上 下
55 / 70
番外編①

2 ヒロインナノヨ伯爵令嬢の前日譚2

しおりを挟む
 ――『甘夢』の世界は生前の日本と比べて前時代的。
 家電製品なんてある訳ないし、上下水道設備だってそんなに開発が進んでないからトイレは汲み取り式。
 お風呂にバスタブがあってもお湯が出る蛇口なんてない、人力でお湯を沸かしてバスタブに運ぶのよ……全くとんでもない世界だわ。

 正直言って不便な世界に慣れるまで時間はかかったけど、でもやっぱり「郷に入っては郷に従え」よね。
 面白い世界に生まれた事には違いないし、ちょっとした不遇だって後に待ってるハッピーエンドを際立たせるためのスパイスよ、スパイス。
 甘んじて受けようじゃあないの。

 ――それにまあ、伯爵家の令嬢に生まれた私にはあまり関係ない事だったしね。

 家は使用人だらけで家事なんて一切する必要がない。
 トイレが汲み取り式だって言ったって別に私が汲み取る訳じゃあないし、お風呂でお湯が出ないって言ったって沸かすのはメイドだもん。
 私はただ待っているだけで良いんだから。

 ゲームのアレッサはお菓子作りが得意って設定だったけど……正直私にはムリ。
 だってオーブン! 窯なのよ、あんなもんどうやて温度管理しろって言うの、超燃えてるんだけど?
 ピザじゃあるまいし、窯に張り付いてクッキーを見守り続けるなんて絶対にムリ、熱いし。

 別に「お菓子作り」なんてありがちな設定なくたって平気でしょ? だって私は愛されヒロインだもの、使用人にクッキー焼かせたって良いじゃない。
 そもそも貴族の令嬢が手ずからクッキー焼くって何なのよ、全く。

 しかも伯爵夫妻……今世の私の両親ね、マジで私のことが好き過ぎるのよ。
 目に入れても痛くないって、たぶんこういう事を言うんでしょうね。キッチンに立つなんて許してくれるはずがないわ、危ないもの。

 試しに家に飾ってあった高そうな花瓶を割ってみても全っ然叱らないし、むしろ「割れるようなものをアリーの手の届くところに置いた無能は、どこのどいつだ!」ってメイドをクビにするレベル。
 あ、「アリー」っていうのは私の愛称ね。だから私1回も親に叱られたことないわ、親どころか誰からもね。

「可愛いアリーが男の目に触れるのは危険だ」って言って家から1歩も出してくれないし……私が10歳になる頃には、使用人の中から男が消えてたわ。
 たぶんだけど、私が生まれつきもってる「魅力ファシネーション」ってスキルのせいね。
 異性を虜にしちゃうヒロインスキルだから、まあお父さんお母さんが心配になっちゃう気持ちも分かるかな。
 だって使用人にロリコン男が混ざってたら大変なことになるかも知れないじゃない? 愛され過ぎるのも考え物だわね。

 あとゲーム特有の、男の攻略度ならぬ好感度が目視できる「愛されまなこヒロインアイ」ってスキルも持っているんだけど……あいにく家の中から未婚の男が消えちゃったから、使う機会もないわ。お父さんは既婚者だから、何も映らなくてつまんないし。


 ◆


「アリーは本当に賢いな、天才かも知れない!」
「きっと学院に入っても主席で卒業できるに違いないわ。何でもできるんですもの、きっとあなたに似たのね」
「何を言うんだ、お前に似たに決まってる。だからこんなにも美しいんだろう」

 新しい両親のことは結構好きだけど、でも頻繁に私をダシにしていちゃつくのだけは鬱陶しいわ。
 私のこと何も分からない子供だと思っているんでしょうけど、前世と合算すれば2人と同年代だわよ。
 でもいつも幸せそうで羨ましい、この2人を見てると私も「結婚もアリかも?」なんて気持ちにさせられる。

 ――それにしてもこの世界、学力レベルが低すぎてヤバイわ。
 学院を卒業した大人でも日本の義務教育修了レベル以下なのよね……道理で何もかも前時代的なはずよ。

 ゲームの世界だから仕方がないのかも知れないけれど、何故か今以上に学びを深めようって気は誰にもないみたいだし……完全に停滞してる感じ。
 まあお陰様で、前世で大学卒業間近だった私は天才扱いな訳よ。
 文系専攻だったから本当は数学とか科学とか苦手なんだけど、でも因数分解程度ならギリギリ何とかなるわ。
 正直これなら、新たに勉強する必要はないかな……だって卒業した後にもっと勉強しなくちゃやっていけないかって言えば、そんなことないんだもの。

 ってか、私よりレベルの低い家庭教師の相手をさせられ続けるのって、不快だから本当は辞めたいのよね。
 知らないフリするのも面倒くさいし、かと言って頭が良い事を匂わせすぎると「学院に行く必要がないほど賢い」なんて言われ始める始末。
 絶対にレスタニア学院に行きたいから、我慢して家庭教師を続けるしかないとは思うけど。

 ――あーあ、早く16歳にならないかしら。家から出られないし、男も居ないし……周りはバカばっかりで、つまんないからさっさとヒロイン無双したいのよね。年々可愛くなっててマジでやばいわよ、アレッサこと私。

 卒業式を待たずにエヴァンシュカをぎゃふんと言わせるのもアリかも。いや、いっそのことエヴァンシュカ攻略ルートとか開拓できないかしら?

 実は悪役王女のエヴァンシュカ、誰からも愛されずに育ったせいで性格が歪んだって言うありがちな裏設定があるの。
 メチャクチャ兄妹が多い上に末娘で、既に栄えまくってるハイドランジアからすれば、政略結婚の駒的にもあんまり価値がないとか……親からひとつも期待されてないし、上の兄妹からも煙たがられて無視されてる。
 誰にも愛されなかったから、承認欲求強めの「かまってちゃん」で、エヴァンシュカがワガママなのはそのせい。

 そんなエヴァンシュカをヒロインが友情で更生させるルートなんて面白そうじゃない?
 意外と私がちょっと優しくしただけでコロッと攻略できちゃったりして……悪くないわね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。

月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」  公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。 一応、R15にしました。本編は全5話です。 番外編を不定期更新する予定です!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

処理中です...