43 / 113
閑話**
五十嵐くんは空回る。 1
しおりを挟む
その時……『見つかってしまった』と、そう思った。
「今の子、誰か………知ってる?」
拓眞がそう言って、他のヤツが答えた。
「俺わかる!『りこちゃん』だよ!『りこちゃん』って子!」
胸が、嫌な音を立てた気がした。見つかってしまった。拓眞にだけは知られたくなかった。
拓眞がじっとみている方を振り返ると、りこちゃんらしい後ろ姿が階段に吸い込まれていくところだった。
『だれ?なに?』
『りこちゃん!この駅近くの女子高の』
数人がそう話していても、彼女が消えた方向をじっと見つめる親友に、嫌な予感は確信へと姿を変える。
きっと、拓眞はりこちゃんを好きになると思った。
りこちゃんは、俺たちが乗り換えるこの駅最寄りの高校に通っている。
一言では語りつくせない。無理やりまとめると……すっごく可愛い。
笑顔が可愛い、困った顔が可愛い、膨れた顔も可愛い。
話したことなんてなくて、いつも遠目にながめているだけだけど、たまたますれ違いざまに聞いた声まで可愛かった。
いつも乗り換えの間に、ソワソワと見渡してしまうのは、俺の落ち着きがないとかじゃなくて、りこちゃんの姿を一目見たいからだ。
りこちゃんは、ごくたまに早い時間に登校している。
運良く彼女を見ることができた日は、朝から奇跡が起きた気がして無敵な気分になるのだ。
その日も、俺は先頭でキョロキョロして改札に向かう群れを見ていた。まさかりこちゃんが後ろに現れたなんて思わなかった。
数人のグループの1番後ろを歩く、拓眞の落し物を届けてくれたらしい。
後ろからなんて、失敗した。せっかくのチャンスだったのに。
りこちゃんを見たかった。話したかった。名乗って名前を覚えてもらいたかった。
その願望全部を合わせたものと同じくらい……拓眞にだけは隠しておきたかった。
拓眞とは中学の時からの付き合いだ。歳よりちょっと幼い拓眞を、俺はずっと、ちょっとだけ侮って接してた。
見下すってほどじゃなくて、なんていうか、弟みたいな感じだ。
中学3年生まで自分のことを『俺』と言っていたのに、急に『僕』なんて言い出した時にはしばらく『ボクちゃん』と呼んでいた。だって『え?逆じゃなくて?』と。
恥ずかしくなって『俺』とか『アニキ』とか『オフクロ』って呼び出したならともかく。
だけど拓眞は『ボクちゃん』と呼ばれても気にする様子はなかった。
いつだったか、2人きりになったタイミングで尋ねたことがある。
「なんで急に『俺』から『僕』になったんだよ?」
事もなげに返ってきたのは、祖母の相手をしてるという話。
「僕のことを、じいちゃんだと思ってるんだよ。じいちゃんが、自分のことを『僕』って言ってたからね」
日々、現実と過去と夢を行ったり来たりする祖母が、少女のように亡き祖父の名を呼ぶ様子。
それを見て、わざわざ目を覚まさせる必要はないと思っているらしい。
うっかり間違ってしまわないように、普段から『僕』と口にするようにしたとのことだった。
「歳を重ねてさ、もういないじいちゃんに、また恋してるんだよ。それってなんかいいよね」
自分の身内のことだからか、少し気恥ずかしそうにそう言った。
「それに付き合ってたらさ、なんとなく、僕もいい恋愛が巡ってきそうじゃない?」
そう続けた拓眞を『夢見がち』と軽くいじったけど、本当は祖母や未だ祖母に想いを寄せられる祖父への敬愛が伺えて、ちょっと負けた気になった。
要所要所で、拓眞は俺の築き上げた自尊心を揺るがす。
その度に拓眞と比べて自分と向き合って、自分を見つめ直して前に進む。
親友だって思ってるけど、その実、拓眞をちょっと尊敬して一目置いてたりするのだ。
だから、拓眞がりこちゃんを好きになったなら仕方がないって思った。
応援するしかないし、りこちゃんもきっと拓眞を好きになる。
だって、俺がちょっと尊敬する男と、すっごく好きになった女の子なんだから。
高園には悪いけど、仕方ない。
彼女はきっと拓眞が好きなんだと思う。
たまに、拓眞とりこちゃんを、泣きそうな雰囲気で見てるから。顔にはあんまり出てないけど、なんとなくそう思った。
でも、仕方がないんだ。
だって、俺が好きになったりこちゃんの可愛さは尋常じゃないからな。
「今の子、誰か………知ってる?」
拓眞がそう言って、他のヤツが答えた。
「俺わかる!『りこちゃん』だよ!『りこちゃん』って子!」
胸が、嫌な音を立てた気がした。見つかってしまった。拓眞にだけは知られたくなかった。
拓眞がじっとみている方を振り返ると、りこちゃんらしい後ろ姿が階段に吸い込まれていくところだった。
『だれ?なに?』
『りこちゃん!この駅近くの女子高の』
数人がそう話していても、彼女が消えた方向をじっと見つめる親友に、嫌な予感は確信へと姿を変える。
きっと、拓眞はりこちゃんを好きになると思った。
りこちゃんは、俺たちが乗り換えるこの駅最寄りの高校に通っている。
一言では語りつくせない。無理やりまとめると……すっごく可愛い。
笑顔が可愛い、困った顔が可愛い、膨れた顔も可愛い。
話したことなんてなくて、いつも遠目にながめているだけだけど、たまたますれ違いざまに聞いた声まで可愛かった。
いつも乗り換えの間に、ソワソワと見渡してしまうのは、俺の落ち着きがないとかじゃなくて、りこちゃんの姿を一目見たいからだ。
りこちゃんは、ごくたまに早い時間に登校している。
運良く彼女を見ることができた日は、朝から奇跡が起きた気がして無敵な気分になるのだ。
その日も、俺は先頭でキョロキョロして改札に向かう群れを見ていた。まさかりこちゃんが後ろに現れたなんて思わなかった。
数人のグループの1番後ろを歩く、拓眞の落し物を届けてくれたらしい。
後ろからなんて、失敗した。せっかくのチャンスだったのに。
りこちゃんを見たかった。話したかった。名乗って名前を覚えてもらいたかった。
その願望全部を合わせたものと同じくらい……拓眞にだけは隠しておきたかった。
拓眞とは中学の時からの付き合いだ。歳よりちょっと幼い拓眞を、俺はずっと、ちょっとだけ侮って接してた。
見下すってほどじゃなくて、なんていうか、弟みたいな感じだ。
中学3年生まで自分のことを『俺』と言っていたのに、急に『僕』なんて言い出した時にはしばらく『ボクちゃん』と呼んでいた。だって『え?逆じゃなくて?』と。
恥ずかしくなって『俺』とか『アニキ』とか『オフクロ』って呼び出したならともかく。
だけど拓眞は『ボクちゃん』と呼ばれても気にする様子はなかった。
いつだったか、2人きりになったタイミングで尋ねたことがある。
「なんで急に『俺』から『僕』になったんだよ?」
事もなげに返ってきたのは、祖母の相手をしてるという話。
「僕のことを、じいちゃんだと思ってるんだよ。じいちゃんが、自分のことを『僕』って言ってたからね」
日々、現実と過去と夢を行ったり来たりする祖母が、少女のように亡き祖父の名を呼ぶ様子。
それを見て、わざわざ目を覚まさせる必要はないと思っているらしい。
うっかり間違ってしまわないように、普段から『僕』と口にするようにしたとのことだった。
「歳を重ねてさ、もういないじいちゃんに、また恋してるんだよ。それってなんかいいよね」
自分の身内のことだからか、少し気恥ずかしそうにそう言った。
「それに付き合ってたらさ、なんとなく、僕もいい恋愛が巡ってきそうじゃない?」
そう続けた拓眞を『夢見がち』と軽くいじったけど、本当は祖母や未だ祖母に想いを寄せられる祖父への敬愛が伺えて、ちょっと負けた気になった。
要所要所で、拓眞は俺の築き上げた自尊心を揺るがす。
その度に拓眞と比べて自分と向き合って、自分を見つめ直して前に進む。
親友だって思ってるけど、その実、拓眞をちょっと尊敬して一目置いてたりするのだ。
だから、拓眞がりこちゃんを好きになったなら仕方がないって思った。
応援するしかないし、りこちゃんもきっと拓眞を好きになる。
だって、俺がちょっと尊敬する男と、すっごく好きになった女の子なんだから。
高園には悪いけど、仕方ない。
彼女はきっと拓眞が好きなんだと思う。
たまに、拓眞とりこちゃんを、泣きそうな雰囲気で見てるから。顔にはあんまり出てないけど、なんとなくそう思った。
でも、仕方がないんだ。
だって、俺が好きになったりこちゃんの可愛さは尋常じゃないからな。
0
お気に入りに追加
1,179
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
秘密 〜官能短編集〜
槙璃人
恋愛
不定期に更新していく官能小説です。
まだまだ下手なので優しい目で見てくれればうれしいです。
小さなことでもいいので感想くれたら喜びます。
こここうしたらいいんじゃない?などもお願いします。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる