女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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温泉回とR15の壁

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 ぶらぶらと医院に帰っていると、いつの間にか夜になっていた。
 灯籠でほのかに明るいなか、見上げる満天の夜空は恐ろしいほど美しい。
「綺麗だね-」
「うん。……アリア、夜は何が食べたい?」
「さっき食べたばっかりだから、わかんない」
「子どもって、胃袋ちっちゃ……。とりあえずビールでいい?」
「いや待って」
 医院の前に着くと、人影があった。
 こちらに向かって、手を振っている。
 それが紗美だとわかると、恵叶は勢いよく走り出した。
「紗美!」
 抱きつく寸前で、紗美の怪我を思い出して急停止した。
「もう大丈夫なの?」
「うん、この通り」
 紗美が軽く腕を回してストレッチしてみせる。
 腕の色も綺麗に治っているのを見て、アリアがほっとしていた。
「アバラ、二本折れてたわ……。途中でめちゃくちゃ痛くなったと思ったら、一本肺に刺さってたみたい」
「さらっと言うわね。とにかく、無事で良かった」
 恵叶は紗美の手を引くと、ぎゅっと抱きしめた。柔らかくて温かい。
 頭を抱えて、黒髪に鼻先をうずめる。
 すっかり馴染んだ花のような香りが、鼻孔をくすぐり……。
 くすぐり……。
 二人はぱっと離れると、お互いをジト目で見た。
「……お風呂行かない?」
「私も同じこと言おうと思ってた」
 銭湯はこの町唯一のリラクゼーション施設らしく、かなり大きな規模を誇っていた。
 さすが、砂漠から煙突が見えただけのことはある。
 世界のあらゆるお風呂をモチーフに造られていて、紗美は露天風呂に「やった!」と歓声をあげてから、アリアに複雑そうな顔を向けた。
「九歳って、一人でお風呂に入れるわよね? でも、こういう広いところでは、目を離しちゃ駄目なのかしら。世の親御さんってどうしてるの……?」
 アリアがぶんぶんと首を横に振った。
「大丈夫。私も一人がいいし。ねえ、先に上がった人から、休憩所で待つっていうのは?」
「アリア、待てる? 紗美はめちゃくちゃ長風呂よ」
「ちょっと、その言い方は何よ」
「待てる。大丈夫だよ、漫画いっぱい置いてあったから。私、漫画なんて初めて見た」
「それじゃ……何かあったら、大きな声で叫んで。お風呂場って響くから、それでわかると思うわ」
「恵叶、それ無茶すぎない……?」
「うん、わかった」
 頷くと、アリアは泥風呂に向かって走り出した。
「こら、走っちゃ駄目!」

 紗美と一緒に、恵叶は色々なお風呂を回っていく。
 薬湯や泡風呂、打たせ湯などバリーエションがあって楽しく、昨日までの惨状が嘘のようだ。
「本っ当に気持ちいい……。生きてるって最高……」
 露天風呂で、夜風に吹かれながら紗美がしみじみと言う。
 良かった、と恵叶は笑って、紗美の肩にお湯をかけた。
「生きてて良かった……。死ぬ……。生きてる喜びで死にそう」
「儚い」
 銭湯はまあまあ繁盛していて、仕事帰りらしき人が湯船に浸かっていた。
 彼女たちはそれぞれ自分の時間を満喫していたが、恵叶の姿に気付くと、
「あ、ヘキ邪に連れられてたお姉ちゃんじゃないの」
「ヘキ邪って喋るんですか?」
「触ってたわよね? どんな感触だったの?」
 口々に言われ、あっという間に取り囲まれた。
 ヘキ邪に出会った経緯には深く触れず、ただ砂漠で迷子になったのだと説明を繰り返しながら、風呂を楽しむ。
 どの湯にも一度は浸かって満足すると、二人はようやく上がった。
 ただし、サウナにだけは近寄らなかった。
 脱衣所でアイスキャンディーを選んでいると、紗美が甘えるように腕を抱いてきた。
「アリアは助けるつもりだけど……具体的にどうしたらいいのかしら。私たち、もうCASや守護天使の情報網は使えないし。アリアが盗んだデータも空振りだって言ってたし」
 そうね、と恵叶はアイスキャンディーをかじりながら、
「とりあえず行きたいところがあるから、明日は私についてきて。元々、この町を目指していたのには理由があるの」
「あ、ここがジャンプ予定地だったの?」
「うん。私、言わなかったっけ?」
「言ってないわよ」
 紗美が拗ねたように言って、アイスキャンディーをシャクリと奪った。
 休憩所に行くと、アリアが漫画を熱心に読みふけっていて、連れ出すのに一苦労だった。
 漫画から引きはがすために、恵叶は食後のオレンジジュースを約束しなければならなかった。
「もうちょっとだけ。今からアラバスタなの」
「あれだけ砂漠で酷い目に遭って、まだ砂漠が見たいの?」
「面白いんだって! もうちょっと、もうちょっとだけ!」
「仕方ないわね。じゃあ、展開を教えてあげる。最終的に、主人公は夢の果て……」
「ぎゃー!」
 てきとうな宿で宿泊の手続きを終え、夕飯を取る頃には、夜の八時を回っていた。
 真っ赤な中華テーブルには小籠包や北京ダック、麻婆豆腐などが乗っていて、体力を使い果たした三人の胃の中へ次々消えていく。
「いい食べっぷりだねぇ」
 北京ダックを食べていると、コック帽を被ったアヒルが嬉しそうに声をかけてきた。むせた。
 部屋に入ると、ツインルームになっていた。
 龍の置物や提灯が置かれていて、真っ白なベッドは天蓋付きになっている。
 アリアはひとしきり部屋の装飾を眺めると、退屈したのか、「お土産屋さん見てくる」と出て行ってしまった。
 子どもってよくわからない。この状況でお土産て。
 窓から夜空を見上げていると、紗美にぐいと腕を引っ張られた。
 そのままの勢いで、仰向けにベッドに倒れ込む。
 天蓋に目をぱちくりさせていると、視界に挑発的な笑みを浮かべた紗美が現れた。
「……ねえ、恵叶。私が砂漠で言ったこと、覚えてる?」
 紗美が馬乗りになって、見せつけるように浴衣を脱いでいく。白い肌が、だんだんと露わになる。
「紗美……」
 誘われるように、白い肌に手を伸ばそうとして、
「恵叶、そういえばジュース買ってくれる約束……。何してるの?」
 部屋に入ってきたアリアがきょとんとする。
 寸前に、半裸の紗美をシーツに押し込んだ恵叶は、ヨガみたいなスタイルで固まっていた。
「……その体勢、辛くないの?」
「つ、辛いほうが効くの、ヨガは」
「ふうん。ジュース買ってくれる?」
「いいわよ。先に行ってて」
 アリアが出て行ってしまうと、恵叶はそっとシーツをめくった。
「今は無理よ、紗美……」
「ゴタゴタ全部終わったら、ずっとヤり続けてやる……!」
「な、泣かないで……」
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