女暗殺者の嫁もまた暗殺者

とも

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ガラガラグシャグシャ

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 民家を出ると、東の空から朝日が昇るところだった。柔らかな光が市街地に射し込み、道行くAI仕掛けの妖精や幻獣を黄色く照らす。
 童話のような光景だった。
 子どもが描いた夢のような世界であり、観光地として一番人気が高いのも納得がいく。
 歩いていると、可愛らしい妖精がぱたぱたとやってきて、恵叶の頭に花冠を載せた。
 これほど近くで見ても、この子は生きた妖精にしか見えないのだから、発展しすぎた科学技術というのは、ほとほと恐ろしい。
『こんにちは。お花は好き?』
「ええ、あなたがくれたものはね。……でも、家のなかでどんどん増える観葉植物はちょっと。昨日もサボテン踏んで痛かったし」
『サボテンをいじめないで! お花を大事にしない人は嫌い!』
「いたっ」
 妖精好みの回答じゃなかったらしく、妖精は恵叶の頬に羽をぶち当てると、ぷりぷり怒って飛んでいってしまった。
「あんたもフラれることあるんだ……。マジか……」
 小型通信機を通して、ライリーの神妙な声がした。
 時折マップを確認しながら、田園をずっと行ったところで、エディ城跡が見えてきた。
 城壁はツタに覆われて、ひっそりと佇んでいる。
 朽ちた、というほど廃墟化は進んでおらず、木の扉が風に煽られて軋んでいた。
「中に入ったら、右に進んで」
 指示され、恵叶は扉を押し開けた。
 中は薄暗く、風通しが悪いせいかひんやりとしていた。
 入って右に進むと、祈りを捧げる場として使ったのだろう、小さな礼拝堂になっている。
 戦火で落ちた城として、リアルなストーリー性があった。
 信徒が座る長椅子が規則正しく並び、その前には祭壇がある。奥には天使を描いたステンドグラスがはめ込まれ、芸術品であるとともに採光部の役割も兼ねていた。
 天井は円く、人の気配はない。静謐さだけが、礼拝堂を支配している。
「どう、ケイティ」
 恵叶は礼拝堂をくまなく歩き回ってみたが、特に気になる物は見当たらなかった。犯行声明文も、罠らしきものもない。
「仕掛けられた爆弾で、体が吹っ飛ぶことはなさそうよ」
「あら、残念。今回も、特別手当を貰い損ねたね」
「あれって本当、どうやったら出るの?」
 さて、どうすべきか。
 指示を仰ごうと耳に手を当てていると、柱の陰で何かが動くのを見た。
 白いローブ姿の人間が、じっとステンドグラスを見上げている。
 恵叶と同じように、頭からすっぽりとフードを被っているせいで、顔は見えない。
 こんなときに。
「ライリー、観光客がいる」
 恵叶は呟き、そっとポケットに手を潜り込ませた。
 これから何が起こるかわからない以上、民間人を巻き込むのは避けたい。
 魔法で脅かして、外に出そうか。
 だがそうする前に、白ローブは予想外の行動に出た。
 素早く動いて懐から杖を引き抜き、恵叶の頭上に杖先を向けている。
 白ローブが手首を返し、『&』に似た文字を宙に描いた。白ローブの意図を察した恵叶は、その場から飛び退いた。
 一閃、杖先から出た真っ赤な光によって城壁は破壊され、がらがらと崩れる。
 知らない型?
 恵叶が避けたことに、白ローブは少し驚いた素振りを見せる。まあ、表情はわからないが。
「ケイティ、こいつ……」
 杖は、あらかじめ設定された型どおりに振ることで、魔法を現実化できる。
 例えば、上下に振れば光でメッセージを描けるし、手首を返せば小さな物を引き寄せられるといった具合に。
 うどんも出したかったら出せる。
 ……その程度のものだ。こんな攻撃的な魔法を使える杖が、正規で流通しているはずがない。
 こいつはただの観光客じゃない。杖に手を加えて改造している。
 ……私と同じ。
 バチ!
 恵叶が杖を振ると、バチバチとスパークが迸った。
 それに対して、白ローブが複雑に型を描き、どういうわけかスパークの軌道をねじ曲げる。風が巻き起こり、粉じんが恵叶の視界を遮った。
 まるで、小さな雷嵐だ。恵叶は目を細めながら、教会の椅子に身を隠した。
 あいつの杖が嫌すぎる……! 絶対、私より改造してる。
 反撃の機会を窺っていると、粉じんの向こう側から炎が噴射された。炎は龍の形となってぐねり出し、室温がどんどん上昇していく。
「くっ……」
 話し合う気は全くないらしい。
 丸焼きになるまいと、恵叶は椅子を障壁に使いながら、移動し続ける。その後を追うように、教会の椅子が焼けていく。
 罰当たりな奴!
 杖で椅子を浮かせると、炎の出所めがけてガンガン投げつけた。
 三個投げたところで、炎を操る手が止まり、龍の形が崩れる。
 今だ。
 白ローブとの距離を一気に詰める。遠距離はどうも分が悪い。体勢を崩したままの白ローブを見て、恵叶は一撃を食らわせようと拳を握る。
 白ローブは頭を下げると、恵叶の視界から消えた。足を払う気だ、と恵叶は一歩下がって軸足を変えると、そのまま半身をひねって蹴りを入れようとする。
「……っ!」
 それも避けられた。
「こいつ、格闘術もいけんの? ……ケイティ!」
 見えてるわよ。
 白ローブが恵叶の顔に向けて杖を向ける。体をひねって手首を払い、軌道を逸らす。
 恵叶も同じく杖で相手を狙いながら、何とか一撃入れようと打撃を試みる。
「っ……」
「はっ、……くっ」
 手元からびゅんびゅんと光が飛び出しては、チリリと肌をかする。
 炎や風がでたらめに噴き出し、一発一発が致命傷になるなかで、二人はそれを避け続け、打撃を弾き、繰り出し、体勢を崩そうとしては失敗に終わる。
 どこかのタイミングでライリーが叫んだ「魔法界のガンカタじゃん!」という言葉は、的を射ていた。
 ふと思いついた恵叶は、魔法を使う振りをして、杖で鋭く打突した。
「うっ、げほっ……」
 ようやく手応えがあった。
 予想外の動きだったらしく、首を打たれた白ローブが苦しそうに咳き込む。白ローブがぐらりと体勢を崩す。
 畳みかける、絶好のチャンスだった。
 だが、ローブからこぼれた艶のある黒髪に、恵叶は一瞬手を止めてしまう。
「ケイティ! 何してんの!」
 耳元でライリーが叫ぶ。
 はっと我に返るが、もう隙はなかった。白ローブはすぐに体勢を立て直して攻撃に転じ、恵叶はまた距離を取る。
 とにかく相手の杖先を見て、避けたタイミングで攻勢を……。
 と、白ローブの手から杖が消えている。
 どこに、と疑問を覚えたときには遅かった。反対の手で、床に向かってこっそり型を描いているのが見えた。
 両利きはずるいって!
 ガラガラと足下が崩れて、なすすべもなく、恵叶は一階下に落ちていく。
 頭を守るようにして着地するも、続けて落ちてきた瓦礫のせいで鈍い痛みが走った。
「けほっ、けほ」
「ケイティ、起きて!」
 よろよろと立ち上がると、天井に開いた穴から、白ローブの杖先だけが見えた。
 慌てて構えるが、白ローブは攻撃してこない。
「……?」
 白ローブは耳に手を当てると、さっとローブを翻した。視界から失せて、足音が遠ざかっていく。
 恵叶はしばらく警戒を解かなかったが、
「……行った」
 ライリーの声に、ようやく杖を下ろした。
 強張っていた腕が軋み、遅れて全身の痛みがじわじわとやってくる。恵叶は肩で息をしながら、階段を上った。
 礼拝堂は酷い有様だった。
 柱は焦げて崩れ落ち、瓦礫に埋もれて床が見えない。椅子はただの木片と化し、めちゃくちゃに飛び散っている。
 罰当たりにもほどがある。
「先の魔法戦争でこんなふうになった……って言い訳は利くと思う?」
「無理」
 真っ白になったローブをはたいていると、祭壇の近くで人の気配がした。
 さっと杖を向けるが、ステンドグラスの光を浴びて佇んでいたのは、白ローブではなかった。
「……そっか、あんたたちが」
 幼い声に、恵叶は杖を下ろした。
 女の子の年は、十歳に満たないぐらいだろうか。
 スポーツキャップを被った、シャツとショートパンツ姿。茶色い髪を二つくくりにしている。
 観光客には見えなかった。現世からふらりと迷い込んだかのようだ。
 さらに異様なのは、これだけぐちゃぐちゃになった教会で、微塵も動揺していないことだった。
 現実味のなさから、ひょっとするとこれが幽霊のホログラムではないかと疑ってしまう。
「強いね。さすが、異世界の平和を守る組織」
「えっ……」
 女の子は年齢にそぐわない悲しげな笑みを浮かべると、恵叶に向かって静かに問いかけた。
「じゃあ何で、助けてくれなかったの……?」
 ステンドグラスの光を受ける少女と暗闇にいる恵叶。
 対比する構図に、恵叶はまるで神から問答を受けているような錯覚を覚える。
 そのとき、バラリと何かが振ってきた。
「……?」
 見上げると、天井がバラバラと崩れ始めていた。
 あの崩れ方は良くない。嫌な汗が背筋を伝った。
 ……白ローブのせいだ。
 奴を心の中で呪う間もなく、轟音とともに、天井が落ちてきた。
「嘘っ……。君、早く私と一緒に……」
 恵叶は慌てて女の子を助け出そうとするも、彼女は祭壇からいなくなっていた。
 いったいどこに。
 揺れる足下にふらつきながら、柱の陰や祭壇の奥を覗き込むが、影も形もない。
「ねえ、いないの!? いるなら、返事して!」
「パスポートを起動したか、あるいは本当に幽霊なんでしょ! いいからケイティ、早くそこから逃げて!」
「くっ……」
 どんどん道が塞がれていくなか、恵叶は全速力で出口に向かった。
 瓦礫を飛び越え、頭を守り、もはや出口とは呼べない隙間をめがけてスライディングする。
 ズシャッ。
 何とか外に脱出したところで、とどめとばかりに、エディ城の右翼の一部が完全に崩れた。
 激しい音と共に巻き上がる粉じんを、恵叶は身をかがめてやり過ごす。
 後に残ったのは、まごう事なき朽ちた城。
「……」
「……ケイティ? 何か言うことは?」
「……先の魔法戦争は激しかったのね」
「記憶を書き換えるな、全く。AI仕掛けの魔法使いがそのうち気付いて、直してくれるとは思うけど」
「こういうのって、自動修復しないの?」
「壁がどうやって自動修復するのさ。自分で自分を直そうとするのは、妖精みたいな自律式AIだけだよ。残念でした」
 

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