女暗殺者の嫁もまた暗殺者

とも

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トンガリ飴は舌が切れやすい

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 直近の履歴からジャンプしたらしく、また西洋ファンタジー世界に戻ってしまった。
 追ってこられることはないと思うが、恵叶はすぐにまたパスポートを操作し始める。
「恵叶、どこ行くの?」
「魔法界。……あ、その前に」
 恵叶にちゅっとキスされた。紗美は目をぱちくりさせる。
「ねえ、あれって、私をキレさせるための嘘だったんでしょ?」
 あれとは? 
 そう思いかけ、すぐにラファエルとのキスのことだとわかった。
 思いの外、真剣な顔をする恵叶に、たらりと冷や汗が流れる。
「えーっと……。えーっと……そう、かもしれないわね。そうだったかも……」
「……違うのね」
「んっ……」
 恵叶が不満げにもう一度キスして、次の瞬間、二人は魔法界にいた。
 路地の裏通りだ。
 いつもは、どこにいても子どもたちの声が聞こえる賑やかな場所だが、日が沈んでいるせいで、デートしている大人しかいない。
 とにかく移動しようと歩きだす。一応、西洋ファンタジーにいるときに、現世の服に着替えていたので、そこまで二人の姿が浮くことはなかった。
 魔法使いの格好をしている人が大半だが、どこの異世界にも、現世スタイルは三割ぐらいいるものだ。
「恵叶、どこか行く当てあるの?」
「……ねえ、紗美」
 表通りに出ながら、恵叶が口を開く。
「私、あの子どもにもう一度会いたいんだけど」
「……え、子どもに? どうして?」
「同時に起こった不正アクセス。手がかりの場所にいた女の子。どれも偶然とは思えなくて……」
 歩いていると、怪しげな老婆や、明らかに人間ではない者が話しかけてきた。夜にだけ現れる露天商で、そのほとんどがAI仕掛けの生き物たちだ。
 恵叶と紗美はそれらを断りながら、てきとうに歩を進めていく。
「一つ、疑っていることがあったの」
「うん?」
「不正アクセスは囮で、今回のことは仕組まれていたんじゃないかなって」
 それは、紗美も一度考えたことだった。
「つまり、私たちの関係を邪魔に思った両方の組織が、今回のことを仕組んだってことよね? 二人ともをいっぺんに始末する口実が欲しくて、わざとトラブルを起こして、お互いを出会わせた」
 そう、と恵叶がお菓子の露店で立ち止まった。
 ゴブリンにお金を払い、トンガリ帽子型のぺろぺろキャンディーを買っている。
「……紗美も飴いる?」
「いらないわ」
「話を戻すけど、もしそうだとしたら、私たちの組織は、お互いの存在を認識していたことになる。それが大前提」
 恵叶はキャンディーを舐めながら、話を続ける。
「ラファエルは紗美に『最初から通じていたの?』って訊いた。ガブリエルは『裏切り者』と言っていた。そのことから、『守護天使』はCASを敵として認識していたと考えられる。……。でもそれだと、おかしな点が多すぎるのよ」
 うん、と紗美は手を伸ばし、恵叶の空いた手と繋いだ。
「それなら、もっと早くに私たちを潰し合わせたはずよ。別に、結婚を隠していたつもりはなかったし。今更、不正アクセスなんてデメリットを背負ってまで、あんな大げさな芝居を打つ説明が付かない。コストも時間もかかりすぎなのよ」
 恵叶のところでは、技術班を早くに呼び出して、へとへとに働かせていたという。不正アクセスがわざとなら、そこまでする必要はない。
 それに、と紗美は繋いだ手を軽く振りながら、
「罠にかかりに行くと決めたのは、私たちの意志よ。命令を受けての行動じゃなかったわ。たまたま上手くはまっただけで、私たちがエディ城で出会わない可能性のほうが高かった」
「うん」
「ラファエルとガブリエルがあんな言動を取ったのも、説明は付くわ。多分、恵叶の組織について実態をつかめていないから、万全を期して『敵』として扱っただけよ。そっちのほうがしっくりくる。本当に敵と確信していたなら、もっと戦力を投入していたはずだから」
「そうなると、一つの結論にたどり着く。私たちの組織は、目的も活動領域も全く同じなのに、本当にお互いの存在を知らなかった」
「どちらかが自発的な民間の団体なら、その偶然を信じてもいいけどね……」
「たくさんの国が関わる機関と、異世界の出資者である大富豪よ。ここが繋がっていないなんて、逆におかしい」
 恵叶が立ち止まったので、紗美も足を止める。揺れていた手が止まった。
「そうなると、私たちがこれまで仕事でカチ合わなかったのは、偶然とは思えない。わざと知らされていなかったとしか思えない。何か……もっと別の圧力によって、故意にお互いが出会わないようにされていた」
 ひゅう、と冷たい風が二人の間を通り抜けた。紗美はごくりと生唾を飲み込む。
 もっと別の圧力。おそらくは上位組織。
「……いったい、誰が? 何のために?」
 恵叶がくすりと笑った。
「それを知るために、女の子に会いに行こうかなって。それとも紗美、他に何か予定でもある?」
「明日はピアノのお稽古がね」
 ふふっ、と恵叶が笑ったあと、ふいに真面目な顔になった。
「……それにあの子、だいぶ辛そうな顔をしていたから。少し気になって」
「それを先に言ってくれないと」
 恵叶と一緒に、異世界で半永久的に逃亡生活を続けるのはおそらく可能だ。ホテルに泊まって、エッチして、財布をスッて、ギャンブルに費やす。
 でも、そんなのはつまらない。
 紗美たちを動かしていた謎の存在を解き明かして、ついでに女の子を救えるなら、もちろんそちらを選ぶ。
 理由は刺激的だから。
「ところで、紗美の天使名は?」
 また歩き出したところで、恵叶がさりげなく訊いた。紗美はあさっての方向に視線を向けながら、
「……ウリエル。呼ばれたことないけど」
「何で?」
「訊かないで」
 ぴしゃりと言うと、恵叶は黙ってキャンディーを舐め始めた。
「私だけでも呼ぼうか?」
「また今度ね。ベッドの中で」
「……今日は?」
 恵叶が足を止めて見上げた先には、『空室アリ』と書かれたトンガリ屋根の宿があった。
 紗美がジト目で恵叶を見る。
「エッロ。……恵叶って今まで、よくレスで生きてこられたわよね」
「……待って。紗美のほうがだいぶエロいし積極的よ? 何で自覚ないの?」
「そんなことないから!」



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