女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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罰当たり!

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 いった……。
 薬を一口含んだだけで、紗美の喉に激痛が走った。嚥下するたび、喉が腫れているのがわかる。顔をしかめていると、ヤナが首に消毒液を垂らしてきた。
 いった!
「あーあ、血が出てるし。紫色になっちゃって。悪いけど、あざの治療は今度ね。今は薬が切れてて」
 エディ城から戻った紗美は、『守護天使』のオフィスの一室にいた。
 一番大きなエアスクリーンでは、先ほどの黒ローブとの映像が再生されている。紗美のコンタクトレンズに記録されていたものだ。
 十分前。傷だらけで帰ってきた紗美を見て、誰も何も言わなかった。予想外の展開に、コメントが浮かばなかったのだ。
 ……まあ、耳鳴りを起こしていたから、聞こえなかっただけかもだけど。
 もう、目も痛いわね。あんな間近で、馬鹿みたいに、スパークをびかびかと。罰当たりなのよ。
 見事な動きで紗美を翻弄し、攻撃を繰り出す黒ローブの映像を見ながら、リーダーがそわそわと言った。
「こいつがハッカーか、あるいはその仲間なのか? どうだ、ショウ」
「さあ、どうかしら……。その前の動きが変だったもの」
 もう薬が効いたらしく、紗美は普通に喋れるようになっていた。こういうとき、医学が発達しすぎた時代に生まれて良かったと思う。
「ねえ、どうして最初から、奴を殺すよう指示したの?」
 紗美はリーダーではなく、あえてミカエルに訊ねた。
「あのときはまだ、奴が油断していたからな。立ち振る舞いが、明らかに素人のそれじゃなかった」
 そう、と呟いて目薬を探していると、ラファエルが手渡してきた。
「だけど殺せなかったねぇ、ショウ」
「いや、奴を捕まえようと考えて、わざと手を抜いたんだろう? 情報を持っているかもしれないから」とリーダー。
 目薬を差して、目をぱちぱちさせながら、
「いえ。殺そうとしたんだけど……」
「建物が崩れそうだったからね。撤退が先よ」
 ヤナが口を挟む。
「たとえ捕まえても、空振りだっただろう。だから私は『殺せ』と命じた」
 ミカエルの素っ気ない言葉に、リーダーは眉をひそめた。
「どうして空振りなんだ?」
「あれは、殺されても文句を言わないタイプだ。そして、ハッキングをするような人間とはまた異なる」
 ミカエルは興味深そうに、黒ローブの動きを眺めながら、
「さて、いったい誰だ、お前は……。ハッカーに依頼されて待ち伏せしていた、殺し屋気取りってところか? それなら最初に堂々と姿を見せて、油断していた理由は何だ? まさか、偶然ではあるまいし……」
「考察とか、どうでもいいんですよぅ……」
 今までうずくまっていたガブリエルが、気持ち悪そうにデスクの下から顔を出した。何故か、紗美よりもダメージを負っている。
「マジどうでもいいです……。あのですねぇ、相手は正体不明の手練れでぇ……。で、ハッカーとの繋がりは、殺してからでも調べられるってなったらぁ……」
 そうだな、とリーダーとミカエルが同時に呟く。
「今時、死体のほうが多くの情報を持っている。ショウ、あの黒ローブを見つけ出して殺せ。これ以上、事が大きくなる前に」
 組織としての命令に、紗美はしっかりと頷いた。
 



 白ローブを見つけ出して殺せ。必要であれば、パスポートの社外持ち出しを許可する。
 その命令自体は、特に驚くことではなかった。問題は白ローブを見つけて殺さなければ、他の仕事ができないということだ。
 あと、ライリーが妙に上機嫌なのもむかつく。
 恵叶の手首に塗り込もうと、ライリーがたっぷり火傷薬を絞り出した。
「ケイティが耳鳴りを起こしてるせいで、悪口言い放題だね。ナルシ、子ども舌、陰キャ、むっつり、自意識過剰ー。あんな美人の嫁がいるのに倦怠期になるって、実は家では相当なやらかし……」
「読唇術は使えるんだけど」
 ジト目で言うと、ライリーは口笛を吹きながら薬を塗り塗りした。
 体が薬くさくなったところで、恵叶はもう一度映像を確かめようと立ち上がった。
 あの罰当たりめ。このお礼はきっちりさせてもらう。
 映像に集中したかったので、恵叶はライリーと別室に移動した。
「おい、怪我は大丈夫かよ」とレオが追いすがってきたが、恵叶は「平気、平気」と追い返した。
 コンタクトレンズの記録を読み込ませると、エアスクリーンに大きく白ローブとの戦闘が映し出される。
 しょっちゅう火が上がり、スパークが散るせいで、映像はよくない。相手もプロらしく、顔を隠すのを意識しているので余計だ。
「大迫力ね」
 アクション映画気分なのか、ライリーはもりもりポップコーンを頬張っていた。
 どこから持ってきたの、それ。
「私の杖も、火の龍出せない?」
「蕎麦なら出せるよ」
「いらない」
 激しい攻防が続き、私よく避けられたわね、と感心していたとき、白ローブからさらりと黒髪がこぼれた。痛そうに白い首が動き、その白さに何故か恵叶は既視感を覚える。
 あれ……?
 その既視感は、目まいに似ていた。余裕ぶっていた縁から絶望へと突き落とされるような、気持ち悪い感覚。
 そういえば、身長。両利き。ちょっとした仕草も……。
 エアスクリーンから目が離せない。見れば見るほど、嫌な予感は確信に変わっていく。
「……ライリー、ちょっとコーヒー淹れてきて」
 恵叶は静かに言った。
「自分で淹れなよ」
「淹れてきて」
「……」
 強い口調でもう一度言うと、ライリーはもう逆らわなかった。黙って立ち上がり、扉を閉めて出て行く。
「う」
 限界だ。
 恵叶はデスクにダンッと手をつくと、胃からこみあげるものを必死に押しとどめた。
「まさか……さ……」





「……はっ」
 紗美は職場のトイレにこもって、必死に吐き気を堪えていた。あのまま四大天使と一緒に、エアスクリーンを見ていることはできなかった。
 メンタル面は鍛えられている紗美だが、手の震えが止まらない。
 黒ローブの映像。少し見て気付いた。戦っているときは夢中でわからなかったが、今ならわかる。そういえば、そうだ。
 歩き方、伸ばされた手指、背格好……。
「はっ、はっ、はあ……」
 そんなはずない、と頭のどこかで否定する声がする。建築デザインをしていると言っていた。疑うのか。でも、働いている姿を見たことはない。
 震える手を握りしめながら、紗美は妻の名前を呟いた。
「けい、と……」

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