女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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X-MENが教えてくれたこと

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 思い至るべきだった。
 敵が仲間との合流地点を目指している以上、待ち伏せの可能性があることに。
 あほか……私は。
 天地が逆転し、潰れた車の中で、今更のように後悔する。
 うう、と誰のものともわからないうめき声が聞こえて、恵叶は必死に呼吸を繰り返す。
 ミカエルが本命とばかり思っていた。彼女のずば抜けた戦闘力に気を取られて、大局を見失っていた。
「はあ、はあ……」
 酷い惨状だった。
 車体は完全に上下反対になり、アリアがシートベルトをしたまま座席からぶら下がっている。
 シートベルトを外してやると、アリアが腕の中にごろりと転がってきた。
「シートベルト……してて、偉かったね……」
「……ターミネーターは、観たことないけど、X-MENは……観てたから」
「そう。アリア、大丈夫……?」
「耳がキインってするの……」
 アリアが力なく答えて、すんすんと鼻をすすった。
「血の味する……」
「おいで。ここから出ないと」
 車外に出ようとしたところで、容赦なく銃弾の雨が浴びせられた。
「アリア、逆から出よう」
 車を障害物にして弾幕をやり過ごし、様子をうかがう。
 車越しに、バイクから降りるガブリエルが見えた。三人分のスマホを、仲間に引き渡そうとしている。
 ……舐めるな。
 アリアが拳銃を手渡してきた。
 車を盾にして構えると、ガブリエル周辺の天使を全員撃ち抜く。
「うきゃああああ!」
 ガブリエルも撃とうとしたが、逃げ足の速さに勝てなかった。地面に向かって、かっぽりと口を開けた場所へと走っていく。
「あれが砂の迷宮……の入り口ね」
 追いかけないと。
 ちょうど、紗美が車内から這い出てきたところだった。衝撃で視線がぼんやりしているが、大きな怪我はなさそうだ。
 ライリーは、と視線を巡らしたところで、頭から血を流してぐったりしているのに気付いた。
 腕を伸ばし、歪んだ窓枠から体を引きずり出そうとする。
 紗美も手伝う素振りを見せたが、恵叶はそれを制した。
「紗美はアリアを連れて先に行って。必ず追いつくから」
「……わかった」
 アリアがこちらを何度も振り返りながら、紗美とともにガブリエルを追う。
 肩を貸してやったとき、ライリーが細く目を開けた。
「ケイティ、あれ……」
「え?」
 五十メートルほど離れたところで、冗談みたいな光景が広がっていた。
 地面に膝をついたミカエルが、RPGー7を担いで、こちらに狙いを定めている。
 RPGー7。通称、ロケットランチャー。
「それ手に入れるのに、どれだけ苦労したと思う……」
 恵叶が口元をひくつかせたのと、ロケットランチャーが発射されたのはほぼ同時だった。
「最悪!」
 恵叶はライリーをほとんど引きずりながら、近くの建物へと押し込んだ。
 閃光と爆風が巻き起こり、二人は建物の壁もろとも吹き飛ばされる。
 地面を転がり、全身を鈍い痛みが襲う。
 避ける間もなく、額にレンガがぶつかり、ぬるりとした感触が目元を覆った。
「ううっ……」
 頭がフラフラするが、まだ動ける。額から流れる血をぬぐいながら、恵叶はライリーに肩を貸した。
 不幸中の幸いで、二人は砂の迷宮の真ん前にいた。砂塵が舞うなか、恵叶は力を振り絞って、迷宮を目指す。
 砂の迷宮とはよく言ったもので、入り口から少し足を踏み入れただけでも、中は迷路になっていた。
 ガブリエルを追うには最悪だが、ミカエルを撒くにはちょうどいい。
 ライリーを隠さないと……。ガブリエルはもう、紗美頼みだけど……。
「ケイティ、止まって……」
 少し歩いたところで、ライリーが消え入りそうな声で言った。砂でできた壁に、ライリーをもたれさせる。
「言って……おかなくちゃ、いけない、ことが……」
「愛の告白なら聞かない。遺言なら、もっと聞かない」
「ふざけてる、場合じゃない……ケイティ」
 ライリーが恵叶の襟首をつかむと、真剣な眼差しを向けた。
「いいか……。ナビゲーターに、なる者は……必ず、心理学を……学ぶ。現場の、ケイティはさ……知らないだろうけど……。昔の捜査手法を……頭にたたき込むのは、絶対なんだよ……」
「ライリー、今はそんなこと」
「大昔は……結構あったらしい。両親が、殺される事件……。いや、正確に言えば、両親『だけ』が殺される事件が……」
「ライリー」
「理由はさ……マジでクソッタレだよ……。騒がれない、からってさ……。そのため、だけに……親を……」
「ライリー、何を」
「でも……わかる気がする。親っていう生き物は……諦めない。何が、あっても……。生きている、可能性が……。1パーセントでも……あるうちは」
「何の話を」
「だから……最初に、親を殺す……。アリアと話して……よくわかった。あの子は……頭が、良すぎる……。犯人は、欲しかったんだ……アリアが」
「待って、ライリー」
「親を……殺せば、アリアが誘拐されても……。誰も、そこまで探さない……。子どもが、いなくなっても……」
「ライリー!」
「だから……。アリアの、親を……殺したのは……。アリアを、引き取った……」
「ライリー! 頼む、黙って!」
 恵叶の悲痛な声が、迷宮に響き渡った。
 塗り込められた闇のような、ひどく重い沈黙が下りてくる。
 聞こえるのは、ライリーの荒い呼吸音、砂が擦れる音。そして、
「……嘘だ」
 アリアの声がした。
「アリア」
 恵叶はゆっくり立ち上がると、砂の壁に隠れるようにして佇むアリアを見た。
 ……気配には気付いていた。
 最初から聞いてはいなかったはずだ。それでも、賢いアリアのことだ。
 要点に気付くのは、造作もないように思われた。
 誰のせいで両親が死んだのか。悟ってしまうのは、造作もないように思われた。
「私のせいで、パパとママは死んだの……?」
「違う。アリア、話を」
「……帝夜は私に優しくしてくれたの」
「アリア」
 恵叶が一歩踏み出すが、アリアはじりと退いた。
「帝夜が悪い奴なわけない。そんなことで、パパとママを……。私のせいで」
 アリアはスマホを取り出すと、パスポートを起動した。
 目尻に涙を浮かべ、失望した表情で恵叶を見つめる。
「嘘つき……」
「アリア!」
 手を伸ばしたが、何かできるはずもない。アリアの姿は、一瞬にしてかき消えた。
 うなだれていると、通路の奥から足音が近づいてきた。
「どうしたものかな、この状況……」
 ミカエルが面倒くさそうに首をコキッと鳴らした。

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