女暗殺者の嫁もまた暗殺者

とも

文字の大きさ
上 下
57 / 59

痛いよ

しおりを挟む
 アリアには、何が何だかわからなかった。
 少し前まで守護天使とCASと連絡を取っていたのだが、どちらとも連絡が付かなくなった。
 もどかしい思いで避難所に身を寄せていると、急にパスポートの権限者ロックが外れた。
 え、と思っている間に、勝手にジャンプが始まり、周囲の景色が変わった。しかも、まともな場所じゃない。
 最初は故障かと思った。城の屋根の上にいるだなんて。
 びょうびょうと風が吹き荒れ、足が地に着かない。
 それでも落下しないのは、帝夜に首根っこをつかまれているせいだと気付くのに、時間はかからなかった。
「帝夜……」
 呼びかけるが、反応はない。帝夜は目をぎらつかせて血を流しており、それはどう猛な獣を思わせた。
「アリア……動かないで」
「けい……」
 声のしたほうを見ると、酷い有様の恵叶がいた。
 頭から血を被ったような姿で、右腕がぷらぷらと揺れている。返り血も含まれているだろうが、それにしたって酷かった。
「恵叶、だいじょ……」
「さあ選んで。このガキの命か、AI仕掛けを止めるか……」
 冷徹な声が降ってきて、アリアは宙へと突き出された。はるか下に見えるのは、麒麟の石像。その、天を突く鋭い角。
 その一言でじゅうぶんだった。どうしてアリアがここに呼び出されたのか、そして自分はどうするべきなのか、わからないほど幼くはなかった。
「もういいよう……」
 恐怖を抑えつけて、アリアは微笑んだ。
「もういいから。恵叶、私のことはいいから……」
「わかった」
 恵叶は迷いなく、がらんと大剣を放り投げた。
「アリアを返せ」
「恵叶!」
「本当に、イカれている……」
 腕を宙に突き出したまま、帝夜が言った。
「でも、思った通りだ……」
 帝夜は嬉しそうな声を出した。
「何でも、僕の思った通りに破滅するんだ……。アリアの両親は、僕の手にかかって人生を終えた。アリアの技術は、僕の思うままになった……。AI仕掛けの生き物を、指一本で操った。そして今、CASのナンバーワンを思うように……」
 は、と恵叶が口元を歪めた。
「真実が見えてないね。お前の思う通りには、全くなってないのに」
「おかしなことを言うね……。現にそうなってるだろう……?」
「アリアの心の中で、ご両親は生きてる。アリアはもう、お前の手の内じゃないわ。間違いを犯すことなんて誰にだってあるし、暴走したAI仕掛けの生き物だって、きっと何とかなる」
「それじゃ、CASに送った麒麟はどうなったと思う……? 四神の道を外れて、人を襲ったかな? それとも、CASが四神を殺したかな? どちらにせよ、面白い結果に……」
「馬鹿ね、どちらも違う」
 嘲るような口調で、帝夜の言葉を遮った。
「ボスは麒麟に手を出してないし、誰も死んでいない。麒麟もCASも守っている。あんたの思う通りには、絶対になっていない」
「じゃ、現状は?」
 帝夜がスマホを軽く振ってみせた。
「AI仕掛けの生き物の暴走は止まらない。……僕の勝ちだ」
「こんなに頑張ったんだから、皆きっとわかってくれる。……まあ、私はCASのナンバーワンだから、誰も文句は言わないでしょ……っと」
 恵叶がうるさそうに、小型通信機を耳から外す。スピーカーにしたのか、ライリーの大声が聞こえてきた。
「私は言うぞ、私は言うぞー! 陰でこっそり悪口を言ってやる! スマホを取れー!」
 恵叶はぺいと小型通信機を放り投げると、
「お前なんか、しばらくしたら忘れられる雑魚にすぎない。わかったら、アリアを返せ」
「そうか。じゃあ……」
 帝夜がぱっと両手を開く。何の躊躇もない動作に、一瞬、誰も反応できなかった。
「これは予想できたかな?」
 ……え?
「あ、あああああっっー!!!」
 為すすべもなく、アリアは真っ逆さまに落下していく。耳元で風がうなり、内蔵がひっくり返る。横目に、スマホが落ちていくのが見えた。
 時間が、やけにゆっくり流れている。
「クソ、やめっ……!!!」
 帝夜の叫び声がして、帝夜と恵叶が落ちてきた。いや、帝夜は落下しているが、恵叶は自ら飛び込んだようだ。アリアに手を伸ばしている。
 恵叶。
 恵叶がアリアの手を引いて、胸に抱きしめる。落ちていく。少し離れて、帝夜も落ちている。このままいけば、麒麟の石像、その鋭い角に刺し貫かれる。
 ふわり、と風が起こった。
 ありえないことだが、地面と平行に風が流れた。恵叶とアリアはほんの少し、横向きに飛ばされる。
 恵叶の上着が麒麟の石像に引っかかった。バリバリと破れ、何と一度だけ落下が止まる。
それは、本当に奇跡としかいいようがなかった。
「は……」
 が、体の重みに耐えきれず、結局三メートルほど落下した。鈍い痛みが全身を襲う。よろよろとアリアは起き上がった。
 信じられない、生きているなんて。
「恵、叶……?」
 呼びかけたアリアは、だがすぐに恵叶の異変を察した。地面がみるみるうちに、赤く染まっていく。恵叶はぐったりして、意識を失っていた。
「そ、そんな……」
 胸に耳を当てる。心臓はかろうじて動いている。いや、自分の呼吸がうるさくて、よくわからない。
 落下のダメージは随分と軽減されたが、そもそものダメージが大きすぎたのだ。そのうえ叩きつけられた衝撃で、血がどんどん溢れていた。
「し、止血……」
 知識がないなりに、アリアは恵叶の肩を抑えようとする。
 だが、どこも血まみれで傷が深すぎる。どこから圧迫すればいいのかわからない。
「だ、誰か……」
 中庭は混戦していた。紗美たち守護天使やCASのメンバーが見えるが、誰もが苦戦を強いられている。強い人を相手に、戦い続けてきたのだろう。
 全員血だらけで、何とか食らい付いているが、見ている間にも二人倒された。
「どうしよう、どうしよう」
 アリアの周辺では、スマホの破片が飛び散っていた。帝夜のスマホは粉々に壊れ、AI仕掛けの生き物の命令を解くのは、これで不可能になった。
「あ、があ……」
 うめき声のほうを見ると、麒麟の角に背中から貫かれた帝夜がいた。
 腹の真ん中を角が突き破り、体が宙に浮いてしまっている。
 こんなときでなければ、意識があるのは可哀想だと思ったかもしれない。
 ふと気配がして、アリアは振り返った。そこには、もう二度と会えないと思っていた神獣の姿があった。
「ヘキ邪……?」
 後ろ肢には、包帯代わりに巻いたアリアのシャツが見える。助けに来てくれたんだ、と思った。だがヘキ邪は冷たく二人を見下ろすと、前脚を大きく上げた。
「やめて!」
 何をするのか悟り、アリアは恵叶に覆い被さった。背中を踏みつけられ、断続的な痛みが走る。
 アリアは痛みに泣いたが、恵叶から離れなかった。
「駄目だよ、そんなことしないで!」
 ヘキ邪は無言で蹴り続ける。
 ふいに攻撃が止んだかと思うと、アリアの体が乱暴に持ち上げられた。鹿の角を使って、アリアをぶんと放り投げる。
「ぎゃあっ!」
 ずざざっと地面に手足を削られ、鮮血が溢れたが、アリアは構わず立ち上がった。
「やめて、やめてー!!」
 ヘキ邪が恵叶を踏みつける。アリアはすぐに割って入り、恵叶をかばった。
 こんなの、あんまりだ。恵叶が死んでしまう。ヘキ邪も望んでいるはずがない。もう嫌だ。もう駄目だ。もう、こんな地獄は耐えられない。
「……助けて」
 どうにもできない。何もかも終わってしまった。痛みがどんどん酷くなる。アリアは恵叶にしがみつく。
「助けて」
 せめて恵叶だけは。私はどうなってもいいから。ヘキ邪にこんなことをさせないで。
「もう許して! 誰か助けてええええ!!!」
 真っ暗な空に向かって叫んだ、そのときだった。
 雲間から、一条の光が差し込んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

悪役令嬢に転生した俺(♂)!

satomi
ファンタジー
悪役令嬢に異世界転生してしまった神宮寺琉翔。ずっと体が弱く学校は病院内にある院内学級。 転生を機に健康体を満喫したいところ、しかし気づいた。自分は悪役令嬢という事に!このままでは冤罪で死刑もありうる。死刑は免れたい。国外追放を希望するがその生活はどうすればいいんだ?

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

処理中です...