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第32話
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「――今日はあの小さい女の子、居ないのかい? 感じの良い子だよなあ、どこの子なんだ? ウチの倅の嫁さんにしたいね」
ある日、取引先の商人が商会の受付でそんなことを言ってきた。実はこう言ったことを聞かれるのは一度や二度ではない。
なんちゃって看板娘の噂は着々と広まりつつあるのだ。
「ウチの子よ。ウチの子っていうか……私の妹」
「ほお、セラスちゃんの? ああ、そうか……前に、ちょっと年の離れた妹が居るって言っていたもんなあ。あれだけ可愛かったら心配だろう、さっさと婿を決めて家庭に入れた方が良いぞ。俺の倅なんかどうだ? それなりの店を持っているし、金ならある!」
「――息子さん、確か今年35歳じゃなかった? カガリはまだ8歳よ。結婚相手はあの子本人に決めさせるから、お構いなく~」
「カガリちゃんを嫁に貰うためには、まずセラスちゃんを落とさなきゃダメってことか……」
「ふふ、そうよ。まずは私を口説きなさい、その後はゴードンの面接があるから」
「ゴードンはなぁ、年の割に迫力があり過ぎて敵わん……ああ、分かった分かった、諦めるよ!」
可愛い妹を嫁には出しません! なんて、そこまで過保護のつもりはないけれど――さすがに本人の意志を無視して結婚話を進めるつもりはない。見合いの仲介なんてお節介を焼くつもりだってない。
けれど、最近本当にこういう絡まれ方が多くて心配になる。「息子をどうだ」と言ってくるような手合いならまともな方だ。中には「俺の嫁にならないか」と、ふざけたことを本気で言ってくる大人が居る。
まだ初等科学校に通っているような少女相手にどうかしている。確かにカガリは美しいけれど、年相応の幼い顔立ちをしているから犯罪臭が半端じゃないのだ。……男を狂わせる何か、魔性の魅力でも振りまいているのだろうか?
なんにせよ心配だ。8歳でこの調子では、これからどんどん年を重ねて少女が女になった時、いつか男に乱暴されるのではないだろうかと思ってしまう。それくらいあの子の好かれようは危険だ。
美しければ人生楽しいかと言えば、一概にそうではないとあの子を見て初めて知った。美人には美人の問題や悩みがあるのだ。
いざと言う時に危険から守ってくれるような存在が、大人になったカガリの傍に居れば良いけれど――。
「セラス~、商会長夫人から伝言! もし残業を頼めるようだったら、これから1週間ほど第二倉庫の整理整頓をお願いできないかって! 他の人は重量物が多い第三倉庫の整理に掛かり切りだから、第二はしばらくセラス1人しか居ないみたいなんだけど……」
「ええ、分かったわ。平気ですと伝えておいて」
「……本当に平気? 今朝、月経前で腹痛が酷いって言ってなかった? 1週間も倉庫整理なんてしていたら、貧血で倒れそうじゃない? 言いづらいなら、代わりに断っておくわよ」
心配そうに眉尻を下げる同僚に、私は軽く手を振って笑った。
人によっては月経痛だけでなく、『月経前症候群』という症状が出ることもある。月経が始まる1週間ほど前から情緒不安定になるとか、下腹部痛が酷いとか、頭痛や体の怠さが酷いとか……症状の強さには個人差がある。
私の場合、ただでさえ月経の症状が重いタイプだ。その上ここ2、3年は『月経前症候群』も酷くなった。
月経が始まってもいないのに下腹部に鈍痛が走ると、殺意が芽生える。まるで更年期のようにちょっとしたことで苛立つし、普段ならなんともないことで不愉快になる。そして1週間後には本番が始まって、今までの比ではない苦しみを更に1週間味わわされる。
しかし頭が痛かろうが腹が痛かろうが吐き気があろうが関係ない。そんなもの他人の目には映らないし、ひとつも理解を得られないのだから。
これは男女の性差によるものだけではない。同性の中でも全く月経痛がない者も居るのだ。結局のところ体の内側の痛みなんてものは、自分以外の誰にも伝わらないのである。
「いつものことだから平気よ、もう慣れっこ」
「そう? それなら良いけど……でも、無理はしないでよ。それに、あまり酷いようなら一度病院へ行っておいた方が良いと思うわ」
「月経痛程度で病院? 周りに甘ったれと思われそうだからナシ、そもそも仕事で忙しくてそんな暇もないし……鎮痛剤を飲めば痛みが和らぐから良いの。こんなの、女なら誰しも我慢していることでしょう?」
「まあ……私も耐えられるレベルだから、病院は行ったことないけれど……」
自分のことを棚上げして病院を勧めてくる同僚に、「ほらね?」と首を傾げて笑う。しかし同僚はまだ納得していない様子で、「でも」と食い下がった。
「一度、検査ぐらいはしておいた方が良いと思う。まだ若いんだし、今年結婚するのに体に不調があるとなると問題でしょう?」
「うーん……それはそうかも知れないけれど……」
「そんなんじゃ最悪、『魔女の秘薬』に頼るハメになるわよ」
「ま、魔女の秘薬!? 何よソレ、飲めば月経痛がなくなるとか? それとも不妊治療薬? だとすれば欲しいわね、30万までなら出すわよ」
どこまでも真剣な表情で話す彼女には悪いけれど、あまりに突拍子もない代物が出てきたため噴き出してしまった。
同僚は「お婆ちゃんから聞いた話よ! 寝物語でも作り話でもないからね!?」と、こちらがあえて口にしないようにしていた言葉を吐きながら憤慨した。
ある日、取引先の商人が商会の受付でそんなことを言ってきた。実はこう言ったことを聞かれるのは一度や二度ではない。
なんちゃって看板娘の噂は着々と広まりつつあるのだ。
「ウチの子よ。ウチの子っていうか……私の妹」
「ほお、セラスちゃんの? ああ、そうか……前に、ちょっと年の離れた妹が居るって言っていたもんなあ。あれだけ可愛かったら心配だろう、さっさと婿を決めて家庭に入れた方が良いぞ。俺の倅なんかどうだ? それなりの店を持っているし、金ならある!」
「――息子さん、確か今年35歳じゃなかった? カガリはまだ8歳よ。結婚相手はあの子本人に決めさせるから、お構いなく~」
「カガリちゃんを嫁に貰うためには、まずセラスちゃんを落とさなきゃダメってことか……」
「ふふ、そうよ。まずは私を口説きなさい、その後はゴードンの面接があるから」
「ゴードンはなぁ、年の割に迫力があり過ぎて敵わん……ああ、分かった分かった、諦めるよ!」
可愛い妹を嫁には出しません! なんて、そこまで過保護のつもりはないけれど――さすがに本人の意志を無視して結婚話を進めるつもりはない。見合いの仲介なんてお節介を焼くつもりだってない。
けれど、最近本当にこういう絡まれ方が多くて心配になる。「息子をどうだ」と言ってくるような手合いならまともな方だ。中には「俺の嫁にならないか」と、ふざけたことを本気で言ってくる大人が居る。
まだ初等科学校に通っているような少女相手にどうかしている。確かにカガリは美しいけれど、年相応の幼い顔立ちをしているから犯罪臭が半端じゃないのだ。……男を狂わせる何か、魔性の魅力でも振りまいているのだろうか?
なんにせよ心配だ。8歳でこの調子では、これからどんどん年を重ねて少女が女になった時、いつか男に乱暴されるのではないだろうかと思ってしまう。それくらいあの子の好かれようは危険だ。
美しければ人生楽しいかと言えば、一概にそうではないとあの子を見て初めて知った。美人には美人の問題や悩みがあるのだ。
いざと言う時に危険から守ってくれるような存在が、大人になったカガリの傍に居れば良いけれど――。
「セラス~、商会長夫人から伝言! もし残業を頼めるようだったら、これから1週間ほど第二倉庫の整理整頓をお願いできないかって! 他の人は重量物が多い第三倉庫の整理に掛かり切りだから、第二はしばらくセラス1人しか居ないみたいなんだけど……」
「ええ、分かったわ。平気ですと伝えておいて」
「……本当に平気? 今朝、月経前で腹痛が酷いって言ってなかった? 1週間も倉庫整理なんてしていたら、貧血で倒れそうじゃない? 言いづらいなら、代わりに断っておくわよ」
心配そうに眉尻を下げる同僚に、私は軽く手を振って笑った。
人によっては月経痛だけでなく、『月経前症候群』という症状が出ることもある。月経が始まる1週間ほど前から情緒不安定になるとか、下腹部痛が酷いとか、頭痛や体の怠さが酷いとか……症状の強さには個人差がある。
私の場合、ただでさえ月経の症状が重いタイプだ。その上ここ2、3年は『月経前症候群』も酷くなった。
月経が始まってもいないのに下腹部に鈍痛が走ると、殺意が芽生える。まるで更年期のようにちょっとしたことで苛立つし、普段ならなんともないことで不愉快になる。そして1週間後には本番が始まって、今までの比ではない苦しみを更に1週間味わわされる。
しかし頭が痛かろうが腹が痛かろうが吐き気があろうが関係ない。そんなもの他人の目には映らないし、ひとつも理解を得られないのだから。
これは男女の性差によるものだけではない。同性の中でも全く月経痛がない者も居るのだ。結局のところ体の内側の痛みなんてものは、自分以外の誰にも伝わらないのである。
「いつものことだから平気よ、もう慣れっこ」
「そう? それなら良いけど……でも、無理はしないでよ。それに、あまり酷いようなら一度病院へ行っておいた方が良いと思うわ」
「月経痛程度で病院? 周りに甘ったれと思われそうだからナシ、そもそも仕事で忙しくてそんな暇もないし……鎮痛剤を飲めば痛みが和らぐから良いの。こんなの、女なら誰しも我慢していることでしょう?」
「まあ……私も耐えられるレベルだから、病院は行ったことないけれど……」
自分のことを棚上げして病院を勧めてくる同僚に、「ほらね?」と首を傾げて笑う。しかし同僚はまだ納得していない様子で、「でも」と食い下がった。
「一度、検査ぐらいはしておいた方が良いと思う。まだ若いんだし、今年結婚するのに体に不調があるとなると問題でしょう?」
「うーん……それはそうかも知れないけれど……」
「そんなんじゃ最悪、『魔女の秘薬』に頼るハメになるわよ」
「ま、魔女の秘薬!? 何よソレ、飲めば月経痛がなくなるとか? それとも不妊治療薬? だとすれば欲しいわね、30万までなら出すわよ」
どこまでも真剣な表情で話す彼女には悪いけれど、あまりに突拍子もない代物が出てきたため噴き出してしまった。
同僚は「お婆ちゃんから聞いた話よ! 寝物語でも作り話でもないからね!?」と、こちらがあえて口にしないようにしていた言葉を吐きながら憤慨した。
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