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第2章 奈落の底で配信する
28 キラービー襲来
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喚く男の隣へ「転移」してきたのは、街中に侵入していたらしい男だった。彼もまた、絨毯屋の大倉庫で軽薄そうな男と共に行動しており――綾那と会うのは、これが二度目である。
「転移」してきたばかりの男はイマイチ状況が飲み込めていないようだったが、しかし軽薄そうな男が「お姫様を攫う前に、ファンを弄ぶ悪女には痛い目を見させてやる! あの巣をここに飛ばすぞ!!」と吠えたのを聞くと、一つ頷いて大きな転移陣を展開させた。
そうして「転移」してきたのは、直径十メートル以上ありそうな、巨大な蜂の巣だった。
ずしんと音を立てて街道へ落とされた巣。普段、木の上にあるのか土の中にあるのか綾那には分からないが、突然住処を荒らされて憤慨しない生き物など居ない。巣の中から激昂状態の蜂が大量に出てきたのは、至極当然の事であった。
「――成! ここで全部倒さねえと街へ雪崩れ込む、残さず確実に仕留めろ!」
「分かってるよ! だから早く、「風縛」でキラービーの動き止めてくれ!」
「わ……私も、「異常回復」を使い続けますから! もし毒を受けたら、すぐに言ってください!」
低空を素早く飛び回る、「表」の大型犬ほどの大きさがある蜂――キラービー。
颯月が風魔法で蜂を絡めとり動きを止めたところを、幸成が火の「属性付与」をした長剣で切り伏せる。鎧を全身で覆った颯月はまだしも、幸成は時に、催眠毒がたっぷり塗り込められたキラービーの毒針――どうやらこの毒針自体が、魔法によって具現化したものらしい――に襲われる。
しかし、その針が少しでも彼の体を掠めれば、光魔法を使える桃華が即座に「異常回復」という魔法を唱えて、幸成の体から毒を浄化する。
キラービー一匹一匹の強さは大した事がないのだが、なにぶん数が多く、そしてすばしっこい。
しかも、そもそも「転移」してきた場所が悪すぎるのだ。ここはまだ街――アイドクレースからそう離れていない。もしもキラービーを討ち漏らせば、颯月の言う通り、最悪街中にまで飛んで行ってしまうだろう。
本来魔物というのは、進んで人を襲う生き物ではない。個体数が増えすぎた末の食糧問題に行き当たった場合にのみ、人の生活圏まで足をのばす。しかしこのキラービーは、「転移」によって巣ごと無理やり移動させられたのだ。
当然混乱しているだろうし、土地勘だってないだろう。右も左も分からず、人の生活圏がどうのこうのと言っていられる状態ではないはず。
だからこそ、颯月達が必死になって討伐しているのだ。彼らは、街へ向かおうとするキラービーから優先的に対処している。さすがは幼馴染三人組とでもいうのか、彼らの息の合った連携は素晴らしい。
しかし、いくら連携が素晴らしかろうが、キラービーの数が三十を超えている以上どうしたって苦戦を強いられてしまう。
(ちょっとこれは、想定外の大混戦……!)
綾那はと言うと、あまり「転移」もちの男達から離れないよう注意しながら、キラービー退治をしている。下手に離れて彼らに余裕を与えれば、簡単に桃華を誘拐されるのではないかと危惧した結果だ。
綾那の存在が、ほんの少しでも「転移」の牽制になれば良い。ギフトは魔法と違って詠唱しないが、それなりに集中力を要するものだから。
綾那の場合、仮に毒針が掠ったところで――傷はともかくとして――毒については、「解毒」で自動的に無効化される。だから致命傷を受けるまでは、毒など気にせず好き放題暴れられる訳だ。「怪力」のレベル2を発動させたまま、近付く蜂をジャマダハルで切り捨てて着実に数を減らしていく。
ただ、どうしても街を守る颯月達とは距離が開いてしまう。本当ならば綾那とて、「解毒」で彼らの手助けをしたいところだが――ここは我慢だ。
「オイ、綾那が「解毒」もちだなんて聞いた事ねえよ、全くダメじゃねえか!! しかも女のくせにあんだけ戦えるなんて、おかしいだろ!?」
「いや、四重奏は魔獣狩りで税金浮かせまくってるって、結構有名な話だぞ? お前ってホントなんつーか……典型的な顔ファンだよなあ」
「あーうるせえなあ、もう! 俺はそもそも、アリスとヤれるって言うから参加したんだぞ!? それなのにアリスがどこに飛んだか分からねえなんて、話が違うっつーの!!」
男らは、あくまでも魔物を「転移」させられるだけで、決して使役している訳ではないようだ。しかし、魔物から認識されにくい――または寄せ付けにくい謎の魔具でも持っているのか、不思議とキラービーは彼らに向かって行く素振りを見せない。
したがって、彼らと近い位置にいる綾那を襲うキラービーの数も、自然と少なくなる。綾那は男達を真っ直ぐに見据えると、改めて問いかけた。
「まさかアリスの暴行目的で、家ごと奈落の底へ「転移」させたんですか……?」
「まあ、あの日集まったヤツは大概がソレ目的なんじゃねえの。『幹事』は違うけどな」
「幹事――それは」
四重奏をこんな目に遭わせようと画策した、黒幕という事か。綾那は更に質問を続けようとしたが、しかし軽薄そうな男が中指を突き立てて舌を出した。
「そんなに教えて欲しかったら、テメエで股開いておねだりするんだな!! 俺ら全員満足させりゃあ、元の「表」に戻してやっても良いぜ!?」
男の言葉に、綾那は口を噤んだ。ここまで下劣なセリフを面と向かって言われたのは初めての事で、純粋に驚いたというのもある。
軽薄そうな男に同調するように、もう一人の男も小さく噴き出してから口を開いた。
「はっ、全員満足って……満足させる頃にはもう、綾那自身「表」の事なんてどうでもよくなってんじゃねえの」
そうして紡がれた言葉に、軽薄そうな男が頷いて大きな笑い声を上げる。
「言えてんな! 女なんて所詮、男の性欲満たすためだけに存在してんだからよ――順応できるようになってんだよな、頭も体も」
「ああ、こっちへ来てから何人か試した結果が裏付けてる」
「……試した?」
「なんだ、興味あんの? 折角異世界に来たんだから……そりゃ、自由に生きなきゃ損だろ!? ここで何をしたって「表」には関係ねえ、「転移」さえあれば俺らが捕まる事もねえんだ! どうせなら、楽しまなきゃな」
何がそんなにおかしいのか、顔を見合わせて下卑た笑い声を上げる男達を見て――綾那は首を傾げた。
ルシフェリアが言っていた、「この世界の人間が余所者に傷付けられて腹が立つ」というのは、まさにこれが原因なのだろうか。彼らの犯した罪について、詳細を聞く気は起きない。
とにかく、彼らは「奈落の底」で好き放題、傍若無人に暮らしているのだ。犯罪も何も、お構いなしに。
(どうしてこんなに、イライラするんだろう――?)
いや、ここまで侮辱されれば普通、怒って当然なのだ。いくら綾那が「怪力」もちでも、さすがに苛立つだろう。
しかし、どうにも今現在、苛立ちのレベルが尋常ではないような気がしてならない。いまだかつて、綾那がここまで苛立った事があっただろうか? いや、恐らくない、初めての経験だ。
(なんか、全身の血が沸騰して、体がバラバラになりそうで……)
――怖い。
綾那は生まれて初めて抱いた感情に、言いようのない不安を覚えた。国の教育機関で教え込まれたのは、怒りを抑制する事だ。抑えきれずに爆発した怒りは、その後、一体どうなるのだろうか。普通の人間は、爆発してしまった怒りをどうやって消すのだろうか。
そもそも怒らないようにと教え込まれた綾那は、怒りの鎮火方法なんて教えられていないのに。
綾那が己の感情に戸惑う様を見て、彼らは自分達が優位に立っていると思ったらしい。軽薄そうな男は、機嫌よさげに口を開いた。
「なあ、俺らは神に選ばれたんだよ。「転移」を司る「表」の神に! 神様公認なんだから、何したって良いんだよ!」
得意げに吠える男を、綾那は黙って見返した。今度は一体何の話だ――と、マスクの下で目を眇める。
「神は「転移」もちの俺らを選んで、「奈落の底」の存在を教えてくれた。しかもギフトの本当の使い方――「表」の秘密についても教えてくれたって訳だ!」
「秘密?」
「よくよく考えたら、不思議に思わねえか? 人間だってギフトをもってるっていうのに、魔獣にならねえ理由が」
魔獣とは、動植物のもつギフトが暴走した結果、突然変異した生物の総称である。綾那の知る限り、人間のもつギフトが暴走した事例――つまり、人間が魔獣になったという事例はない。
その理由は――。
(……理由?)
――不思議とそんなモノは、今まで一度たりとも考えた事がなかった。ただ「そういうものなのだ」と、納得していたからだ。
「全部、「表」の神様による洗脳なんだってよ。「転移」が物しか運べないなんて、誰が決めた? なんで誰も、人を運ぼうと試す事すらしない? 「怪力」もちなんて、いとも簡単に人殺しになりそうなのに……なんで誰も人を殺さねえ? 一度でもニュースで、「怪力もちが、素手で人を殴り殺しました」なんて見た事があるか? おかしいだろ。俺ら人間は生まれた時から、神様にギフトと意識を抑制されてんだよ」
「そりゃあ、こんな便利な力を一人一人が全力で使ってたら、「表」の世界はあっという間に崩壊しちまうだろ――当然だよな。だけど俺らは違う、「転移」の神直々に「人間を「転移」できる」って教え込まれたんだからな!」
『――全部、本当の事だよ』
突然間近で聞こえた声に、綾那は小さく肩を跳ねさせた。ちらりと横を見やれば、いつの間にかルシフェリアが降りてきている。まだ得意げに何事かを話している男達を横目に、綾那はルシフェリアへ意識を集中させた。
『そういう、ちょっとずさんな世界なんだよね、「表」って。理性ある生き物は生まれた時からカミサマに洗脳されているから、ギフト本来の力の四割ぐらいしか発揮できないようになってる』
「それは――」
『そもそも動植物が魔獣化するのは、ギフトの暴走じゃあなくて……動物は理性よりも本能が勝りやすいし、植物に至っては理性そのものが存在しないでしょう? つまり、カミサマの定める「使っていいギフトのボーダーライン」を簡単に超えてしまって、世界を脅かす危険分子だと認識される訳さ。カミサマ的には要らないでしょう? そんなモノ――』
「じゃあ……「表」の神様が、ラインを超えた生き物を魔獣に変えている――?」
『君の「怪力」も国の教育の賜物なんかじゃなくて、カッとならないようカミサマに抑制されているだけだよ。だから……君は生来の性格的におっとりしているみたいだけど、覚えがあるんじゃない? こっちに来てから、ちょっぴり怒りっぽくなった気がする――とかね』
淡々と説明するルシフェリアの言葉に、綾那はゾッとした。つまり綾那も、知らぬ内にギフトを配る神に力を抑制されて、洗脳されているという事か。
『それに、人間が一人も魔獣化していないっていうのは、ちょっと無理があるんじゃないかな。ほら、人間って色んな考えの子がいるでしょう? ちょっと普通じゃない思想をもった子とか、平気で罪を犯しちゃうような子とか――そういう人間は、ラインを超えやすいから。あまりに姿形が人らしくないから誰も気付いていないだけで、本当は居ると思うよ……人間由来の魔獣が』
ルシフェリアは、「どうせ倒したら、霧になって消えちゃうんだもの。がなんなのかなんて、誰にも分からないよ」と続けた。
(じゃあ私も、元々人間だった魔獣を倒した事があるかも知れない――?)
綾那は青褪めたが、しかし彼女の心境などお構いなしに、ルシフェリアは明るい声色で話し続ける。
『あのね? 言ってなかったけど僕、実は「表」のカミサマとすっごく仲が悪いんだぁ!』
「……はい?」
『この馬鹿な余所者達に入れ知恵をした、馬鹿な「転移」のカミサマとは特にね! あの馬鹿は、僕がこの箱庭をどれほど大事にしているかよく知っている。どうやら君とお仲間は、馬鹿の企みに巻き込まれたみたいだ――それも、この僕に喧嘩を売るためだけにね』
「そんな、事って」
――それでは、何か? 「転移」の神とルシフェリアの折り合いが悪く、「転移」の神がルシフェリアの箱庭に嫌がらせしようと考えて――「表」の人間を送り込んで、荒らしてしまえと。そうしてこの男達に要らぬ入れ知恵をした結果が、コレか?
ただ面白おかしく暮らしていただけの四重奏が、その家が――婦女暴行目的なんてバカみたいな理由で、「奈落の底」へ「転移」させられて、全員離れ離れになった。それも、スターオブスター殿堂入り直前の大事な局面で。
奈落の底に落とされた綾那は超深海で溺死しかけ、悪魔に襲われ、眷属に襲われ、今でこそ仲良くなったものの幸成には散々スパイ扱いされて。ひと月以上経った今も、まだメンバーとは再会できずにいる。
それら全てがたまたま、運悪く巻き込まれた結果だというのか。
(そんなバカな事が、許されるの?)
綾那はおもむろに、両手にもつジャマダハルを鞘に納めた。そして、ぎりっと拳を握り締める。武器を収める綾那を見た男達は、戦意喪失したと受け取ったのか――満足げな表情で頷いた。
「そうそう、女は黙って男の言う事を聞いてりゃあ良いんだよ。お前、「怪力」さえなけりゃマジで見た目最高の女なんだからよ!」
「その「怪力」だって、そう悪くねえよ。滅多に怒る事ねえし、言えばどんな事でもしてくれそうだろ」
「確かに、発動にも時間がかかるって言うし――それまでに骨抜きにしちまえば終わりだろ! おい綾那。神に選ばれた俺らとの違いが分かったなら、さっさとこっち来て「抱いてください」ってお願いしてみ――」
綾那は男の言葉を最後まで聞く事なく、「怪力」のレベル5を一気に発動した。綾那の体が一瞬光に包まれて、それが収まった時には既に、純白のフルプレートアーマーに全身を覆われている。突然の事に、男達はぽかんと口を開いた。
「は? なんで、いきなりレベルマックスに……?」
「ご自分達が得意げに説明していた事を、もう忘れたんですか?」
颯月と同じく、フルフェイスマスクで顔を覆われているため、綾那の声はややくぐもっている。綾那は言いながら、男らに背を向けて歩き出した。
向かう先にあるのは、全長十メートルを超すキラービーの巣である。
「レベル1から順に引き上げていかないと使えないなんて、一体誰が決めたんですか? それに「怪力」もちは怒らないなんて――そんな理不尽な事がありますか?」
正確に言えば、「怪力」はレベル1から順でなくとも一気に発動できると教えてくれたのは、綾那の師である。
しかし、綾那が今までに経験した事のない激しい怒りは――これに関しては確実に、「表」でギフトを抑制している神様とやらの力が、「奈落の底」に来てから弱まっているせいだろう。そうでなければ説明がつかない。こんなにも激しい憤怒を日常的に感じていては、恐らく綾那は「表」で人の一人や二人平気で殴り殺している。
キラービーの巣の真下に辿り着くと、まだ中から羽音が聞こえてくる。綾那が男らと話し込んでいる間、颯月達の手によって相当数のキラービーが討伐されたようだ。もう。外を飛び回る蜂の姿はない。蜂の巣越しに、颯月達がこちらへ駆けてくる姿も見えた。
彼らは、いつの間にか真っ白い全身鎧を着込んだ綾那の姿に驚いた様子だった。一刻を争う事態だと判断したのか、揃って足を速める。しかし、綾那が片手でひょいとキラービーの巣を持ち上げた途端に、その場でぴたりと足を止めた。
『アハハッ、いいね君、格好いいじゃない!』
隣をついて飛び回るルシフェリアは、愉快そうな笑い声を上げている。
綾那は巣を持ち上げたままゆっくり「転移」もちの男達を振り返ると、フルフェイスマスクを被ったままこてんと小首を傾げた。
――まるで、「いきますよ?」と問いかけるように。
「て、てっ、「転移」! 早くしろ! ぶっ潰されるぞ!!!」
「どこでも良いから、とにかく飛べ!?」
男達の足元に転移陣が敷かれるのと同時に、綾那は手に持ったキラービーの巣をブンと放り投げた。そして周囲を見渡すと、すぐ近くにある岩場の影が光っている事に気付いて、そちらへ移動する。
その背後では、ズドンと音を立てて地面に落ちた蜂の巣が、衝撃と自重に耐えかねて崩壊している。あれでは、中に残っていたキラービーも巣の生き埋めになったに違いない。
男達はとにかく逃げるのに必死で、転移先の座標をごく近場に設定したのだろう。
腰を抜かした状態で綾那の目の前に「転移」して来た男二人。その間に片足をゴッと蹴り入れれば、男達が背にする岩に綾那の脚が深くめり込んだ。
綾那はめり込ませた方の脚の膝に片肘をつくと、前傾姿勢になって男達を見下ろす。彼らはヒュッと鋭く息を吸って体を硬直させると、恐る恐る綾那を見上げた。
「えぇと……「テメエで股広げておねだりしろ」、でしたっけ?」
男達は「違う、そうじゃない」と思った事だろう。確かに今、綾那は己の意思で足を大きく開いているが――開いていればなんでも良いという訳ではない。そもそも、フルプレートアーマーでおねだりもクソもない。
「さて、この距離に居れば絶対に逃がしませんよ。「転移」するならお好きにどうぞ? 私も一緒に飛ぶだけですから」
「ま、待て、殺すな、頼む、死にたくない……!」
「――はい?」
「ヒッ……!!」
男の言葉に、綾那は岩にめり込ませた脚を更に奥深くへ進ませた。背後で物凄い音を立てて掘削される岩に、軽薄そうな男は身を竦ませた。その様子に大きなため息を吐いた綾那は、やれやれと頭を軽く振る。
「聞きたい事がたくさんあるんですけれど」
「――は、話す……! 話すから! お、俺らが――「転移」もちの数が減ったら、綾那だって「表」に帰れなくなっちまうぞ? 家ごと「奈落の底」に転移するのだって、聞いてた以上に大変で、無茶苦茶な事になったんだから――!」
「よく分かりませんけれど、帰りについてはあまり心配していません。こちら側の神様がなんとかできるそうなので」
言いながら綾那は、自分の周囲を上機嫌に飛び回るルシフェリアを眺めた。
『そうさ、僕はなんだってできる、すーごい天使だよ! ……うーん残念、彼らは神子じゃなくて普通の人間だから、僕の事が見えていないみたいだね』
ルシフェリアは男達の目の前をゆらゆらと飛んだが、彼らが光る球体を視認できているようには見えない。綾那は「なるほど、ギフトさえもっていれば良いって訳じゃないんだ」と納得した。そんな綾那の様子に、男達は困惑している。
「こ、こっちの神……? なんだそれ、「転移」の神は「奈落の底」にそんなもん存在しないって――」
「いえ、その話は良いです、私の質問にだけ答えてください」
有無を言わさぬ綾那の様子に、男達はグッと口を噤んだ。
綾那の背後には、いつの間にか武器を収めた颯月達が立っている。これ以上の抵抗は無駄だと諦めたらしい男達は、なんとも言えない複雑な表情をしながら――両手を上げて、ゆっくりと頷いたのであった。
「転移」してきたばかりの男はイマイチ状況が飲み込めていないようだったが、しかし軽薄そうな男が「お姫様を攫う前に、ファンを弄ぶ悪女には痛い目を見させてやる! あの巣をここに飛ばすぞ!!」と吠えたのを聞くと、一つ頷いて大きな転移陣を展開させた。
そうして「転移」してきたのは、直径十メートル以上ありそうな、巨大な蜂の巣だった。
ずしんと音を立てて街道へ落とされた巣。普段、木の上にあるのか土の中にあるのか綾那には分からないが、突然住処を荒らされて憤慨しない生き物など居ない。巣の中から激昂状態の蜂が大量に出てきたのは、至極当然の事であった。
「――成! ここで全部倒さねえと街へ雪崩れ込む、残さず確実に仕留めろ!」
「分かってるよ! だから早く、「風縛」でキラービーの動き止めてくれ!」
「わ……私も、「異常回復」を使い続けますから! もし毒を受けたら、すぐに言ってください!」
低空を素早く飛び回る、「表」の大型犬ほどの大きさがある蜂――キラービー。
颯月が風魔法で蜂を絡めとり動きを止めたところを、幸成が火の「属性付与」をした長剣で切り伏せる。鎧を全身で覆った颯月はまだしも、幸成は時に、催眠毒がたっぷり塗り込められたキラービーの毒針――どうやらこの毒針自体が、魔法によって具現化したものらしい――に襲われる。
しかし、その針が少しでも彼の体を掠めれば、光魔法を使える桃華が即座に「異常回復」という魔法を唱えて、幸成の体から毒を浄化する。
キラービー一匹一匹の強さは大した事がないのだが、なにぶん数が多く、そしてすばしっこい。
しかも、そもそも「転移」してきた場所が悪すぎるのだ。ここはまだ街――アイドクレースからそう離れていない。もしもキラービーを討ち漏らせば、颯月の言う通り、最悪街中にまで飛んで行ってしまうだろう。
本来魔物というのは、進んで人を襲う生き物ではない。個体数が増えすぎた末の食糧問題に行き当たった場合にのみ、人の生活圏まで足をのばす。しかしこのキラービーは、「転移」によって巣ごと無理やり移動させられたのだ。
当然混乱しているだろうし、土地勘だってないだろう。右も左も分からず、人の生活圏がどうのこうのと言っていられる状態ではないはず。
だからこそ、颯月達が必死になって討伐しているのだ。彼らは、街へ向かおうとするキラービーから優先的に対処している。さすがは幼馴染三人組とでもいうのか、彼らの息の合った連携は素晴らしい。
しかし、いくら連携が素晴らしかろうが、キラービーの数が三十を超えている以上どうしたって苦戦を強いられてしまう。
(ちょっとこれは、想定外の大混戦……!)
綾那はと言うと、あまり「転移」もちの男達から離れないよう注意しながら、キラービー退治をしている。下手に離れて彼らに余裕を与えれば、簡単に桃華を誘拐されるのではないかと危惧した結果だ。
綾那の存在が、ほんの少しでも「転移」の牽制になれば良い。ギフトは魔法と違って詠唱しないが、それなりに集中力を要するものだから。
綾那の場合、仮に毒針が掠ったところで――傷はともかくとして――毒については、「解毒」で自動的に無効化される。だから致命傷を受けるまでは、毒など気にせず好き放題暴れられる訳だ。「怪力」のレベル2を発動させたまま、近付く蜂をジャマダハルで切り捨てて着実に数を減らしていく。
ただ、どうしても街を守る颯月達とは距離が開いてしまう。本当ならば綾那とて、「解毒」で彼らの手助けをしたいところだが――ここは我慢だ。
「オイ、綾那が「解毒」もちだなんて聞いた事ねえよ、全くダメじゃねえか!! しかも女のくせにあんだけ戦えるなんて、おかしいだろ!?」
「いや、四重奏は魔獣狩りで税金浮かせまくってるって、結構有名な話だぞ? お前ってホントなんつーか……典型的な顔ファンだよなあ」
「あーうるせえなあ、もう! 俺はそもそも、アリスとヤれるって言うから参加したんだぞ!? それなのにアリスがどこに飛んだか分からねえなんて、話が違うっつーの!!」
男らは、あくまでも魔物を「転移」させられるだけで、決して使役している訳ではないようだ。しかし、魔物から認識されにくい――または寄せ付けにくい謎の魔具でも持っているのか、不思議とキラービーは彼らに向かって行く素振りを見せない。
したがって、彼らと近い位置にいる綾那を襲うキラービーの数も、自然と少なくなる。綾那は男達を真っ直ぐに見据えると、改めて問いかけた。
「まさかアリスの暴行目的で、家ごと奈落の底へ「転移」させたんですか……?」
「まあ、あの日集まったヤツは大概がソレ目的なんじゃねえの。『幹事』は違うけどな」
「幹事――それは」
四重奏をこんな目に遭わせようと画策した、黒幕という事か。綾那は更に質問を続けようとしたが、しかし軽薄そうな男が中指を突き立てて舌を出した。
「そんなに教えて欲しかったら、テメエで股開いておねだりするんだな!! 俺ら全員満足させりゃあ、元の「表」に戻してやっても良いぜ!?」
男の言葉に、綾那は口を噤んだ。ここまで下劣なセリフを面と向かって言われたのは初めての事で、純粋に驚いたというのもある。
軽薄そうな男に同調するように、もう一人の男も小さく噴き出してから口を開いた。
「はっ、全員満足って……満足させる頃にはもう、綾那自身「表」の事なんてどうでもよくなってんじゃねえの」
そうして紡がれた言葉に、軽薄そうな男が頷いて大きな笑い声を上げる。
「言えてんな! 女なんて所詮、男の性欲満たすためだけに存在してんだからよ――順応できるようになってんだよな、頭も体も」
「ああ、こっちへ来てから何人か試した結果が裏付けてる」
「……試した?」
「なんだ、興味あんの? 折角異世界に来たんだから……そりゃ、自由に生きなきゃ損だろ!? ここで何をしたって「表」には関係ねえ、「転移」さえあれば俺らが捕まる事もねえんだ! どうせなら、楽しまなきゃな」
何がそんなにおかしいのか、顔を見合わせて下卑た笑い声を上げる男達を見て――綾那は首を傾げた。
ルシフェリアが言っていた、「この世界の人間が余所者に傷付けられて腹が立つ」というのは、まさにこれが原因なのだろうか。彼らの犯した罪について、詳細を聞く気は起きない。
とにかく、彼らは「奈落の底」で好き放題、傍若無人に暮らしているのだ。犯罪も何も、お構いなしに。
(どうしてこんなに、イライラするんだろう――?)
いや、ここまで侮辱されれば普通、怒って当然なのだ。いくら綾那が「怪力」もちでも、さすがに苛立つだろう。
しかし、どうにも今現在、苛立ちのレベルが尋常ではないような気がしてならない。いまだかつて、綾那がここまで苛立った事があっただろうか? いや、恐らくない、初めての経験だ。
(なんか、全身の血が沸騰して、体がバラバラになりそうで……)
――怖い。
綾那は生まれて初めて抱いた感情に、言いようのない不安を覚えた。国の教育機関で教え込まれたのは、怒りを抑制する事だ。抑えきれずに爆発した怒りは、その後、一体どうなるのだろうか。普通の人間は、爆発してしまった怒りをどうやって消すのだろうか。
そもそも怒らないようにと教え込まれた綾那は、怒りの鎮火方法なんて教えられていないのに。
綾那が己の感情に戸惑う様を見て、彼らは自分達が優位に立っていると思ったらしい。軽薄そうな男は、機嫌よさげに口を開いた。
「なあ、俺らは神に選ばれたんだよ。「転移」を司る「表」の神に! 神様公認なんだから、何したって良いんだよ!」
得意げに吠える男を、綾那は黙って見返した。今度は一体何の話だ――と、マスクの下で目を眇める。
「神は「転移」もちの俺らを選んで、「奈落の底」の存在を教えてくれた。しかもギフトの本当の使い方――「表」の秘密についても教えてくれたって訳だ!」
「秘密?」
「よくよく考えたら、不思議に思わねえか? 人間だってギフトをもってるっていうのに、魔獣にならねえ理由が」
魔獣とは、動植物のもつギフトが暴走した結果、突然変異した生物の総称である。綾那の知る限り、人間のもつギフトが暴走した事例――つまり、人間が魔獣になったという事例はない。
その理由は――。
(……理由?)
――不思議とそんなモノは、今まで一度たりとも考えた事がなかった。ただ「そういうものなのだ」と、納得していたからだ。
「全部、「表」の神様による洗脳なんだってよ。「転移」が物しか運べないなんて、誰が決めた? なんで誰も、人を運ぼうと試す事すらしない? 「怪力」もちなんて、いとも簡単に人殺しになりそうなのに……なんで誰も人を殺さねえ? 一度でもニュースで、「怪力もちが、素手で人を殴り殺しました」なんて見た事があるか? おかしいだろ。俺ら人間は生まれた時から、神様にギフトと意識を抑制されてんだよ」
「そりゃあ、こんな便利な力を一人一人が全力で使ってたら、「表」の世界はあっという間に崩壊しちまうだろ――当然だよな。だけど俺らは違う、「転移」の神直々に「人間を「転移」できる」って教え込まれたんだからな!」
『――全部、本当の事だよ』
突然間近で聞こえた声に、綾那は小さく肩を跳ねさせた。ちらりと横を見やれば、いつの間にかルシフェリアが降りてきている。まだ得意げに何事かを話している男達を横目に、綾那はルシフェリアへ意識を集中させた。
『そういう、ちょっとずさんな世界なんだよね、「表」って。理性ある生き物は生まれた時からカミサマに洗脳されているから、ギフト本来の力の四割ぐらいしか発揮できないようになってる』
「それは――」
『そもそも動植物が魔獣化するのは、ギフトの暴走じゃあなくて……動物は理性よりも本能が勝りやすいし、植物に至っては理性そのものが存在しないでしょう? つまり、カミサマの定める「使っていいギフトのボーダーライン」を簡単に超えてしまって、世界を脅かす危険分子だと認識される訳さ。カミサマ的には要らないでしょう? そんなモノ――』
「じゃあ……「表」の神様が、ラインを超えた生き物を魔獣に変えている――?」
『君の「怪力」も国の教育の賜物なんかじゃなくて、カッとならないようカミサマに抑制されているだけだよ。だから……君は生来の性格的におっとりしているみたいだけど、覚えがあるんじゃない? こっちに来てから、ちょっぴり怒りっぽくなった気がする――とかね』
淡々と説明するルシフェリアの言葉に、綾那はゾッとした。つまり綾那も、知らぬ内にギフトを配る神に力を抑制されて、洗脳されているという事か。
『それに、人間が一人も魔獣化していないっていうのは、ちょっと無理があるんじゃないかな。ほら、人間って色んな考えの子がいるでしょう? ちょっと普通じゃない思想をもった子とか、平気で罪を犯しちゃうような子とか――そういう人間は、ラインを超えやすいから。あまりに姿形が人らしくないから誰も気付いていないだけで、本当は居ると思うよ……人間由来の魔獣が』
ルシフェリアは、「どうせ倒したら、霧になって消えちゃうんだもの。がなんなのかなんて、誰にも分からないよ」と続けた。
(じゃあ私も、元々人間だった魔獣を倒した事があるかも知れない――?)
綾那は青褪めたが、しかし彼女の心境などお構いなしに、ルシフェリアは明るい声色で話し続ける。
『あのね? 言ってなかったけど僕、実は「表」のカミサマとすっごく仲が悪いんだぁ!』
「……はい?」
『この馬鹿な余所者達に入れ知恵をした、馬鹿な「転移」のカミサマとは特にね! あの馬鹿は、僕がこの箱庭をどれほど大事にしているかよく知っている。どうやら君とお仲間は、馬鹿の企みに巻き込まれたみたいだ――それも、この僕に喧嘩を売るためだけにね』
「そんな、事って」
――それでは、何か? 「転移」の神とルシフェリアの折り合いが悪く、「転移」の神がルシフェリアの箱庭に嫌がらせしようと考えて――「表」の人間を送り込んで、荒らしてしまえと。そうしてこの男達に要らぬ入れ知恵をした結果が、コレか?
ただ面白おかしく暮らしていただけの四重奏が、その家が――婦女暴行目的なんてバカみたいな理由で、「奈落の底」へ「転移」させられて、全員離れ離れになった。それも、スターオブスター殿堂入り直前の大事な局面で。
奈落の底に落とされた綾那は超深海で溺死しかけ、悪魔に襲われ、眷属に襲われ、今でこそ仲良くなったものの幸成には散々スパイ扱いされて。ひと月以上経った今も、まだメンバーとは再会できずにいる。
それら全てがたまたま、運悪く巻き込まれた結果だというのか。
(そんなバカな事が、許されるの?)
綾那はおもむろに、両手にもつジャマダハルを鞘に納めた。そして、ぎりっと拳を握り締める。武器を収める綾那を見た男達は、戦意喪失したと受け取ったのか――満足げな表情で頷いた。
「そうそう、女は黙って男の言う事を聞いてりゃあ良いんだよ。お前、「怪力」さえなけりゃマジで見た目最高の女なんだからよ!」
「その「怪力」だって、そう悪くねえよ。滅多に怒る事ねえし、言えばどんな事でもしてくれそうだろ」
「確かに、発動にも時間がかかるって言うし――それまでに骨抜きにしちまえば終わりだろ! おい綾那。神に選ばれた俺らとの違いが分かったなら、さっさとこっち来て「抱いてください」ってお願いしてみ――」
綾那は男の言葉を最後まで聞く事なく、「怪力」のレベル5を一気に発動した。綾那の体が一瞬光に包まれて、それが収まった時には既に、純白のフルプレートアーマーに全身を覆われている。突然の事に、男達はぽかんと口を開いた。
「は? なんで、いきなりレベルマックスに……?」
「ご自分達が得意げに説明していた事を、もう忘れたんですか?」
颯月と同じく、フルフェイスマスクで顔を覆われているため、綾那の声はややくぐもっている。綾那は言いながら、男らに背を向けて歩き出した。
向かう先にあるのは、全長十メートルを超すキラービーの巣である。
「レベル1から順に引き上げていかないと使えないなんて、一体誰が決めたんですか? それに「怪力」もちは怒らないなんて――そんな理不尽な事がありますか?」
正確に言えば、「怪力」はレベル1から順でなくとも一気に発動できると教えてくれたのは、綾那の師である。
しかし、綾那が今までに経験した事のない激しい怒りは――これに関しては確実に、「表」でギフトを抑制している神様とやらの力が、「奈落の底」に来てから弱まっているせいだろう。そうでなければ説明がつかない。こんなにも激しい憤怒を日常的に感じていては、恐らく綾那は「表」で人の一人や二人平気で殴り殺している。
キラービーの巣の真下に辿り着くと、まだ中から羽音が聞こえてくる。綾那が男らと話し込んでいる間、颯月達の手によって相当数のキラービーが討伐されたようだ。もう。外を飛び回る蜂の姿はない。蜂の巣越しに、颯月達がこちらへ駆けてくる姿も見えた。
彼らは、いつの間にか真っ白い全身鎧を着込んだ綾那の姿に驚いた様子だった。一刻を争う事態だと判断したのか、揃って足を速める。しかし、綾那が片手でひょいとキラービーの巣を持ち上げた途端に、その場でぴたりと足を止めた。
『アハハッ、いいね君、格好いいじゃない!』
隣をついて飛び回るルシフェリアは、愉快そうな笑い声を上げている。
綾那は巣を持ち上げたままゆっくり「転移」もちの男達を振り返ると、フルフェイスマスクを被ったままこてんと小首を傾げた。
――まるで、「いきますよ?」と問いかけるように。
「て、てっ、「転移」! 早くしろ! ぶっ潰されるぞ!!!」
「どこでも良いから、とにかく飛べ!?」
男達の足元に転移陣が敷かれるのと同時に、綾那は手に持ったキラービーの巣をブンと放り投げた。そして周囲を見渡すと、すぐ近くにある岩場の影が光っている事に気付いて、そちらへ移動する。
その背後では、ズドンと音を立てて地面に落ちた蜂の巣が、衝撃と自重に耐えかねて崩壊している。あれでは、中に残っていたキラービーも巣の生き埋めになったに違いない。
男達はとにかく逃げるのに必死で、転移先の座標をごく近場に設定したのだろう。
腰を抜かした状態で綾那の目の前に「転移」して来た男二人。その間に片足をゴッと蹴り入れれば、男達が背にする岩に綾那の脚が深くめり込んだ。
綾那はめり込ませた方の脚の膝に片肘をつくと、前傾姿勢になって男達を見下ろす。彼らはヒュッと鋭く息を吸って体を硬直させると、恐る恐る綾那を見上げた。
「えぇと……「テメエで股広げておねだりしろ」、でしたっけ?」
男達は「違う、そうじゃない」と思った事だろう。確かに今、綾那は己の意思で足を大きく開いているが――開いていればなんでも良いという訳ではない。そもそも、フルプレートアーマーでおねだりもクソもない。
「さて、この距離に居れば絶対に逃がしませんよ。「転移」するならお好きにどうぞ? 私も一緒に飛ぶだけですから」
「ま、待て、殺すな、頼む、死にたくない……!」
「――はい?」
「ヒッ……!!」
男の言葉に、綾那は岩にめり込ませた脚を更に奥深くへ進ませた。背後で物凄い音を立てて掘削される岩に、軽薄そうな男は身を竦ませた。その様子に大きなため息を吐いた綾那は、やれやれと頭を軽く振る。
「聞きたい事がたくさんあるんですけれど」
「――は、話す……! 話すから! お、俺らが――「転移」もちの数が減ったら、綾那だって「表」に帰れなくなっちまうぞ? 家ごと「奈落の底」に転移するのだって、聞いてた以上に大変で、無茶苦茶な事になったんだから――!」
「よく分かりませんけれど、帰りについてはあまり心配していません。こちら側の神様がなんとかできるそうなので」
言いながら綾那は、自分の周囲を上機嫌に飛び回るルシフェリアを眺めた。
『そうさ、僕はなんだってできる、すーごい天使だよ! ……うーん残念、彼らは神子じゃなくて普通の人間だから、僕の事が見えていないみたいだね』
ルシフェリアは男達の目の前をゆらゆらと飛んだが、彼らが光る球体を視認できているようには見えない。綾那は「なるほど、ギフトさえもっていれば良いって訳じゃないんだ」と納得した。そんな綾那の様子に、男達は困惑している。
「こ、こっちの神……? なんだそれ、「転移」の神は「奈落の底」にそんなもん存在しないって――」
「いえ、その話は良いです、私の質問にだけ答えてください」
有無を言わさぬ綾那の様子に、男達はグッと口を噤んだ。
綾那の背後には、いつの間にか武器を収めた颯月達が立っている。これ以上の抵抗は無駄だと諦めたらしい男達は、なんとも言えない複雑な表情をしながら――両手を上げて、ゆっくりと頷いたのであった。
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