上 下
9 / 70
第1章 万能王女と転生ヒロイン

8 騎士と令嬢

しおりを挟む
 ひとしきり思案に耽った伯爵令嬢は、おもむろに立ち上がると、改めてエヴァ王女と対峙されました。
 やはり薄桃色の可愛らしいドレスは、しゃがみこんでいたせいで皺だらけになっています。

「――分かったわよ、エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア……つまり貴女、その騎士と結婚するつもりで動いてる訳ね?」
「…………わたくしが、ハイドと?」
「で、一体どこの令息なのよ? 曲がりなりにも王女が嫁いでも許されるような相手と言う事は、それなりの家門の騎士なんでしょう?」
「……………………いいえ、わたくしも常々「そう」出来ればどれほど良いかと考えておりますけれど……それだけは出来ませんのよ。誰も――ハイドだって許してくれませんわ」
「えっ?」

 エヴァ王女はゆるゆると首を横に振ると、僅かに肩を落として俯いてしまわれました。
 そんな王女の反応をご覧になって、伯爵令嬢は瞠目して――そして、途端にパッと華やぐような笑みを浮かべます。

「ええ!? じゃあ何よ、こんなに所作が洗練されているのに、もしかして平民なの!? ――それは普通、王女が嫁ぐなんて無理に決まってるわよね! よくて駆け落ちエンドってところかしら?」
「駆け落ちなんて、ハイドは絶対にしてくれませんもの……」

 王女は、まるでこちらの顔色を窺うように上目遣いになられました。
 その表情からして「そんな事はない」と否定される事を期待しているのは間違いありませんが、しかしその場限りの嘘をつくつもりはございません。

 わたくしはただ微笑んで、無言のままエヴァ王女を見つめます。
 こうして改めて見ると、やはりハイドランジア国民の至宝の呼び名は伊達ではありません。すっかり沈みかけの夕日を浴びて赤らんだ姿は、まるで1枚の絵画のよう。
 ……本当に、愛らしい女性に育ったと思います。

 互いに言葉を発しないまま2人で見つめ合っていると、ヒロインナノヨ伯爵令嬢が一際ひときわ高く甘い声を出されました。

「へえ~……――じゃあ、私が攻略しても良いわよね?」
「こ、攻略? それは何ですの?」
「エヴァンシュカが攻略出来ない隠しキャラなら、キープしてたって無駄でしょ? イケメンの無駄遣いよ! だから、私がこの騎士を貰っても良いでしょって事――っていうか絶対に貰うから! 貴女は好き勝手に生きて私のハーレム計画を頓挫とんざさせたんだもの、文句なんてないわよね?」

 ヒロインナノヨ伯爵令嬢は一方的にそう告げると、ご令嬢らしい細く柔らかい両手で、わたくしの腕にしがみついてこられました。

 ぎゅうぎゅうときつく腕を抱かれ、胸の膨らみを露骨なくらい押し付けられると……わたくしも少々、困惑してしまいます。
 それはまず間違いなく、淑女として――特に未婚の女性としてあるまじき破廉恥な行いです。

 もしかすると彼女は、レスタニア学院で「攻略キャラ」と呼ばれる殿方相手にもこのような行為を繰り返していたのかも知れません。
 それは、皇国の貴族の間でブラックリスト入りして当然でしょう。

 ――ただ、何故でしょうか。不思議と彼女に触れられるのはそこまで不快ではないと言うか……呆れこそすれ、悪感情は抱きません。
 つい先ほどまで鬼の形相でしたが、よくよく見てみると、やはり元は可愛らしいお顔立ちをされている方のようです。

 このおかしな言動と傲慢な態度さえなければ、殿方から引く手あまたのご令嬢だったでしょうに――。
 絶妙に残念で……そう、ある意味可愛らしいですね。
 エヴァ王女以外のご令嬢にこんな気持ちを抱いたのは、本当に久しぶりです。

 飼い主に撫でられるのを期待して待つような、キラキラとした――それでいてどこか不敵な目をしたヒロインナノヨ伯爵令嬢。
 わたくしは彼女を、つい微笑ましいものをみるような眼差しで見下ろしてしまいました。

「――だっ、ダメですわヒロインナノヨ伯爵令嬢! ハイドはモノではありませんし、わたくしの騎士ですのよ!!」
「だから、誰がヒロインナノヨ伯爵令嬢よ!?」
「いくらわたくしの気を引きたいからって、ハイドを奪おうとするのはいけません、間違っていますわ! わざわざそのような事をなさらずともわたくし、ちゃんとお友達になってさしあげますから!!」
「……さ、さっきから何言ってんのよマジで!? 別に貴女と友達になんてなりたくないわよ、ただこのハイドって騎士は絶対に私が攻略するから、邪魔しないでって言ってるの!」
「まあ……! わたくしはハイドから、「いくら照れ隠しであっても、心にもない言葉を人に聞かせるものではない」と教わりましたわよ! 変に己の矜持きょうじを守ろうと固持こじしていたって、何の得にもなりません。友愛の証として、ヒロインナノヨ伯爵令嬢にもこの金言きんげんをお贈りいたしますわ!」
「だっから、色々と違うって言ってるでしょ!? 人の話を聞きなさいよー!」

 大庭園に「よー! よー……! よー……」と、次は伯爵令嬢の高い声が木霊こだましました。
 今更ながら、どちらも未婚の若い女性なのですから、もう少し声を潜めてバトルするよう進言すべきでした。
 お2人とも元気いっぱいで可愛らしいですけれどね。

 エヴァ王女の素っ頓狂な発言によほど驚愕されたのか、伯爵令嬢はわたくしの腕から身を離してハアハアと肩で息をしておられます。

 そこへすかさず王女が飛びついて来て、自由になったばかりのわたくしの腕をぐいぐいと引きます。どうも、令嬢と距離を取らせようとお考えの様子ですね。

「エヴァ王女様、ひとまず本日はもう時間も遅いですから、ヒロインナノヨ伯爵令嬢にお別れのご挨拶をいたしましょうか」
「え? でも、せっかくお友達になれそうですのに……」

 わたくしを見上げて困惑するエヴァ王女。わたくしの背後からは、「ヒロインナノヨ伯爵令嬢じゃないって言ってるでしょ!」と甲高い声が聞こえてきます。

「招待客であるという事は、彼女とはまだいくらでもお話する機会がございます。そう焦らずとも問題ありませんよ」
「そうなんですの? けれど、わたくしの誕生パーティに招待された身なのでしょう……パーティが終わってしまえば、皇国へ戻らなければならないのでは?」
「サプライズですので、わたくしの口からは言いたくありませんでしたが――陛下の「プレゼント」のおひとつですよ。今回のパーティに招待されたお客様方は全て、男女問わず王女様のご友人候補でございますから。皆さん少なくとも、数週間はこの城に滞在されるはずですよ」
「まあ! そうでしたのね!? ――あら、でもそれがわたくしの「目的達成」の、何の手助けになるのかしら……」

 王女は何事か熟考するように真剣な眼差しになられましたが、しかしすぐヒロインナノヨ伯爵令嬢に向き合うと、ドレスの裾を掴み美しい礼を披露されました。

「――ではそういう事ですので、本日は失礼いたしますわね。お話の続きはまた後日いたしましょう?」
「は!? い、いやちょっと待ちなさいよ! ――ぜ、絶対にその騎士……ハイドは私が攻略するんだからね! 邪魔するんじゃないわよエヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジアー!!」

 ヒロインナノヨ伯爵令嬢、最後まで一度も王女の名前を間違えませんでした。並々ならぬ執念のようなものを感じます。
 あのように元気なご令嬢が城に滞在されるとなると、わたくしもエヴァ王女も、しばらく退屈せずに済みそうですね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...