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第5章 奈落の底で絆を深める
3 能ある鷹は
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綾那は、自身を囲う水の膜を指先でツンツンとつついて、「へえ」と声を上げた。感触はまるで、「表」の水まんじゅう――いや、もう少しハリのある、水ようかんだろうか。
そのまま指をゆっくり押し進めれば、簡単に通り抜けてしまう薄い膜。しかし、この「波紋の守り」という魔法は、幸成の放った上級魔法を抑え込んで外へ漏らさなかった。
先ほど颯月は難なくすり抜けてしまったので、内外問わず、過度な衝撃を受けて初めて機能する防御壁なのだろう。
例えば綾那が全力の「怪力」を使って思い切り殴り抜いたら、どちらが勝つのか。『魔法のバリアーに、ギフト「怪力」で挑んでみた!』なんて、いかにも「表」で受けそうな検証動画ではないか。
ギフトとは似て非なる力――魔法というのは本当に、不思議で面白い。
(いや――別に、現実逃避している訳ではないんだけど)
指先でフードを引き上げて、ちらりと目線を動かせば――綾那から一キロも離れていない辺りに、魔物がひしめく地獄の危険地帯ができ上がっている。その中心は言わずもがな、颯月その人だ。
(私なんて、眷属一体と魔物三体相手にひーひー言っていたのに……一体、どれぐらい集まっているんだろう)
つい先ほど綾那が戦った狼型のものや、ゴブリンの群れ。二足歩行の牛や、豚のようなもの。ぴょんぴょん飛び跳ねている兎は、アルミラージだろうか。
空には、恐らく噂のノクティスクロウではないかと思われる漆黒のカラスの群れに――最早すっかり見慣れた、キラービーの姿もある。
魔物は、南以外の方角からやって来た。元はそれら全てが、王都に向かって大行進していたのだが――しかし、幸成の火魔法に行く手を阻まれて誘導された結果、ほとんどの魔物が颯月の眼前に炙り出されてしまったのだ。
そうして躍り出た魔物は大剣でひと薙ぎに斬り伏せられて、間髪入れずに宙から雷が落ちて追撃されて、消し炭になる。
中には賢い個体も居るようで、近接戦闘は危険だと察したものは颯月から距離をとり、魔法で応戦しようとする。だが、それよりも早く颯月の無詠唱の魔法が発動してしまうので、目も当てられない。
扱える七属性の内、特に『雷』が得意だと言っていただけの事はある。離れているため魔法の名前すら聞き取れないが、次から次へ発動するものはどれも、『紫電一閃』の名に違わぬ紫色をした雷の魔法ばかりだ。
時に何もないはずの宙から雷が落ちて魔物が焼けて、時に閃光が炸裂したかと思えば、魔物の体が上下にスパッと分かれる。誘導しきれなかった魔物の気を引くためなのか、彼を無視して王都へ進む魔物の真横で、バチバチッと大きな静電気が発生する事もある。
その静電気はどうも、敵を殲滅するための攻撃魔法というよりは、陽動するための魔法らしい。眷属と違って魔物は単純な頭をしているのか、その音と走る痛みに驚いた彼らは、静電気から逃れるように顔を逸らす。
そうして逸らした――いや、まんまと逸らされた先に颯月の姿を認めると、まるで「お前の仕業だな」と憤慨するように彼の元へ突っ込んで行ってしまうのだ。
その行く末は決まって、大剣で一閃されて「属性付与」の雷で焼かれて、消し炭コース。全くもってご苦労な事である。
ちなみに、北の方角からやってくる『おかわり』――魔物の群れの第三波についてだが、実はもう綺麗さっぱりと片付いてしまっている。
土煙を上げて、何かの大群が押し寄せてきているのは確かだった。しかし仕事を始めた颯月が、開幕それらに向かって片腕を横薙ぎに一振りしただけで、空から途轍もない規模の雷が落とされたのだ。
それは耳をつんざくような轟音を立てて空から降ると、魔物の群れへ到達したのち地面を迸った。その迸りで、運よく雷の直撃を免れた魔物まで残らず焼き尽くされたのである。
気付けば北はしんと静寂に包まれて、土煙一つ上がらなくなっていた。仮に生き残ったものが居たとしても、あんな魔法を見せられたら恐れをなして北へ逃げ帰るだろう。
おかわりどころか、完全に前菜だ。すれ違った騎士に向かって、颯月が「巻き込むから誰も北へ行かせるな」と忠告した理由がよく分かった。アレは確かに、敵味方関係なしに全てを平等に焼き切ってしまう。
(格好いい――のは、格好良いんだけど)
せめて「魔法鎧」ではなく、素顔のまま戦ってくれれば。綾那の抱く感想は、「宇宙一格好いい!」「素敵!」「さすが颯月さん!」で埋め尽くされたのだろう。
しかし、いかついフルプレートアーマーに身を包んで、淡々と作業のように魔物を屠る姿を見ていると、何やら――。
「――綾那殿、平気か?」
じっと颯月と魔物の群れの動きを眺めていると、不意に横に立つ竜禅が口を開いた。何について「平気か」と問われているのかイマイチ分からずに、綾那は首を傾げた。
「あんな人間離れしたモノを見せられて、引いてはいないか?」
「人間離れ……ええと――でも、ほら。颯月さんの雷って、本当にこう……綺麗ですよねえ」
「引いているな」
綾那は、全く質問の答えになっていない斜め上の言葉で濁した。一体何が「でも、ほら」なのか。嘆くような声色で空を仰ぐ竜禅に、綾那は「引いているだなんて、一言も――」と、口ごもった。
そう、別に引いてはいないのだ。ただ、無詠唱で休みなく魔法を撃ち続けて、一切の疲労を滲ませない鋭い動きで魔物を延々と斬り伏せて――そんな、まるで人間兵器じみた姿を見せられた事に大変驚いているというだけである。
(これは確かに、リベリアスの皆が悪魔憑きを怖がる訳だ――とは、思ったかな)
颯月ただ一人で、これだけの事をこなしてしまうのだ。もし彼が人間の敵に回ったとすれば――彼一人を無力化するのに、一体どれだけの人員が必要なのだろうか。
「恐らくは、早々に事を片付けてあなたの傍に戻りたい一心なのだと思う」
「へ?」
「既に知っている事だと思うが、生まれついて悪魔憑きの颯月様は――「つまらない」と言って、遊ぶ悪癖がある」
「……趣味の詠唱ですか?」
「その他にも、あえて不得手な水魔法しか使わないとか、「魔法鎧」を発動するまでは頑なに帯剣しないとか。日によって違うが、例を挙げればキリがない」
「あ。言われてみれば颯月さん、あの大剣以外持ち歩いている姿を見た事ない――」
魔法封じに閉じ込められていた時は、魔法が使えずにやむなく周りの騎士から長剣を借り受けたのだろう。
蠢く魔物の中心地に立つ颯月を見やれば、まるで雑草でも刈り取るように軽々と魔物を切り捨てている。しかもその合間に、連続して魔法を発動しているのだから――あれほど一方的な戦闘では、確かに「つまらない」と言いたくなるかも知れない。
ただ、神でもテレビゲームのプレイヤーでもない颯月は、「敵が弱すぎるから、強く設定し直すか」なんていう風に、人生の難易度を上げる事ができない。
であれば、不要な詠唱や使用する魔法の制限、武装解除などで、自身の能力を縛ってバランスの調整をするしかない。
リアルの人生で縛りプレイするってなんなのだ、と思わなくもないが――舐めプ(※「舐めプレイ」の略、主にゲームの対戦中に手加減をして、本来の実力を出さない事を指す)にも程がある。
「あの悪癖が鳴りを潜めているという事は、つまり一刻も早く終わらせたいのだろう。過保護も過干渉も負担に思うかも知れないが、私とて血まみれのあなたを目にした時には肝が冷えた。ただ綾那殿の心配をしているだけだから、あの方の気が済むまで……どうか好きなようにやらせてやって欲しい」
軽傷の割に出血が激しかったため、綾那は颯月や陽香だけでなく、その後に合流した竜禅達まで酷く驚かせてしまった。綾那は眉尻を下げて、「ご心配をおかけして、すみませんでした」と項垂れる。
『――だから、「顔はダメ」って言ったのに』
「シアさん」
突然降って来た声変わり前の少年のような中性的な声に、綾那は顔を上げた。
水の膜の上には――まるで、飛び疲れた鳥が羽根を休ませるように――サッカーボール大の光球が乗っかっている。ちょうど膜と触れ合う部分がへしゃげて平らになっているのを見ると、「シアさんの体、水風船みたい……!」と軽い衝撃を受ける。もっと霞のような存在だと思っていたのに。
竜禅はルシフェリアを一瞥すると、首を横に振って小さく息を吐いた。
「創造神の暴走のせいで、颯月様がグレてしまったらどうしてくれるのですか?」
『知らなぁい。僕、君達の行く末についてはノータッチだし。だけど、この子を通して見た時――なんだかケガをしそうだったから、思わず助けたんだ。感謝してくれていいよ、青龍』
「今は竜禅です。それに、実際に助けたのは創造神ではなく綾那殿ですから――しかし、ケガですか。穏やかではありませんね」
ふむ、と思案する竜禅に向かって、ルシフェリアは続けた。
『だって、考えてもご覧よ。颯月があれだけムチャクチャな強さを誇るのは、魔法を使えるからだ。だけどそれら全てを封じられてしまったら、ただの人じゃないか――綾那にだって敵わないよ、いとも簡単に「怪力」で組み敷かれちゃうね。それも腕一本で』
明るい声色で嘯くルシフェリアに、綾那は「組み敷きませんよ! 遺憾の意を表明します!」と反論する。
しかしふと、祭りの最中は「とにかくシアさんについていかないと」「私がなんとかしないと」といっぱいいっぱいで、ゆっくり考える暇もなかったが――少し落ち着いて冷静になった頭で考えると、様々な疑問が浮かんでくる。
「あの……皆さんが閉じ込められていたところへ、私が入るのではダメだったんですか?」
ルシフェリアは颯月を確実に守るためだと言っていたが、綾那の「怪力」でも十分に眷属と渡り合えたのだ。騎士らが魔法封じに閉じ込められていた所へ乱入するだけで、事は済んだのではないかと思ってしまう。
それをわざわざ、天使の力とやらを消耗してまで魔法封じの設定を弄り、綾那を囮に仕立て上げて――颯月含む騎士全てをその場へ残して、眷属と魔物は綾那を追って街から離れた。
あの場で綾那がサッと膜の中へ入り、全力の「怪力」でゴーレムを瞬殺してしまえば、そもそも綾那が顔に傷を負う事もなかったのではないか。しかしルシフェリアは、「んーん」と間延びした声を上げた。
『それが、一番よくない手だ。あの子は魔法が封じられていても――何があっても君を庇おうと前に出るから、それが原因でケガをする』
その言葉に、竜禅は合点がいったとでも言うように深く頷いた。
「確かに、綾那殿のためなら無茶をなさるでしょうね」
『それに君が上手く立ち回れたのは、膜の中に居る人間が君だけだったからだ。他にも的があれば、魔物や眷属の動きはばらけるし……魔法を封じられた彼らには、なす術がない。そんな彼らが魔物に襲われるところを見ても、君は気にせず眷属の相手だけ出来たのかな』
「あ……確かに、いつ誰が襲われるか分からない状況では、どこを見れば良いのか迷っていたかも?」
『戦場で迷いは禁物ってね。そうして注意力散漫になった君を守ろうと、颯月が盾になるわ――そんなあの子を守るために青龍まで無茶して、本当に大変な予知だったんだから。もし青龍に何かあると、この世界から水が消えちゃうじゃない』
「竜禅さんまでケガをするところだったと?」
『――あと、君の今後を考えた末の行動でもあるから、感謝して』
まるで寝転がるように、水の膜の上をコロコロと滑るルシフェリアを見上げて、綾那は目を瞬かせた。
『あれだけ大勢の目撃者が居る中で眷属を殴り抜くなんて、大問題でしょう。何か、そういう――法律があるって言ってなかった? マスクも取っていたし、あまり見られるのは良くないと思って魔法封じの中身を外から見えないようにしたんだ。顔を知られたくない子が居るんだよね?』
「シアさん、意外と気を回してくださったんですね」
『まあ……君が居なくなると、あの子が可哀相だから』
「い、居なくなる?」
物騒な言葉に綾那は肩を揺らした。その横から竜禅が口を挟む。
「以前にも話しただろう? 陛下があなたの存在に気付けば、次は死なせないようにどこかへ隠してしまうと」
「隠す――あれって冗談でも比喩でもなく、本気で幽閉されるという事だったのですか?」
「陛下はそういう人間だ。ただ似ているという点だけでも十分なのに、それが自分の隣ではなく、よりによって息子の颯月様の傍に居るのだからな。嫉妬で怒り狂うぞ」
「息子に嫉妬って……今まで以上に、気を引き締めて顔を隠さなければ――うん? ソレって結局、私のためじゃなくて颯月さんのためだったのでは?」
『………………うーん、バレたかぁ』
膜の上をぽいんぽいんとゴム鞠のように跳ねる光球に、綾那は「シアさん――」と言って項垂れた。
そうして話し込んでいる内に、気付けば辺りはしんと静まり返っていた。仕事を終えたらしい颯月と幸成がこちらへ歩いてくるのが見えて、ほっと安堵の息を吐いていいものやら、悪魔憑きの凄みに畏怖すればいいものやら、複雑である。
「しかし、今回綾那殿の素顔を見た者が多く居るからな――面倒な事にならなければ良いのだが」
横で不穏な事を呟いた竜禅に、綾那はますます複雑な表情を浮かべた。
祭りは終わったが、いつもと違って余裕のない颯月に、いまだキレ散らかしているだろう陽香。悪魔ヴェゼルの問題や、悪魔憑きでなくなった楓馬――天幕には、正妃だって控えている。
まだまだ問題は山積みで、今夜はしばらく体を休められそうにないと思うと――綾那は人知れずため息を吐き出した。
そのまま指をゆっくり押し進めれば、簡単に通り抜けてしまう薄い膜。しかし、この「波紋の守り」という魔法は、幸成の放った上級魔法を抑え込んで外へ漏らさなかった。
先ほど颯月は難なくすり抜けてしまったので、内外問わず、過度な衝撃を受けて初めて機能する防御壁なのだろう。
例えば綾那が全力の「怪力」を使って思い切り殴り抜いたら、どちらが勝つのか。『魔法のバリアーに、ギフト「怪力」で挑んでみた!』なんて、いかにも「表」で受けそうな検証動画ではないか。
ギフトとは似て非なる力――魔法というのは本当に、不思議で面白い。
(いや――別に、現実逃避している訳ではないんだけど)
指先でフードを引き上げて、ちらりと目線を動かせば――綾那から一キロも離れていない辺りに、魔物がひしめく地獄の危険地帯ができ上がっている。その中心は言わずもがな、颯月その人だ。
(私なんて、眷属一体と魔物三体相手にひーひー言っていたのに……一体、どれぐらい集まっているんだろう)
つい先ほど綾那が戦った狼型のものや、ゴブリンの群れ。二足歩行の牛や、豚のようなもの。ぴょんぴょん飛び跳ねている兎は、アルミラージだろうか。
空には、恐らく噂のノクティスクロウではないかと思われる漆黒のカラスの群れに――最早すっかり見慣れた、キラービーの姿もある。
魔物は、南以外の方角からやって来た。元はそれら全てが、王都に向かって大行進していたのだが――しかし、幸成の火魔法に行く手を阻まれて誘導された結果、ほとんどの魔物が颯月の眼前に炙り出されてしまったのだ。
そうして躍り出た魔物は大剣でひと薙ぎに斬り伏せられて、間髪入れずに宙から雷が落ちて追撃されて、消し炭になる。
中には賢い個体も居るようで、近接戦闘は危険だと察したものは颯月から距離をとり、魔法で応戦しようとする。だが、それよりも早く颯月の無詠唱の魔法が発動してしまうので、目も当てられない。
扱える七属性の内、特に『雷』が得意だと言っていただけの事はある。離れているため魔法の名前すら聞き取れないが、次から次へ発動するものはどれも、『紫電一閃』の名に違わぬ紫色をした雷の魔法ばかりだ。
時に何もないはずの宙から雷が落ちて魔物が焼けて、時に閃光が炸裂したかと思えば、魔物の体が上下にスパッと分かれる。誘導しきれなかった魔物の気を引くためなのか、彼を無視して王都へ進む魔物の真横で、バチバチッと大きな静電気が発生する事もある。
その静電気はどうも、敵を殲滅するための攻撃魔法というよりは、陽動するための魔法らしい。眷属と違って魔物は単純な頭をしているのか、その音と走る痛みに驚いた彼らは、静電気から逃れるように顔を逸らす。
そうして逸らした――いや、まんまと逸らされた先に颯月の姿を認めると、まるで「お前の仕業だな」と憤慨するように彼の元へ突っ込んで行ってしまうのだ。
その行く末は決まって、大剣で一閃されて「属性付与」の雷で焼かれて、消し炭コース。全くもってご苦労な事である。
ちなみに、北の方角からやってくる『おかわり』――魔物の群れの第三波についてだが、実はもう綺麗さっぱりと片付いてしまっている。
土煙を上げて、何かの大群が押し寄せてきているのは確かだった。しかし仕事を始めた颯月が、開幕それらに向かって片腕を横薙ぎに一振りしただけで、空から途轍もない規模の雷が落とされたのだ。
それは耳をつんざくような轟音を立てて空から降ると、魔物の群れへ到達したのち地面を迸った。その迸りで、運よく雷の直撃を免れた魔物まで残らず焼き尽くされたのである。
気付けば北はしんと静寂に包まれて、土煙一つ上がらなくなっていた。仮に生き残ったものが居たとしても、あんな魔法を見せられたら恐れをなして北へ逃げ帰るだろう。
おかわりどころか、完全に前菜だ。すれ違った騎士に向かって、颯月が「巻き込むから誰も北へ行かせるな」と忠告した理由がよく分かった。アレは確かに、敵味方関係なしに全てを平等に焼き切ってしまう。
(格好いい――のは、格好良いんだけど)
せめて「魔法鎧」ではなく、素顔のまま戦ってくれれば。綾那の抱く感想は、「宇宙一格好いい!」「素敵!」「さすが颯月さん!」で埋め尽くされたのだろう。
しかし、いかついフルプレートアーマーに身を包んで、淡々と作業のように魔物を屠る姿を見ていると、何やら――。
「――綾那殿、平気か?」
じっと颯月と魔物の群れの動きを眺めていると、不意に横に立つ竜禅が口を開いた。何について「平気か」と問われているのかイマイチ分からずに、綾那は首を傾げた。
「あんな人間離れしたモノを見せられて、引いてはいないか?」
「人間離れ……ええと――でも、ほら。颯月さんの雷って、本当にこう……綺麗ですよねえ」
「引いているな」
綾那は、全く質問の答えになっていない斜め上の言葉で濁した。一体何が「でも、ほら」なのか。嘆くような声色で空を仰ぐ竜禅に、綾那は「引いているだなんて、一言も――」と、口ごもった。
そう、別に引いてはいないのだ。ただ、無詠唱で休みなく魔法を撃ち続けて、一切の疲労を滲ませない鋭い動きで魔物を延々と斬り伏せて――そんな、まるで人間兵器じみた姿を見せられた事に大変驚いているというだけである。
(これは確かに、リベリアスの皆が悪魔憑きを怖がる訳だ――とは、思ったかな)
颯月ただ一人で、これだけの事をこなしてしまうのだ。もし彼が人間の敵に回ったとすれば――彼一人を無力化するのに、一体どれだけの人員が必要なのだろうか。
「恐らくは、早々に事を片付けてあなたの傍に戻りたい一心なのだと思う」
「へ?」
「既に知っている事だと思うが、生まれついて悪魔憑きの颯月様は――「つまらない」と言って、遊ぶ悪癖がある」
「……趣味の詠唱ですか?」
「その他にも、あえて不得手な水魔法しか使わないとか、「魔法鎧」を発動するまでは頑なに帯剣しないとか。日によって違うが、例を挙げればキリがない」
「あ。言われてみれば颯月さん、あの大剣以外持ち歩いている姿を見た事ない――」
魔法封じに閉じ込められていた時は、魔法が使えずにやむなく周りの騎士から長剣を借り受けたのだろう。
蠢く魔物の中心地に立つ颯月を見やれば、まるで雑草でも刈り取るように軽々と魔物を切り捨てている。しかもその合間に、連続して魔法を発動しているのだから――あれほど一方的な戦闘では、確かに「つまらない」と言いたくなるかも知れない。
ただ、神でもテレビゲームのプレイヤーでもない颯月は、「敵が弱すぎるから、強く設定し直すか」なんていう風に、人生の難易度を上げる事ができない。
であれば、不要な詠唱や使用する魔法の制限、武装解除などで、自身の能力を縛ってバランスの調整をするしかない。
リアルの人生で縛りプレイするってなんなのだ、と思わなくもないが――舐めプ(※「舐めプレイ」の略、主にゲームの対戦中に手加減をして、本来の実力を出さない事を指す)にも程がある。
「あの悪癖が鳴りを潜めているという事は、つまり一刻も早く終わらせたいのだろう。過保護も過干渉も負担に思うかも知れないが、私とて血まみれのあなたを目にした時には肝が冷えた。ただ綾那殿の心配をしているだけだから、あの方の気が済むまで……どうか好きなようにやらせてやって欲しい」
軽傷の割に出血が激しかったため、綾那は颯月や陽香だけでなく、その後に合流した竜禅達まで酷く驚かせてしまった。綾那は眉尻を下げて、「ご心配をおかけして、すみませんでした」と項垂れる。
『――だから、「顔はダメ」って言ったのに』
「シアさん」
突然降って来た声変わり前の少年のような中性的な声に、綾那は顔を上げた。
水の膜の上には――まるで、飛び疲れた鳥が羽根を休ませるように――サッカーボール大の光球が乗っかっている。ちょうど膜と触れ合う部分がへしゃげて平らになっているのを見ると、「シアさんの体、水風船みたい……!」と軽い衝撃を受ける。もっと霞のような存在だと思っていたのに。
竜禅はルシフェリアを一瞥すると、首を横に振って小さく息を吐いた。
「創造神の暴走のせいで、颯月様がグレてしまったらどうしてくれるのですか?」
『知らなぁい。僕、君達の行く末についてはノータッチだし。だけど、この子を通して見た時――なんだかケガをしそうだったから、思わず助けたんだ。感謝してくれていいよ、青龍』
「今は竜禅です。それに、実際に助けたのは創造神ではなく綾那殿ですから――しかし、ケガですか。穏やかではありませんね」
ふむ、と思案する竜禅に向かって、ルシフェリアは続けた。
『だって、考えてもご覧よ。颯月があれだけムチャクチャな強さを誇るのは、魔法を使えるからだ。だけどそれら全てを封じられてしまったら、ただの人じゃないか――綾那にだって敵わないよ、いとも簡単に「怪力」で組み敷かれちゃうね。それも腕一本で』
明るい声色で嘯くルシフェリアに、綾那は「組み敷きませんよ! 遺憾の意を表明します!」と反論する。
しかしふと、祭りの最中は「とにかくシアさんについていかないと」「私がなんとかしないと」といっぱいいっぱいで、ゆっくり考える暇もなかったが――少し落ち着いて冷静になった頭で考えると、様々な疑問が浮かんでくる。
「あの……皆さんが閉じ込められていたところへ、私が入るのではダメだったんですか?」
ルシフェリアは颯月を確実に守るためだと言っていたが、綾那の「怪力」でも十分に眷属と渡り合えたのだ。騎士らが魔法封じに閉じ込められていた所へ乱入するだけで、事は済んだのではないかと思ってしまう。
それをわざわざ、天使の力とやらを消耗してまで魔法封じの設定を弄り、綾那を囮に仕立て上げて――颯月含む騎士全てをその場へ残して、眷属と魔物は綾那を追って街から離れた。
あの場で綾那がサッと膜の中へ入り、全力の「怪力」でゴーレムを瞬殺してしまえば、そもそも綾那が顔に傷を負う事もなかったのではないか。しかしルシフェリアは、「んーん」と間延びした声を上げた。
『それが、一番よくない手だ。あの子は魔法が封じられていても――何があっても君を庇おうと前に出るから、それが原因でケガをする』
その言葉に、竜禅は合点がいったとでも言うように深く頷いた。
「確かに、綾那殿のためなら無茶をなさるでしょうね」
『それに君が上手く立ち回れたのは、膜の中に居る人間が君だけだったからだ。他にも的があれば、魔物や眷属の動きはばらけるし……魔法を封じられた彼らには、なす術がない。そんな彼らが魔物に襲われるところを見ても、君は気にせず眷属の相手だけ出来たのかな』
「あ……確かに、いつ誰が襲われるか分からない状況では、どこを見れば良いのか迷っていたかも?」
『戦場で迷いは禁物ってね。そうして注意力散漫になった君を守ろうと、颯月が盾になるわ――そんなあの子を守るために青龍まで無茶して、本当に大変な予知だったんだから。もし青龍に何かあると、この世界から水が消えちゃうじゃない』
「竜禅さんまでケガをするところだったと?」
『――あと、君の今後を考えた末の行動でもあるから、感謝して』
まるで寝転がるように、水の膜の上をコロコロと滑るルシフェリアを見上げて、綾那は目を瞬かせた。
『あれだけ大勢の目撃者が居る中で眷属を殴り抜くなんて、大問題でしょう。何か、そういう――法律があるって言ってなかった? マスクも取っていたし、あまり見られるのは良くないと思って魔法封じの中身を外から見えないようにしたんだ。顔を知られたくない子が居るんだよね?』
「シアさん、意外と気を回してくださったんですね」
『まあ……君が居なくなると、あの子が可哀相だから』
「い、居なくなる?」
物騒な言葉に綾那は肩を揺らした。その横から竜禅が口を挟む。
「以前にも話しただろう? 陛下があなたの存在に気付けば、次は死なせないようにどこかへ隠してしまうと」
「隠す――あれって冗談でも比喩でもなく、本気で幽閉されるという事だったのですか?」
「陛下はそういう人間だ。ただ似ているという点だけでも十分なのに、それが自分の隣ではなく、よりによって息子の颯月様の傍に居るのだからな。嫉妬で怒り狂うぞ」
「息子に嫉妬って……今まで以上に、気を引き締めて顔を隠さなければ――うん? ソレって結局、私のためじゃなくて颯月さんのためだったのでは?」
『………………うーん、バレたかぁ』
膜の上をぽいんぽいんとゴム鞠のように跳ねる光球に、綾那は「シアさん――」と言って項垂れた。
そうして話し込んでいる内に、気付けば辺りはしんと静まり返っていた。仕事を終えたらしい颯月と幸成がこちらへ歩いてくるのが見えて、ほっと安堵の息を吐いていいものやら、悪魔憑きの凄みに畏怖すればいいものやら、複雑である。
「しかし、今回綾那殿の素顔を見た者が多く居るからな――面倒な事にならなければ良いのだが」
横で不穏な事を呟いた竜禅に、綾那はますます複雑な表情を浮かべた。
祭りは終わったが、いつもと違って余裕のない颯月に、いまだキレ散らかしているだろう陽香。悪魔ヴェゼルの問題や、悪魔憑きでなくなった楓馬――天幕には、正妃だって控えている。
まだまだ問題は山積みで、今夜はしばらく体を休められそうにないと思うと――綾那は人知れずため息を吐き出した。
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