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第28話

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 勢いよくソファから立ち上がったカガリは――威嚇しているつもりなのか、なんなのか――両頬をパンパンに膨らませている。そうして小さな握り拳を作ると、全く腰の入っていないファイティングポーズを取ってゴードンと対峙した。

 ――まるで、リスVS熊? 恐らく勝敗は指先一本、デコピン一発で決するだろう。

 すぐ目の前で火花を散らす大男と小さすぎる妹を見ても、私はなんだか非現実的な感じがして呆気に取られていた。仲裁することも、ソファから腰を上げることさえできず、ただただ目を瞬かせているぐらいしかできない。

「――ねえ、謝ってよ!? 私はお姉ちゃんと違ってパパに似たから、将来有望ショーライユーボーな美人なの! 学校でも皆から「一番可愛い」って言われるし、絶対に不細工なんかじゃない!」
「俺は間違ったことを言っていない、だから謝る必要はない」
「ううん、間違ってるよ、すごく変! だって、あなたの他に私のことをブスなんて言う人居ないもん!! ……お姉ちゃん、本当にこんなのと結婚するの!? 私、やめた方が良いと思う! お姉ちゃん毎日いじめられちゃうよ!?」

 いきなりカガリが膝元に縋りついて来て、どうしたものかと困り果てる。
 大人げなくもゴードンは止まる気配がないし、いつも気に入らないことがあるとすぐ泣くはずのカガリまで、妙に熱くなっている。彼女の表情を見るに、怒りに燃えているばかりで大きな瞳は乾燥しているようだけれど……2人共、一体どうしたのだろうか――今、私の前で何が起きているのだろうか。

 まず、こちらはもうさっきからずっとカガリの言動に驚きっ放しなのだ。母親そっくりの歪んだ思想もだけれど、そうして私を見下すような嫌味を吐きながら、本気で私を「好き」と思っているところも意味が分からない。そうでなければ、「いじめられる」なんて必死になるはずもない。

 この子は、ただ普通が分からなくなっているだけ? そもそもとは――?
 何を言えば良いのか分からぬまま口を開きかけたものの、またゴードンの大きな手が肩に乗せられて閉口する。

「妹だからって、お前にセラスの人生を決める権利があるとでも? 一体何様のつもりなんだ? 本当に母子おやこ揃って頭が悪いな」
「あ、頭悪くないもん!? お姉ちゃんはお姉ちゃんよ、あなたのお姉ちゃんじゃない! お姉ちゃんは妹のために生きるの、それが普通のことだよ、どうして分からないの!?」
「……お前こそ、が不細工だって言っているのが分からないのか? これから一生、そうして恥を晒しながら生きていくんだろうな――可哀相に」
「可哀相って何!? はお姉ちゃんで、私じゃないでしょ! 近所のおばさんも、学校の子のパパやママも、皆「セラスが可哀相」って言うんだから!!」

 ゴードンの言葉は、きっとカガリにとって未知のもの――全く理解が及ばないものばかりだろう。ずっと肯定されながら生きてきて、時たま否定の言葉を投げ掛けられても、誰かに「嫉妬しているだけだから、安心して」と毒を囁かれる。

 悔しげに歪められた小さな顔。紅など塗らなくても真っ赤な唇を噛み締めて、カガリはただゴードンを憎々しげにねめつけている。

 いつも誰かに甘やかされて、どこかの誰かに愛されて、ニコニコ愛想を振りまくところばかり見ていたのに……なんだか急激に、カガリが人間らしくなった気がした。
 言っていることは母に似ているけれど、今のこの子は『母の作品』なんかじゃないと思える。すごく生々しい生き物だ。

「顔が――顔が良かったとして、それの何が偉いんだ? なんの努力もせず、天や他人から与えられたモノをまるで自分の功績かのように勝ち誇って、その上に胡坐あぐらをかいて……今のお前には一つも価値がないことを理解しろ。悪いが俺は、お前みたいな女は一生好きになれない」
「わっ、私……私だって、あなたみたいな人は一生好きになれないもん! あなたが私を好きにならないんじゃなくて、私があなたを好きにならないの! そこを間違えないでよ!?」
「好きな女の妹だから、母親だから、少しは優しくしないとダメだと思っていたけどな。俺は、俺の宝物を汚れた手で触ろうとするヤツが大嫌いなんだ。……お前らのことだぞ、分かるか? 汚い手でセラスに――セラスの心に触るな、傷がつく」

 肩に乗せられた手に力が籠った。かと思えば、私に縋りつくカガリを片手でグッと押しのけて、皺の寄ったスカートをはたく。――まるで汚れを落とすように。

 その瞬間、鼻の奥がツンと痛んで焦った。カガリが居るのに、ゴードンも居るのに、年上の私がこんなところで泣く訳にはいかない。

 ああ、でも、だけど――この人は、どこまで私を特別にしてくれるのだろうか。まるで至高の宝飾品のように大事に磨いて、仕舞って、守って……真綿でくるまなければ気が済まないのだろうか。
 上手く人を頼れないのに、満足に弱みを見せられない可愛くない女なのに、どうしていつも分かってくれるのか。私が欲しい言葉をくれるのか。無条件に味方で居てくれるのか――。

 どんどんと視界がぼやけて、まばたき一つでもしようものならダムが決壊してしまいそう。
 目の前のカガリがどんな顔をしているのかも分からなくなったところで、いきなり両脇に手が差し込まれて驚く。

 ゴードンは、まるで幼子を抱き上げるように私の体を軽々とソファから持ち上げてしまった。

 かなり高く持ち上げられたので慌てて彼の肩に両手をつけば、太い腕が腰と太ももの裏に回ってギュウと固定される。思わず目を瞬かせると、下を向いたことも相まって涙が零れた。

 一度つくられた道筋に沿って、次から次へと流れていく。彼の肩口から背中にかけて濡らしてしまうのを申し訳なく思いながら、私は堪らず太い首に両腕を回した。
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