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第5章 奈落の底で絆を深める

17 第二弾の企画

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「本っっっ当に、申し訳ありませんでした……ッ!!!」

 あれからしばらくして、綾那と颯月が遅すぎる昼食をとり終えた頃。
 右京と陽香の案内で応接室まで連れられてきた明臣は、くだんの魔物について話しを聞かされると、椅子から立ち上がって目にも留まらぬ速さで床に飛び込み、とても美しい形の土下座をした。やはり、心当たりがあったらしい。

 応接室に戻って早々明臣のそんな姿を見るハメになった右京は、呆れなのか悲しみなのかよく分からない複雑な表情をして、じっと土下座を眺めている。
 顔色の悪い綾那を心配して横に立つ陽香もまた、「この王子、面白すぎんか?」と呟いた。

「ええと、つまり颯の推測通りって事なのか……? 本気で? ただ街のある方角が分からずに、おかしな方向へ魔物を散らしちまっただけ――?」

 幸成が改めて確認するように問いかければ、明臣は「間違いありません……ッ!」と、ますます頭を低くした。

「いや、まあ……良かった、のか? とりあえず、アイドクレースに何か仕掛けようとしてる人間が居る訳じゃあねえって事だもんな……?」
「そうだな、良いんじゃねえのか。結局ウチの騎士がケガしたのだって、元はと言えば悪魔の使った魔法封じのせいだ。そもそも綾の家族を守るためにやった事だろうし、街へ魔物をけしかけた事については不問とする。ただ――マジでその方向音痴だけはどうにか対策を立てた方が良いと思うぞ。取り返しのつかん事が起きる前にな」

 颯月が冷静な声色で告げると、明臣は震える声で「おっしゃる通りです」と答えて床に突っ伏した。

「見た目ロイヤルなキラキラ王子が土下寝する画、ヤバヤバのヤバなんだけど……これ撮ってもいいヤツ?」
「よ、陽香、さすがにやめよう」

 おもむろにスマートフォンを構える陽香を、綾那は慌てて制止した。
 しかし、まさか本当に明臣の方向音痴が原因で魔物が大移動していたとは、驚きである。世の中には色んな人間が居ると言うが、ここまで愉快なレベルの方向音痴とは会おうと思って会えるものではない。

 アリスは「ずっと明臣と二人きりだったから、これと言って話せるネタがない」と謙遜していたものの――本当に、彼一人でネタとして十分に強いと思う。

 深く反省しすぎて床に寝そべったまま微動だにしない明臣を見かねたのか、右京が「ねえ、ダンチョーは不問にするって言ってるんだし、いい加減立ちなよ」と声を掛けた。
 明臣は至極申し訳なさそうな表情のまま起き上がると、改めて「本当に面目ない」と言って項垂れた。

「まあ何はともあれ、平和な話に終わって良かったな。悪魔や眷属の脅威に晒されたまま、その上人間同士の戦争まで始まったら笑えねえだろ」
「……ええ、そうですね。それは本当に良かったと思います」
「ああ、それと和。気疲れしてるとこ悪いんだが、また通行証を一部頼めるか? このままだと、綾の家族が街に入れん」
「承知しました。それぐらい、ここ数日の職務内容に比べればなんて事ありませんよ」

 和巳は肩を竦めてため息を吐き出した。机の上に広げられた書類を見ただけで、綾那は「これだけの調査を交通連絡手段も無しに、この短期間で仕上げたんだもんね――」と、和巳に同情心を抱いてしまう。

 とにもかくにも、これで問題は解決だ。話し合いも終わり、そろそろ解散かという空気が室内に流れる。幸成が「じゃあ、今日の所はこの辺で――」と締めに掛かろうとしたところ、慌てて陽香が口を挟んだ。

「あ! 悪い、ちょっとこの場を借りて『広報』の提案ひとつ良いか? 最近アーニャと颯様が昼夜逆転してっから、安眠妨害しちゃ悪いと思って日中近付けなかったんだよな……すぐ済むからさ!」
「広報の? そういや撮影、アルミラージ狩り以来忙しくて全くやってないもんな」

 納得したように頷く幸成に、「実はちょいちょい、盗撮してますよ」なんて口が裂けても言えない。
 夏祭りの時だって、どさくさに紛れて管理職の騎士が働く様子を撮影している。しかも綾那に至っては、室内訓練場を取り仕切る『鬼教官幸成』の事も盗撮している。
 ――まあ、あの映像は怖すぎて広報的に没なのだが。

 議長の颯月が「聞こうか」と短く答えれば、陽香は「サンキュー颯様!」と語り始める。

「まず、あたしが『広報』として正式に挨拶するのが約二週間後にある繊維祭なんだけど――その披露目が終わると同時に、速攻で宣伝動画の第二弾を配信したいと思ってる。基本メンバーは第一弾と同じで、そこにプラスで何人かと……あと、あたしも顔出しで映るって感じ」

 基本メンバーは第一弾と同じ――という言葉を聞いて、カメラ嫌いの幸成が露骨に嫌そうな顔をした。しかし陽香は気付かない振りをして、そのまま続ける。

「で、肝心な第二弾の動画テーマ。これは前々からアーニャとどうかなって話してた事なんだけど……ずばり、ミンさんをメインに据えた『ドキッ! おとこだらけの大食い対決!!』――これです!!!!」
「……これです、と言われても」

 ドヤ顔で言い放った陽香に、颯月が首を傾げた。いきなり「お前がメインだ」と言われた和巳もまた、困惑しているようだ。

「ええと、簡単に説明するとだな……ここに居るメンバープラス、アイドクレースの騎士団宿舎に住んでる若手も集めて、大食い大会を開催する! ――で、そのを撮る! 配信する! って感じ。ミンさん、見た目に似合わずめちゃくちゃフードファイターらしいじゃん」
「見た目に似合わずと言うのは、少々引っかかりますが……まあ、よく食べる方ではあります。しかし、大食い大会ですか――大会と言うからには、賞品も用意する訳ですよね」
「……ぶっちゃけミンさんが優勝してくれりゃあ、賞品はブラフでもナアナアにできるかな~と思ってる」

 陽香の身も蓋もない発言に、右京が「サイテーな事言ってるんだけど……」と呟いた。陽香はぽりぽりと頬を掻いた後、改めて口を開く。

「じゃあ優勝者には、団長権限で数日間休暇を与えるとか、賞金――ボーナスを与えるとか? 所属騎士に対する慰労っていうか……騎士団ではこういう催しもやってて、楽しいんだぜーって宣伝がしたい。それが狙い、どうかな?」
「それくらいなら、用意する手間も要らんから良いぞ。ただ、料理はどうするんだ? 宿舎の料理人だけじゃあ……通常業務もあるし、なかなか厳しいと思うが」
「街の食事処とか、それこそ今動画を流してもらってる大衆食堂の人とかに協力頼めないかな? それぞれの店から少しずつ人を借りて、大量に料理を作ってもらう。作るのは時間がかからなくて、誰が作っても大体同じような味になるものが良いんだけど――参考までにミンさんの好物って何?」
「いや、堂々と不正しようとするのやめてくれない?」

 暗に和巳にとって有利な大会へ持って行こうとする陽香に、右京が目を眇める。

「大食いとは言え『漢だらけの対決』って事は、ソレ、漢の中の漢を決める大会なんでしょ? じゃあ正々堂々と戦わなきゃ格好悪いよ」
「――漢の中の漢を決める?」

 右京の諫言かんげんに、和巳がハッとした表情になった。
 彼は女性のように美しい中性的な美貌の持ち主で、どうも昔から顔の事で苦労してきたらしいのだ。事実、街中では「実は男装の麗人」なんて眉唾物の噂がまことしやかに囁かれていて、彼はとにかく女性扱いされる事を嫌う。
 そして「男だ」と認められると、いとも簡単に舞い上がるチョロ――危うさをもっている。

「颯月様、是非やりましょう……!!」
「……和に妙な火が付いた」

 ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった和巳は、不敵な笑みを浮かべながら「私が漢の中の漢であると、公的に証明して見せますよ……!」と拳を握り締めた。
 そうしてパッと竜禅を見やると、「副長!」と声を掛ける。

「今すぐにでも大会準備に取り掛かりたい気持ちなのですが、私が大会実行委員になると、己が勝つために有利な試合運びをした女々しい者だと揶揄されてしまいます。どうか任されてはくれませんか?」

 和巳は机の上にある白紙を一枚手に取ると、物凄い勢いで書き込み始めた。

 まず、参加者については三日から五日程度かけて、自薦他薦を問わず希望者を募る事。
 宿舎に住む者全てが対象では規模が大きくなり過ぎるため、二週間後に迫る繊維祭までに開催が間に合わない。繊維祭の当日に第二弾の動画を配信したいなら、その前日までに編集を済ませておかなければダメだ。

 この場に居るメンバー全員が大会に参加するのか、それとも見学や実況に回るのかは、まだ分からない。初めての開催で大会準備期間も短いため、精々十人ほどの大会規模に収めるのが望ましい。
 若手の参加希望者が多い場合は、面談または訓練中に勝ち抜き戦の稽古をして、実力で参加権をもぎ取った者を採用する事。

 大会に参加しない若手もその日は訓練を休みとして、見学するも個人の休暇を楽しむも自由とする。
 ただし大会見学に訪れた場合、宣伝動画の目的が『所属騎士の慰労』をアピールする事なので、料理にしろ酒にしろ何かしら振舞う必要があるだろう。更に、会場へ足を運べば動画に写り込む可能性についても同意してもらわなければならない。

 そして大会で出す料理については、作り手によって味が左右されないよう市販品のみで作成できるものが望ましい。例として、パンにウインナーを挟んで作るホットドッグや、茹でるだけで作れる市販のシンプルな麺類など――。

「す、すごい……さすが作戦参謀です、あっという間に大会の骨組みができ上がっていく……!」

 迷いなく動くペンに、綾那が感嘆の声を上げた。陽香が大まかな提案をしただけで、ここまで企画を詰めてくれるとはありがたい。

 綾那も陽香も、まだリベリアスの法律や仕組みに疎い。やりたい事はあっても、実行に移すだけの知識と各所へ掛け合えるだけの人脈が圧倒的に足りていない。
 そこ行くと和巳はどちらも完璧に兼ね備えているため、安定感が違う。

「私が大会実行委員か。いや、まあ、構わないんだが――和巳、綾那殿のご家族の通行証を忘れないようにな」
「勿論です! 二日で――いや、一日半で仕上げて見せましょう! 大会に向けて、早くコンディションの調整がしたいですからね!」

 意気揚々と告げて応接室から出て行った和巳に、幸成は呆れたように「頭良いのに、単純なトコあんだよなあ、アイツ――」と独りごちた。

「じゃあ、王子をアリスの所まで送り届けるか!」

 陽香が満足げに笑いながら言えば、終始頭上に「?」を浮かべていた明臣は「はい! お手数お掛けします!」と言って立ち上がった。アイドクレース流の広報も宣伝動画も知らないだろうし、話を聞いたところで何も理解できなかったのだろう。
 右京もまた二人に付き添うようで、颯月に向かってぺこりと気持ち程度の会釈をしてから応接室を出て行った。

「――俺、第三弾ぐらいには卒業できんのかな?」
「アンタと旭を盗撮するコーナーがあるぐらいだから、難しいんじゃねえのか」
「………………もおぉお! 綾ちゃんのせいだからな!」

 憤慨する幸成と遠い目をする旭に、綾那は「えへへ」と誤魔化すように笑った。その時ふと視界に入った壁掛け時計を見やると、時刻は既に十六時過ぎを指している。

「颯月さん、書類のお仕事――」

 彼は事務仕事の途中に明臣の対応をして、しかもそのまま街の外まで出て行ったのだ。夜になれば眷属探しの散歩が始まるため、彼に残された時間は少ない。
 それなのに、昼間見た執務机の上は大変な事になっていた気がする。

「ああ、いい加減仕事に戻らねえとな。禅、大会の根回しが済んだら来てくれ。俺が外へ出るまでに間に合わなかった場合、それならそれで良いから」
「承知しました」

 颯月は綾那に手を差し出すと、「行くぞ」と声を掛けた。綾那は一つ頷いて彼の手を取ると、応接室を後にした。
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