女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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皆大好きセーフハウス

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 翌日、ショップで三人分のスマホを受け取ると、恵叶は二人を連れて歩き出した。
 寂れた町だが、さらに寂れたほうへと向かっていく。
 周りにはいよいよ、砂をかぶった中古車やオートバイクぐらいしかない。
 このあたりでは珍しくロードレースが許されているが、逆に言えば、本当にそれぐらいしか目玉がないのだ。
「恵叶、結構歩く?」
「ううん。……あのね、昔見た映画なんだけど」
 恵叶は歩きながら話し始める。
「主人公がとある暗殺組織の一員なんだけど、ある日、絶対に破ってはいけない掟に背いてしまうの。それで逆に、組織に追われる立場になってしまって」
「……今の私たち?」
「主人公が真っ先に向かったのが、セーフハウスだったの。そこには、いざってときのために、武器や逃走手段を山ほど隠していて、それがすっごくかっこよくて。それで……」
「恵叶も真似して、セーフハウスを作った?」
 呆れたように言う紗美に、恵叶は「当たり」と頷いた。
 少しして、目的の建物に着いた。
 砂漠と同じ色の地味な建物で、のっぺりしている。ここと知らなければ、通り過ぎてしまうだろう。
 ドアノブを回そうとして、恵叶は固まった。
 長年放置されているはずなのに、ドアノブに埃がない。
「恵叶?」
 シッ、と人差し指を唇にあてる。
「誰かが最近、ここに入った形跡がある」
 じゅうぶんに警戒して、恵叶を先頭に進んでいく。だだっ広い部屋に入ろうとしたところで、
「せいっ!」
 入り口のそばで、何かが動いた。
 恵叶は反射的に避けると、その人物の背後を取って関節を極める。
「いだっ! ギブギブギブ!」
 聞き慣れた声に、恵叶は嘆息して手を離した。
「……まあ、ライリーしかいないわよね。ここに来る奴なんて」
 やれやれ、と痛そうに関節を回したのは、恵叶のナビゲーターであるライリーだった。
 数日ぶりだが、もう何年も会っていない気がする。
「挨拶じゃん。何すんの、ケイティ」
 恵叶はライリーの手元を白い目で見た。
「金属バット振り下ろしておいて、よく言う」
「ありゃ。ごめんごめん。バールだと思ってたわ」
「それも別に殺意の量変わらないけど」
 くだらないやり取りをしていると、紗美が不思議そうな顔をした。
「あれ? 海里かいりさん」
「こんにちは、紗美さん。ホームパーティーで何回か会いましたねー」
「CASのメンバーだったんですか……」
「そう。で、ケイティとこっそり、セーフハウスを造りました。やばくなったら、ここを使おうって。まさか、本当にそんな日が来るとは思ってなかったけど」
 ライリーはアリアをしげしげと見た。
「で、ケイティ。この子どもは何? 食糧?」
「うちからデータを奪った張本人よ」
「お前かー!」
「わああああ! 何、何っ!?」
 ライリーはアリアを担ぎ上げると、古びた事務椅子に乗せた。
 縄で体をくくりつけて、勢いよく回し始める。
「お前のせいで、私は異世界の極秘エージェントから、失業中の姪っ子にジョブチェンジしたんだ! 禊ぎだ、禊ぎをしてやる!」
「目が回る! 虐待ー!!!!」
 うぎゃー! とアリアが悲鳴を上げる。
 アリアが朝に豚骨ラーメンを食べるのを見ていた恵叶は、てきとうなところで止めに入った。
「ライリー、そのへんで……」
 セーフハウスは、恵叶がかつてコレクションした状態のまま、保存されていた。
 あらゆる形のナイフに小型通信機、旧型の自動車、オートバイク。
 拳銃は小型のV10からコルト・パイソン、M16にM60機関銃。果ては、RPGー7まで用意されている。
 武器商人なみの品揃えに、紗美が目を輝かせた。
「RPGー7。実物なんて、初めて見た……」
 紗美がメンテナンスも兼ねて、拳銃を手にとっては分解し始める。
 アリアは隣に立って、その手元をじっと注視していた。
 そんな二人から少し離れたところで、恵叶とライリーは近況報告をしていた。
「サリエルズ……。それが上位組織の名前なのね」
 恵叶はぬるくなったソーダに口を付けた。
「まあ、態度の悪い連中だったよ。今までいなかったくせに、ケイティを抹殺しろって」
「ふうん。ってことは、紗美も抹殺対象に入っているわね」
 会話を聞きつけた紗美が、茶目っ気たっぷりに、恵叶に銃口を向けた。
「それって、恵叶を殺したら、いくらか貰えるの?」
 うーん、とライリーが真面目くさった顔で考え込む。
「私の予想では……もやし一袋ぶん」
 安すぎるわ。
「割に合わない」と、紗美が抹殺を諦める。
「アリアは知ってたの? サリエルズって」
「ううん、知らない。単に、責任問題で出てきたんでしょ?」
「そんな言葉、よく知ってるなー……」 
「ライリーより頭いいもん」
「何だと。絶対に私のほうが頭いいからな」
「ライリー、相手九歳よ……」
 んで、とライリーが声を潜めて身を乗り出した。
「本当に情報を吐かせなくていいの? あいつを突き出したら、事態はすぐに解決するかも」
「でもそうすると、無念を晴らせない。……惚れた弱みよ。説得するなら紗美を」
「紗美さん」
 ライリーが紗美のほうを振り返るが、紗美は断固として譲らなかった。
「見捨てるべくに手を差し伸べてこそ、守護天使なの。条理に従って、救える人だけ救うようなら、それはただのつまんない常人よ」
「紗美……!」
 アリアがきらきらした目で紗美を見る。
 うーん、とライリーが頭を垂れた。
「悔しいけど、人気者と嫌われ者の違いを見せつけられた気がするなあ……」
「嫌われ者って、CASのこと?」と恵叶。
「そうだよー。天使と違って、嫌われるのが目に見えてるじゃん」
 ライリーは嘆息すると、恵叶からソーダを奪って飲み始めた。
 いや、私の。
「だいたい、CASも同じ仕事をこなしてるのに、街で噂になるのは決まって天使だもんな。『天使が助けてくれた!』。いやいや、CASが助けた案件もあるだろ、絶対。なーんでCASは噂にならないの?」
 ライリーは愚痴のつもりだったのだろうが、物事の本質を言い当てている気がした。
「そう……。言われてみれば、それで民間組織が許されているのかも」
「んー?」
 恵叶たちの仕事は、異世界の平和を守ること。
 立派な志だと思うが、それでも恵叶たちの存在は知られてはならない。
『極秘』機関であり続けている。
 その理由は、政府に不審を抱く国民が多いからだ。
 現世での管理システムは、安全だの幸福だの色々と謳ってはいるが、つまるところ政府のため。
 個人情報は全て、政府に吸い上げられている。
 思想から恋愛遍歴、性癖、オナニーの回数に至るまで、生まれたときから同意なく、全てを監視されている。
 それが嫌で異世界に来たというのに、政府の息がかかった機関が異世界を守っているとなったら、たとえデジタル監視を使っていなくとも、不審を抱かずにはいられないだろう。
『実は、異世界にもデジタル監視の目がある。政府は嘘を付いている』という陰謀論は、昔から大人気だ。
「それで、政府は守護天使を容認していると? 犯罪の取締りなんて、どうしたって派手になる。誰が粛清しているのかと疑われたとき、守護天使というわかりやすい的を用意しておけば、それで納得させられる」
 ふむ、と恵叶は顎に手を当てた。
「だとしたら、守護天使も独立した組織じゃないわね。いざというときはサリエルズの指揮下に入る、いわば臨時の機関……」
「ええっ……。守護天使、今はサリエルズの言いなりになってるってこと?」
 紗美が露骨に嫌そうな顔をする。
 ライリーは「うーん」と伸びをすると、面倒くさそうにアリアを見た。
「で、四年前の事件だっけ? ……まず、あんたの親の名前は?」
「助けてくれるの?」
 アリアがきょとんとする。
「しゃーないでしょ。私はケイティをサポートしてやるのが仕事なんだから。ケイティは私がいないと、何もできないし」
「……ありがとう!」
「抱きつくな!」
 九歳と同レベルの喧嘩を繰り広げるライリーに、恵叶は苦笑する。
 何だかんだ言って、協力してくれるらしい。
 CASに対する完全な裏切りになるのに、それでもライリーは恵叶を選んでくれた。
 じんわりと、感謝の気持ちがわき上がるのを感じる。
 ……まあ、調子に乗られてもむかつくから、言うつもりはないけど。
「全く、私もCASから追い出された身なのに。古い事件だし、どうやって情報を集めたらいいのやら。……情報屋でも当たってみるか?」
 一通り、アリアから事件の概要を聞いたライリーが、スマホを片手に部屋を出ようとする。
 少し、頭を整理したくなったのだろう。
「あ、ついでにお昼ご飯買ってくるけど、何か……」
 ライリーの言葉は続かなかった。
 セーフハウスを出た先に、意外な人物がいたからだ。
 褐色の肌に、刃物のように冷めた表情。
 間違いない、紗美から聞いたとおりの見た目。彼女は……。
「ああ、こんにちは」
 守護天使のトップ、ミカエルだった。
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