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第5章 終わりの約束を
6 呪いの行方
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「良いですか? 君がやったことは、最低最悪の空き巣――いいえ、居空き(※家の住人が在宅中に別の部屋へ侵入して、堂々と盗みを働くこと)という犯罪行為です。この森に交番があれば一発でお縄です」
「……うん、なに言ってるかよく分かんないけど、レンファが怒っていることだけは分かる」
「沈めますよ」
「ヒェッ……」
あれから僕は、とりあえず入れてもらったお風呂のお湯がもったいないからお風呂には入りたいって言って――レンファに頬っぺたを左右1回ずつ追加でぶたれた。同時にバン! ってされて、両耳から何か飛び出しそうだった。
薬のお湯はドロドロで濁っているから鏡にはできないけれど、見なくたって分かるよ。今僕の頬っぺたはどっちも真っ赤で、パンパンだってことはね!
バン! って叩かれた後に首根っこを掴まれて、僕はお風呂場まで引きずられた。
――あの地下室から僕を抱えてハシゴを登ったって聞いた時にも思ったけれど、レンファって本当にクマみたいに強いんだな。
そうして「やめてー」って言っているのに無理やり服を脱がされて、お風呂の中に頭からドボンと入れられた。叩かれたばかりの頬っぺたがスースー沁みて痛いし、鼻から入った薬のお湯もすごく痛い。
僕がぷぇえって泣いている間もレンファがどこかへ行く気配はなくて、ずっとお風呂窯の横に立って、ずっと怒っている。
家主の許可を取らずに部屋を物色するなんて最低だ。人を騙すような真似をして最低だ。
ダメだって言ったのに、分からず屋で最低だ。自分のことを大事にできないバカは、この世のどんなゴミクズよりもゴミだって。
でも僕、別に死のうと思って陣に入った訳じゃないのに!
どうしてか分からないけど大丈夫だって思ったから入っただけだし、思った通りに大丈夫だったんだから――そんなに怒らなくてもって思う。
レンファは、僕が「お風呂に入る」って言いながらひとつも水音がしないから、すぐに変だと思って見に来たんだって。
そうしたら寝る部屋の方――地下室がある方からドスンって聞こえたから、大変だって助けに来てくれたみたいだ。
「ねえレンファ、呪いは解けた?」
「――え? ……そんなの、分かりません」
「えっ、分からないの? だって、陣に入れた〝ゴミクズ〟が正解かハズレか分かるって――」
「それは、私が一緒に入った場合の話です! 君は1人で勝手に陣へ入って、そして勝手に気を失ったんです。確かに、今までにないくらい陣が光りましたけど――そんなので正解かどうかなんて分かりません」
「ええ、そうなんだ……じゃあ、あのまま地下室に隠れて、レンファが降りてくるのを待っていれば良かったなあ」
「私がどれほど怒っているのか、ひとつも理解していないようですね」
「ぷぇっ、――ぷぇえ……! や、やめてくださぁい……!」
レンファの手がニュッと伸びてきて、僕の頭を上から押さえつけた。ものすごい力で下に押されて、僕の顔はまた薬のお湯に沈みそうになる。
これ、スースーして楽しいけどさ! 目に入ると涙が止まらなくなるのがしんどいんだよね!
エフエフ咳込んでいると、水浸しで顔にかかった髪の毛がレンファの手で後ろに撫でつけられた。
「君は……君の善意は、おかしいです」
「うーん、僕おかしいの? 皆におかしいって言われ過ぎて、もう何がおかしいのかも分からないや」
「生きるために現実から目を背けていたほど生き汚いくせに……それがどうして、不意に死にたがる瞬間があるんでしょうか」
「別に、死にたいなんて考えたことないよ?」
どちらかと言えば僕は、死にたくない。いや、でも死にたくないとは少し違うのかな?
たぶん、誰にも愛されないまま死にたくなかっただけだ。村の父さんと母さんはダメで、弟もダメで――村の大人たちも、子供たちもダメだった。
カウベリー村には、僕を愛してくれる人が居なかった。
「でも、そうだね。僕はこの森に来て、レンファに愛されて――」
「愛した覚えはありませんけれど」
「しかもセラス母さんにも愛されて、ゴードンさんにまで愛されちゃったからなあ……死ぬ前に叶えたかった夢が、叶っちゃったって言うのはあるかも」
「話を聞いてください」
「――いひゃいれす」
ものすごい力で左右の頬っぺたを引っ張られて、僕は何も話せなくなった。頬っぺたのお肉がミチミチ言っている気がする。
でもレンファの顔がすごく近くて、半分に細められたキツネ目が可愛い。僕は近いのが嬉しくて、頬っぺたをミチミチ言わせながら笑った。
「……病気としか言いようがありません。やっぱり死ぬまで治らないんでしょうね……セラスに任せていても、あまり意味がないかも」
レンファは大きなため息を吐き出した。
そして僕から離れると「炎症止めを用意しますから、飲んだらさっさと帰ってください」って言う。玄関に繋がる分厚いカーテンでも、寝る部屋に繋がる扉でもなく、お風呂場の壁にはもう一つ別の扉があったみたいだ。
なるほど、あの向こうが台所だったのか。
ギ、と音を立てて扉を押したレンファの背中に、僕は声を掛けた。
「僕の病気が死ぬまでに治るかどうか、レンファが見てくれないの? 僕と結婚したら、最後まで見られると思うけど」
「……死ぬまで見なくたって、分かります。それに、私はもう……1人だけ取り残されるのは嫌なんです」
「そっかあ……分かった。じゃあ僕、今度は黒の呪術を勉強する。キレーな空気も精霊もないから呪術は難しいって言っていたけど、村ひとつ生贄にするぐらいなら、僕にもできそうだから――レンファと同じ呪いをかければ、僕らはずっと一緒に居られるね」
僕はなんとなく、レンファはまた怒るんだろうなって思いながら反応を待った。「そんなことできる訳ない」とか「何をバカなことを」とか。
でもこっちを振り向いたレンファは、ちょっと困ったみたいに笑っている。
「――君がどこの村を生贄にしようと思っているのか、あまり考えたくありませんね」
そう言って台所へ姿を消したレンファに、僕は「内緒」って呟いた。
でもね、本当は分かっているんだ。例えあの村を生贄にしたって僕の気は晴れないし、何の意味もないってこと。
それに僕には、そんな怖いことをする勇気はひとつもないってことも。
――やっぱり、また別の〝ゴミクズ〟探し?
あーあ、絶対に正解は僕だと思っていたのになあ。どうしてレンファと一緒に陣に入らなかったんだろう。もしかして僕、もうここの皆に愛されているから〝ゴミクズ〟じゃなくなっていた?
だけど、これで陣に人を入れても平気だってことは分かった。僕が生きている内になんとかしなきゃ。もうレンファを世界に1人取り残さないためにも――それに、僕と結婚してもらうためにもね!
「……うん、なに言ってるかよく分かんないけど、レンファが怒っていることだけは分かる」
「沈めますよ」
「ヒェッ……」
あれから僕は、とりあえず入れてもらったお風呂のお湯がもったいないからお風呂には入りたいって言って――レンファに頬っぺたを左右1回ずつ追加でぶたれた。同時にバン! ってされて、両耳から何か飛び出しそうだった。
薬のお湯はドロドロで濁っているから鏡にはできないけれど、見なくたって分かるよ。今僕の頬っぺたはどっちも真っ赤で、パンパンだってことはね!
バン! って叩かれた後に首根っこを掴まれて、僕はお風呂場まで引きずられた。
――あの地下室から僕を抱えてハシゴを登ったって聞いた時にも思ったけれど、レンファって本当にクマみたいに強いんだな。
そうして「やめてー」って言っているのに無理やり服を脱がされて、お風呂の中に頭からドボンと入れられた。叩かれたばかりの頬っぺたがスースー沁みて痛いし、鼻から入った薬のお湯もすごく痛い。
僕がぷぇえって泣いている間もレンファがどこかへ行く気配はなくて、ずっとお風呂窯の横に立って、ずっと怒っている。
家主の許可を取らずに部屋を物色するなんて最低だ。人を騙すような真似をして最低だ。
ダメだって言ったのに、分からず屋で最低だ。自分のことを大事にできないバカは、この世のどんなゴミクズよりもゴミだって。
でも僕、別に死のうと思って陣に入った訳じゃないのに!
どうしてか分からないけど大丈夫だって思ったから入っただけだし、思った通りに大丈夫だったんだから――そんなに怒らなくてもって思う。
レンファは、僕が「お風呂に入る」って言いながらひとつも水音がしないから、すぐに変だと思って見に来たんだって。
そうしたら寝る部屋の方――地下室がある方からドスンって聞こえたから、大変だって助けに来てくれたみたいだ。
「ねえレンファ、呪いは解けた?」
「――え? ……そんなの、分かりません」
「えっ、分からないの? だって、陣に入れた〝ゴミクズ〟が正解かハズレか分かるって――」
「それは、私が一緒に入った場合の話です! 君は1人で勝手に陣へ入って、そして勝手に気を失ったんです。確かに、今までにないくらい陣が光りましたけど――そんなので正解かどうかなんて分かりません」
「ええ、そうなんだ……じゃあ、あのまま地下室に隠れて、レンファが降りてくるのを待っていれば良かったなあ」
「私がどれほど怒っているのか、ひとつも理解していないようですね」
「ぷぇっ、――ぷぇえ……! や、やめてくださぁい……!」
レンファの手がニュッと伸びてきて、僕の頭を上から押さえつけた。ものすごい力で下に押されて、僕の顔はまた薬のお湯に沈みそうになる。
これ、スースーして楽しいけどさ! 目に入ると涙が止まらなくなるのがしんどいんだよね!
エフエフ咳込んでいると、水浸しで顔にかかった髪の毛がレンファの手で後ろに撫でつけられた。
「君は……君の善意は、おかしいです」
「うーん、僕おかしいの? 皆におかしいって言われ過ぎて、もう何がおかしいのかも分からないや」
「生きるために現実から目を背けていたほど生き汚いくせに……それがどうして、不意に死にたがる瞬間があるんでしょうか」
「別に、死にたいなんて考えたことないよ?」
どちらかと言えば僕は、死にたくない。いや、でも死にたくないとは少し違うのかな?
たぶん、誰にも愛されないまま死にたくなかっただけだ。村の父さんと母さんはダメで、弟もダメで――村の大人たちも、子供たちもダメだった。
カウベリー村には、僕を愛してくれる人が居なかった。
「でも、そうだね。僕はこの森に来て、レンファに愛されて――」
「愛した覚えはありませんけれど」
「しかもセラス母さんにも愛されて、ゴードンさんにまで愛されちゃったからなあ……死ぬ前に叶えたかった夢が、叶っちゃったって言うのはあるかも」
「話を聞いてください」
「――いひゃいれす」
ものすごい力で左右の頬っぺたを引っ張られて、僕は何も話せなくなった。頬っぺたのお肉がミチミチ言っている気がする。
でもレンファの顔がすごく近くて、半分に細められたキツネ目が可愛い。僕は近いのが嬉しくて、頬っぺたをミチミチ言わせながら笑った。
「……病気としか言いようがありません。やっぱり死ぬまで治らないんでしょうね……セラスに任せていても、あまり意味がないかも」
レンファは大きなため息を吐き出した。
そして僕から離れると「炎症止めを用意しますから、飲んだらさっさと帰ってください」って言う。玄関に繋がる分厚いカーテンでも、寝る部屋に繋がる扉でもなく、お風呂場の壁にはもう一つ別の扉があったみたいだ。
なるほど、あの向こうが台所だったのか。
ギ、と音を立てて扉を押したレンファの背中に、僕は声を掛けた。
「僕の病気が死ぬまでに治るかどうか、レンファが見てくれないの? 僕と結婚したら、最後まで見られると思うけど」
「……死ぬまで見なくたって、分かります。それに、私はもう……1人だけ取り残されるのは嫌なんです」
「そっかあ……分かった。じゃあ僕、今度は黒の呪術を勉強する。キレーな空気も精霊もないから呪術は難しいって言っていたけど、村ひとつ生贄にするぐらいなら、僕にもできそうだから――レンファと同じ呪いをかければ、僕らはずっと一緒に居られるね」
僕はなんとなく、レンファはまた怒るんだろうなって思いながら反応を待った。「そんなことできる訳ない」とか「何をバカなことを」とか。
でもこっちを振り向いたレンファは、ちょっと困ったみたいに笑っている。
「――君がどこの村を生贄にしようと思っているのか、あまり考えたくありませんね」
そう言って台所へ姿を消したレンファに、僕は「内緒」って呟いた。
でもね、本当は分かっているんだ。例えあの村を生贄にしたって僕の気は晴れないし、何の意味もないってこと。
それに僕には、そんな怖いことをする勇気はひとつもないってことも。
――やっぱり、また別の〝ゴミクズ〟探し?
あーあ、絶対に正解は僕だと思っていたのになあ。どうしてレンファと一緒に陣に入らなかったんだろう。もしかして僕、もうここの皆に愛されているから〝ゴミクズ〟じゃなくなっていた?
だけど、これで陣に人を入れても平気だってことは分かった。僕が生きている内になんとかしなきゃ。もうレンファを世界に1人取り残さないためにも――それに、僕と結婚してもらうためにもね!
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