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閑話****

朝陽さんは訝しむ。1

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我が妹ながら、うちの美夜は本当にいい子に育った。
10歳も歳が離れていて甘やかし過ぎたというのに、おごったところが少しもない。控えめで、心優しく、しっかりと自分で考えて行動できる。
うちの両親は子供の主張を尊重してくれる方で、その分自分で決めたことには責任が伴うことをきちんと教える子育てをしていた。
そのせいか自分も余り甘えた考えはなく、地に足がついている方だと思うし、妹の美夜も浮ついたところもなく素直に育ったと思う。
歳が離れているので兄妹喧嘩の記憶もほとんどなく、仲もいい。
俺の妻の綾香あやかとも上手くいっていて、本当の姉妹のようだ。
だから、両親の援助もあって二世帯住宅に建て替えた際、美夜が家を出る選択をしたのには驚いたし反対もした。
綾香も美夜を追い出すような形になるなら、同居をやめるとさえ言い出した。
だけど、控え目なのにかなり強情な妹は、頑として意思を曲げなかった。仕送りがなくてもギリギリ貯金とバイトで残りの学生生活を終えることができるとプレゼンまでした。
意外にも母が後押しして、仕送りは受け取ること、部屋の内見は家族とすること、最低でも月に一度は実家に顔を出すことなどを条件に、美夜の一人暮らしが決まった。

母に後から話を聞いた。個人を尊重するからといって、放任なわけではない。母も、美夜を可愛がっていて心配しているのに、一人暮らしを率先して認めたのは意外だった。
母に尋ねると、兄の心情としては複雑になるような事情も垣間見え……黙るしかなかった。
「最近、美夜にも彼氏ができたみたいよ。飲み会で前より遅くなるでしょ?」
「……え」
奥手な美夜がまさかと思った。……思いたかった。
「……ただ、飲み会が長引いてるだけだろ?」
「駅まで迎えにいった時、飲んだお店と反対側の電車で帰ってきたみたいで『アレ?』って思ったことあるし」
……思わせて欲しいんですけど。
「でも、シャワー浴びた感じで帰ってくるわよ?」
なんだか、妹の生々しい話は聞きたくないような……
「美夜は気づいてないみたいだけど、いつもうなじにキスマークついてるし」
どうにも、妹の生々しい話は聞きたくないな……
「下着をいくつも新調したのも、多分見せる人ができたから……」
「っいや!もうわかったから!」
母は『まだ根拠あるわよ?』と平気な顔で言ってのける。
朝陽あさひ。あなただって、高1くらいからその点は褒められた行動とってないじゃない?綾香ちゃんに会ってからも、彼女の部屋に入り浸って……どうせ、逃げ場をなくすくらい周りを固めて囲い込んだんでしょう?」
「……もういいです」
食器を拭きながら『貴方お父さんにそっくりだからわかりやすいわ』なんて言う。
「でも……美夜が一人暮らしをして、それこそ彼氏が入り浸って妊娠なんて事になったら……」
そんなリスクは、女の方について回る。でも、その心配も。
「大丈夫よ。彼氏は、絶対ちゃんとしたいい子よ」
杞憂だと、キッパリと笑顔で言い切って。
「美夜は、私にそっくりだから。絶対、変な男に脚を開いたりしないわ」
なんて言う。……妹の生々しい話に、お兄ちゃんは涙目である。

メガネを外して、目頭をもみながら、そんなことを思い出していた。
目の前には、母が断言した『絶対ちゃんとしたいい子』が言葉を選びながら、でも、恐らく実直に事情を説明している。
メガネをかけ直して、ボヤけた視線がクリアになると、目の前には割と華奢で、青年と呼ぶには幼さが残る、美夜のお相手が時折唇を噛んでいる。
怪我の心配は恐らくなく、今は検査中だけど今日は帰れるだろうということ。彼の話しぶりから、別れて精々5分程で妹の元に駆けつけてくれたこと。それは汲み取れた。

被害の状況を早めに報告してくれたので、何も考えられない程の不安と、犯人に感じた抑えようもない憎悪は一旦落ち着いた。
なにより、彼自身が酷く美夜を心配し、犯人を憎み、自分を責めている様子に、こちらは逆に落ち着いてきた。
名前は、坂本くん。
深い謝罪の後、名乗り、美夜の怪我の具合、経緯を、わかりやすく丁寧に綴っていくところは、頭のいい子なんだろうと思わせた。
正直に話しているだろう様子で、飲み会の後、かなり……かなーり遅くまで共に過ごし、文字通り朝帰りをしているにもかかわらず、ハッキリと『サークル仲間』と口にした。
彼の整然とした説明なら、そして、それ以前の礼儀正しさなら、付き合っていたらそう話し、最初に挨拶するだろう。
勘が鋭い母の『美夜の彼氏』に対する推理はまだ当たっているかわからない。

……なにせ、彼氏ではないらしい。
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