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ハッピーラブラブ私の女神様
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恵叶は悩んでいた。
人生で最大の、深刻な悩みを抱えていた。
どうしたら愛するシェヴンに、この身を焦がすほどの愛を伝えられるだろうかと。
恵叶はシェヴンのために生きている。恵叶の命はシェヴンのものだ。
……ちゃんと伝わっているのかな。
不安を覚えて手を伸ばすと、シェヴンは微笑んで恵叶に再びキスをした。ちゅっと触れられるだけで、頭がとろける。
甘美な快楽に襲われ、恵叶は何も考えられなくなった。
……うん。考えすぎていたかもしれない。
頭の芯が痺れていく。何か他に考えなくちゃいけないことがある気がしたが、もうどうでもよかった。
そうだ、歌おう。歌なら伝わるはず。
ふにゃふにゃと笑いながら、恵叶は元気よく歌い始めた。
『ハッピーラブラブ私の女神様』
作詞作曲
鈴木恵叶
あなたの髪は黄金の色
刈ったばかりの小麦のよう
私の神はあなただけ
駆られた衝動 それは愛(Wow×4)
ラブラブ神話 北欧神話
伝わるなら苦労はせんわ
他にはいらない シェヴンだけ
ありったけの愛 死ねるだけ(Yeah×4)
「愛に生きて、愛に死ぬ!」
ハイテンションで宣言した瞬間、恵叶は大量の水に呑まれた。冷たい水にもまれ、恵叶の痺れきった脳が覚醒していく。
うばば、海に死ぬ。
城の大広間はあっという間に水に浸かり、そのまま中庭へと流されていく。そう、自分は城内にいたのだ……。何で忘れていたのだろう。
中庭は広く、一角には中華ファンタジーとのコラボで、麒麟の石像が置かれている。二体の石像はどちらも前足を上げ、天を突く額の角が鋭く、美しい。
四方を高い城壁で囲まれており、谷底にいる錯覚を覚える場所だ。
中庭まで来ると水の勢いは弱まり、びしょ濡れになりながら、恵叶は立ち上がった。
「げほっ、げほげほっ」
小型通信機を一度外し、耳から水を抜く。荒い息を吐きながら、恵叶は鈍い頭を必死に働かせようとした。
えっと……何だっけ。何してたんだっけ、私。
頭上で、パラパラと音がした。見上げると、シェヴンが感極まったように泣きながら、恵叶に拍手を送っていた。
「……」
記憶が徐々に甦ってくる。確か、ワルキューレの攻撃を防ぎ、風の魔法から逃れて水に足を取られ、ワルキューレに斬りかかって。
シェヴンに顎をつかまれ、キスされて……。
「……あ」
それから、頭がおかしくなった。シェヴンのことしか考えられなくなり、それ以外の一切が見えなくなった。
「ああ、あ……」
顔に熱が集まってくる。あまりの羞恥に、恵叶は崩れ落ちそうになる。
「……」
おそるおそる、周囲を見る。そこには同じように流された守護天使とレオがいたが、誰も恵叶と目を合わせようとしなかった。
ラファエルですら、あさっての方向を見て、気の毒そうに笑っている。
「さ、紗美……」
「……」
紗美は背中を向けながら、そっと言った。
「…………ごめん」
ごめんって何ぃ!?
「ふぐっ、だ、大丈夫? け、ケイティ……うひひっ、ごめ……あははっ」
耳元でライリーがけらけら笑っている。恵叶はぼんやり天を仰いだ。
……死のう。これが終わったら、すぐ死のう。瞬く間に死のう。
「ライリー、このへんに良さげな安楽死施設は……」
「諦めるな! あひひひっ……」
足下に雷撃が走って、恵叶は動いた。とりあえずシェヴンについては忘れよう。スマホを取り上げないと。
帝夜は真っ赤な不死鳥に乗って、城のてっぺん近くを飛んでいた。
馬鹿みたいに遠い。
中庭を走り、ワルキューレを大剣で弾き、それを盾としてオーディンの攻撃を防ぐ。はあ、と息をしながら、ライリーに訊ねる。
「現状、あそこまで上るすべは……」
「ないね。そのうえ奴に逃げられないよう、一瞬で移動しなきゃいけないし」
「いや……いける」
世界観ぶち壊しの発想だが、グンニグルの槍は、本当に魔術を起こしているわけじゃない。改造杖と同じで、科学技術の結晶だ。
発動するための型は見て覚えた。ここにいる全員が、すでに把握しているはずだ。でなければ、攻撃を避けられない。
地面をトンと一回叩き、目標を定めれば雷撃。トン二回で突風。簡単だ。
ポセイドンよりは、まだ奪いやすいはず……。
「ライリー、天使との情報共有は?」
「できるよ-」
「全員に伝えて。グンニグルを使うって」
言って七秒後、全員が耳に手を当てた。こく、と小さな頷きが返ってくる。
ガブリエルが疾風のごとく飛び出した。
ポセイドンが鉄砲のように水を撃ち出し、ガブリエルが反射でそれを避けていく。大回りして、どんどん攻撃を誘導していく。鉄砲水は増え、跳ね上げ、城壁に当たって破裂する。
バシャリ。
ワルキューレが水の目潰しに、うっとおしそうに目を細める。視界が狭まる。隙を突いて、ラファエルと紗美が攻撃に転じる。息の合った猛攻に、ワルキューレが圧される。
オーディンを守るのは、ワルキューレの役目。そこに、ほんの少しの穴が開いた。
機を逃さず、レオがオーディンに向けて大剣を閃かせる。オーディンは迎え撃とうと、グンニグルを構える。トン、と地面を打った瞬間、反動でほんの少し指が開く。
後方から、水の煙幕に乗じてミカエルが飛び出した。開いた指の隙間から、グンニグルを奪い取る。
オーディンが目を見開く。ワルキューレが怒り猛る。
ミカエルが素早くトントンと地面を叩き、グンニグルを恵叶の足下に向けた。
「行け!」
突風が巻き起こり、恵叶の体がぶわりと浮き上がった。
恐れ多いが、麒麟の石像に登り、天を突く角を踏み台に、恵叶は城壁を駆け上がる。
突風がまた起こり、恵叶はそのたびつまずきそうになりながら、屋根、装飾、城壁を足場にして跳んだ。全く無茶な作戦だが、凹凸が多くて、意外と駆けやすい。
大剣をぽいと屋根目がけて捨てる。そして、
「……っ!」
不死鳥のもとまで一気に駆け上がると、手を伸ばした。不死鳥の羽根に触れる。つかむ。そこから先に手を伸ばして、帝夜のスマホを奪いかけ、
「旋回しろ!」
ぎゅるっと不死鳥が回り、遠心力で飛ばされた。幸いにも、城の屋根に叩きつけられる。けほっと肺の空気を吐き出すと、恵叶はずるずると移動して、大剣を拾い上げた。
「ああ、びっくりした。完全に油断してたよ……」
「それが狙いだから」
地上三十メートルほどだろうか。
オーディンの魔術に煽られるまでもなく、びょうびょうと風が吹きすさんでいる。姿勢を低く保っていると、帝夜が呆れたように言った。
「無茶すぎるね、君は」
「ちょっと死ぬかと思ったわ」
素直な感想を述べると、帝夜はくすりと笑った。
「ここまで来れたんだ。君を落とすのは造作もないけど、僕と少し話さないかい? 僕が話している間は君を攻撃しないし、スマホも壊さないと誓うよ」
「乗った」
「うん。話が通じていいね」
舐められていてむかつくが、どうせスマホを奪うなんて、相手の隙を突く以外に方法がないのだ。舐められて結構。せいぜい余裕ぶらせよう。
「……アリーだけど、まだ生きているんだね」
ぴくりと、恵叶の眉が動いた。
「死んでたら、君たちはきっと冗談なんか言わない。復讐心が全く感じられないから、わかったよ。よかったね、生きてて」
どうでもよさそうに言う帝夜に、恵叶は苛立ちを感じた。大剣をしっかりと握りしめ、不死鳥に斬りかかる。
「ケイティ!」
ライリーが叫んだ。
「私から攻撃しないとは、言ってない!」
「ああ、いいよ。どうせ当たるはずもないから」
帝夜の言う通りで、大剣はむなしく空を斬った。
「不思議なんだけど、どうしてそこまで、アリーに執着するんだ? 付き合いは長くないだろう?」
「……嫁が『助ける』って言ったから」
「義理かい?」
ちょっと違う気がした。言われてみれば、どうしてここまでして、アリアを助けようとしているのだろう。
「……アリアって、私の顔を見るとすぐに泣くの。安心したり、罪悪感に駆られたりで。……そんなに立派な人間じゃないんだけど、私」
「ああ、よくわかるよ。子どもって意味不明で情緒不安定で、うっとおしいよね」
「まあね、理解不能よ。けど、素直すぎて……。なんだか、放っておけないというか」
ひゅっと大剣を突き出すと、不死鳥がギリギリで避けた。完全に遊ばれている。
「義侠心?」
「そんな立派なものじゃないわ……」
「ふうむ。愛情、哀れみ、親切心、同情……。どうだい?」
「どれも、少しずつ違うような……」
自分でも綺麗に言語化できなくて、もどかしい。風に煽られながら、恵叶は白刃を閃かせる。
「……そうね。見て見ぬ振りをすると、すごく後悔する気がするの。あとで、ずっと悩む感じがする。だから、動けるうちに動いているだけ……」
ふうん、と帝夜が顎をさすった。
下方を確認すると、恵叶がいなくなったぶんのしわ寄せは、確実に来ていた。グンニグルは奪い返され、全員が着実にダメージを溜めている。
恵叶は屋根伝いに移動して、不死鳥を追うのだが、
「理屈を超えた庇護欲か。母性本能……が一番近いのかな?」
「それ、何……?」
不死鳥に届かない。帝夜はさらに遠い。
「大昔の死語だよ。子どものためなら、イカれた行動もいとわない」
「立派すぎない……?」
恵叶は足場になりそうな箇所を確認すると、空に飛び出した。不死鳥が易々と避けるが、息をつく暇は与えなかった。
恵叶が振り抜きざまに、もう一度大剣で弧を描く。ぱら、と羽根が舞った。
「うわあ……。もうこんな高い足場に慣れたの?」
恵叶は手首を返すと、相手をじっと見据えた。
私がナンバーワンと呼ばれる所以を見せてやる。
人生で最大の、深刻な悩みを抱えていた。
どうしたら愛するシェヴンに、この身を焦がすほどの愛を伝えられるだろうかと。
恵叶はシェヴンのために生きている。恵叶の命はシェヴンのものだ。
……ちゃんと伝わっているのかな。
不安を覚えて手を伸ばすと、シェヴンは微笑んで恵叶に再びキスをした。ちゅっと触れられるだけで、頭がとろける。
甘美な快楽に襲われ、恵叶は何も考えられなくなった。
……うん。考えすぎていたかもしれない。
頭の芯が痺れていく。何か他に考えなくちゃいけないことがある気がしたが、もうどうでもよかった。
そうだ、歌おう。歌なら伝わるはず。
ふにゃふにゃと笑いながら、恵叶は元気よく歌い始めた。
『ハッピーラブラブ私の女神様』
作詞作曲
鈴木恵叶
あなたの髪は黄金の色
刈ったばかりの小麦のよう
私の神はあなただけ
駆られた衝動 それは愛(Wow×4)
ラブラブ神話 北欧神話
伝わるなら苦労はせんわ
他にはいらない シェヴンだけ
ありったけの愛 死ねるだけ(Yeah×4)
「愛に生きて、愛に死ぬ!」
ハイテンションで宣言した瞬間、恵叶は大量の水に呑まれた。冷たい水にもまれ、恵叶の痺れきった脳が覚醒していく。
うばば、海に死ぬ。
城の大広間はあっという間に水に浸かり、そのまま中庭へと流されていく。そう、自分は城内にいたのだ……。何で忘れていたのだろう。
中庭は広く、一角には中華ファンタジーとのコラボで、麒麟の石像が置かれている。二体の石像はどちらも前足を上げ、天を突く額の角が鋭く、美しい。
四方を高い城壁で囲まれており、谷底にいる錯覚を覚える場所だ。
中庭まで来ると水の勢いは弱まり、びしょ濡れになりながら、恵叶は立ち上がった。
「げほっ、げほげほっ」
小型通信機を一度外し、耳から水を抜く。荒い息を吐きながら、恵叶は鈍い頭を必死に働かせようとした。
えっと……何だっけ。何してたんだっけ、私。
頭上で、パラパラと音がした。見上げると、シェヴンが感極まったように泣きながら、恵叶に拍手を送っていた。
「……」
記憶が徐々に甦ってくる。確か、ワルキューレの攻撃を防ぎ、風の魔法から逃れて水に足を取られ、ワルキューレに斬りかかって。
シェヴンに顎をつかまれ、キスされて……。
「……あ」
それから、頭がおかしくなった。シェヴンのことしか考えられなくなり、それ以外の一切が見えなくなった。
「ああ、あ……」
顔に熱が集まってくる。あまりの羞恥に、恵叶は崩れ落ちそうになる。
「……」
おそるおそる、周囲を見る。そこには同じように流された守護天使とレオがいたが、誰も恵叶と目を合わせようとしなかった。
ラファエルですら、あさっての方向を見て、気の毒そうに笑っている。
「さ、紗美……」
「……」
紗美は背中を向けながら、そっと言った。
「…………ごめん」
ごめんって何ぃ!?
「ふぐっ、だ、大丈夫? け、ケイティ……うひひっ、ごめ……あははっ」
耳元でライリーがけらけら笑っている。恵叶はぼんやり天を仰いだ。
……死のう。これが終わったら、すぐ死のう。瞬く間に死のう。
「ライリー、このへんに良さげな安楽死施設は……」
「諦めるな! あひひひっ……」
足下に雷撃が走って、恵叶は動いた。とりあえずシェヴンについては忘れよう。スマホを取り上げないと。
帝夜は真っ赤な不死鳥に乗って、城のてっぺん近くを飛んでいた。
馬鹿みたいに遠い。
中庭を走り、ワルキューレを大剣で弾き、それを盾としてオーディンの攻撃を防ぐ。はあ、と息をしながら、ライリーに訊ねる。
「現状、あそこまで上るすべは……」
「ないね。そのうえ奴に逃げられないよう、一瞬で移動しなきゃいけないし」
「いや……いける」
世界観ぶち壊しの発想だが、グンニグルの槍は、本当に魔術を起こしているわけじゃない。改造杖と同じで、科学技術の結晶だ。
発動するための型は見て覚えた。ここにいる全員が、すでに把握しているはずだ。でなければ、攻撃を避けられない。
地面をトンと一回叩き、目標を定めれば雷撃。トン二回で突風。簡単だ。
ポセイドンよりは、まだ奪いやすいはず……。
「ライリー、天使との情報共有は?」
「できるよ-」
「全員に伝えて。グンニグルを使うって」
言って七秒後、全員が耳に手を当てた。こく、と小さな頷きが返ってくる。
ガブリエルが疾風のごとく飛び出した。
ポセイドンが鉄砲のように水を撃ち出し、ガブリエルが反射でそれを避けていく。大回りして、どんどん攻撃を誘導していく。鉄砲水は増え、跳ね上げ、城壁に当たって破裂する。
バシャリ。
ワルキューレが水の目潰しに、うっとおしそうに目を細める。視界が狭まる。隙を突いて、ラファエルと紗美が攻撃に転じる。息の合った猛攻に、ワルキューレが圧される。
オーディンを守るのは、ワルキューレの役目。そこに、ほんの少しの穴が開いた。
機を逃さず、レオがオーディンに向けて大剣を閃かせる。オーディンは迎え撃とうと、グンニグルを構える。トン、と地面を打った瞬間、反動でほんの少し指が開く。
後方から、水の煙幕に乗じてミカエルが飛び出した。開いた指の隙間から、グンニグルを奪い取る。
オーディンが目を見開く。ワルキューレが怒り猛る。
ミカエルが素早くトントンと地面を叩き、グンニグルを恵叶の足下に向けた。
「行け!」
突風が巻き起こり、恵叶の体がぶわりと浮き上がった。
恐れ多いが、麒麟の石像に登り、天を突く角を踏み台に、恵叶は城壁を駆け上がる。
突風がまた起こり、恵叶はそのたびつまずきそうになりながら、屋根、装飾、城壁を足場にして跳んだ。全く無茶な作戦だが、凹凸が多くて、意外と駆けやすい。
大剣をぽいと屋根目がけて捨てる。そして、
「……っ!」
不死鳥のもとまで一気に駆け上がると、手を伸ばした。不死鳥の羽根に触れる。つかむ。そこから先に手を伸ばして、帝夜のスマホを奪いかけ、
「旋回しろ!」
ぎゅるっと不死鳥が回り、遠心力で飛ばされた。幸いにも、城の屋根に叩きつけられる。けほっと肺の空気を吐き出すと、恵叶はずるずると移動して、大剣を拾い上げた。
「ああ、びっくりした。完全に油断してたよ……」
「それが狙いだから」
地上三十メートルほどだろうか。
オーディンの魔術に煽られるまでもなく、びょうびょうと風が吹きすさんでいる。姿勢を低く保っていると、帝夜が呆れたように言った。
「無茶すぎるね、君は」
「ちょっと死ぬかと思ったわ」
素直な感想を述べると、帝夜はくすりと笑った。
「ここまで来れたんだ。君を落とすのは造作もないけど、僕と少し話さないかい? 僕が話している間は君を攻撃しないし、スマホも壊さないと誓うよ」
「乗った」
「うん。話が通じていいね」
舐められていてむかつくが、どうせスマホを奪うなんて、相手の隙を突く以外に方法がないのだ。舐められて結構。せいぜい余裕ぶらせよう。
「……アリーだけど、まだ生きているんだね」
ぴくりと、恵叶の眉が動いた。
「死んでたら、君たちはきっと冗談なんか言わない。復讐心が全く感じられないから、わかったよ。よかったね、生きてて」
どうでもよさそうに言う帝夜に、恵叶は苛立ちを感じた。大剣をしっかりと握りしめ、不死鳥に斬りかかる。
「ケイティ!」
ライリーが叫んだ。
「私から攻撃しないとは、言ってない!」
「ああ、いいよ。どうせ当たるはずもないから」
帝夜の言う通りで、大剣はむなしく空を斬った。
「不思議なんだけど、どうしてそこまで、アリーに執着するんだ? 付き合いは長くないだろう?」
「……嫁が『助ける』って言ったから」
「義理かい?」
ちょっと違う気がした。言われてみれば、どうしてここまでして、アリアを助けようとしているのだろう。
「……アリアって、私の顔を見るとすぐに泣くの。安心したり、罪悪感に駆られたりで。……そんなに立派な人間じゃないんだけど、私」
「ああ、よくわかるよ。子どもって意味不明で情緒不安定で、うっとおしいよね」
「まあね、理解不能よ。けど、素直すぎて……。なんだか、放っておけないというか」
ひゅっと大剣を突き出すと、不死鳥がギリギリで避けた。完全に遊ばれている。
「義侠心?」
「そんな立派なものじゃないわ……」
「ふうむ。愛情、哀れみ、親切心、同情……。どうだい?」
「どれも、少しずつ違うような……」
自分でも綺麗に言語化できなくて、もどかしい。風に煽られながら、恵叶は白刃を閃かせる。
「……そうね。見て見ぬ振りをすると、すごく後悔する気がするの。あとで、ずっと悩む感じがする。だから、動けるうちに動いているだけ……」
ふうん、と帝夜が顎をさすった。
下方を確認すると、恵叶がいなくなったぶんのしわ寄せは、確実に来ていた。グンニグルは奪い返され、全員が着実にダメージを溜めている。
恵叶は屋根伝いに移動して、不死鳥を追うのだが、
「理屈を超えた庇護欲か。母性本能……が一番近いのかな?」
「それ、何……?」
不死鳥に届かない。帝夜はさらに遠い。
「大昔の死語だよ。子どものためなら、イカれた行動もいとわない」
「立派すぎない……?」
恵叶は足場になりそうな箇所を確認すると、空に飛び出した。不死鳥が易々と避けるが、息をつく暇は与えなかった。
恵叶が振り抜きざまに、もう一度大剣で弧を描く。ぱら、と羽根が舞った。
「うわあ……。もうこんな高い足場に慣れたの?」
恵叶は手首を返すと、相手をじっと見据えた。
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