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いざ、河童の故郷へ。

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 「サイン会も終わったし、そろそろ河童の里に向かう事にしようか」

 私の手形如きで善良な魔物達から料金をもらうなんて出来ないので、返金対応をクリスにお願いした。クリスは渋々、嫌々に皆んなにお金を返していた。

 なにやら拗ねている様子だが、報奨金も貰っているしら金銭面に関しては心配いらないと思うんだけどな。こいつはなんでこんなにお金に執着あるの?

 「師匠、私の故郷まで相当な距離がありますよ。なので、まずは移動手段を確保した方がよろしいかと思います」

 移動手段かあ。ゲームの中なんだし、便利な移動手段なんて沢山ありそうだけど、飛行機とか?もしかしたら魔法だってあるかも知れない。でもここは……

 「河童の修行がてら、走って行く事にしようか」

 「ふむ、走りですか。これは中々の試練になりそうですな」

 「いやいや、いい顔して受け答えしてる所悪いんだけどさ、河童さんの故郷って山を越え、谷を越えって感じのところだよね? 僕の記憶だと、とても遠いイメージあるんだけど」

 拗ねていたクリスも流石にこの提案には口を挟むしかなかったみたい。
 
 「試練ってやつは、高ければ高いほど乗り換える価値があるってもんさ」

 「私、走るのは得意な方だけど、ちょっと自信無いかも。でも皆んなが一緒なら頑張れるかな? 故郷までどれくらいの距離があるの?」

 「走るなら一週間はかかるんじゃないかな? しかも土地柄によっては友好的では無い魔物や、魔獣もいるから相当骨が折れると思う」

 「ひゃー、そんなに遠いんだ。でも私お父さんの為に頑張るよ」

 「リルちゃん何言ってんの。これは河童の修行だよ? 貴方みたいなニャンコちゃんに走らせる訳ないでしょう? 私が抱えて走るから大丈夫だよ。 クリスも特別に引きずって連れて行ってあげる」

 「やだよ、やめてよ。そんな距離引きずられたら、身体が削れて無くなっちゃう。ていうか朱里も走るんだ」

 不安で怯えているクリスをよそに、河童やる気十分って感じだ。だけど弟子を長距離走らせておいて、師匠である私が走らない訳にはいかない。

 一週間とは言わず、三日でたどり着いて見せよう。ここは師匠としての威厳を見せなければ。

 「よし! ここで話してたって始まらないよ。河童の故郷の方向はどっちなの? 山があろうが、川があろうが、海があろうが、谷があろうがただ真っ直ぐ進むよ!」

 「河童さん大丈夫?お皿のお水こぼさないでね」

 「必ずやこの試練乗り越えて見せましょう」

 河童はやる気がみなぎっている様子だ。

 「待って! せめてリルちゃんを僕に収納して、この鞄に入れてくれない? 生身で朱里の全力疾走の風圧を受けたら大変な事になるよ」

 「え? クリスちゃんの中に?」

 リルちゃんは見た目の可愛らしさとは違ってとても大人だ。気も使えるし、周りの空気も読める。でも今はとっても嫌そうな顔をしている。そりゃそうだ、クリスの口の中なんて誰も入りたくない。

 「実は、僕の収納レベルはかなりのものでね。なんと部屋まで完備しているのさ」

 「そんなに便利なら河童さんの事昨日泊めてあげれば良かったのに」

 「だって、ほら、ねえ? 河童さんヌルヌルしてるし。ソファーとかに付いちゃうと……ね?」

 「……」

 (河童さん、宿の人には断られても平気だったのに。流石に身内からの口撃には心を痛めたのね)

 「リルちゃんはそれで平気? すごい嫌そうな顔をしていたけど」

 「ええ!? 私ったら顔に出てた? うーん、嫌って言うか怖い、かな。クリスちゃんに飲み込まれるんでしょう?」

 「飲み込むって。せめて包み込むと言って欲しいよ」

 リルちゃんは少し悩んでる様子だ。

 「私も走るのは得意な方だけど、流石に朱里ちゃんの全力疾走にはついていけないし。クリスちゃんにお願いしようかな」

 じゃあ早速、とクリスは体を大きく膨らませた。その姿を見て恐怖で身体が硬直していたリルちゃんをクリスはお構いなしに飲み込んだ。

 「ちょっとそれ本当に大丈夫だの? 間違えて消化しちゃいました、なんて許さないからね」

 「リルちゃんは既にソファーに座って、僕の分身体からお茶を出されて寛いでるよ」

 お前みたいのが沢山いたら辟易するわ。でも意外にも快適そうで安心した。なんなら私も入ってみたい位だ。

 早速、カバンの中にクリスを詰め込み河童に話しかける。

 「アンタが私のペースについて来れると最初から思ってないよ。無理に着いてこようとしなくて良い、最後まで諦めないで頑張りな」

 さて私もそろそろ気合を入れよう。仕方なく弟子にしたとは言え格好悪い所は見せられない。ここは…

 「じゃあね! 先にアンタの故郷で待ってるよ!」

 私は全力で走り出した。少しだけ後ろに目をやると河童が米粒のように小さい姿なっていて、必死に走っていた。

 「うわあ、すごい速い! 河童さんもうあんなに小さくなっちゃった。勇気を出してクリスちゃんに収納してもらって正解だったよ」

 「すごい必死に走ってるね。あ、転んだ。さすがお約束は忘れないね。芸人の鏡だよ」

 「あれ? 二人とも見えてるの?」

 「僕の視界をリルちゃんと共有して鞄の小窓から見ているんだよ」

 こいつ多機能スライムだな。高く売れるんじゃないか?

 「ああ! 河童さんが!」

 「大変だ! 河童さんが転んだ次の瞬間、森から飛び出て来た、目を疑うような数のヌーの群れに巻き込まれた!」
 
 「ヌーに!? 大群で大移動してるって事はオグロヌーね! 彼等は餌場を求めて百万頭クラスの大群で動くのよ。ダイナミックで神秘的な自然に飲み込まれるなんて、アイツたっらついてるね」

 「ヌーのツノに引っかかって、逆方向に連れていかれてる河童さんは決してついているとは言えないと思うけど」

 「辛いけど、これも修行の内って事なんだよね? 私もう河童さんに会えなくなっちゃうのかと思っちゃった」

 ……その可能性は大いにあり得る。でも、こんなビー玉みたいに大きなキラキラした目で話しかけてくる純真無垢なリルちゃんの質問に、私は優しい嘘をつくしかなかった。

 「絶対会えるよ! だって私達は同じ空の下にいるんだから」

 「良かった! 安心したよ」

 「空の上から見守ってる、なんて事にはならないで欲しいけどね」

 私の一撃に耐えた河童ならなんとかなる!

 と、願いたい。
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