女暗殺者の嫁もまた暗殺者

とも

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ゾンビ! ゾンビゾンビゾンビ!

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 CAS本部にて。
 ザザザと耳障りな音がして、通信が途切れた。視界共有コンタクトレンズによる映像を見ていたボスは、思わず身を乗り出した。
「レオ! おい、レオ!? ナビゲーター、応答しろ! 状況は!?」
「わ、わかりません……。ここからでは、何も見えなくて……」
 俺は、見ていることしかできないのか。
 歯がゆさに、デスクの上でぎゅっと拳を握りしめる。ギリギリと歯を噛みしめていると、
「罠だったか。敵もこざかしいな」
 他人事のような白髪の言い草に、ボスは腹の底で怒りが煮えるのを感じた。
 だから、レオがそう言っただろうが……。
 ぐらぐらと滾る怒りに必死に耐える。
 そうして少し経った頃、本部の入り口を抜けて、レオが帰ってきた。
「レオ! 戻ったか!」
 ふらついていたが、大きな怪我はないように見えた。だが、レオ以外がいない。彼一人だけだ。
「無事か? 他の精鋭たちは?」
 すっとんできた仲間から医療サポートを受けながら、レオは座り込んだ。
「一応、現世の病院に運んできた……」
「ど、どうだった?」
「わかんねえ。見た目は、たいしたことねえのが大半……。けど、爆発の怖さは熱よりむしろ、圧力の急激な上昇にあんだろ……。見た目は火傷程度でも、中の臓器は爆風で溶けちまうから……」
 そんな……。
 足下から崩れ落ちていく感覚がした。
 大切な精鋭たち。真摯に働き、尽くしてくれたのに……。
 目の前が暗くなりかけたが、身を削ったレオを前に、自分だけが哀れに酔うわけにはいかない。そんなことは許されない。
「レオ、お前は少し休め……」
「俺は大丈夫だ。でなきゃ、こんなに動けねえよ……。応急処置は受けたしな」
「それで、奴は捕まえられたか?」
 白髪が訊いた。
 馬鹿げた質問に、レオが口を開くまでもなく、ボスが低い声で答えた。
「爆弾を仕掛けた家に、居座り続ける馬鹿がどこにいますか?」
 白髪がポニーテールを振り返った。
「家にいないとなると、捜索は困難を極めるな」
「アレを使うしかあるまい」
「……アレ?」
「答える必要はない」
 白髪がぴしゃりと言うが、ポニーテールが答えた。
「バックドアだ」
「いや、私は答える必要はないと……」
 バックドア。
 その言葉に、背筋が粟立つのを感じた。
 それは、全世界への裏切りだった。



 紗美はガブリエルを必死に追いかけていた。砂の迷宮は、墓場の調査をイメージしているのか、棺と骸骨がとにかく多い。
 壁には砂の像が立っており、あちこちにたいまつが灯っている。冒険家でも出てきそうな造りだが、そんなのを悠長に楽しんでいる暇はなかった。
「ひいいいいんっ!」
 ガブリエルが風のように走って行く。
 速いわね、やっぱり……!
 何度もガブリエルの姿を見失いそうになるが、そのたび情けない悲鳴が聞こえてきて、図らずも本人の居場所を教えてくれる。
 馬鹿ね。
「あーん、不死身お化け!」
 三度目にはち会わせしたとき、ガブリエルが泣きながら踵を返した。
「車ひっくり返ったのに生きてるぅ! ゾンビー!」
「うるさいわね。いいから、スマホ返して!」
「ショウ怖いよおお」
「うっさい!」
 そのとき、ガブリエルが持っていたスマホが着信を知らせた。音に驚いて、ガブリエルがスマホを取り落とす。
 紗美のスマホだった。
「ひいいいいっ! ミカエルに殺されちゃうー!」
 言いながらも、ガブリエルは拾おうとせず、ただ逃げるに努めた。足を止めて他の二台を危険にさらすより、残りを届けることを優先したらしい。
 ……いや、単に私が怖くて逃げてるだけかも。
 紗美はスマホを拾い上げると、発信が『アリア』になっているのを確認して、通話を開始した。
「もしもし?」
「紗美……」
 どこで私の連絡先を、と疑問が頭をもたげたが、すぐに答えが浮かんだ。
 スマホショップ。きっと、あのときだ。
「どうしたの? 今どこ? 置いていっちゃってごめ……」
「ごめんなさい、紗美……」
 ぐしゅりと洟をすする音が聞こえる。紗美はアリアが泣いていることに気付いた。
「大丈夫? ……何で、電話してきたの?」
「お願い、仲間の人に伝えて……。罠が仕掛けてあるから、キーを挿し込んじゃ駄目だって」
「アリア、意味がよく」
「私がリストを盗んだとき、罠を仕掛けたの。リストが本命で、罠はオマケだと思ってたんだけど……多分違う」
「アリア」
「聞いて。そっちが帝夜の本命だと思う。リストはブラフ。帝夜は、最初から奪うつもりだったんだ……」
「奪うって何を」
「CASと天使のアクセス権」
「え……」
 アクセス権。しかし、紗美にはいまいちピンと来なかった。CASも天使も、未だにその帝夜とやらに、アクセス権を奪われていない。そのはずだ。
「アリア、よくわからないんだけど」
 スマホの向こうで、ごそごそと音がした。アリアが息を呑む気配がする。
 最初は紗美が走っているせいで、雑音が生じたのかと思ったが、違う。
「ねえ、アリア。……何でジャンプしないの?」
 今更のように思った。
 ……どうして、私はアリアと電話しているの?
「紗美、頼んだよ……。もう、私には……」
 弱々しい懇願に、紗美はぞっとした。
「アリア、あなた今何をされて……。どこにいるの。場所を言って!」
 ひぐっ、とアリアが洟をすすりながら、
「ま、魔法界セントラルストリート五番地、エルフのお菓子屋さんの……」
「すぐに行くわ。だから」
 バタン、と扉が開く音が、スマホ越しに響いた。アリア、と呼びかけるも返事がない。
 もみ合う気配のあと、アリアの声が遠ざかっていこうとして、
「紗美、バックドアを使っちゃ駄目!!!」
 最後にそれだけ言い残して、通話が切れた。
「アリア!!!」
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