女暗殺者の嫁もまた暗殺者

とも

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あっちに行って!

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 ペガサスが地面を蹴って、姿勢を低くする。細い路地で、ペガサスが突進しようとしている。避けようと屈んでいると、恵叶が囁くように言った。
「紗美、私を信じて。合図で跳んでほしい」
「いつだって恵叶を信じてるわ」
 恵叶が小さく笑う気配がした。
 じゃり、と背後で足音がする。新手が、と思ったとき、
「今!」
 ペガサスが突進してきた。恵叶は壁を蹴り、紗美はペガサスの頭に手をついて、それぞれ避ける。
 ペガサスが勢いを止められず、そのまま駆けていき、鋭い角は魔女を貫いた。二人の背後まで迫っていた魔女だ。
 ペガサスがうっとおしそうに首を振り、角から魔女を引きはがす。
 恵叶は、べしゃと落ちてきた魔女を抱えると、近くの扉を開けて、中に入るよう促した。続々と新手が集まってきている。迷う暇はなかった。
 扉の鍵をかけると、外からガンガンと重く体当たりする音が響いた。扉がベコベコに凹んでいく。長くは持たない。
「紗美、脱いで」
 上着を脱いで渡すと、恵叶はそれを魔女に被せた。まさか、紗美のダミーとして使うつもりだろうか。
「さすがに無理があるんじゃ……」
 魔女のローブを代わりに着ながら、紗美は言った。
「かもね。でも、見せるのは一瞬よ」
 二人は階段を駆け上がる。二階に着くと、恵叶は外側に張り出したバルコニーに目を留めた。隣の建物との距離は一メートルほど。
「私は囮になる。紗美はそっちから」
 恵叶がダストシュートにくいと顎をやる。わかった、と紗美は頷くと、恵叶を手早く引き寄せてキスした。
「ふっ……」
 ガアン! と扉が破られる音がして、二人は離れる。
「はあっ……。気をつけてね」
「うん」
 恵叶が魔女を抱えたまま、バルコニーに足をかける。二人いると知らしめるため、恵叶はわざと大声を出しながら、
「紗美、跳ぶよ!」
 隣の建物に飛び移った。そのあとを、AI仕掛けの生き物が追いかけていく。紗美はダストシュートを開けると、その中に体を滑り込ませた。
 路地にあるゴミ箱に下りると、大通りをうかがい見た。恵叶のおかげで、数がかなり減っている。どの生き物も恵叶を殺そうと、素直に動いていた。
 こんなに簡単に騙されるなんて。戦闘の経験がないせいだわ。
 トロールの背後を通り、紗美はエルフのお菓子屋さんに入る。中の階段を上がると、二階からはアパートになっていた。
 路地に面した一室は、鍵がかかっていなかった。リビング、トイレ、キッチンと見ていくが、誰もいない。リビングには複雑な機械がごちゃごちゃとあった。
 この機械をどうするべきなのか、紗美には判断がつかない。
 壊してAI仕掛けの生き物が停止するなら壊すが……。
 歯がゆい思いで、洋室を開ける。床の真ん中には、スマホが落ちていた。
「……アリア?」
 拾い上げ、血が付着しているのに気付いてぞっとした。ここにいたのだ。紗美と電話したときは、確かにここに。
「アリア、どこにいるの? いたら返事して!」
 リビングに戻って呼びかけたとき、ふと室内が暗くなった。何、とベランダを見た紗美は、室内を覗く何かと目が合って凍り付いた。
 それは、体長十メートルほどの巨大な鳥だった。



 帝夜はドラゴンに乗って、悠々と空を散歩していた。ばさばさと翼がはためくたび、周囲の空気が大きく切り裂かれ、あらためてドラゴンの雄大さを思い知る。
 それを操っているのは、他でもない自分なのだ。
 自身の力の強さに酔いしれようと下界を見るが、どうも上手くノれず、冷めたものを感じてしまう。
 やっぱり、人がぶち殺されるさまを見てこそだよねえ……。
 帝夜は嘆息する。
 最初に抹殺命令だけを下してしまったのは、失敗だっただろうか。同時にスマホを壊せと命じておけば、避難先を失った馬鹿どもの行く末をもっと楽しめたのに。
「ちょっと間引きすぎたかな。……ん?」
 急に、ドラゴンが体を傾けた。視界の隅で、白い何かが飛来するのが見える。ふくろうか何かかと思ったそれは、真っ直ぐに帝夜を目指していたが、
「ぎゃっ!」
 ドラゴンの翼に当たり、真っ白な何かが落ちていく。その正体は、銀髪の女性だった。韋駄天のごとき速さに、帝夜はひゅうと口笛を吹く。
「おや、ごめんね」
 そこに褐色の女性が現れて、白い女性を抱き留めた。屋根の上に降り立ったので、帝夜も視線を合わせようと、ドラゴンを宙に留まらせる。
「速いなあ……。先祖はデザイナーベイビーだよね。特化もしてるのかな?」
「デリカシーのない奴だな」
 褐色の女性は吐き捨てるように言い、
「私たちは守護天使。それだけわかれば、じゅうぶんだろう」
「ふうん、君たちが。実物は初めて見たけど、名に違わずとても美しいね」
「……子どもはどうした? アリアとかいう」
「死んだよ。殺した」
 感慨もなく告げると、二人の天使が目を見開いた。そんなに、おかしなことを言っただろうか。
「何を驚いているんだい? 当たり前じゃないか。もう用無しなんだから」
 帝夜は不思議そうに言った。




 巨鳥が紗美を食い殺そうと、くちばしから突っ込んできた。窓ガラスや家財が飛び散り、複雑な機械もバラバラに壊されてしまう。
「くっ……」
 バクン、と巨鳥が口を開けるが、体が室内に入りきらず、引っかかってしまう。殺気立って翼をはためかせる巨鳥から後退しつつ、紗美は部屋を振り返った。
 すぐに逃げなかったのは、判断ミスだったかもしれない。しかし、紗美はアリアを追うための手がかりがほしかった。
 何か残されていないか、何かアリアに繋がる物はないか。
 部屋を漁っていると、大きな音と共に地面が揺れた。
「あっ……」
 踏みしめていた床がなくなる感覚がした。ガラリと音を立てて、足下が崩れていく。落ちる、と目をつむったとき、ふわりと体が浮いた。
 ……魔法?
 抜けようともがく巨鳥のすぐそばで、紗美はゆっくりゆっくり地上に降ろされる。
 降り立って見たのは、紗美に向けて杖を振る、フルフェイスメットの人物だった。オフロードバイクにまたがっている。
「恵叶?」
 その人物は紗美に杖を渡すと、とっとと乗れとばかりに後ろに親指を向けた。
 ギイイアアアアア!!!
 巨鳥が咆哮を上げ、建物から体を引き抜いた。怒り猛った目で紗美を見下ろす。
 紗美が飛び乗ると、バイクは発進した。腕を回せば、柔らかな腰回りに、紗美は眉をひそめる。
「恵叶、じゃない……?」
「当たり前でしょ」
 言って、彼女はフルフェイスメットを外した。涙目で睨み付けてくるのは、紗美にとって懐かしい人物。
 紗美に甘く、ときに厳しく、姉のような存在の……。
「私の顔忘れてんじゃないわよ、この馬鹿ぁ! 私は現場の人間じゃないのに!」
「ヤナ!」
 新たな味方の登場に、紗美はぎゅっと抱きついた。

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