女暗殺者の嫁もまた暗殺者

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うさちゃんは罠にとび込む

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 同じ頃、紗美はリーダーに衝撃的な話を聞かされていた。
 軍事レベルに暗号化されている、守護天使のシステムに、不正アクセスがあったという。ひとまず、リーダーが呼び出してその事実を告げたのは、紗美を含めて八人だけだった。
 精鋭四人と、その補佐であるナビゲーター。計八人だ。
 精鋭四人は、守護天使メンバーのなかでも特に優秀で美しく、尊敬の意味を込めて『四大天使』の名前を付けられていた。
 それぞれを『ミカエル』『ガブリエル』『ラファエル』『ウリエル』という。
 最初はちょっとアレすぎるネーミングが恥ずかしいが、毎日いると慣れてしまう。
 スカウトされたばかりで「ミ、ミカエル、次の仕事なんですが」と照れ照れしていた新人も、一週間もすれば、推し天使のマグカップで愛飲している。
 ちなみに紗美は『ウリエル』の名前を冠しているが、例の「イイイイッッツ! ショウタイム!!!」があまりに浸透しすぎて、天使名で呼んでもらえたためしがなかった。
 せっかく貰ったのに。
「ハッキングてぇ……。それは不可能ですよう……」
 話を聞き終えたガブリエルが、真っ青になってマグカップを落とした……落としかけたが、危ういところでラファエルが「おっと」とキャッチする。
「私もそう思いたいが、実際に起こったことだ。ああ、どうしたことか……」
 リーダーが頭を抱えた。
 夜のオフィスというのは、昼間とは全く異なる顔を見せる。こうして八人で固まって話していても、どこか外界から切り離された感覚がする。
 そんな感覚にもあてられているのか、どこまでも落ちていきそうなリーダーに向かって、冷静に訊ねる声があった。
「それで、アクセスした奴はいったい何をした? 具体的な被害は?」
 ミカエルだった。
 冷めた声が鎮静剤のような効果をもたらしたらしく、リーダーはいくらか落ち着きを取り戻していく。
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。データを持ってくる……」
 ミカエルとラファエルはどちらも西洋の出身だが、優しげな顔立ちのラファエルとは正反対に、ミカエルは触れがたい、西洋剣のような雰囲気を漂わせている。
 滅多に笑わないポーカーフェイスに、褐色の肌。冷静沈着な、うちの実力派ナンバー1。
 そんなミカエルが、いつも通りの姿勢を崩さないのは、ここにいる全員にとってありがたかった。
「ミカエルは精神的支柱ねー」
 感心したようにヤナが言うと、
「誰かがそうする必要があるってだけだろ。許されるなら、私もパニックになってわーわー喚くが」
 うう、とガブリエルがお腹を押さえて呻いた。さらさらと銀髪が肩のあたりで揺れ、雪のような白い肌に青みが差す。
 このなかの誰より、天使らしい容姿をしているのに、メンタルが弱めなせいで、色々と台無しな彼女である。
「マジ止めてくださいようぅ……。今でさえ吐きそうなのに、そんなミカエル見たら……死にますぅ……」
「それだけでやる価値あるんじゃない、ミカエル?」
 ふふっと紗美が笑ったとき、リーダーが慌てて戻ってきた。
「確認してきた。守護天使の過去の標的リストが盗まれている。要は、悪人のデータだ」
「ふうん」
「だけど、異世界の中枢システムが狙われなくて、良かったわよねえ」
 クッキーの包装を破りながら、のんびりと言ったラファエルに、皆の視線が集まる。
「うちを破れるんだもの。その気になればハッカーちゃん、中枢システムにもアクセスできたんじゃない? ほら、AI仕掛けの龍や妖精を管理しているやつ。そうなったら、世界的なパニックが起きてたんじゃないかしら」
 ミカエルが曖昧に首をひねってカップを置いた。
「技量はあるだろう。だがそれは不可能だった、と言うべきだろうな。中枢システムは、現世側から管理保護されている。どうあっても、どこかしらで現世の監視網に引っかかるはずだ」
 そうね、と紗美は頷く。
「現世に通じたものをハッキングするのは、もう神ですら無理よね。そもそも『ハッキングしてやろう』なんて思想を抱けないし。それで、うちがギリだったのかしら」
『守護天使』のデータを管理するシステムは、異世界内だけで閉じている。少なくとも、監視の目や思想チェックに引っかかる心配はない。
「うちも不可能なはずなんですけどぉ……。どんだけセキュリティ堅いと思ってるんですかぁ……」
 ラファエルはうーんと可愛らしく小首をかしげると、またクッキーを頬張った。
「つまり、とんでもない技術と、危ない思想を持った人間が、異世界のどこかにいるってこと。……で、次の一手は?」
 相手の要求待ちだ。
 リーダーはそう返すのかと思いきや、意外な言葉を口にした。
「それが……最悪なことに、あるんだ」



「はぁ? 不正アクセス時の位置情報が残っていただぁ?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、CASの精鋭ナンバー2であるレオだった。
 口が悪く、恵叶どころか、ボスに対しても敬語を使わない。真っ赤な髪とやんちゃそうな顔つきも手伝って、誰に聞いても第一印象は最悪の男である。
 だが実力は確かだし、面倒見も良くて仲間想い。平たく言うと、ツンデレだった。
「ああ、そうだ。おかげで、どこでハッキングをしたのかを突き止めるのは、そう難しくはなかった」とボス。
 レオはハン、と馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。
「軍事レベルのセキュリティを破れる馬鹿が、わざわざ痕跡を残していっただと? ふざけてるぜ。おいおい、そりゃ間違いなく……」
「間違いなく、罠ね」
 恵叶は静かにレオの言葉を継いだ。
「俺の台詞をとってんじゃねえ!」
「……ケイティもそう思うか」
 さあ、道は敷いた。私に会いに来い。
 ……そんな意図が感じられる。横着な奴だ。
 ボスが疲れたように嘆息すると、ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜた。
「くそっ。そもそも、こいつの目的は何なんだ? 何がしたい? 奪われたのは、過去のデータだが……」 
「犯行声明でも出してくれたら、わかりやすいのにね」
 恵叶はあくまで冷静さを保って言った。恵叶だけは、何があっても絶対に動揺するわけにはいかない。動揺しても、決して悟られてはいけない。
 それが、CASのナンバー1を担う者の責任だった。
「とにかく、データを世間にさらされるわけにはいかない。CASの存在を、世間に知られるわけにはいかないんだ」
 絞り出すように言うボスの姿に、どこに話が向かっているのか、恵叶は理解した。
 レオがちらりと恵叶の反応を見てから、
「……もっとマシなこと言えねえのかよ」
 すまん、とうなだれるボスに、恵叶は静かに訊ねる。
「で、ハッカーはどこにいるって?」
「おい、ケイティ!」



「魔法界?」
 四大天使の声がハモった。そうだ、とリーダーがまずそうにコーヒーを飲む。
「マップで見たら、魔法界の外れ……エディ城跡から位置情報が出ていた。はあ、現世だったら、正体なんて一発でわかるのに……」
「できないことを言っても、仕方ないだろう」
 ミカエルがコーヒーを飲み干す。すぐに彼女の専属ナビゲーターが、おかわりを淹れに行った。
 魔法界は、特に子どもに人気の高い異世界だ。
 AI仕掛けの妖精や幻獣は可愛らしく、街並みは絵本のよう。不思議な杖も楽しい。
 観光客用のマップがあちこちに浮いているが、ぱっと見ただけでは、『エディ城』の名前を探し出すのは難しい。
 理由は、エディ城の成り立ちにあった。
 かつて起こった魔法戦争で、戦火に包まれて落ちた城。というのが、エディ城の架空設定なのだ。
 そのため、エディ城は市街地から離れた、見事な田園風景の前に佇んでいる。
 朽ちた城はそれなりに風情があるが、そこまで足を運ぶ人は少数だ。
 実はゴーストタウンと設定を共有しており、サプライズでホログラムの幽霊が出るという仕掛けがあるらしいが、それを知るのはよっぽどのマニアしかいない。
「おっきな観光名所から外れていて、良かったわねえ」
 ラファエルがふわふわと言って、またクッキーに手を伸ばした。気に入ったらしい。
「……で、罠にかかった哀れなウサギを演じるのは誰だ?」
 ミカエルの言葉に、ガブリエルが「きゅう」と縮こまり、ラファエルはただもくもくとクッキーを食べ続ける。
 ミカエルはほんの少し肩をすくめると、自ら名乗りを上げようとして……。
「私が行くわ」
「ショウ?」
「ショウ……大丈夫なの?」
 心配そうなヤナに、紗美は気丈に笑ってみせた。
 頭に浮かぶのは、恵叶の顔。
 紗美の仕事内容と全く異なるとはいえ、恵叶も異世界に関わる仕事に就いている。彼女に危害が及ぶ可能性がある以上、自分が動きたかった。
「わかった。じゃあ、頼む。何かあれば、すぐに駆けつける」
 大丈夫よ、とラファエルが、指を舐めながら微笑んだ。
「仕掛けられた爆弾で体がバラバラになっても、待ち伏せしていた敵に首をふっ飛ばされても、魔法で細切れにされて田園の肥料になっても、ちゃんと連れ帰ってあげるから」
「えー……私そんな酷い目に遭うの?」
 行くの止めようかな。
 意地悪なラファエルに唇を尖らせていると、ヤナがぽんと肩に手を置いてきた。
「ショウ……本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。ヤナは本当に心配しょ……」
「じゃなくて。事務処理、めっちゃ溜まってるけど」
「……」
 ジト目で告げられた容赦ない事実に、紗美は一瞬固まったあと、
「……ねえ、ヤナぁ」
「駄目」
「帰ってきたら、手伝って?」
「嫌」
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