女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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あ?

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「強いねえ」
 ドラゴンに乗った帝夜がしみじみと言った。
 沈みかけた陽を背負い、バジリスクとミノタウロスを従えているさまは、なかなか絵になるが、相手をさせられているこちらは体がもたない。
「もう……嫌ですぅ……。あれ、何なんですか?」
 空を見上げながら、ガブリエルが訊く。
 あれ、と指さしたのは、空に留まるAI仕掛けの生き物で、上半身は女性だが、腕から先が鳥の翼になっている。下半身は鳥で、幻想的な姿をしていた。
「ハルピュイアだな。めちゃくちゃレアだぞ。……写真撮りたいな」
「余裕があるね」
 ミカエルの呑気な発言に、帝夜がくすくす笑った。
 紗美たち四大天使は、魔法界の自然公園にいた。
 最初、ミカエルとガブリエルは街中で相手をしていたらしいのだが、帝夜が「戦いづらそうだね」と戦場の変更を提案したらしい。
 そこに紗美とラファエルが到着すると、帝夜はいったんゴブリンや魔女といった小物を退場させ、レアな幻獣ばかりを呼び出した。
 闘技場で見世物にされている気分だ。
 全く、いい性格してる……。
 疲労はとっくに限界を超え、アドレナリンだけで動いている。
 紗美は杖を振り、ミノタウロスの手から戦斧をもぎ取った。それをめちゃくちゃに浮遊させ、ドラゴンに向かって打ち出すが、ハルピュイアが立ちはだかる。
 すかさず、ラファエルが彼女に向かって炎を放つ。ハルピュイアはそれを避けるが、待ち構えていたガブリエルにつかまれ、地上へと落とされた。
 ミカエルが素早くその体に打撃をたたき込むと、ハルピュイアは動かなくなった。
「四大天使のそろい踏みなんて、本当に豪華だね」
 他人事のように、帝夜が言う。ラファエルがうんざりと、髪を耳にかけた。
「そう思うなら、とっとと召されてほしいところね」
「そんな、勿体ない。なるべく長く楽しませてよ」
 言って、帝夜がスマホに目を落とした。
 まただ、とミカエルたちと視線を交わした。
 先ほどから、帝夜はスマホを操作する素振りを見せる。最初は増援を呼んだり、命令を変更するのかと身構えたが、そんな変化はいっこうに訪れない。
 訪れないせいで、嫌な想像ばかりが膨らみ、余計に不安だった。
「ドラゴンから下りる気はないか?」
 ミカエルが呼びかける。
「嫌だよ。僕はよわ……っと」
 言い終わるのを待たず、ラファエルが人の頭ほどの岩を浮遊させた。ドラゴンが方向を変えると、翼でつぶてを受けきる。
 帝夜がドラゴンにしがみつきながら、不満そうな顔をした。
「会話の途中なのに」
「主人が舌噛んだら、ドラゴンも多少は動揺するかな作戦~」
 そのとき、少し離れたところから、稲妻が閃いた。電撃は蛇のようにのたくり、不意を突かれたドラゴンの翼に直撃する。初めて、ドラゴンがよろめいた。
「今だ!」
 ガブリエルが、ミカエルの手のひらを足場に跳び上がった。手を伸ばし、スマホを奪取しようとして、
「っと」
 バジリスクが大口開けて飛びかかってきた。「ひいいっ」とガブリエルが手を引っ込めて落ちていく。
 近くの茂みから、恵叶と赤髪の男性が草をかき分けてやってきた。ゴーストタウンで見た男性だ。
「恵叶!」
「紗美、無事でよかった」
 紗美は恵叶に駆け寄ると、少しだけハグをした。バジリスクによじのぼりながら、帝夜がおずおずと笑みを浮かべる。
「びっくりした。ええっと……君たちも天使かい?」
「CASよ。私が一位で、レオが二位」
「それ、わざわざ言う必要あんのかよ!」
 レオというらしい、赤髪の男性が噛みつく。挨拶もままならないうちに、ミノタウロスが戦斧を振り上げた。その場からレオと恵叶、紗美が散ろうとして、
「危ない!」
 何故か、ラファエルが助けに入った。恵叶に跳び蹴りをして、ミノタウロスの攻撃から守る……いや、守るふりをした。
「ぐっ……!」
 恵叶の顎に、蹴りを入れようとするラファエル。
 恵叶はすんでの所で顎を反らして、ダメージを軽減していたが、それは少し前に、我が家で見た光景によく似ていた。
「ひ、一人で避けられたんだけど……」
 恵叶が顎を押さえながら、ラファエルを睨み付ける。悪びれたふうもなく、ラファエルはにっこりと笑った。
「ごめんね。あなた、嫁が外でキスしても気付かない鈍感さんだから、敵にも気付かないかなーと思って」
 ぴくりと恵叶が眉を動かした。クールを装っているが、パートナーである紗美にはわかる。わりと本気で苛ついている顔だ、あれは。
「……顎は治った?」
 恵叶が挑発的に言うと、ラファエルが笑い返した。
「ショウの唇って、ふわふわよね。そう思わない?」
「あ?」
 やめてぇ……。
「怖いようぅ……」と何故か、ガブリエルが怯え出す。
 バチバチと火花を散らす二人に目も当てられないでいると、ミカエルがイライラと注意を飛ばした。
「おい、ふざけるな。喧嘩なら後にしろ」
 くすくすと笑って見ていた帝夜が、大仰に手を広げた。
「CASのワンツーと四大天使がついに揃ったね。別に狙っていたわけじゃなかったけど、さすがに感慨深いよ」
 カチ、と西の空で光が瞬いた。陽が稜線へと消えていく。とうとう、夜が来る。薄闇のなか、バジリスクにまたがるその者の名前は、帝夜。
 夜を支配する王。
「せっかく、これだけの面子が顔を合わせたんだ。公園なんかで潰すのも惜しい」
 遠足に誘うようなノリで言って、帝夜がスマホをこちらに見せつけた。
「皆、付き添いジャンプは許可してるよね?」
 隙だらけだ。全員がその手からもぎ取ろうと動く。が、その前に視界がバチバチと切り替わり始めた。
「くっ……!」
 帝夜に手は届かない。ジャンプした先は異世界07、西洋ファンタジーの世界だった。何の因果か、王家の城の前。恵叶と初めて出会った場所だ。
 いつもは、騎士がガチャガチャリと動き、害のないモンスターがぽよぽよ歩き回っている可愛らしい空間だ。
 だから、彼らが凶暴化して待ち構えているのかと思ったが、当ては外れた。
「大歓待だな……」
 レオとミカエルの声がハモる。
 待ち構えていたのは、ざっと500匹ほどのモンスターだった。どこにでもいるモンスターばかりだが、紗美たちに槍や剣を突きつけて壁をつくっている。
「こっちだよ」
 その壁に守られるようにして、帝夜が城へと入っていく。切っ先を体に突きつけられ、まともに動ける場所もない。ミカエルを見ると、こくりと頷きが返ってきた。
 さっきから、スマホでちまちま仕掛けていたのはこれね。むかつくけど、従うしかない……。
 城に入ると、モンスターは追ってこなかった。大広間は閑散としているせいで、平常時よりかなり広く感じられる。
 その大広間に、帝夜が佇んでいた。ドラゴンにも、バジリスクにも乗っていない。ただ、二本の足で立っている。
 それでも、誰一人動こうとしなかったのは、帝夜を守るようにして立つ四人の姿に、何かを感じ取っていたからだ。
 ……何?
 四人はただの人だった。少なくとも、そう見える。
 人型のAI仕掛けの生き物は、別に珍しくない。ヘキ邪やハルピュイアは獣に人が混じっているし、魔女はそのまま人間の姿だ。
 人の姿をしているのは、観光客と交流しやすくするため。牙や大柄な体躯は、子どもを怖がらせてしまう。
 だから人と接する生き物は、幻獣や神獣を除いて、人の姿をとる。
 しかし、この四人はそうじゃない。絶対に人と交わらない。直感でそれがわかるほどに、異質なオーラを放っていた。
 男が二人、女が二人。ただ思慮深い目をして、こちらを見据えている。
 ……それだけなのに。
 動けない。そう、この感覚は恐れに近い。怖がっているわけじゃなくて、対峙してはいけないものと、出会ってしまった感覚……。
 ミカエルが、一歩後ずさった。今までどんなレアキャラに出会っても、呑気に感想を述べていたあのミカエルが、肩で息をしていた。
「……ミカエル?」
 ミカエルが、は、と一つ息を吐いて、自嘲っぽく笑った。
「よりにもよって、天の神々を引っ張り出すか……」
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