女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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痛いよ

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 アリアには、何が何だかわからなかった。
 少し前まで守護天使とCASと連絡を取っていたのだが、どちらとも連絡が付かなくなった。
 もどかしい思いで避難所に身を寄せていると、急にパスポートの権限者ロックが外れた。
 え、と思っている間に、勝手にジャンプが始まり、周囲の景色が変わった。しかも、まともな場所じゃない。
 最初は故障かと思った。城の屋根の上にいるだなんて。
 びょうびょうと風が吹き荒れ、足が地に着かない。
 それでも落下しないのは、帝夜に首根っこをつかまれているせいだと気付くのに、時間はかからなかった。
「帝夜……」
 呼びかけるが、反応はない。帝夜は目をぎらつかせて血を流しており、それはどう猛な獣を思わせた。
「アリア……動かないで」
「けい……」
 声のしたほうを見ると、酷い有様の恵叶がいた。
 頭から血を被ったような姿で、右腕がぷらぷらと揺れている。返り血も含まれているだろうが、それにしたって酷かった。
「恵叶、だいじょ……」
「さあ選んで。このガキの命か、AI仕掛けを止めるか……」
 冷徹な声が降ってきて、アリアは宙へと突き出された。はるか下に見えるのは、麒麟の石像。その、天を突く鋭い角。
 その一言でじゅうぶんだった。どうしてアリアがここに呼び出されたのか、そして自分はどうするべきなのか、わからないほど幼くはなかった。
「もういいよう……」
 恐怖を抑えつけて、アリアは微笑んだ。
「もういいから。恵叶、私のことはいいから……」
「わかった」
 恵叶は迷いなく、がらんと大剣を放り投げた。
「アリアを返せ」
「恵叶!」
「本当に、イカれている……」
 腕を宙に突き出したまま、帝夜が言った。
「でも、思った通りだ……」
 帝夜は嬉しそうな声を出した。
「何でも、僕の思った通りに破滅するんだ……。アリアの両親は、僕の手にかかって人生を終えた。アリアの技術は、僕の思うままになった……。AI仕掛けの生き物を、指一本で操った。そして今、CASのナンバーワンを思うように……」
 は、と恵叶が口元を歪めた。
「真実が見えてないね。お前の思う通りには、全くなってないのに」
「おかしなことを言うね……。現にそうなってるだろう……?」
「アリアの心の中で、ご両親は生きてる。アリアはもう、お前の手の内じゃないわ。間違いを犯すことなんて誰にだってあるし、暴走したAI仕掛けの生き物だって、きっと何とかなる」
「それじゃ、CASに送った麒麟はどうなったと思う……? 四神の道を外れて、人を襲ったかな? それとも、CASが四神を殺したかな? どちらにせよ、面白い結果に……」
「馬鹿ね、どちらも違う」
 嘲るような口調で、帝夜の言葉を遮った。
「ボスは麒麟に手を出してないし、誰も死んでいない。麒麟もCASも守っている。あんたの思う通りには、絶対になっていない」
「じゃ、現状は?」
 帝夜がスマホを軽く振ってみせた。
「AI仕掛けの生き物の暴走は止まらない。……僕の勝ちだ」
「こんなに頑張ったんだから、皆きっとわかってくれる。……まあ、私はCASのナンバーワンだから、誰も文句は言わないでしょ……っと」
 恵叶がうるさそうに、小型通信機を耳から外す。スピーカーにしたのか、ライリーの大声が聞こえてきた。
「私は言うぞ、私は言うぞー! 陰でこっそり悪口を言ってやる! スマホを取れー!」
 恵叶はぺいと小型通信機を放り投げると、
「お前なんか、しばらくしたら忘れられる雑魚にすぎない。わかったら、アリアを返せ」
「そうか。じゃあ……」
 帝夜がぱっと両手を開く。何の躊躇もない動作に、一瞬、誰も反応できなかった。
「これは予想できたかな?」
 ……え?
「あ、あああああっっー!!!」
 為すすべもなく、アリアは真っ逆さまに落下していく。耳元で風がうなり、内蔵がひっくり返る。横目に、スマホが落ちていくのが見えた。
 時間が、やけにゆっくり流れている。
「クソ、やめっ……!!!」
 帝夜の叫び声がして、帝夜と恵叶が落ちてきた。いや、帝夜は落下しているが、恵叶は自ら飛び込んだようだ。アリアに手を伸ばしている。
 恵叶。
 恵叶がアリアの手を引いて、胸に抱きしめる。落ちていく。少し離れて、帝夜も落ちている。このままいけば、麒麟の石像、その鋭い角に刺し貫かれる。
 ふわり、と風が起こった。
 ありえないことだが、地面と平行に風が流れた。恵叶とアリアはほんの少し、横向きに飛ばされる。
 恵叶の上着が麒麟の石像に引っかかった。バリバリと破れ、何と一度だけ落下が止まる。
それは、本当に奇跡としかいいようがなかった。
「は……」
 が、体の重みに耐えきれず、結局三メートルほど落下した。鈍い痛みが全身を襲う。よろよろとアリアは起き上がった。
 信じられない、生きているなんて。
「恵、叶……?」
 呼びかけたアリアは、だがすぐに恵叶の異変を察した。地面がみるみるうちに、赤く染まっていく。恵叶はぐったりして、意識を失っていた。
「そ、そんな……」
 胸に耳を当てる。心臓はかろうじて動いている。いや、自分の呼吸がうるさくて、よくわからない。
 落下のダメージは随分と軽減されたが、そもそものダメージが大きすぎたのだ。そのうえ叩きつけられた衝撃で、血がどんどん溢れていた。
「し、止血……」
 知識がないなりに、アリアは恵叶の肩を抑えようとする。
 だが、どこも血まみれで傷が深すぎる。どこから圧迫すればいいのかわからない。
「だ、誰か……」
 中庭は混戦していた。紗美たち守護天使やCASのメンバーが見えるが、誰もが苦戦を強いられている。強い人を相手に、戦い続けてきたのだろう。
 全員血だらけで、何とか食らい付いているが、見ている間にも二人倒された。
「どうしよう、どうしよう」
 アリアの周辺では、スマホの破片が飛び散っていた。帝夜のスマホは粉々に壊れ、AI仕掛けの生き物の命令を解くのは、これで不可能になった。
「あ、があ……」
 うめき声のほうを見ると、麒麟の角に背中から貫かれた帝夜がいた。
 腹の真ん中を角が突き破り、体が宙に浮いてしまっている。
 こんなときでなければ、意識があるのは可哀想だと思ったかもしれない。
 ふと気配がして、アリアは振り返った。そこには、もう二度と会えないと思っていた神獣の姿があった。
「ヘキ邪……?」
 後ろ肢には、包帯代わりに巻いたアリアのシャツが見える。助けに来てくれたんだ、と思った。だがヘキ邪は冷たく二人を見下ろすと、前脚を大きく上げた。
「やめて!」
 何をするのか悟り、アリアは恵叶に覆い被さった。背中を踏みつけられ、断続的な痛みが走る。
 アリアは痛みに泣いたが、恵叶から離れなかった。
「駄目だよ、そんなことしないで!」
 ヘキ邪は無言で蹴り続ける。
 ふいに攻撃が止んだかと思うと、アリアの体が乱暴に持ち上げられた。鹿の角を使って、アリアをぶんと放り投げる。
「ぎゃあっ!」
 ずざざっと地面に手足を削られ、鮮血が溢れたが、アリアは構わず立ち上がった。
「やめて、やめてー!!」
 ヘキ邪が恵叶を踏みつける。アリアはすぐに割って入り、恵叶をかばった。
 こんなの、あんまりだ。恵叶が死んでしまう。ヘキ邪も望んでいるはずがない。もう嫌だ。もう駄目だ。もう、こんな地獄は耐えられない。
「……助けて」
 どうにもできない。何もかも終わってしまった。痛みがどんどん酷くなる。アリアは恵叶にしがみつく。
「助けて」
 せめて恵叶だけは。私はどうなってもいいから。ヘキ邪にこんなことをさせないで。
「もう許して! 誰か助けてええええ!!!」
 真っ暗な空に向かって叫んだ、そのときだった。
 雲間から、一条の光が差し込んだ。

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