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第59話

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「――またレンに貢ぎ物か」
「あらゴードン、久しぶりね」

 私はいつも通り、月に数度の買い出しのため町までやって来た。日付を伝えている訳でもないのに、毎度ゴードンに見付かってしまうのは何故なのか。
 賢くてあらゆる計算の早い彼のことだから、もしかすると大体何週間で食材がなくなって……とか、季節的に衣類を仕入れにくるはず……とか、全てお見通しなのだろうか。

 単に私の悪評が出回り過ぎて、町へ入った時点で「またセラスが来た」なんて噂が町中に流されているだけかも知れないけれど。
 憮然とした、まるで不貞腐れたような表情で「お前は最近レンのことばかりだな」なんて言う幼馴染に、つい笑みが漏れる。

 レンは体が弱い上に生に執着がなく、他人が気にかけてやらないとコロリと死んでしまいそうだから、彼女を優先するのは仕方がない。それに、誰かの世話に掛かりきりになっている間は寂しさを忘れられるのだ。
 ゴードンのことだって忘れられる。……いや、本当は一時も忘れられるはずもないけれど、いくらか誤魔化せる。

 彼に対する強い依存は、別の依存で誤魔化すしかなかった。巻き込まれたレンには悪いけれど――そうそう、レンはゴードンともなし崩し的に友人になった。
 私が町の外で男と会っているのではないか? なんて、不安で気が狂いそうだと言うゴードンを宥めるには、彼女と引き合わせるしかなかったのだ。

 嘘でも「男と会っているから、私のことは忘れなさい」と言うべきだったのは重々承知の上である。レンにも「馬鹿なんですか、あなた?」と相当なじられた。
 でも――私は忘れられないのだから、彼にも私を忘れて欲しくなかった。それではいけないと思いつつも、もう少しだけ夢中になっていて欲しかった。

 そうして自分を甘やかしてばかり居た罰か、最近、商会長夫妻の当たりが厳しい。
 彼から離れると言ったのに、町の外に住居を移しただけでいまだに関わりがあるのだ。全く契約違反にも程がある、それは嫌われて当然だった。

 私はもう30半ば、ゴードンも30歳が近い。婚約破棄してから、あっという間に12年が経ってしまった。
 だと言うのに、ゴードンは別の女性に目を向けようとしない。見合い話が持ち上がったという話も、妹……カガリが妻として立候補したらしいなんて話も耳にしたことがある。

 それでも彼は頷かない。私のところばかりやって来て――「好き」という言葉こそ口にしなくなったが――あの熱い眼差しだけで、私に対する想いは嫌というほど察してしまう。
 その心地良いぬるま湯に浸かって、何とも言えない幸せを享受きょうじゅして、レンに叱られて、形ばかりの反省をする。

 いい年をして、恋に恋をしているのだろうか。関係性に酔っているのかも知れない。もう少しだけ、あと少しだけ……それが積み重なって、今に至る。

「家は? もう完成するのか?」
「うーん、この秋か、冬には? でも、冬が明けるまではレンのところに居るかも……寒くなるとすぐ体調を崩すんだから」
「そうか。じゃあ完成したら、俺も遊びに行って良いか? 引っ越し祝いというか、新築祝いを持って行く」
「………………良いけど、少しは私の立場も考えて欲しいわ。今、あなたのご両親からどれだけ嫌われているか」
「両親のことは俺たちに関係ない。ただ俺が商会を引き継いで、俺の育てた子供がその後を引き継げば――その望みさえ叶えてやれば十分だろう」

 それでは不十分だから婚約破棄するハメになったのだ。……とは言え、いつまで経ってもゴードンを突き放せない私にそんな正論を口にする権利はない。

 ただ曖昧に笑って、はいはいと茶を濁した。目元を緩ませたゴードンに頭を撫でられて、くすぐったさに目を細め「ちょっと」と身をよじる。決して嫌ではないけれど、町中で睦み合っているところを商会の人間に見られたら面倒だ。

 ――なんて思っていたから引き寄せてしまったのだろうか。商会で働いていた時、セクハラ発言ばかり浴びせてきた男の職員が正面から歩いてくるのが見えた。
 私は慌ててゴードンから離れて、目の動きだけで男の存在を示す。彼は職員の姿に気付くと、渋々と言った様子で私から身を引いて人混みの中に紛れて行った。

 さて、変に絡まれると面倒だ。せっかく町まで来たのにゴードンとあまり話せなかったのは残念――なんて、甘いことを考えているからダメなのだけれど。
 とにかく、さっさと買い出しを済ませて森へ戻った方が良い。

 そっと息をついて商店街の通りへ足を向けると、いきなり肩に重みが掛かって「よお、セラスじゃないか」という声が間近で響いた。げんなりとしながら横を見て「どうも」と言えば、ニヤついたセクハラ職員の姿がある。

 肩に回された腕が不快で、やんわりと押しのけた。するとすぐさま手首を掴まれて「話があるんだ、少し付き合えよ」と、嫌な予感しかしないお誘いがかかる。

「――いえ、買い出しに来ただけで、すぐ戻らないといけないので……すみません」
「まあそう言うな、すぐ終わる」
「すぐ終わるなら、ここで話してくれませんか?」
「込み入った話だから、ここじゃあな。どこか店に入ろう、良いを知っているから」

 思いのほか強い力で腕を引かれて、眉を顰める。あまりに強引すぎて――元々セクハラ発言ばかり浴びせられていたせいで、尚ゾッとする。何やら怖くなって「ちょっと!」と声を荒らげれば、周囲を歩く人がチラリとこちらを一瞥した。
 しかし揉めているのが私だと分かると、「あ~」としたり顔になって目を逸らされる。痴情のもつれとか、枕とか、どうせとんでもない勘違いをしているのだろう。

 事実とは違うのだからと、噂を否定しなかったツケが回って来た。誰も助けてくれないのなら、自分でなんとかするしかない。……もう失う信頼も何もないのだから、多少手荒になっても構わないだろう。
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