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彼の片想い******

きっとそうだよ。7

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美夜ちゃんが、門限を理由にして先に店を出た。
「み……高園先輩、一人暮らしだから門限ないんじゃないですか?」
きっちり釘を刺したはずの青木くんが、目ざとくそれを見咎めた。
「今、しばらく自宅から通ってるんだよね?美夜ちゃん」
「……うん」
美夜ちゃんは、一応返事をしたけれど、親密さを匂わせたのがお気に召さなかったらしく、軽く睨まれた。可愛い。全然怖くない。
「じゃあ、気をつけてね」
そう送り出したけど、程なく自分も追いかけた。

『お部屋に着いたら連絡ください』

部屋に来る事は観念したらしく、そう連絡が来ていた。一緒に出るか、迎えに行きたかったけど。あんな事があったのに、待つ間にいる場所さえ教えてくれなかった。
急いで家路を辿る途中、だいぶフライング気味だけど、でも、美夜ちゃんが外で待たなくていいようにと、ちょっとだけ嘘をついて連絡を入れた。

『もう来て大丈夫です。お待ちしています』

最低でも美夜ちゃんより早く部屋に入らなければ。駅からの道を急いだ。玄関に入って、荷物を置いて、ポットに熱を通し出していると、すぐにインターフォンが鳴った。
忠犬のように駆けつけて、鍵を開けて迎え入れる。美夜ちゃんがうちに一歩踏み入れて、彼女の匂いが香った。
「……触れて、いい?」
その問いかけに、戸惑うように、でも、小さく頷いてくれたから。玄関先なんて構わず、抱きしめた。
髪とか、頬とかだと思ったんだろう美夜ちゃんが身じろぎしたけど。
なんと……そっと、微かに。でも、確かに。
僕の背中に手が回ったから、夢かもしれないって、本気で思った。

「キス……して?」
彼女の左耳のそばでねだった。『したい』じゃなくて『して』って。
最近は『キスしたい』って言ったら、それが合図かのように、頬に柔らかな唇が押し付けられるのが常だった。
それが当たり前になって、欲がでた。好奇心もあった。
「…………」
たっぷり30秒は黙った美夜ちゃんは、根競べでは勝てないと観念した様子。背中に回した手に力をちょっと込めて、顔を少しずらした。
ゆっくりと、僕の左の耳に。左の目尻に。左の頬に。儀式のようにそっと口付けた。
「……うそつきの、拓眞くんなんて。私に、少し困ればいいのよ」
きっと、真っ赤になった僕を見た美夜ちゃんは、珍しく意地悪にそう言うと、力の抜けた僕の腕を猫みたいに抜け出した。

廊下と呼ぶには短い数歩を進んで、入り口から部屋に入る。礼儀正しいから、いつも僕の後を追ってしか部屋に足を踏み入れない美夜ちゃんが、先に入って歩みを止めた。
「美夜ちゃん?」
呼びかけたけど、キッチンの方を見たまま動かない。肩に手をかけようとしたら急にキッチンに駆けたから、僕の手は行き場をなくした。
「……っ拓眞くん!」
悲鳴みたいに僕の名前を呼んで、キッチンの流し台の横に一目散に向かった。彼女らしくない乱暴さで、ガチャガチャと洗って伏せていた食器の中から1つ取ったようだった。
「拓眞くん!これ……頂戴!おか、ねっ!ちゃんと、払うから!これ、私に、売って!」
振り向いた彼女が持っていたのは、美夜ちゃんのマグカップで。
「……美夜ちゃん?気に入ってるなら、もう一個買ってこようか?」
実家用にしたいのかと、聞いてみる。あげるも売るも、目の前のカップは美夜ちゃんのだし。でも、美夜ちゃんは首を振って、涙さえ浮かべてきつく言葉を放った。

「これがいいの!これを売って!」
彼女にしては珍しく、強い言葉や口調とは裏腹に、今にも泣き出しそうだ。
「だから……他の人に、これを使わないで……」
次第に力なく、小さくなる声。震える肩。抱きしめたくて、そっと近づいた。
「それ、美夜ちゃん専用だよ」
そう言って、マグカップごとそっと抱き寄せた。だからこそ聞こえた、小さな囁くような声。
「りこちゃんに……これでコーヒーを、出しっ、たの?」
涙声で、小さくて、つっかかりながら絞り出した声。
「私を、好きだなんて!私専用だなんて!うそつき!だって、見たもの」
美夜ちゃんが、涙ながらに一気に言い切って、続きを更に続けた。
「高校生の時、駅で、りこちゃんに告白したでしょう?」
それを聞いた僕は。全ての事が繋がった気がした。
美夜ちゃんが、僕に体を開く理由。解けない誤解。高校生の僕を知ってた彼女。

ねえ、美夜ちゃん。やっぱり、僕を好きでしょう?
もう、そういうことにしてしまおうと、美夜ちゃんの震える唇に、今回は許可なく口付けた。
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