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第5章 奈落の底で絆を深める

39 結果発表

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「優勝者はミンさん――いや、和巳参謀~~!! いよっ! 漢の中の漢~!!」
「おめでとうございまーす!」
「さすが和巳様ー!」

 五分後、雌雄は決した。
 完全に和巳の手が止まった時間があったとは言え、やはり五皿分のアドバンテージは大きかったようだ。
 最終的に二皿という僅差で、和巳の優勝が決まった。無事『漢の中の漢』の称号を手にした和巳は、やり切った顔で若手の声援に応えている。

 陽香が「王子もナイスファイトだったぞー!」と言って拍手を送れば、会場からも「良かったぞー!」と称える声と共に、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
 あとは表彰式と、閉会式――締めの挨拶を撮影すれば終わりだ。

「それじゃあ、優勝者の表彰式の前に小休憩挟みまーす! 酒の飲み過ぎ、ホットドッグの食べ過ぎで気分が悪いヤツは、今のうちに調子を整えておくように! 無理だけはしないでくれよー」

 当初の予定では閉会式まで通しで撮影するはずが、陽香は突然小休止を宣言した。終始順調に進行しているように見えたが、何かしら問題でも発生したのだろうか。
 そうしてカメラを抱えたまま首を傾げる綾那を尻目に、陽香がキビキビと指示を出す。

「さて、元気が有り余ってるヤツは舞台のテーブルと椅子の片付け頼むわ! 終わり次第表彰式に移るからなー! ……あ、アーニャ! お前は動くな、動かなくて良い!」
「……へぇ? なんでぇ……?」

 普段通りに発声したつもりが、随分と間延びして舌っ足らずな喋り方になってしまった。他でもない綾那自身が驚いていると、陽香は「あー、やっぱりな……」と息を吐き出した。
 ふにゃふにゃな喋り方を耳にした途端、颯月まで舞台端の席を立ち上がり、綾那の元までやって寄ってくる。

「アーニャ、お前さては酒の匂いだけで酔ったな? 途中から急に動かなくなって、おかしいとは思ってたんだよ……危ねえからじっとしてろ。「解毒デトックス」がなくなって、酔っ払うこと自体が初めてだろ?」
「え……いやぁ、でもぉ――」
「綾。悪い、酔ってたのか? 確かにずっと機嫌良さそうだったが、てっきり魔具カメラ回せるのが嬉しいんだとばかり思ってた」

 マスクで目元が隠れているにも関わらず、綾那が酔っ払っている事に目敏く気付いた陽香はさすがである。
 伊達に四重奏のリーダーを張っていないと言ったところか。綾那の動きが極端に鈍くなったため、違和感を覚えたのだろう。

 颯月は綾那の傍までやって来ると、手からカメラを抜き取り、体を支えるようにして腰へ手を回した。
 酔っぱらいだから――という免罪符のお陰か、今ばかりは陽香の肩パンチが飛んで来る事はない。

 正真正銘人生初の酩酊めいていだから、心配なのだろう。それは分かるが、何やら人から心配されている事さえも愉快に感じてしまう。
 綾那は緩慢な動きで首を傾げると、ふふーと機嫌よく笑って颯月に抱き着いた。最早、自身の置かれた状況もよく分からなくなってきた。職務中であるとか、周りに大勢の目があるとか、そんな面倒な事は考えていられない。訳もなく楽しくて、嬉しくて、もっとこの人に触れたい。
 ただ欲望に忠実に、大好きな颯月の胸板にぎゅうと顔をうずめた。

 だが、そんな事をわざわざ舞台上でやれば、下で見学している若手が無視できるはずもない。
 冷やかす者や「さっすが「契約エンゲージメント」済みの婚約者! もっとやれー!」と煽る者、指笛を吹く者など、休憩中にも関わらず会場は大盛り上がりだ。

「コレは……ダメだな。綾が可愛すぎて見ていられん、困った――」
「おうおう、ガン見しながら言う事がソレか? 言っとくけど、酔ってて危ねえから肩パンチしないだけだからな? 交際についてはひとつも公認してねえからな?」

 目を眇める陽香に、颯月が懲りずに「分かってる、キスから先は俺がアイドルに勝ってからだ」と嘯いたため、彼女の目はますます細められた。
 しかしすぐさま思案顔になると、小さく唸る。

「あたし自身、アーニャが酔ってるとこなんて初めて見たんだけど……こりゃもう、カメラ任せるのは無理かもなあ。ふらふら揺れて映像ガッタガタだと、撮ったところで意味ねえし」

 陽香が呟けば、リタイアしてからそれなりに時間が経って復活したのか、舞台の片付けに来ていた幸成が首を傾げる。

「いや、けど表彰と閉会まで撮り切らなきゃダメなんだろ? ――俺、カメラ代わろうか」
「ん? あーいや。カメラはにもあるから、アーニャが休んでても平気なんだよ。だから気にしなくてオッケー」
「…………は?」
「上にも――?」

 幸成と、すぐ近くのリタイアゾーンで休憩していた旭が完全に動きを止めた。
 陽香はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべると、「あれれー? 最初に言ってなかったっけー? んんー??」と、わざとらしく首を傾げた。

「――いや、ちょっと待て、やったのかよ!? てか誰だよ、上に居るヤツ!? まさか、桃華に片棒担がせたんじゃねえよな!? 今日はずっと綾ちゃんが見える位置に居たから、完全に油断してた……っ!」
「いやいや、少し前に合流した家族に頼んだんだよ。びっくりした?」
「びっくりするどころの話では――と言うか、まさかギャラリーの「水鏡ミラージュ」をそのまま使うとは、盲点でしたね……」
「おい待て、ふざけんな! じゃあ俺が最初に「桃華に手を振れ」って言われたのって――!」
「おやおや~? なんの事だか分かりませんなあ……」

 諦観しているらしい旭は遠い目をして、幸成は頭を抱えると「ちょっと陽香ちゃん、勘弁してよ!」と叫んだ。勿論この一部始終も、上でアリスが撮影してくれているはずだ。
 見学席でドッと笑いが起こり、颯月もまた自身に抱き着く綾那の背をぽんぽんと叩きながら、陽香らのやりとりに声を上げて笑っている。

(んん……マスク邪魔、引っかかって痛いなあ――)

 そうして真横で幸成達がギャアギャアと言い争っていても、全く気にならない。
 すっかり酔っ払いの綾那は、颯月の胸に顔を埋めながら彼との隔たりとなっている、自身のマスクに大層不満を覚えていた。

 もぞりもぞりと頭の角度を変えても結局は邪魔で、もっとぴったりと密着して甘えたいのに、どうしても隙間ができる。それどころか、顔面が押されて痛い。
 眼鏡をかけたままギュムッと顔を押し付けているようなものなのだ。それは痛いし、邪魔だろう。

 ――ところで、酒に酔うと判断力が著しく低下するらしい。
 その上、普段は真面目な者が服を脱ぎ散らかすとか躍り出すとか、素面しらふなら絶対にやらないような行動をしてしまうものである。

 綾那はおもむろに顔を上げると、マスクの留め具に手を掛けた。
 舞台上に用意された席に座ったまま、一行を傍観していた竜禅がガタリと立ち上がって「待――!!」と制止していたような気もするが、綾那はしゅるりと紐を解いて、マスクを外した。

 ただでさえ幸成達が注目を集めているのに、その真横でポイッとマスクを投げた綾那の姿はさぞかし目立ったに違いない。
 マスクが高い音を立てて床を跳ねたその瞬間、やいのやいのと盛り上がっていた見学者が、しんと水を打ったように静まり返る。

 颯月は初め、竜禅の尋常ではない様子に気を取られていたようだった。しかし綾那の桃色の瞳としっかり目が合うと、すぐさま顔を隠すように頭をかき抱いた。

「――えっ」

 会場からは、酷く困惑した呟きが聞こえた。それを皮切りに、盛り上がりとはまた種類の違うざわめきが起こる。
 当の綾那はと言うと、ようやく颯月との隔たりがなくなった事が嬉しくて――しかも彼の方から頭を抱いてくれるものだから幸せで、まるで猫のようにぐりぐりと颯月の胸に額を押し付けている。

「お、おっと――これは、まさかの展開ってヤツか……? ええと颯様、と、とりあえずアーニャ連れて裏、下がるか?」

 散々「綾那が元側妃に似てる事がばれたらまずい」と聞かされているため、陽香も突然の『やらかし』に戸惑っているらしい。何せ、マスクを取り外して素顔を晒したのがほんの一瞬の事だったとは言え、綾那は満面のだった。

 ここに集まる者のほとんどが颯月よりも年若く、輝夜の顔など知るはずないだろうが――今まで、不特定多数の人間に見せぬよう慎重に隠して来た素顔を、簡単に晒して良い理由にはならない。

 颯月は綾那の頭を抱いたまま、険しい表情で会場を一瞥した。ただそれだけの事で、ざわついていた若手が一様に口を噤む。

「全員、今見た事は忘れろ。他所で綾の顔について口外する事も禁じる。破った者は――いや、良い。わざわざ言わなくても分かるよな」

 随分と低く否やを許さぬ声色に、会場のあちらこちらからごくりと固唾を飲む音が聞こえた。酒に酔って赤ら顔の者も大勢いるが、しかしその誰もが、冷水を浴びせられたような顔をしている。

 颯月が間髪入れずに「返事は?」と問えば、見学席の騎士はハッと我に返り慌てて「はい!!」と答えた。

 颯月は眉根を寄せ小さく舌打ちしてから、「綾を隠してくる」とだけ言い残して、会場を後にする。
 すっかり冷えきってしまった会場に、陽香は人知れず息をつくと、「マジかよ……こんな事なら下手に撮影止めずに、最後までやり切るべきだったなあ――」と呟いたのだった。
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