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第5章 終わりの約束を
10 地震の原因
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温め直したごはんは、ちょっとだけしょっぱかった。鼻が詰まって味がぼんやりしていたけど、今日も美味しい思う。
汁ものだと思っていたのは、シチューっていう白いスープだ。野菜がたくさん入っていてトロトロで、パンを浸して食べるとバターの味が増して、もっと美味しかった。
一緒に入っている干し肉は、炒めた時に出る野菜の水でふやふやになっているから、柔らかくて食べやすい。噛むたびにじゅわっじゅわって、口の中に濃い味が広がるのが好きだ。
ごはんを食べている時に、母さんは改めて「やっぱり、街の医者に目を診せた方が良いと思うわ」って言った。バチバチの電気が流れている場所なんて、痛そうで嫌なんだけどなあ。
でも、僕がレンファに「ダメだ」って言われていたのに勝手なことをして、それで悪くした目だから――ちゃんと言うこと聞かなきゃダメだよね。
「ごちそうさまでした」
――さて、食べ終わったら片付けだ。空になった食器を紙で拭いた後、家の裏に溜まった水で洗い流していくんだよ。
母さんはまた台所に立って「もう怒ってないけど、悪いことをした罰としてにんじんのお茶を作るからね」って意地悪く笑っていた。凄くつらい。
家の裏までお皿を持って行って、濡らしたタオルで丁寧に拭く。脂っぽいものってすごく美味しくて好きだけど、食べた後の片付けが大変だ。拭いても拭いてもお皿がぬるぬるして、これは本格的な冬になったらもっと大変だぞ。このやり方を続けていたら、風邪をひいちゃうかも知れない。もしかしたら、季節に合った洗い方があるのかな。
外は暗いから、足元にランタンっていう持ち運べる灯りを置いている。ガラスの透明な囲いでロウソクを閉じ込めて、持ち手もついているんだ。これならロウが溶けても、手にかかる心配がないよね。
ランタンの灯りを頼りに、お皿拭きに夢中になる。冷たい風が吹いて、森の木がざわめく音と――落ち葉が舞う、カサカサっていう音がする。
冬って寒くてつらいけど、不思議な空気があって面白い。ピリッとしてる? キリッとしてる? よく分からないけど、頭と体がしっかりする感じ。
――でも何だか、季節に合わない花みたいな甘い香りがする。
「あの……」
「っうわぁあ!?!?」
見えづらい左側から女の子の声がして、僕はお皿とタオルを持ったまま飛び上がった。お皿を投げ出さなくて、本当に良かった!
ドキドキしながら声のした方を見ると、暗い中に浮かび上がる白い顔が――!!
――いや、あれ? なんだ、レンファじゃないか。
レンファは僕の声に驚いたみたいで、キツネ目を真ん丸くして固まっている。
「えっ、あっ、ご、ごめんね、ちょっと驚いた――って、レンファどうしたの? もう気が向いた?」
レンファは夕方の別れ際に、次は僕のところへ遊びに来てくれるって言っていた。ただ気が向いたらとも言っていたから、次に会えるのはいつかなって、すごく楽しみにしていたんだ。
まさか、その日のうちに気が向くなんて思わなかったけど――もう夜遅いのに小さな女の子が1人で出歩くなんて危ないなあ。
確かにここは人が住んでいないみたいだけど、動物は多い気がする。
だって、セラス母さんの寝る部屋には猟銃があるんだ。母さんは狩猟免許っていうのを持っているんだって。害獣駆除して街へ持って行くと、謝礼が出るみたいなことを言っていたけど、僕にはちょっと難しい話だった。
――とにかく。ついさっき母さんと一緒に色んな話をして、色んなことを考えたばかりだ。命は大切にしなくちゃいけない。
僕はレンファを死なせてあげたいし、例え今のレンファが死んだところで、次のレンファになるだけってことは分かっている。
それでも、自分で自分を殺す変な死に方だけはして欲しくない。レンファまでゴミになって欲しくないって思った。
「ダメだよ、レンファ。夜は危ないんだから」
「え? は、ああ、ごめんなさい……驚かせてしまったみたいで。てっきり、私のことが見えている上で気付かないフリをしているものだとばかり……暗いし、見えていなかったんですね」
「ええと……それはちょっと違くて。レンファにも話さなくちゃいけないんだけど――」
僕は左目が悪くなったことを説明しようとした。でも、バン! って扉が開く音とセラス母さんの「アレク!?」って声に遮られる。
たぶん僕の声に驚いたのは、レンファだけじゃないんだな。ちょっと恥ずかしい。
セラス母さんは大慌ててで裏手に回って来て、僕だけじゃなくてレンファまで居ることに気付くと「え」って声を上げた。
「ちょっと、何? どうしたのよ、レン……何時だと思って――」
レンファは、ちょっとだけ俯いた。胸の前で両手の指を絡ませて、もじもじしながら言いにくそうに口を開く。
「その……ちょっと、助けて欲しくて」
「……助ける? それは構わないけれど、一体何なのよ」
「家が――」
「家?」
「だから、その……家が、潰れてしまって。寝るところがなくて……」
「……は?」
「えっ……つ、潰れたの? あの家が? ――どうして? だって、あの家は永遠で――」
僕は詳しく聞こうとしたけど、そっと顔を覗き込んだらレンファが泣いていて、やめた。
ただ、その顔はつらそうでも悲しそうでもなくて、笑っているように見えた。
「と、とにかく、外は冷えるから中へ入りなさい。ちょうどお茶も入ったところだし……ほら、早く」
「……にんじんのお茶だよね? 僕は、お皿を拭き終わってから戻るよ……」
「お皿なんて明日で良いから、アレクも入りなさい」
「…………はぁい」
セラス母さんは、レンファの肩を抱いて家の中に入って行く。僕は拭きかけのお皿を重ねて、母さんたちの後について行った。
汁ものだと思っていたのは、シチューっていう白いスープだ。野菜がたくさん入っていてトロトロで、パンを浸して食べるとバターの味が増して、もっと美味しかった。
一緒に入っている干し肉は、炒めた時に出る野菜の水でふやふやになっているから、柔らかくて食べやすい。噛むたびにじゅわっじゅわって、口の中に濃い味が広がるのが好きだ。
ごはんを食べている時に、母さんは改めて「やっぱり、街の医者に目を診せた方が良いと思うわ」って言った。バチバチの電気が流れている場所なんて、痛そうで嫌なんだけどなあ。
でも、僕がレンファに「ダメだ」って言われていたのに勝手なことをして、それで悪くした目だから――ちゃんと言うこと聞かなきゃダメだよね。
「ごちそうさまでした」
――さて、食べ終わったら片付けだ。空になった食器を紙で拭いた後、家の裏に溜まった水で洗い流していくんだよ。
母さんはまた台所に立って「もう怒ってないけど、悪いことをした罰としてにんじんのお茶を作るからね」って意地悪く笑っていた。凄くつらい。
家の裏までお皿を持って行って、濡らしたタオルで丁寧に拭く。脂っぽいものってすごく美味しくて好きだけど、食べた後の片付けが大変だ。拭いても拭いてもお皿がぬるぬるして、これは本格的な冬になったらもっと大変だぞ。このやり方を続けていたら、風邪をひいちゃうかも知れない。もしかしたら、季節に合った洗い方があるのかな。
外は暗いから、足元にランタンっていう持ち運べる灯りを置いている。ガラスの透明な囲いでロウソクを閉じ込めて、持ち手もついているんだ。これならロウが溶けても、手にかかる心配がないよね。
ランタンの灯りを頼りに、お皿拭きに夢中になる。冷たい風が吹いて、森の木がざわめく音と――落ち葉が舞う、カサカサっていう音がする。
冬って寒くてつらいけど、不思議な空気があって面白い。ピリッとしてる? キリッとしてる? よく分からないけど、頭と体がしっかりする感じ。
――でも何だか、季節に合わない花みたいな甘い香りがする。
「あの……」
「っうわぁあ!?!?」
見えづらい左側から女の子の声がして、僕はお皿とタオルを持ったまま飛び上がった。お皿を投げ出さなくて、本当に良かった!
ドキドキしながら声のした方を見ると、暗い中に浮かび上がる白い顔が――!!
――いや、あれ? なんだ、レンファじゃないか。
レンファは僕の声に驚いたみたいで、キツネ目を真ん丸くして固まっている。
「えっ、あっ、ご、ごめんね、ちょっと驚いた――って、レンファどうしたの? もう気が向いた?」
レンファは夕方の別れ際に、次は僕のところへ遊びに来てくれるって言っていた。ただ気が向いたらとも言っていたから、次に会えるのはいつかなって、すごく楽しみにしていたんだ。
まさか、その日のうちに気が向くなんて思わなかったけど――もう夜遅いのに小さな女の子が1人で出歩くなんて危ないなあ。
確かにここは人が住んでいないみたいだけど、動物は多い気がする。
だって、セラス母さんの寝る部屋には猟銃があるんだ。母さんは狩猟免許っていうのを持っているんだって。害獣駆除して街へ持って行くと、謝礼が出るみたいなことを言っていたけど、僕にはちょっと難しい話だった。
――とにかく。ついさっき母さんと一緒に色んな話をして、色んなことを考えたばかりだ。命は大切にしなくちゃいけない。
僕はレンファを死なせてあげたいし、例え今のレンファが死んだところで、次のレンファになるだけってことは分かっている。
それでも、自分で自分を殺す変な死に方だけはして欲しくない。レンファまでゴミになって欲しくないって思った。
「ダメだよ、レンファ。夜は危ないんだから」
「え? は、ああ、ごめんなさい……驚かせてしまったみたいで。てっきり、私のことが見えている上で気付かないフリをしているものだとばかり……暗いし、見えていなかったんですね」
「ええと……それはちょっと違くて。レンファにも話さなくちゃいけないんだけど――」
僕は左目が悪くなったことを説明しようとした。でも、バン! って扉が開く音とセラス母さんの「アレク!?」って声に遮られる。
たぶん僕の声に驚いたのは、レンファだけじゃないんだな。ちょっと恥ずかしい。
セラス母さんは大慌ててで裏手に回って来て、僕だけじゃなくてレンファまで居ることに気付くと「え」って声を上げた。
「ちょっと、何? どうしたのよ、レン……何時だと思って――」
レンファは、ちょっとだけ俯いた。胸の前で両手の指を絡ませて、もじもじしながら言いにくそうに口を開く。
「その……ちょっと、助けて欲しくて」
「……助ける? それは構わないけれど、一体何なのよ」
「家が――」
「家?」
「だから、その……家が、潰れてしまって。寝るところがなくて……」
「……は?」
「えっ……つ、潰れたの? あの家が? ――どうして? だって、あの家は永遠で――」
僕は詳しく聞こうとしたけど、そっと顔を覗き込んだらレンファが泣いていて、やめた。
ただ、その顔はつらそうでも悲しそうでもなくて、笑っているように見えた。
「と、とにかく、外は冷えるから中へ入りなさい。ちょうどお茶も入ったところだし……ほら、早く」
「……にんじんのお茶だよね? 僕は、お皿を拭き終わってから戻るよ……」
「お皿なんて明日で良いから、アレクも入りなさい」
「…………はぁい」
セラス母さんは、レンファの肩を抱いて家の中に入って行く。僕は拭きかけのお皿を重ねて、母さんたちの後について行った。
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