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第5章 奈落の底で絆を深める

14 緊急会議

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 綾那とて、基本的な姿勢は真面目で仕事に対するやる気もあるし、スタチューバーとしての矜持もそれなりにある。ただし――好きな事、好きなもの、好きな人に、夢中になり過ぎるきらいがあるのだ。
 それは見ようによっては立派な長所であるが、しかし行き過ぎれば短所にもなり得る諸刃の剣である。

 楽器にのめり込んで、寝食を疎かにする。動画の撮影、編集に熱中して徹夜を繰り返す。男に入れ込んで、自分の世話を後回しにする。過去そういった理由で体調を崩した事は、一度や二度ではない。

 大好きな絢葵あやき――ビジュアル系バンド『ユグドラシル』を好きになってからは、もっと酷いかも知れない。
 少しでも多くのライブやイベント会場へ足を運ぶため、必死で金を稼いだ。そして、仕事や魔獣狩りのスケジュール調整に全身全霊をかけていた。

 しかし特別な関係性になれるなら話は別だが、合法的にバンドマンと会うとなれば、どうしても回数が限られてくる。
 まるで絢葵に会えない寂しさの『隙間』を埋めるように、綾那は彼に似た男を見かけると必死で捕まえて尽くした。絢葵に直接注ぐ事が出来ない親愛の情を、代替的にぶつけていた――と言うと、なかなかヤバイ行為のようにも思えるが。
 とにかくそう言った理由で、顔基準の恋愛を繰り返していたのだ。

 行き過ぎた姿勢は寿命を縮めるとして、四重奏の師にも再三「趣味も恋愛も程々に楽しむように」と注意されていた。
 それでも、一度好きになったものは全力で追わずには居られない。優先順位はいつだってその時々の最愛だ。ある意味「追跡者チェイサー」の保持者として相応しい、根っからの狩人かりゅうど気質なのだろう。

 それを思えば、アリスの反応は至極真っ当なものだった。スタチューバーの恋愛バレ、スキャンダルはご法度だ。四重奏の存続を真に願うのならば、こと恋愛において暴走しがちな綾那にはブレーキをかける必要がある。

 そもそも長く颯月の見極めをしてきた陽香と違い、アリスは彼と初対面なのだ。もしも立場が違えば、陽香だってアリスのように「何をバカな」「迷う必要がどこにある?」と、憤慨していた事だろう。

「ねえ、そのルシフェリアとかいう神様の力さえ取り戻せたら、私達また「表」に帰れるんでしょう? いや、確認だけど――帰るのよね?」
「帰る――んだろうな、まあ……」
「何よもう、煮え切らないわね! アンタ、それでもリーダーな訳? そんなだから綾那が好き勝手に――はあ、もう良いわ……ねえ君。噂の神様……天使様? の、通訳を頼めるかしら」

 突然始まった二人の口論に、終始びくびくと怯えていたヴェゼル。しかしアリスが呼びかければ、彼はハッとしたように何度も頷いた。

「その――「偶像アイドル」が欲しいって言うなら、それはそれで構わないのよ。ただ、先に私の封印とやらを解いてくれない? まず「偶像」で颯月あの男を釣り上げて、綾那の目を覚ました後に必ず渡すから。ギフトの希少性と天使の力の相互性なんて分からないけど……使う度にギフトの価値が下がる訳じゃあるまいし、吸収するのはそれからでも良いはずでしょう?」

 アリスは、いまだ綾那を抱き締めたまま他に見向きもしない颯月の背中を指差し、毅然とした態度で言い切った。その言葉に、陽香が「コイツ、無慈悲な処刑人かよ……血も涙もねえ事言ってる――」と唇を戦慄かせた。

「封印を解こうにも力が足りないから、まずはギフトを渡してくれなきゃ無理――だって」
「はあ? 何よ、頭堅いわね。そんなの、別に「偶像」じゃなくたって一旦「創造主クリエイト」か「第六感シックスセンス」を吸収すれば済むんじゃないの。「第六感」はともかく「創造主」の方は結構レアだし、天使の力的にも価値が高いんじゃない? 預けるだけでまた返してくれるなら、いくらでも預けるし……とにかく、まずは「偶像」を使えるようにしてって言ってるのよ。これがそんなに難しい話?」

 よほど虫の居所が悪いのか、アリスはぽそりと「天使様って、随分と頭の要領が悪いのね」と悪態をついた。

「…………――えっ? あ、うん……うん、分かった」

 一体、ルシフェリアから何を言われているのか。ヴェゼルは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、しかし何度も頷いた後やがて納得した表情になって、改めてアリスを見やった。

「ルシフェリアは、「凄く嫌だ」って言ってる」
「はあ、そう――はあ!? 嫌って何よ!」
「どうして、お前みたいな傲慢な女の言いなりにならなきゃいけないんだって――吸収するよりも先に「アイドル」の封印を解きたいなら、もう少しこのまま眷属が討伐されるのを気長に待てば……だってさ。その時が来たらちゃんと封印を解いてやるから、安心しろって言ってる」

 その言葉に、誰もが面食らった表情を浮かべた。辺りにはなんとも言えない沈黙が流れたが、しかしハッと我に返ったアリスがムキー! と憤慨する。

「傲ま――っちょ、ちょっと待ちなさいよ!? どうして私がそんな事まで言われなきゃ……!」
「――あっ、もうダメだ。ルシフェリア、どっか飛んでった」
「飛んでったぁ!?」
「多分だけどお前、「表」のカミサマの血を引いてるからルシフェリアに嫌われてんだな」
「はああ!? そもそもその、カミサマの子供がどうこうって話も理解できてないのよ、こっちは!! 気長に待てって、待てる訳ないでしょう!? こっちは一刻の猶予もないの、綾那が手遅れになったらどうすんのよ!!」
「もうルシフェリア居ないんだから、俺に言われても困る。じゃあ通訳終わったし、俺は教会に帰るから」

 ヴェゼルは、アリスが自身の探し人である事に全く気付いていないようだ。綾那に向かって「オイお前、元気になったら絶対に遊ぶんだぞ!」と吐き捨てると、仕事は終わったとでも言いたげに肩を竦めて街へ踵を返す。
 悪魔憑きの子供達と仲良くなっているどころか、いつの間にか教会はヴェゼルの『帰る場所』になっているらしい。

 本人にはどうしようもない理由でルシフェリアから嫌われていると聞かされたアリスは、「ふざっけんじゃないわよ! 元はアンタが仕掛けた封印なんでしょう!? だったら、さっさとなんとかしなさいよー!!」と、まるで八つ当たりするようにヴェゼルの背中へ向かって叫んでいる。

(ど、どうしよう。結局どうなるの? コレ――)

 アリスは全てのギフトを封印されたまま、ひとつも発動できない状態だ。その封印自体はルシフェリアが力を取り戻し次第解けるが、まだ――正確な数は分からないが――多くの眷属を討伐しなければならない。
 封印さえ解ければアリスの「偶像」は発動する。つまるところ、結局――そう、結局。その時に綾那は、颯月を取り上げられてしまうのだ。
 これは単なる時間稼ぎ、問題の先送りに過ぎない。

 もしかするとルシフェリアには何か考えがあるのかも知れないが、現状直接会話する事は難しいため、その本意を知る事はできない。ヴェゼルを通して会話するにしても、精神的に成熟していない彼には難解な話のようだし――あまり建設的ではないだろう。

 それともただ単に、「時間をやるから、双方覚悟を決めろ」というだけの話なのだろうか。恐らくルシフェリア的には、可愛い王族の颯月さえ幸せなら他はなんだって良いはずだ。
 アリスに釣られて綾那から離れる事が、彼にとって良い事であると分かれば――迷わずそちらを選ぶだろう。

(それってただ、蛇の生殺しが続くだけなんじゃあ――)

 釣るなら釣るで、いっそひと思いにやってしまって欲しい。これでは綾那が延々と不安で、ヤキモキするだけである。「うぅ」と呻きたくなる気持ちを必死に押さえて、綾那はぎゅうと両目を閉じた。繰り返し優しく撫でられる背中が幸せで、酷く辛い。

「なあ、アリス――もしシアが残って良いって言った場合の話だけどさ、「表」にこだわる必要はないんじゃねえかなって思うんだけど」
「はぁ? アンタ、マジで何言ってんの? そもそも――」

 ルシフェリアの雑な対応を目の当たりにして頭が冷えたのか、不意に陽香が冷静な声色で提案した。不機嫌な声色を隠そうともしないアリスに構わず、陽香は続ける。

「だって、考えてもみろよ。ここ魔法の国だぜ? ……「表」より断然、面白くねえか?」

 その言葉に、アリスがぴたりと口を閉じた。恐らく彼女もその点に関しては思う部分があるのだろう。
 アリスはややあってから、先ほどよりもいくらかかどのとれた声色で話した。

「でも、私達は魔法が使えないんだから意味ないわよ。なんなら私は、ギフトまで封じられている訳だし? それに――ここにはスタチューがないから超つまんない。スマホもカメラもないし、車もない。ないない尽くしじゃ不便過ぎるわ」
「ハーン、確かに――けどあたしら、今この街で騎士団の『広報」してんだよ」
「……コーホーって、何する人? チラシでも刷る訳? それとも営業?」
「まだアーニャが作った第一弾しか世に出せてないけど、騎士団の宣伝動画を配信する仕事だ」
「…………動画!? ここカメラあるの!? 見たい! 見せて!!」

 今までの不機嫌さはどこへ飛んで消えたのか、アリスは途端に声を弾ませた。なんだかんだ言って、彼女も動画中毒のスタチューバーなのだ。
 陽香も綾那と再会したばかりの頃、動画に触れられず気が狂うかと思ったと口にしていたが――「奈落の底」に堕ちてからの三か月間は、アリスにとっても文字通りの地獄であったに違いない。

 物凄い圧力をもってして食い付いたアリスの勢いに引きつつも、陽香はにやりと笑った。

「正直、動画さえあるなら活動の場所は「表」に拘らなくてもよくねえ? この国に動画配信の概念がないから、まだこっから開拓してく訳だけど――その先駆けになるのって超大変そうで、しかも超面白そうだろ?」
「それは確かに、魅力的かもね……」
「しかも最終的にシアが「偶像」を奪ってくれるってんなら、お前は女の視聴者とも直接触れ合えるようになるだろ? 「表」と違ってヤバヤバのヤバなファンは居ねえし、それどころかゼロからのスタートだ! 何もない更地を見たら、色々やりたくなるじゃんか!」
「……サイコーじゃない!! じゃあ、別に帰らなくても良いかもね、家だって、どうせにあるはずだし」

 呆気なくコロッと了承したアリスに、陽香は「たぶん家は、ナギごと南に飛ばされてっけどな」と頷いた。そしてちらりと、一言も喋らないまま固く引っ付いて離れない颯月と綾那を一瞥する。

「だから――「だから」って言うと、なんか変だけど。四重奏の存続とか、既存のファンを裏切るとか……一回そういうの全部抜きにして、あの二人の事を考えてみるべきなんじゃねえかなって。例えばの話こっちで『四重奏』を再スタートするなら、別に一人くらい男連れが居たっておかしくはねえじゃん。男連れなら、さ」
「……本気で言ってるの?」
「何事も見極めって大事だろ? 今までが今までだから仕方ないにしても、あたしらもあの顔と見たら決めつけが過ぎるとは思う訳よ。だからと言って、あたしが公認したなんて話じゃなくて……あくまでも常識的なモノの考え方な。これといった問題がないなら、いつまでも家族アーニャの異性交遊に口出すのもおかしいだろ」
「――あの男に「偶像」を使うなって事? 使わずに、封印されたまま天使に譲れって?」

 その問いかけに、陽香は「だから、そこの見極めなのよな~!」と言って渋面になった。アリスもまた綾那を一瞥すると、うーんと何事か考えてから「でも」と口ごもる。

「渚にはなんて言うつもり? あの子が関知してない場所で、勝手にそんな事を許したなんて知られたら……それ、私とアンタどうなんのよ」
「そこに関しては今、考えないようにしてる――考え出したらそんなもん、『颯様、偶像で一本釣り』の一択だろ」
「……綾那は? 試さなくても良いの? どうせなら、「偶像」にも釣られない完璧な男が良いんじゃない?」
「え――」

 いきなり水を向けられた綾那は、フードの下で掠れ声を上げた。試すと言ったって、「偶像」にも釣られない完璧な――と言ったって。そんな男は過去に居なかった。
 効きやすい相手と効きにくい相手が居たところで、そもそも異性全てを虜にするという力なのだから、試すも何もない。今までの統計から考えても、そんな男は今後も現れないだろう。

「試さなかったら、後で何かある度に「あの時「偶像」を回避したからな~」って、引っかからない? アレって一応、事前に浮気性な男を選り分ける力でもある訳じゃない」
「選り分けるも何も、今まで全部ふるいから落ちてったけどな……」
「だって、綾那って根本的に見る目がないから。見る目がないって言うか、見た目さえ良ければなんでも良いって言うか?」
「ぐ、ぐうの音も出ませんけど……」
「うーん……まあ、私も考えてはみるけど、やっぱり試した方が良いと思うけどね――そしてあわよくば、渚と合流する前に破局して欲しい……!!」
「最後のが本音だよな? 気持ちスゲー分かるけど」

 陽香は呆れた様子でため息を吐いたが、ふと思案顔になると颯月を呼びかけた。

「颯様、どうする? あたしとしても「偶像」に勝てば認めると言っちまった手前、今更「やっぱナシで」は微妙かなと思うんだけど……ただ、ダメだった時は良心の呵責がなあ――って感じ。アーニャ、颯様取られたらマジ泣きしそうな勢いじゃん? それはそれで四重奏存続の危機なんだよなあ……」
「俺の覚悟は変わらん、アイドルから男だと思われるのは癪だ。正々堂々と打ち勝って、綾の隣に立つだけだ」
「颯月さん……」

 感動したのか、それとも行く末を悲観したのか分からない。綾那の声は、今にも泣き出しそうなくらい震えていた。
 陽香は感心したように息をついて、「やっぱ颯様は、今までの男と気合が違うんだよな」と呟いた。しかし、その後続けられた颯月の言葉に、また頭を抱える事になる。

「何せ、褒美は綾のキスだ。俺は絶対に譲らんからな」
「――だっからソレ、誰も了承してねえっての!!」

 陽香の絶叫が辺りに響き渡ったのと同時に、街の方から薬を入手したらしい明臣――と、彼が迷子になるだろうと心配して、付き添いをしていたらしい右京――が駆けてくる。

 結局なんの問題の解決にもなっていないが、綾那はひとまず颯月との別れを回避した。これから先どちらに転ぶかは、まだ分からないが――考えても仕方がない事は一旦置いておくとして。
 今はとにかく、アリスと無事に合流できたのだからこれで良しとしよう。

 綾那はそっと颯月の背に腕を回しながら、己にそう言い聞かせた。
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