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第5章 番外編
4 勝負の時(※颯月視点)
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アリスと彼女の力に中てられた若手の騒ぎは、あれからしばらく続いた。
しかし、やがてルシフェリアが「もう効果の検証は十分でしょう?」と言って若手二人の意識を奪った事により、ようやく静けさを取り戻す。
曰く、次に彼らが目を覚ました時には、今しがた起きた事をキレイさっぱり忘れているらしい。
ただ――検証した時間が無駄になるので、そもそも奪われる訳にはいかないが――やはり、見学者の記憶はそのまま残されてしまう。
全員の頭に、「偶像」とは世にも恐ろしい最上級の洗脳魔法であると、深く刻み込まれたはずだ。
若手が目を覚ました時にまたアリスを見てしまえば、同じ事の繰り返しだ。彼らについては、明臣と幸成がそれぞれ一人ずつ抱えて舞台裏から運び出した。
そしていよいよ、颯月の番がやってくる。
幸成は若手二人の様子を目の当たりにした事により、かえって不安を煽られたのか――おもむろに、桃華へ席を外すよう言った。
颯月が正気に戻るその時の事を考えれば、女王の忠実な犬にされた姿を見せる訳にはいかない、と感じたのだろう。
桃華もまたそんな颯月を見てはいけないと思ったのか、オレンジ色の瞳を不安げに揺らしながらも、言われた通りに舞台裏から出て行った。
彼らの行動は、暗に颯月の『勝ち』を一切信じていないと示しているようなものだ。しかし、「偶像」の検証はそう思わざるを得ない結果を出してしまった。
特に、伊織が嫌だ嫌だと抗いながら、アリスに落とされていく様のおぞましさと言ったらなかった。
颯月はまだ、「偶像」の正確な効果や、落ちる落ちないの条件を把握した訳ではない。ただ伊織のお陰で分かったのは、アリスの姿、声を直接見聞きすればするほど――そして、彼女の体に触れるほど洗脳が強くかかるらしい、という事だ。
つまり伊織がそうしたように、「まずい」と思ったらアリスを視界から外して耳を塞ぎ、触れられぬよう距離を取れば――最低限正気を保つ事ができるだろう。
しかしだからと言って、それが勝ちに含まれるはずがないという事もよく分かっている。
陽香とアリスから「偶像」の勝者と認められるためには、目を逸らす事なく、耳を塞ぐ事もなく、ただ真っ向勝負するしかないのだ。
そうして勝つ事でしか公認は受けられない。そして何より、「勝った」と胸を張って綾那を迎えに行くためにも、卑怯な真似だけはしたくない。
「颯月様。もしもの時を考えて、共感覚は切っておきましょう。これはあくまでも心情を共有するものであり、感情が伝播する事はありません。つまり、私までアリス殿の虜になる訳ではないですが……しかし伊織のあの様子を見る限り、あなたはこれから心を激しくかき乱されるはずだ。私までそれに引きずられると、颯月様の願いを叶えられなくなりますから」
いつもと変わらない抑揚の薄い喋り方。どこまでも落ち着いた声色の竜禅に、颯月は黙って指を鳴らす。そうして、あの晩綾那とデートして以来、ずっと入れっぱなしにしていた共感覚を切った。
颯月の願いとは、もちろんこの場に竜禅を呼び寄せた事に起因するものだ。そのやりとりに、陽香はなんとも言えない顔つきになる。
「なあ、「偶像」に負けたら死ぬっての、アレ冗談だよな? こう言っちゃあなんだけど世の中女はアーニャだけじゃねえんだから、そう死に急がなくたって……さすがにそんな重大な責任、負いたくねえんだけど――」
「いや、何が起きてもアンタらが気負う必要はない。これは俺の矜持の問題だからな。ああ……ただ、ひとつだけ。最悪の場合には必ず綾も連れて行く、許してくれとは言わない」
「……それこそ冗談だよな?」
その問いかけに、颯月は何も答えなかった。陽香はひくりと口元を引きつらせると、竜禅を見やり「禅さーん?」と首を傾げた。
「――悪いが、私にとって彼の願い以外は全てどうでも良い事だ、とだけ伝えておこうか」
「いやいや! てか、それってぶっちゃけ脅しだよな!? 颯様に「偶像」使ったら、アーニャ殺すって言ってるようなモンじゃん!」
「これを脅しだと言うならば、まずなんの咎もないのに、問答無用で颯月様から好いた女を奪う――その正当な理由を教えてくれ。彼が綾那殿に何かしたか? この顔がどこかの誰かに似ているなんていうのは、生まれ持ったものである以上どうしようもない事だと思うがな」
彼のもっともな言い分に、陽香とアリスは揃って苦虫を噛み潰したような顔をした。
確かに、「この顔が」「過去の統計が」と言われたって、そんなものは颯月個人にとってなんの関係もない事である。酷い言いがかりのようなものだ。
ならば何故「偶像」を使ってまで二人を引き離そうとするのかと問えば、近い内に再会する事になる家族の反応が怖いからだと言う。
いくら有事の際は颯月が全責任を負う予定とは言え、しかしまさか、陽香達がなんのお咎めもなしで終わる訳がない――との事だ。
そして何故家族が荒れるのかと言えば、間違いなく綾那の過去の行いが悪かったせいだ。
――結局、「この顔は」「過去の統計データ で言えば」という、堂々巡りである。
「そもそも、なんの脅しにもなっていないだろう。何せ颯月様は、どんな事があっても綾那殿を裏切らないのだから」
きっぱりと断言した竜禅に、この場に集められた誰もが――当の颯月ですら、面食らった。
竜禅は一体、颯月の事をどれだけ信頼しているのか。なんと美しい主従愛か――しかしそのちょっとした感動は、その後に続けられた言葉で台無しになった。
「颯月様は、病気と称されるあの男の血を引いているんだぞ。愛した女の事だけは、何があっても――それこそ、死んでも手放さないに決まっている」
「禅……そこで陛下を引き合いに出されると、色々と台無しなんだが」
「いや、て言うか普通に不敬だろ?」
なんとも言えない顔をする王族の従兄弟二人組みに、竜禅は「別に個人名を出した訳ではないので、受け取り手次第でしょう」と、いつも颯月が正妃の悪口を叩く際にするような言い訳をした。
「だから私の事は脅迫材料などではなく、あくまでも颯月様個人の保険と思ってくれて構わない。万が一にも道を逸れそうになった時には、彼の進む方向を正すだけだから」
結局その、正された方向とやらが最悪綾那と颯月の「死」へ直結する事に変わりはないのではないか――。
陽香の目はそう雄弁に語っていたが、しかし、これ以上問答を続けていても時間の無駄であると判断したのだろう。
「……分かった、もう何も言わねえよ。こっちも、禅さんを納得させられるような正当な理由なんてないしな。強いて言うなら、「アーニャの過去の恋愛遍歴が酷過ぎて、家族はもうアイツが捕まえてくる男なんて誰一人として信じられない」だ」
しかしその理由だって、颯月には関係ない――と言うか、どうしようもない事だ。
「じゃあ、気合いを入れて頑張るんだよ。ちなみに僕、君の記憶は弄らないつもりだから……浮気した記憶を思い出す度に苦しみたくなければ、確実に打ち勝つ事だね」
「そうなった時にはもう、俺はこの世に居ないから平気だ」
「そっか……僕は、君達二人が並んでいる姿を見るのが割と好きなんだけれど……ちょっぴり寂しくなるから、そうならずに済むと良いね」
颯月は、困ったように笑うルシフェリアの頭を撫でた。アリスの封印を解いて疲れたのか、幼女は小さく息を吐いて床にぺったりと座り込む。しかしすぐに何事か思い至ると、陽香を見上げて「綾那そっくりのこの姿は、ズルになる?」と言って不遜に笑った。
陽香が逡巡してから頷けば、ルシフェリアは席を外すと言って姿そのものを消した――が、その途端にアリスが両手で顔を覆い「目がッ!?」と叫んだところからして、どうやらあの殺人的に眩い光球に姿を変えたらしい。
全てのギフトが解放されているので、いまだギフトを全て奪われたままの陽香と違い、あの光球姿のルシフェリアもしっかりと視認できるのだろう。
アリスはしばらくの間、顔を覆い隠して一人でワーワーと騒いでいた。しかし、やがてルシフェリアは完全に姿を消したのか、顔からゆっくりと両手を外して瞬きを繰り返している。
「――シア、どっか行ったのか?」
「そ、そうみたいね……全く、本当になんなのあの人? あれが天使なんて、おかしいでしょう……と、とにかく、こっちの準備は万端だから、いつでもどうぞ?」
アリスはそう言うと、乱れた身だしなみを整えるように手で前髪を撫でつける。颯月は鏡越しに彼女を見て頷くと、軽く目を閉じて瞼の奥に最愛の姿を思い描いた。
しかし、やがてルシフェリアが「もう効果の検証は十分でしょう?」と言って若手二人の意識を奪った事により、ようやく静けさを取り戻す。
曰く、次に彼らが目を覚ました時には、今しがた起きた事をキレイさっぱり忘れているらしい。
ただ――検証した時間が無駄になるので、そもそも奪われる訳にはいかないが――やはり、見学者の記憶はそのまま残されてしまう。
全員の頭に、「偶像」とは世にも恐ろしい最上級の洗脳魔法であると、深く刻み込まれたはずだ。
若手が目を覚ました時にまたアリスを見てしまえば、同じ事の繰り返しだ。彼らについては、明臣と幸成がそれぞれ一人ずつ抱えて舞台裏から運び出した。
そしていよいよ、颯月の番がやってくる。
幸成は若手二人の様子を目の当たりにした事により、かえって不安を煽られたのか――おもむろに、桃華へ席を外すよう言った。
颯月が正気に戻るその時の事を考えれば、女王の忠実な犬にされた姿を見せる訳にはいかない、と感じたのだろう。
桃華もまたそんな颯月を見てはいけないと思ったのか、オレンジ色の瞳を不安げに揺らしながらも、言われた通りに舞台裏から出て行った。
彼らの行動は、暗に颯月の『勝ち』を一切信じていないと示しているようなものだ。しかし、「偶像」の検証はそう思わざるを得ない結果を出してしまった。
特に、伊織が嫌だ嫌だと抗いながら、アリスに落とされていく様のおぞましさと言ったらなかった。
颯月はまだ、「偶像」の正確な効果や、落ちる落ちないの条件を把握した訳ではない。ただ伊織のお陰で分かったのは、アリスの姿、声を直接見聞きすればするほど――そして、彼女の体に触れるほど洗脳が強くかかるらしい、という事だ。
つまり伊織がそうしたように、「まずい」と思ったらアリスを視界から外して耳を塞ぎ、触れられぬよう距離を取れば――最低限正気を保つ事ができるだろう。
しかしだからと言って、それが勝ちに含まれるはずがないという事もよく分かっている。
陽香とアリスから「偶像」の勝者と認められるためには、目を逸らす事なく、耳を塞ぐ事もなく、ただ真っ向勝負するしかないのだ。
そうして勝つ事でしか公認は受けられない。そして何より、「勝った」と胸を張って綾那を迎えに行くためにも、卑怯な真似だけはしたくない。
「颯月様。もしもの時を考えて、共感覚は切っておきましょう。これはあくまでも心情を共有するものであり、感情が伝播する事はありません。つまり、私までアリス殿の虜になる訳ではないですが……しかし伊織のあの様子を見る限り、あなたはこれから心を激しくかき乱されるはずだ。私までそれに引きずられると、颯月様の願いを叶えられなくなりますから」
いつもと変わらない抑揚の薄い喋り方。どこまでも落ち着いた声色の竜禅に、颯月は黙って指を鳴らす。そうして、あの晩綾那とデートして以来、ずっと入れっぱなしにしていた共感覚を切った。
颯月の願いとは、もちろんこの場に竜禅を呼び寄せた事に起因するものだ。そのやりとりに、陽香はなんとも言えない顔つきになる。
「なあ、「偶像」に負けたら死ぬっての、アレ冗談だよな? こう言っちゃあなんだけど世の中女はアーニャだけじゃねえんだから、そう死に急がなくたって……さすがにそんな重大な責任、負いたくねえんだけど――」
「いや、何が起きてもアンタらが気負う必要はない。これは俺の矜持の問題だからな。ああ……ただ、ひとつだけ。最悪の場合には必ず綾も連れて行く、許してくれとは言わない」
「……それこそ冗談だよな?」
その問いかけに、颯月は何も答えなかった。陽香はひくりと口元を引きつらせると、竜禅を見やり「禅さーん?」と首を傾げた。
「――悪いが、私にとって彼の願い以外は全てどうでも良い事だ、とだけ伝えておこうか」
「いやいや! てか、それってぶっちゃけ脅しだよな!? 颯様に「偶像」使ったら、アーニャ殺すって言ってるようなモンじゃん!」
「これを脅しだと言うならば、まずなんの咎もないのに、問答無用で颯月様から好いた女を奪う――その正当な理由を教えてくれ。彼が綾那殿に何かしたか? この顔がどこかの誰かに似ているなんていうのは、生まれ持ったものである以上どうしようもない事だと思うがな」
彼のもっともな言い分に、陽香とアリスは揃って苦虫を噛み潰したような顔をした。
確かに、「この顔が」「過去の統計が」と言われたって、そんなものは颯月個人にとってなんの関係もない事である。酷い言いがかりのようなものだ。
ならば何故「偶像」を使ってまで二人を引き離そうとするのかと問えば、近い内に再会する事になる家族の反応が怖いからだと言う。
いくら有事の際は颯月が全責任を負う予定とは言え、しかしまさか、陽香達がなんのお咎めもなしで終わる訳がない――との事だ。
そして何故家族が荒れるのかと言えば、間違いなく綾那の過去の行いが悪かったせいだ。
――結局、「この顔は」「過去の統計データ で言えば」という、堂々巡りである。
「そもそも、なんの脅しにもなっていないだろう。何せ颯月様は、どんな事があっても綾那殿を裏切らないのだから」
きっぱりと断言した竜禅に、この場に集められた誰もが――当の颯月ですら、面食らった。
竜禅は一体、颯月の事をどれだけ信頼しているのか。なんと美しい主従愛か――しかしそのちょっとした感動は、その後に続けられた言葉で台無しになった。
「颯月様は、病気と称されるあの男の血を引いているんだぞ。愛した女の事だけは、何があっても――それこそ、死んでも手放さないに決まっている」
「禅……そこで陛下を引き合いに出されると、色々と台無しなんだが」
「いや、て言うか普通に不敬だろ?」
なんとも言えない顔をする王族の従兄弟二人組みに、竜禅は「別に個人名を出した訳ではないので、受け取り手次第でしょう」と、いつも颯月が正妃の悪口を叩く際にするような言い訳をした。
「だから私の事は脅迫材料などではなく、あくまでも颯月様個人の保険と思ってくれて構わない。万が一にも道を逸れそうになった時には、彼の進む方向を正すだけだから」
結局その、正された方向とやらが最悪綾那と颯月の「死」へ直結する事に変わりはないのではないか――。
陽香の目はそう雄弁に語っていたが、しかし、これ以上問答を続けていても時間の無駄であると判断したのだろう。
「……分かった、もう何も言わねえよ。こっちも、禅さんを納得させられるような正当な理由なんてないしな。強いて言うなら、「アーニャの過去の恋愛遍歴が酷過ぎて、家族はもうアイツが捕まえてくる男なんて誰一人として信じられない」だ」
しかしその理由だって、颯月には関係ない――と言うか、どうしようもない事だ。
「じゃあ、気合いを入れて頑張るんだよ。ちなみに僕、君の記憶は弄らないつもりだから……浮気した記憶を思い出す度に苦しみたくなければ、確実に打ち勝つ事だね」
「そうなった時にはもう、俺はこの世に居ないから平気だ」
「そっか……僕は、君達二人が並んでいる姿を見るのが割と好きなんだけれど……ちょっぴり寂しくなるから、そうならずに済むと良いね」
颯月は、困ったように笑うルシフェリアの頭を撫でた。アリスの封印を解いて疲れたのか、幼女は小さく息を吐いて床にぺったりと座り込む。しかしすぐに何事か思い至ると、陽香を見上げて「綾那そっくりのこの姿は、ズルになる?」と言って不遜に笑った。
陽香が逡巡してから頷けば、ルシフェリアは席を外すと言って姿そのものを消した――が、その途端にアリスが両手で顔を覆い「目がッ!?」と叫んだところからして、どうやらあの殺人的に眩い光球に姿を変えたらしい。
全てのギフトが解放されているので、いまだギフトを全て奪われたままの陽香と違い、あの光球姿のルシフェリアもしっかりと視認できるのだろう。
アリスはしばらくの間、顔を覆い隠して一人でワーワーと騒いでいた。しかし、やがてルシフェリアは完全に姿を消したのか、顔からゆっくりと両手を外して瞬きを繰り返している。
「――シア、どっか行ったのか?」
「そ、そうみたいね……全く、本当になんなのあの人? あれが天使なんて、おかしいでしょう……と、とにかく、こっちの準備は万端だから、いつでもどうぞ?」
アリスはそう言うと、乱れた身だしなみを整えるように手で前髪を撫でつける。颯月は鏡越しに彼女を見て頷くと、軽く目を閉じて瞼の奥に最愛の姿を思い描いた。
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