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第5章 奈落の底で絆を深める

37 大食い大会

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「――って事で! アイドクレース騎士団の大食い大会、始まりまーーす!!」

 司会進行の陽香の宣言を合図に、見学に訪れている若手騎士達が「ウオー!」と野太い歓声を上げた。
 ちなみに『ドキッ! 漢だらけの大食い大会!』という名称は、団長の颯月、そして副長の竜禅から「もう少しまともにならないか」とやんわり苦言を呈されたため、シンプルな大食い大会に変更したらしい。

 見学者には、撮影が開始される少し前に陽香が前説済みだ。その際、大会を盛り上げるため――やり過ぎない程度に――合いの手を入れてくれと伝えてある。
 とは言え、既に会場には酒の香りが充満しているので、いずれ合いの手では済まなくなるだろう。

 舞台上に用意されたテーブル席には、大会の参加者十名が座っている。その内の何名かは大会のために断食でもしたのか、腹の虫が鳴いているようだ。
 陽香もまた舞台上に立ち、マイク代わりの魔具を片手に愛想の良い笑みを浮かべて大会を進行する。

「まずは、大会の開催目的とルール説明から始めるぞ! そもそもこの大食い大会は、宿舎で厳しい訓練に励んでいる若手や、領内で働く騎士の慰労を兼ねたものだ! もちろん、騎士が休むってのは現実的に考えて無理無理のムリ! だから今日はここに集まれた幸運な皆で、ワイワイすんぜー! ノリの悪いヤツは減俸だー!!」

 陽香がマイクを持っていない方の拳を突き上げれば、見学者は勿論の事、舞台上の席に座る者達も意気揚々と拳を掲げた。
 会場内の各所から「無礼講だー!」「ヒャッホー!」「やっぱり付き合ってくれー!!」なんて浮かれた歓声も上がり、カメラマンの綾那は、レンズの向きを舞台上の陽香から見学者側へ移動した。

 若手のノリの良い反応に、陽香はますます笑みを深める。

「んじゃ、続いて大会のルール説明! 制限時間は五十分、出てくる料理はホットドッグ一択! 味変用のソースは辛いのから甘いのまで多種多様に揃えたし、水のおかわりは無制限! 時間内に一皿でも多く食べたヤツが優勝で、優勝者には『アイドクレース騎士団、漢の中の漢』の称号と共に、大会出資者である騎士団長から賞金が授与されまーす! 今日この会場に用意された料理や酒も全部団長が用意したものなんで、全員崇め奉るように!!」
「さっすが団長! 太っ腹ー!!」
「一生ついて行きまーす!!」

 酒の入ったジョッキを掲げて陽気に叫ぶ団員たちに、颯月は小さく笑みを漏らした。
 彼の座る席は、実行委員の竜禅と共に舞台の端へ設けられている。二人は今日もしっかり共感覚で繋がっているのか、隣に座る竜禅もまた口元を緩めたのが見える。

(こういう垣根のないやりとりを見ると、やっぱり楽しい職場って感じするなあ。職務内容は完全にブラックだし、私的な時間はともかくとして、仕事中は厳しいに決まっているけれど……)

 幸成’sブートキャンプなんて、その最たるものだ。

 動画の第一弾が『明るく楽しい騎士団』だったため、第二弾は『騎士の仕事と厳しさ』に焦点を当てようという話もあった。しかし騎士の厳しさを体現した夏祭りの密着映像については、視聴者が期待する第一弾のメンバーがほとんど映されていない。

 第一弾の配信開始から相当な時間が経ってしまい、視聴者は彼らの映るに飢えている。
 配信の順番は少々前後するが、一旦この大食い大会の映像を挟んでファンの欲求をある程度満たした後、密着映像も配信する予定だ。もし配信可能であれば、悪魔憑きの子供達の奮闘記録についても同様である。

 また新規入団者が増えてくれると良いのだが――いや、陽香が居れば効果は抜群に違いないだろう。
 見れば彼女は、マイクを持ったまま参加者一人一人に意気込みを訊ね、げきを飛ばしているところだった。事前に竜禅から騎士の情報を得ているのか、淀みなく紹介する様はまるで昔馴染みと話すくらいに親しげだ。

 そうして若手数人の紹介が終わると、次はちょうど真ん中の位置に座る、一際小柄な美少年の番である。

「じゃあ次、アイドクレースきっての癒し系、右京ことうーたん! 意気込みはどうよ?」
「………………えっとぉ、僕早く大きくなりたいからぁ……たっくさん食べようと思いまーす」

 初めにやや間が空いたものの――恐らく本音は、「公共の場で『うーたん』はやめて」と言いたかったに違いない――右京は十歳児の見た目通りに、無邪気な笑みを浮かべて可愛らしく首を傾げて見せた。
 陽香は馬鹿にするでもなくツッコむでもなく、ただただ屈託のない笑顔で右京の頭を撫でくり回すと、「じゃ、頑張って大きくなってくださーい」と返した。

 右京の二つ隣に座る明臣が「ン゛ンッ」と口元に手を当てて濁った咳払いをしたが、右京本人は一切気にした様子がない。
 やはり彼の振り切った演技力と、恥を厭わない精神力は素晴らしい。

 ちなみに隣に座る旭については、右京の子供演技に慣れ切っているのか、戸惑う事なく愛想のいい笑顔で拍手して応えていた。しかし次に陽香からマイクを向けられると、思い切り噎せる事になる。

「はい次、年上キラーの旭ことアーサー!」
「ウグッ!? ――じっ、自分は年上キラーではありません!?」
「……あれ、じゃあ年下キラーなん? 統計的に、アーサーのファン層は年上が多いと思うけどね」
「そもそもキラーではありませんから!! た、大会の意気込みですよね? 参加するからには、精一杯頑張ります……やはり、優勝賞金は魅力的なので」
「ハーン……そうか。アーサーは病弱な妹ちゃんのためにも、たっくさんお金稼ぎたいんだよなあ。応援してるぜー、シスのコン!」

 グッと親指を立てた陽香に、旭は「冤罪にも程がある! シスのコンになった覚えはありませんけど!!」と言って、両手で顔を覆った。
 シスコンはともかくとして、病弱な妹のために身を粉にして働いているというのは、彼のファンを一層虜にする情報だろう。
 ただでさえ見た目が好青年なのに、その中身まで清廉であれば尚良いと思う層が増えるに違いない。

 オフの陽香であれば、嘆く旭の頭か肩ぐらいポンポンと軽く叩いただろうが――本日は撮影中という意識があるせいか、「悪い、悪い!」と笑うだけで済ませた。
 見た目が男児の右京と違い、既に多くの女性ファンを獲得している青年の旭は危険だ。彼に女性が触れれば、後でどんな恐ろしい事が起きるかを考えた上での行動なのだろう。危機回避能力というか、リスク管理が素晴らしい。

 陽香は嘆く旭をそのままに横へずれて、明臣にマイクを向けた。

「次、ルベライト騎士団からお越しのキラキラ王子、明臣! 急遽アイドクレース騎士団と交流する事が決まった訳だけど、どうよ?」
「ええ。皆さんとても良くしてくださるので、過ごしやすく助かっていますよ」
「そりゃあ良かった! 大会の意気込みは?」
「実は、大食いにはあまり自身がなくて――しかし勝負は勝負ですから、私なりの最善を尽くします」
「さすが王子、謙虚だな! んじゃ、愛しいの期待に応えて大会を盛り上げるように!」

 陽香の言葉に、明臣はキラキラしい容貌を甘く蕩けさせて頷いた。
 そのやりとりに「どうやらアイツ、意中の女が居るらしいぞ」と察したらしい見学者は、口々に「頑張れよー!」「優勝したら告白だー!」と冷やかした。

 やはり若手を呼んで正解だったと思いつつ、綾那はふと手を止めた。

(ん? そう言えば明臣さんって、「偶像アイドル」なしでアリスの事を好きになっているんだよね……? そんな男の人初めてだろうけど、アリスはその事についてどう思っているんだろう)

 彼女の「偶像」は常時発動型のギフトなので、本人の意思に関係なくありとあらゆる異性を虜にしてしまう。
 中には効果が効きづらい者も居るが、ほとんどが同じ神子で――そうでないのに効きづらい者など、ほんの一握りだ。
 その「偶像」を失うなど人生初の経験であるし、ギフトに頼らず異性に言い寄られるのもまた、初体験だろう。

 あのド派手な化粧を施している時は、正直好みが分かれるかも知れない。しかしアリスの素顔は、端正な人形のように美しい。まあ中身は少々ワガママで、上から目線の物言いが目立つにしろ――ここぞで他人に優しい気遣いができる女性だ。

 だから「偶像」なんてなくとも、異性に好かれたってなんら不思議はないのだ。

(でもアリスは、言葉の額面通りに受け取ってない気がする)

 何せ、二十一年間「偶像」と、それに釣られる男達に振り回されて来たのだ。「普通の恋愛なんてできっこない」「ギフトがなければ、私なんて女としての価値ない」と言うのが、アリスの口癖だった。

 アリスは男に言い寄られて当然と思っているが、しかしそれはあくまでもギフトによる力だと理解している。それが原因で、言い寄られて当然と言いながらも、自己評価がとにかく低いという自己矛盾を抱えているのだ。

 明臣に「好き」とか「姫」とか言われても、「また調子のいい事言ってる」とか「女が相手なら誰にでも言ってるんでしょうね」とか、まともに取り合っていないような気がする。

 そうでなければ、彼女はもっと取り乱して、大はしゃぎしていいと思うのだ。桃華と初めて友人関係を結んだ時のように、明臣だって初めて「偶像」なしで彼女に好意を抱いた男なのだから。しかもその見た目は、アリス好みのキラキライケメンである。

 明臣はアリスの警戒を解くのに苦労しそうだという結論に落ち着くと、綾那は再び撮影に意識を戻した。

「お次はアイドクレースの鬼軍師、幸成ことユッキー!」
「……はぁい」

 陽香が明るい笑顔でマイクを向ければ、幸成は金色の瞳をじっとりと眇め、やる気の欠片もない表情で低く短い返事をする。陽香と幸成の熱量の差に、会場がドッと沸いた。

 普段幸成の訓練を受けて、彼と共に演習の様子を撮影される事もある若手騎士。彼らは既に、幸成が大のカメラ嫌いで、副長の竜禅が度々「水鏡ミラージュ」を駆使して撮影する事まで知っている。
 くわえて、今アイドクレースの街で配信されている映像を見れば、彼がどれほどシャイであるかが分かると言うものだ。

 中には無礼講だからと、「幸成様、スマイルですよ、スマイルー!」なんて明るく茶化す若手も居る。
 幸成は半目だった瞳を途端に鋭く尖らせると、茶化した者が座るテーブルを睨みつけて「おい、お前。明日の訓練、覚悟してろよ」と低く呟いた。
 途端にサッと酔いが醒めたように青褪めた若手に、すかさず陽香がフォローを入れる。

「おいおいユッキー、今日は慰労じゃん! 無礼講じゃん! 仕事の事は忘れて、大目に見ようや!」
「…………いや、俺にとっては仕事なんだよ……って言うか、普段の仕事よりよっぽど過酷なんだよ――!」

 カメラを構える綾那が立つ方向だけは頑なに見ようとしない幸成に構わず、陽香はにんまりと笑った。

「まーまーまー! 今日は、婚約者の桃華嬢が応援に来てるらしいじゃあないですかー」
「……まだ婚約者じゃねえって、俺十九だし」
「またまたあ。最早領民公認の仲だってのに、何を今さら謙虚になる必要があるんだか! 好きなくせにー!」

 その言葉を皮切りに、若手達からも「そうだそうだー」と声が上がる。幸成は冷やかされる事に眉を顰めたが、しかしすぐ満更でもない表情で「まあね」とだけ答えた。

 そもそも会場で桃華本人が見ているのだから、ここでムキになって否定するのもおかしな話だ。「好きじゃない」なんて言われたら、例え照れ隠しと分かっていても桃華が傷つくだろう。

「えー、視聴者の皆さんはユッキーが婚約者と並んでるを見たいと思いますがー、今日は騎士団の広報動画の撮影なんでね! 桃華嬢は映せないということで、実は「水鏡」でこっち側からは見えない所に隠れて応援してくれてまーす! 確か、あの辺りに立ってるって言ってなかったかな? ほらユッキー、手ぇ振って!」
「は? いや、どうせこっちから見えないのに、なんでそんな事――」
「誠意だよ、セーイ! 愛してるのサイン!」
「何こっ恥かしい事言ってんだ?」

 幸成はまたしても目を眇めたが、見学席からも「誠意! 誠意!!」と手拍子と共に煽られて観念したのだろうか。照れくさそうな表情をしながら、言われた通りの方向へ手を振った。
 ――その先の「水鏡」に隠れているのが桃華だけでなく、カメラを構えたアリスも潜んでいる事など、彼に分かるはずもない。

 陽香はひと仕事終えたような清々しい顔をして、参加者最後の一人――和巳にマイクを向けた。彼はいつも通り柔和な笑みを湛えていて、今日も今日とて中性的な美貌の持ち主である。

「アイドクレースの頼れる参謀、和巳ことミンさーん! 意気込みは?」
「漢の中の漢が誰なのか、証明してみせましょう――ただそれだけです」
「燃えているー! 参謀が燃えているぞー! ミンさんはこう見えても、今大会期待のエースだ! 食事量は他の騎士の二、三倍を誇る! 彼を旦那に望む女性は、美貌にばかり目を掛けていないでエンゲル係数に目を向けた方が良いぞー!! そもそもよっぽど料理好きじゃなきゃあ、毎日毎日つらくて耐えられないぞーー!!!」
「……ちょっと待ってください。今以上に婚期が遠のくような事は、言わないで頂きたいのですが」
「さーて、出場者の紹介も終わった所で、いよいよ戦いの火蓋が切られるぜー!!」
「あの、陽香さん。話を進めないでください。私はこれでも自炊は得意な方で、料理の心配ならひとつも――」

 和巳の言葉をかき消すように、会場から野太い歓声が上がった。
 どうも陽香は、第一弾の動画を視聴した際――音声のみとは言え――この美麗な見た目に反して魔物のまずい肉を大噴射した和巳に、「意外と、弄ると輝く人っぽい」と判断したらしい。

 和巳はまだ何事か必死に弁明している。しかし綾那のもつカメラの収音機能をもってしても、若手の歓声にかき消されてどうしようもできない。結局、残念な事に何ひとつとして言葉を拾う事ができなかった。
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