細く長いため息を吐き出した。つまりは肯定なのだ。
当時十二歳――いや、十三歳の彼は、呪われた颯月の姿を見て問答無用で殺そうとした。同室には、事切れた輝夜の亡骸もあったはずだ。
周囲に『一生悪魔憑き』について説明する事なく、ただ無言で。
「どうして――いくら口下手だからと言って、それはさすがに酷いですよ。周りは、側妃様が亡くなったショックでおかしくなったのだとしか思いません」
「……いや、まあ実際、そうなんだ」
「へ?」
「子供だと侮られるのが苦痛だったという話をした後に、こんな事を言うのもおかしいが……私はまだ、どうしたって子供だった。輝夜さんが長く生きられない事は知っていたが、だからと言って心の準備ができていたかと言えば――決して、そうではない。いっそ颯月を産まずに諦めてくれれば良かったんだ。そうすれば――時間さえあれば、彼女はまた健康体を取り戻せたかも知れないのに。子供はまたつくれるが、彼女の代わりは居ない」
「な、なんて事を仰るんですか!」
「――それくらい、大事な人だった……他の何にも代えられないほど。君は、まだ見ぬ我が子と颯月、どちらか一人だけ選べと言われて即答できるのか?」
颯瑛の言葉に、綾那はグッと口を噤んだ。そんなもの、究極の選択ではないか。
颯月は誰よりも尊い人物だ、彼を犠牲にするなどあり得ない。しかし、まだ見ぬ我が子。それがもし、颯月との間に出来た結晶だったとすれば――果たして綾那は、無常に切り捨てられるだろうか?
「輝夜さんは迷いもしなかったんだ、「産む」と言って聞かなかった。私の気持ちなんて二の次で、彼女はただ産みたいから産むと……だから本当に、辛かったんだ。案の定今にも死に絶えそうな輝夜さんも、私がほんの少し席を外した隙に起きた蛮行も……彼女が命を賭してまで産んだ颯月が、一生悪魔憑きなんてモノにされた事も。切羽詰まった状況下で、子供の私が――妻を喪い、息子の幸せまで喪った私が、どうして懇切丁寧に行動原理の説明などしないといけないんだ。どれほど辛いかなんて……とっくに限界を迎えている事なんて、見れば分かるだろう。今までずっと、分かってくれていたのに……分かってくれないと、困る――」
颯瑛の声は、まるで何かに耐えるように抑揚がついて震えている。「今まで分かってくれていた」とは、やはり正妃の事なのだろうか。彼女は事の一部始終をその目で見たと言っていたから、きっとそうなのだろう。
颯瑛は目元を隠すように片手で覆うと、またため息を吐いた。
つまり、まだ精神的に未成熟だった彼は、いっぱいいっぱいだったという事か。
眷属の呪いについて説明をする余裕ひとつなく行動に出て、周囲に頭がおかしくなったと思われるようになった。
輝夜が亡くなり、颯月が悪魔憑きになり――いや、そもそも無理を通して颯月が生まれた事からして、幼い彼にとっては心の負担でしかなかったのかも知れない。
「私の辛さなど誰にも理解される事なく、危険人物として颯月と引き離されて――少しでも近付くと羽月さんが……副長も目くじらを立てるから、そこから十年間は王宮に引きこもって、不貞腐れた」
「ひ、引きこもり……ショックで伏せっておられた訳ではないのですね」
「その時から、周囲の私に対する信用は底辺まで落ち込んだ。私が引きこもっている間、颯月の事は羽月さんが義母として大事に育ててくれて――そうしてあの人が大事にしてくれるなら、遅ればせながら私も父親になれるのではないか、なんて甘い事も考えたが……また颯月に手出しするのではないかと疑われて、羽月さんは颯月を連れて、各国へ旅に出てしまった。何を言っても信用してもらえないし、言うだけ虚しくなって……だから私は余計に会話するのが面倒になって、ますます不貞腐れた」
「なるほど、それが地獄のパレードの始まりだったんですね」
颯瑛は「地獄の?」と言って首を傾げたが、綾那は曖昧に笑って濁した。
しかしこの男、落ち着いてはいるものの年齢の割に幼い部分があるとは思っていたが――恐らく輝夜を亡くした時の精神的ショック、トラウマが原因なのだろう。
しかも世俗を離れて、王宮に十年も引きこもっていたのだ。そんな閉鎖空間で年相応の情緒が育つはずがない。その上、元々人付き合いが得意ではないと言うのだから尚更である。
「ですがそんな状態で、維月殿下はどうやって……?」
「………………ようやく帰って来た羽月さんに「寂しかった」と泣きついたら、自然とそういう事になったとしか言えない」
「――アッ、いえ、そうですか。なんだかごめんなさい、聞いてはいけない事を聞いてしまったようで……」
聞いたのは綾那だが、しかし別に仔細を聞きたい訳ではなかった。何やら、正妃にも維月にも申し訳ない気がする。
うーんと困り果てて唸る綾那に構わず、颯瑛は続けた。
「やがて維月が生まれると、その頃にはさすがに、颯月が一生悪魔憑きだという事も周知されるようになっていた。ある日副長が私の元を訪れると、彼を勘当してくれと嘆願してきた」
「竜禅さんが?」
「颯月に子が成せない以上、後継者は維月になる。私の傍に置いていても「いつ殺されるのか」と怯えるばかりだから、離れたいと……私は肯定も否定もせずに、ただ承諾した」
「けれど、ずっと傍に置いて――いつか、和解しようとは思われなかったのですか?」
その問いかけに、颯瑛は僅かに顔を俯かせた。
「勘当する前から、私と颯月は他人のようなものだった。接点は一つも持てなかったし……彼の父親は私ではなく、副長の役割だった。それにもう誰も私の話は信じてくれないし、和解なんて夢のまた夢だ――それならいっそ手の届かない場所で暮らしてくれた方が、私の精神衛生上ずっといい」
「もしかして、颯月さんを取られたような気持ちになって……それで竜禅さんに対する態度が、あんなに冷たいのですか?」
「………………冷たい?」
顔を上げた颯瑛は、「なんの話だ」と言いたげに目を丸めている。彼の反応に、綾那は思い切り首を傾げた。
教会での彼と竜禅のやり取りは殺伐としていた。
彼の事を危険人物として扱う竜禅の方はもちろんの事だが、颯瑛もまた、竜禅に対して硬質な態度を取っていた。
目だって最後の最後にようやく合わせていたレベルなのに、あれで嫌っていないと言うのは、少々無理があるだろう。
「竜禅さんの事、すごく嫌っているように見えましたけれど……」
「え――そ、そうなのか? それは違う、私はただ……あの人と話すのは、緊張するんだ」
「き、緊張ですか? あの素っ気ない態度は、緊張しての事だったと……?」
「誰も明言はしないが、元々輝夜さんとただならぬ関係だったようだし――私は副長からすれば、略奪者に他ならない。妙な後ろめたさがある」
「…………えぇ!?」
「それに副長は颯月の父親として、彼を支え導いてくれている。颯月のために、私にはできない事を全てやってくれた恩人だ……緊張しないはずがない。だから私は、彼だけは――例え何を言われても罰しないと決めている」
「じゃあ教会で、竜禅さんの事を「ただの人間じゃない」と仰ったのは……」
「恩人の彼がただの人間なはずがない。副長は特別な人間だ、本当に感謝している」
きっぱりと言い放つ颯瑛に、綾那はしばらく黙り込んだ。
やがて口を開くと、困ったような笑顔を浮かべながら「どうやら颯瑛様は、誤解を生む天才のようですよ」と、容赦ない苦言を呈したのであった。
颯瑛は、この上なく輝夜を愛していた。
そんな彼女が命を失う事になったキッカケ。それは、産まれたばかりの颯月が眷属に襲われた事だ。
我が子を守るために輝夜は、産後衰弱した体に鞭を打ち抵抗して――結局、颯月が受けるはずだった呪いの半分を持って、逝ってしまった。
だから颯瑛は、実の息子を殺したいほど憎むのだ。綾那は、颯月本人の口からそう聞かされている。
――だと言うのに今、その前提が覆ってしまったではないか。颯月が関わろうが関わるまいが、輝夜は亡くなっていたと。彼女が儚くなってしまったのは、颯月のせいではないと。
困惑する綾那の真っ直ぐな視線から逃げるように、颯瑛は僅かに目を伏せた。
「悪魔憑きの呪いが中途半端になってしまっているのが、輝夜さんと颯月を見て分かったからだ」
「え……」
「ほんの僅かだが――過去に一生悪魔憑きの前例がない訳ではない。何かの文献で読んで、知識としてあったんだ……颯月は、生きられないと思った。人の輪に入れず、かといって他の悪魔憑きとも違う。自分以外の悪魔憑きが眷属を祓い、『まとも』に戻る様を見る度に――死にたくなるんじゃないかと思った」
「一生悪魔憑きで苦しむくらいなら、何も分からない内に殺してしまおうと……?」
颯瑛は、ゆっくりと頷いた。
「頼りになる輝夜さんは、居なくなって――こんな育ち方をした私に、子育てが向いていない事は分かりきっていた。悪魔憑きというだけで忌避されるから、迂闊に乳母も頼めない。あの子は生きていても良い事はないだろうと、決めつけてしまったんだ」
「そんな――」
「見た目の『異形』など些事だ。実際問題、彼は子供好きになってしまっただろう? ……どう足掻いても、一生得られる事のないものに憧憬を抱いて――本当に憐れで、見ていられない」
颯瑛の言葉に、綾那は今にも泣き出しそうな心地になった。
その表情を見た颯瑛は、瞠目して――本当に若干だが、慌てたように口を開いた。
「だが彼は、君のような伴侶を得られた。だからあの時、私に殺されなくて良かったのだと思う、嘘じゃない」
綾那は、慰められているのだと察した。それは大変ありがたいが、しかし今綾那には、とてつもなく気にかかる事があった。
「どうして誰も、颯瑛様のお気持ちを知らないのですか」
「……私の?」
「だって颯瑛様はその時点で、颯月さんが一生悪魔憑きであると知っていたのでしょう? でも他の方々は――正妃様だって、彼が『一生』そうだと言う事を知らぬまま、十年間……維月殿下が生まれるまでは、王太子として厳しく教育したと仰っていました」
「それは――」
バツが悪そうに目を逸らした颯瑛を逃がさぬよう、綾那は畳みかける。
「まさか無言で、なんの説明も無しに颯月さんを手にかけようとしたのですか?」
「…………」
「正妃様に何故と問われても、何も答えなかったのですか?」
「……………………」
「あの、そこで黙られると、肯定と捉えますけれど――」
「輝夜さんみたいな事を言わないでくれ……会いたくなってしまう」
颯瑛は、細く長いため息を吐き出した。つまりは肯定なのだ。
当時十二歳――いや、十三歳の彼は、呪われた颯月の姿を見て問答無用で殺そうとした。同室には、事切れた輝夜の亡骸もあったはずだ。
周囲に『一生悪魔憑き』について説明する事なく、ただ無言で。
「どうして――いくら口下手だからと言って、それはさすがに酷いですよ。周りは、側妃様が亡くなったショックでおかしくなったのだとしか思いません」
「……いや、まあ実際、そうなんだ」
「へ?」
「子供だと侮られるのが苦痛だったという話をした後に、こんな事を言うのもおかしいが……私はまだ、どうしたって子供だった。輝夜さんが長く生きられない事は知っていたが、だからと言って心の準備ができていたかと言えば――決して、そうではない。いっそ颯月を産まずに諦めてくれれば良かったんだ。そうすれば――時間さえあれば、彼女はまた健康体を取り戻せたかも知れないのに。子供はまたつくれるが、彼女の代わりは居ない」
「な、なんて事を仰るんですか!」
「――それくらい、大事な人だった……他の何にも代えられないほど。君は、まだ見ぬ我が子と颯月、どちらか一人だけ選べと言われて即答できるのか?」
颯瑛の言葉に、綾那はグッと口を噤んだ。そんなもの、究極の選択ではないか。
颯月は誰よりも尊い人物だ、彼を犠牲にするなどあり得ない。しかし、まだ見ぬ我が子。それがもし、颯月との間に出来た結晶だったとすれば――果たして綾那は、無常に切り捨てられるだろうか?
「輝夜さんは迷いもしなかったんだ、「産む」と言って聞かなかった。私の気持ちなんて二の次で、彼女はただ産みたいから産むと……だから本当に、辛かったんだ。案の定今にも死に絶えそうな輝夜さんも、私がほんの少し席を外した隙に起きた蛮行も……彼女が命を賭してまで産んだ颯月が、一生悪魔憑きなんてモノにされた事も。切羽詰まった状況下で、子供の私が――妻を喪い、息子の幸せまで喪った私が、どうして懇切丁寧に行動原理の説明などしないといけないんだ。どれほど辛いかなんて……とっくに限界を迎えている事なんて、見れば分かるだろう。今までずっと、分かってくれていたのに……分かってくれないと、困る――」
颯瑛の声は、まるで何かに耐えるように抑揚がついて震えている。「今まで分かってくれていた」とは、やはり正妃の事なのだろうか。彼女は事の一部始終をその目で見たと言っていたから、きっとそうなのだろう。
颯瑛は目元を隠すように片手で覆うと、またため息を吐いた。
つまり、まだ精神的に未成熟だった彼は、いっぱいいっぱいだったという事か。
眷属の呪いについて説明をする余裕ひとつなく行動に出て、周囲に頭がおかしくなったと思われるようになった。
輝夜が亡くなり、颯月が悪魔憑きになり――いや、そもそも無理を通して颯月が生まれた事からして、幼い彼にとっては心の負担でしかなかったのかも知れない。
「私の辛さなど誰にも理解される事なく、危険人物として颯月と引き離されて――少しでも近付くと羽月さんが……副長も目くじらを立てるから、そこから十年間は王宮に引きこもって、不貞腐れた」
「ひ、引きこもり……ショックで伏せっておられた訳ではないのですね」
「その時から、周囲の私に対する信用は底辺まで落ち込んだ。私が引きこもっている間、颯月の事は羽月さんが義母として大事に育ててくれて――そうしてあの人が大事にしてくれるなら、遅ればせながら私も父親になれるのではないか、なんて甘い事も考えたが……また颯月に手出しするのではないかと疑われて、羽月さんは颯月を連れて、各国へ旅に出てしまった。何を言っても信用してもらえないし、言うだけ虚しくなって……だから私は余計に会話するのが面倒になって、ますます不貞腐れた」
「なるほど、それが地獄のパレードの始まりだったんですね」
颯瑛は「地獄の?」と言って首を傾げたが、綾那は曖昧に笑って濁した。
しかしこの男、落ち着いてはいるものの年齢の割に幼い部分があるとは思っていたが――恐らく輝夜を亡くした時の精神的ショック、トラウマが原因なのだろう。
しかも世俗を離れて、王宮に十年も引きこもっていたのだ。そんな閉鎖空間で年相応の情緒が育つはずがない。その上、元々人付き合いが得意ではないと言うのだから尚更である。
「ですがそんな状態で、維月殿下はどうやって……?」
「………………ようやく帰って来た羽月さんに「寂しかった」と泣きついたら、自然とそういう事になったとしか言えない」
「――アッ、いえ、そうですか。なんだかごめんなさい、聞いてはいけない事を聞いてしまったようで……」
聞いたのは綾那だが、しかし別に仔細を聞きたい訳ではなかった。何やら、正妃にも維月にも申し訳ない気がする。
うーんと困り果てて唸る綾那に構わず、颯瑛は続けた。
「やがて維月が生まれると、その頃にはさすがに、颯月が一生悪魔憑きだという事も周知されるようになっていた。ある日副長が私の元を訪れると、彼を勘当してくれと嘆願してきた」
「竜禅さんが?」
「颯月に子が成せない以上、後継者は維月になる。私の傍に置いていても「いつ殺されるのか」と怯えるばかりだから、離れたいと……私は肯定も否定もせずに、ただ承諾した」
「けれど、ずっと傍に置いて――いつか、和解しようとは思われなかったのですか?」
その問いかけに、颯瑛は僅かに顔を俯かせた。
「勘当する前から、私と颯月は他人のようなものだった。接点は一つも持てなかったし……彼の父親は私ではなく、副長の役割だった。それにもう誰も私の話は信じてくれないし、和解なんて夢のまた夢だ――それならいっそ手の届かない場所で暮らしてくれた方が、私の精神衛生上ずっといい」
「もしかして、颯月さんを取られたような気持ちになって……それで竜禅さんに対する態度が、あんなに冷たいのですか?」
「………………冷たい?」
顔を上げた颯瑛は、「なんの話だ」と言いたげに目を丸めている。彼の反応に、綾那は思い切り首を傾げた。
教会での彼と竜禅のやり取りは殺伐としていた。
彼の事を危険人物として扱う竜禅の方はもちろんの事だが、颯瑛もまた、竜禅に対して硬質な態度を取っていた。
目だって最後の最後にようやく合わせていたレベルなのに、あれで嫌っていないと言うのは、少々無理があるだろう。
「竜禅さんの事、すごく嫌っているように見えましたけれど……」
「え――そ、そうなのか? それは違う、私はただ……あの人と話すのは、緊張するんだ」
「き、緊張ですか? あの素っ気ない態度は、緊張しての事だったと……?」
「誰も明言はしないが、元々輝夜さんとただならぬ関係だったようだし――私は副長からすれば、略奪者に他ならない。妙な後ろめたさがある」
「…………えぇ!?」
「それに副長は颯月の父親として、彼を支え導いてくれている。颯月のために、私にはできない事を全てやってくれた恩人だ……緊張しないはずがない。だから私は、彼だけは――例え何を言われても罰しないと決めている」
「じゃあ教会で、竜禅さんの事を「ただの人間じゃない」と仰ったのは……」
「恩人の彼がただの人間なはずがない。副長は特別な人間だ、本当に感謝している」
きっぱりと言い放つ颯瑛に、綾那はしばらく黙り込んだ。
やがて口を開くと、困ったような笑顔を浮かべながら「どうやら颯瑛様は、誤解を生む天才のようですよ」と、容赦ない苦言を呈したのであった。
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