90 / 113
彼の片想い******
きっとそうだよ。7
しおりを挟む
美夜ちゃんが、門限を理由にして先に店を出た。
「み……高園先輩、一人暮らしだから門限ないんじゃないですか?」
きっちり釘を刺したはずの青木くんが、目ざとくそれを見咎めた。
「今、しばらく自宅から通ってるんだよね?美夜ちゃん」
「……うん」
美夜ちゃんは、一応返事をしたけれど、親密さを匂わせたのがお気に召さなかったらしく、軽く睨まれた。可愛い。全然怖くない。
「じゃあ、気をつけてね」
そう送り出したけど、程なく自分も追いかけた。
『お部屋に着いたら連絡ください』
部屋に来る事は観念したらしく、そう連絡が来ていた。一緒に出るか、迎えに行きたかったけど。あんな事があったのに、待つ間にいる場所さえ教えてくれなかった。
急いで家路を辿る途中、だいぶフライング気味だけど、でも、美夜ちゃんが外で待たなくていいようにと、ちょっとだけ嘘をついて連絡を入れた。
『もう来て大丈夫です。お待ちしています』
最低でも美夜ちゃんより早く部屋に入らなければ。駅からの道を急いだ。玄関に入って、荷物を置いて、ポットに熱を通し出していると、すぐにインターフォンが鳴った。
忠犬のように駆けつけて、鍵を開けて迎え入れる。美夜ちゃんがうちに一歩踏み入れて、彼女の匂いが香った。
「……触れて、いい?」
その問いかけに、戸惑うように、でも、小さく頷いてくれたから。玄関先なんて構わず、抱きしめた。
髪とか、頬とかだと思ったんだろう美夜ちゃんが身じろぎしたけど。
なんと……そっと、微かに。でも、確かに。
僕の背中に手が回ったから、夢かもしれないって、本気で思った。
「キス……して?」
彼女の左耳のそばでねだった。『したい』じゃなくて『して』って。
最近は『キスしたい』って言ったら、それが合図かのように、頬に柔らかな唇が押し付けられるのが常だった。
それが当たり前になって、欲がでた。好奇心もあった。
「…………」
たっぷり30秒は黙った美夜ちゃんは、根競べでは勝てないと観念した様子。背中に回した手に力をちょっと込めて、顔を少しずらした。
ゆっくりと、僕の左の耳に。左の目尻に。左の頬に。儀式のようにそっと口付けた。
「……うそつきの、拓眞くんなんて。私に、少し困ればいいのよ」
きっと、真っ赤になった僕を見た美夜ちゃんは、珍しく意地悪にそう言うと、力の抜けた僕の腕を猫みたいに抜け出した。
廊下と呼ぶには短い数歩を進んで、入り口から部屋に入る。礼儀正しいから、いつも僕の後を追ってしか部屋に足を踏み入れない美夜ちゃんが、先に入って歩みを止めた。
「美夜ちゃん?」
呼びかけたけど、キッチンの方を見たまま動かない。肩に手をかけようとしたら急にキッチンに駆けたから、僕の手は行き場をなくした。
「……っ拓眞くん!」
悲鳴みたいに僕の名前を呼んで、キッチンの流し台の横に一目散に向かった。彼女らしくない乱暴さで、ガチャガチャと洗って伏せていた食器の中から1つ取ったようだった。
「拓眞くん!これ……頂戴!おか、ねっ!ちゃんと、払うから!これ、私に、売って!」
振り向いた彼女が持っていたのは、美夜ちゃんのマグカップで。
「……美夜ちゃん?気に入ってるなら、もう一個買ってこようか?」
実家用にしたいのかと、聞いてみる。あげるも売るも、目の前のカップは美夜ちゃんのだし。でも、美夜ちゃんは首を振って、涙さえ浮かべてきつく言葉を放った。
「これがいいの!これを売って!」
彼女にしては珍しく、強い言葉や口調とは裏腹に、今にも泣き出しそうだ。
「だから……他の人に、これを使わないで……」
次第に力なく、小さくなる声。震える肩。抱きしめたくて、そっと近づいた。
「それ、美夜ちゃん専用だよ」
そう言って、マグカップごとそっと抱き寄せた。だからこそ聞こえた、小さな囁くような声。
「りこちゃんに……これでコーヒーを、出しっ、たの?」
涙声で、小さくて、つっかかりながら絞り出した声。
「私を、好きだなんて!私専用だなんて!うそつき!だって、見たもの」
美夜ちゃんが、涙ながらに一気に言い切って、続きを更に続けた。
「高校生の時、駅で、りこちゃんに告白したでしょう?」
それを聞いた僕は。全ての事が繋がった気がした。
美夜ちゃんが、僕に体を開く理由。解けない誤解。高校生の僕を知ってた彼女。
ねえ、美夜ちゃん。やっぱり、僕を好きでしょう?
もう、そういうことにしてしまおうと、美夜ちゃんの震える唇に、今回は許可なく口付けた。
「み……高園先輩、一人暮らしだから門限ないんじゃないですか?」
きっちり釘を刺したはずの青木くんが、目ざとくそれを見咎めた。
「今、しばらく自宅から通ってるんだよね?美夜ちゃん」
「……うん」
美夜ちゃんは、一応返事をしたけれど、親密さを匂わせたのがお気に召さなかったらしく、軽く睨まれた。可愛い。全然怖くない。
「じゃあ、気をつけてね」
そう送り出したけど、程なく自分も追いかけた。
『お部屋に着いたら連絡ください』
部屋に来る事は観念したらしく、そう連絡が来ていた。一緒に出るか、迎えに行きたかったけど。あんな事があったのに、待つ間にいる場所さえ教えてくれなかった。
急いで家路を辿る途中、だいぶフライング気味だけど、でも、美夜ちゃんが外で待たなくていいようにと、ちょっとだけ嘘をついて連絡を入れた。
『もう来て大丈夫です。お待ちしています』
最低でも美夜ちゃんより早く部屋に入らなければ。駅からの道を急いだ。玄関に入って、荷物を置いて、ポットに熱を通し出していると、すぐにインターフォンが鳴った。
忠犬のように駆けつけて、鍵を開けて迎え入れる。美夜ちゃんがうちに一歩踏み入れて、彼女の匂いが香った。
「……触れて、いい?」
その問いかけに、戸惑うように、でも、小さく頷いてくれたから。玄関先なんて構わず、抱きしめた。
髪とか、頬とかだと思ったんだろう美夜ちゃんが身じろぎしたけど。
なんと……そっと、微かに。でも、確かに。
僕の背中に手が回ったから、夢かもしれないって、本気で思った。
「キス……して?」
彼女の左耳のそばでねだった。『したい』じゃなくて『して』って。
最近は『キスしたい』って言ったら、それが合図かのように、頬に柔らかな唇が押し付けられるのが常だった。
それが当たり前になって、欲がでた。好奇心もあった。
「…………」
たっぷり30秒は黙った美夜ちゃんは、根競べでは勝てないと観念した様子。背中に回した手に力をちょっと込めて、顔を少しずらした。
ゆっくりと、僕の左の耳に。左の目尻に。左の頬に。儀式のようにそっと口付けた。
「……うそつきの、拓眞くんなんて。私に、少し困ればいいのよ」
きっと、真っ赤になった僕を見た美夜ちゃんは、珍しく意地悪にそう言うと、力の抜けた僕の腕を猫みたいに抜け出した。
廊下と呼ぶには短い数歩を進んで、入り口から部屋に入る。礼儀正しいから、いつも僕の後を追ってしか部屋に足を踏み入れない美夜ちゃんが、先に入って歩みを止めた。
「美夜ちゃん?」
呼びかけたけど、キッチンの方を見たまま動かない。肩に手をかけようとしたら急にキッチンに駆けたから、僕の手は行き場をなくした。
「……っ拓眞くん!」
悲鳴みたいに僕の名前を呼んで、キッチンの流し台の横に一目散に向かった。彼女らしくない乱暴さで、ガチャガチャと洗って伏せていた食器の中から1つ取ったようだった。
「拓眞くん!これ……頂戴!おか、ねっ!ちゃんと、払うから!これ、私に、売って!」
振り向いた彼女が持っていたのは、美夜ちゃんのマグカップで。
「……美夜ちゃん?気に入ってるなら、もう一個買ってこようか?」
実家用にしたいのかと、聞いてみる。あげるも売るも、目の前のカップは美夜ちゃんのだし。でも、美夜ちゃんは首を振って、涙さえ浮かべてきつく言葉を放った。
「これがいいの!これを売って!」
彼女にしては珍しく、強い言葉や口調とは裏腹に、今にも泣き出しそうだ。
「だから……他の人に、これを使わないで……」
次第に力なく、小さくなる声。震える肩。抱きしめたくて、そっと近づいた。
「それ、美夜ちゃん専用だよ」
そう言って、マグカップごとそっと抱き寄せた。だからこそ聞こえた、小さな囁くような声。
「りこちゃんに……これでコーヒーを、出しっ、たの?」
涙声で、小さくて、つっかかりながら絞り出した声。
「私を、好きだなんて!私専用だなんて!うそつき!だって、見たもの」
美夜ちゃんが、涙ながらに一気に言い切って、続きを更に続けた。
「高校生の時、駅で、りこちゃんに告白したでしょう?」
それを聞いた僕は。全ての事が繋がった気がした。
美夜ちゃんが、僕に体を開く理由。解けない誤解。高校生の僕を知ってた彼女。
ねえ、美夜ちゃん。やっぱり、僕を好きでしょう?
もう、そういうことにしてしまおうと、美夜ちゃんの震える唇に、今回は許可なく口付けた。
0
お気に入りに追加
1,177
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる