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第1章 不老不死の魔女

10 新しい門出(挿絵あり)

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 薬を飲み終わった僕は、魔女から貰った女の子の下着を履いて、ワンピースの袖に腕を通した。
 正直こんなの変だとは思ったけど、まあ――ずっと裸でいるよりは良いかな! ヒラヒラするスカートは落ち着かないけど、でも僕が今まで着ていたボロ布だって、色んな所が破れてスカートみたいなものだったし。

「うーん……」

 やっぱり、魔女の方が背が高くてお肉もついているから、服のサイズは合っていない。でも、魔女と同じ花みたいな甘い香りがして嬉しいな。自分の近くからこんなにいい匂いがするなんて、初めてだよ。
 僕は薬を飲んだら出て行くっていう約束通り、玄関に立った。「やっぱり住んでいいよ」って言ってくれないかなっていう気持ちで魔女を振り返ったけど、まるで野良犬を追い払うように、シッシッと手で払われてしょんぼりする。

「ぼ、僕がクマみたいになって、後悔しても知らないよ。後で「やっぱり結婚してください」って言われても――いや、喜んで結婚してあげるけど……」
「痩せた病気のウサギみたいな顔して、何バカなこと言っているんですか? 生涯にんじんでも食べて、穏やかに暮らしなさい」
「うっ……も、もうにんじんは食べないし、ウサギじゃないし! 頭と目の色だけ見て言ってるでしょ?」

 僕の言葉に、魔女はほんのちょっとだけ笑ったように見えた。でもすぐに無表情に戻って首を横に振る。

「色だけじゃありません、目が真ん丸で髪の毛ぷわぷわで、弱っちそう。あと、1人で生きられないからって人肌を求めがちの依存体質で、性欲も強そうだからすごく嫌」
「ガーン! なんか難しくて何を言われてのるかよく分かんないけど、すごく嫌って言われた……!!」
「ガーンなんていう人、初めて見ました。――じゃあお元気で、ウサギくん」

 魔女に手をヒラヒラと振られて、まだお別れしたくなかったけど、僕も思わず振り返しちゃった。だって、今まで僕に手を振ってくれる人なんて居なかったから。
 いや、それはそれとして『ウサギくん』は嫌だ。ちゃんと最初に名前を教えたのになあ。

「ウサギじゃなくて、アレクシスだよ! ――あ、そうだ……魔女の名前は? まだ聞いてない」
「………………」
「ええ……? そうなると「キツネさん」ということになるけれど――」
「何が「そうなると」なんですか」

 真剣に悩んでいるのに、魔女は大きなため息をついた。そしてまた何も言わないまま、分厚いカーテンの向こう側に行っちゃった。
 ――あれ? これもしかして、無視ってヤツかな? 僕のことなんか見たくないから、さっさと出て行けってことなのかも知れない。
 このまま居座っていると、魔女が怒ってまたあの泥にんじんを持ってくるかも。こ、怖すぎる――!

 僕はちょっとだけ悩んで、玄関の扉を開けた。それから外に出――たけど、やっぱりお別れしたくなかったから、半開きにした扉にかじりつくようにして家の中を覗き続けた。
 もし泥にんじんが出てきたら、扉を閉めて逃げる。出てこなかったら、このまま魔女が戻るまで待てばもう少しだけ話せる。完璧だ――僕って実は、天才なのかも知れない。

 そうしてドキドキしながら魔女を待っていると、分厚いカーテンが揺れてツバを飲み込んだ。魔女は泥にんじんを持っていなかった。その代わり、何か黒い風呂敷包みみたいなものを持っている。
 魔女は、半開きの扉の隙間から顔を出している僕にちょっとだけ呆れたような顔をした。そのまますぐ傍まで歩いてくると、黒い包みを差し出した。

 その風呂敷からは、花とは違ういい匂いがする。花の甘い香りじゃなくて、キノコの匂いと果物の匂い? あと他は何だろう、ただでさえぺったんこのお腹が、もっと引っ込むような匂いだ!

「……なあに?」
「あまりにも痩せウサギで可哀相だから、生活が落ち着くまではそれを食べてください。この森は豊かですけど……豊かな分、危険も多い。まずは無理せずに助けてくれそうな人を探した方が良いと思います」
「わあ、本当に? ありがとう! でも、僕を助けてくれる人なんて、魔女以外に居るかなあ」
「たぶん居ます。少なくとも、このわだちを辿った先――森の入口には〝番人〟が居ますから。森で暮らすにしても、まずはその人を訪ねると良いのでは?」

 番人バンニン! なんだか格好いい響きだ。僕も番人になったら、魔女と遊べるようになるのかな? この森へ来た時は目隠しをしていたし、馬車で運ばれていたから何も分からなかったんだよ。

 それにしても食べ物をくれるなんて、魔女は本当に良い人だ。服も髪も失って、僕はもうお礼のゴミクズを持っていないのに。
 ワクワクしながら風呂敷を受け取ると、結び目のところに紙が挟まっていた。そこには文字が書かれていたけど、僕は文字が読めない。カウベリー村でも、文字が完璧に読み書きできるのは薬師のおばあさんだけだったからね。

「――名前」
「え?」
「私の名前が書いてあります」
「ええと……ごめんね。僕、字が読めないんだ」
「知っています。読めるようになるまでは「魔女」と呼んでください、私の口から教える気はありません」

 きっぱりと言い切られて、僕は困った。文字を読める人なんて、どこを探せば良いんだろう?
 街へ行く勇気はまだないし、カウベリー村はどこにあるのか分からない。村の場所が分かったところで、きっと戻ったら皆が怒るしなあ。
 あとは――番人? 番人は凄そうだから、もしかすると文字が読めるかも? じゃあやっぱり魔女の言う通り、轍を辿って番人を探すのが良いかも知れない。

「もし読めるようになったら、その時は特別に用がなくても遊びに来て良いですよ。ただし――」
「えっ、本当に!? じゃあ僕、番人に文字を教えてもらってくる!! またね、魔女キツネさん!」
「あっ、ちょっ!?」

 ――僕は1人になったから、もう誰にも苛められない。痛いこともされない。服は女の子のだけど、この森には魔女が居る。今は無理でも、いつかは愛してもらえるかも知れない。
 番人に会って文字の勉強をしたら、魔女も喜ぶかな? ついでにクマになる方法も聞いてみよう!

 僕は魔女に手を振って半開きの扉を閉めると、すぐに駆け出した。後ろで扉が開いて「キツネじゃない!」って声が聞こえたような気がしたけど、僕はもう新しく始まる生活が楽しみで仕方がなくて、振り返らなかった。

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