最初に好きになったのは…声

高宮碧稀

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第○章**私の心を乱さないで

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しだいに本の話に引き込まれていく。
玉木くんが最近読んだというミステリーが、とても面白そう。
参考にされたという物理学者の本を読んだことがあったから、余計に惹かれた。
帰りに本屋さんに寄ろう。

リラックスしてきて、食事の味もわかってきた。
本当に美味しい。
こんなに美味しいお料理を、ぼんやりと咀嚼していたなんて罰当たりだ。
「このお店ステキだね。彼女と来たりするの?」
そう聞くと、玉木くんは意味深に笑った。
「いや、あんまり女性と二人で食事することないよ」
“モテそうなのに?”不思議に思ったのが伝わったのだと思う。
「………うまくいくように、チョビも祈っててよ」
そのに、思い当たる女性がいるんだなと気づいた。
ほんのちょっとはにかんだような玉木くんを見てると、こちらも笑顔になる。
「じゃ、彼女出来たら教えてね」
恋愛相談なんて上手く答えられない自分が恨めしい。
そう言うと、玉木くんはただ穏やかに笑った。
玉木くんは、とても素敵な人だから、たいていの女の子は大丈夫じゃないかななんて思った。

…よかった。
今日、玉木くんと会ってなかったら、ゆっくり眠れなかったかも。
そう思うと、ますますお食事が美味しい。
玉木くんと会ってなかったら、篠原くんはあんなことしなかったなんて…
このときは、知らなかった。

結局、玉木くんに会って、余計に眠れなくなるなんてことも。

食事がすんで、本屋さんも二人で向かった。
お互いに読んだ本や、気になっている本の話をして、すごく楽しかった。
二人とも話し足りなくて、アパートまで送ってくれた。
いくらでも話していられそうだな、なんて思ったら、玉木くんも同じように思ってくれたのかもしれない。
「今度は週末に誘うから、もうちょっと話そう」
そう言ったから、もしかして…って思った。
「今日、雷が鳴ったから来てくれたの?」
彼がちょっと肩をすくめた。
やっぱり。そういうところ、変わらない。
「そろそろ、チョビと本の話をしたいなって思ってたら、この前雷がなったから」
そう言って、目を優しく細めた。
すっかり暗くなって、街灯がその顔を照らしてくれる。
「週末に…って思ってたけど、今日空模様がどんどん不穏なものになっていったからね」
“急に誘ってごめんね”なんて続けた。
いつでも、玉木くんは優しい。

「ね、チョビ」
呼ばれて顔をあげたけど、珍しく目を合わせてはくれなかった。
「さっき買った文庫貸して」
目を少しそらしたままでそう言われて、不思議に思いながらも本屋さんでカバーをかけてもらった文庫をだした。
「…食事中、途中まで篠原くんのことばっか考えてたでしょ」
「………ごめんなさい」
“せっかくごちそうしてくれたのに”と、続けて頭を下げた。
バレバレに決まってるから、ごまかしたりできなかった。
何より、雷の心配までしてくれた彼に不誠実なことはできなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
でも、心の中では慢心してたんだと思う。
優しい玉木くんなら、いいよっていってくれると思いこんでた。
だから、びっくりした。

「だめ。許してあげない」
そんな風にハッキリと言われて、顔をあげたら…目を閉じた玉木くんが、ゆっくりと、ゆっくりと、文庫の表紙に口づけをした。
まるで、自分がキスされたみたいに、大きく心臓が跳ねて、一言も話せない。
「…キザ過ぎたかな」
かわらずにこっちをみないまま、文庫をぐいっと押しつけてきた。
街灯に照らされた顔に影がかかって、改めて大人っぽいなぁと、ぼんやり思った。
だけど、いつも落ち着いてる玉木くんの頬が、ちょっと赤い気がする。
「許してあげない」
珍しく少し子供っぽくもう一度そう言って、やっと目を合わせてくれたけど…今度は、まっすぐ過ぎる視線。
「この本1冊分は、俺のことを考えて」
何もいえない私に、かすかに笑って…形のいい唇をまた開いた。
「ちょっとした、罰だよ」
呆然としている私をおいて、さわやかな笑顔を残して去っていく。

そう、玉木くんは、いつでも落ち着いてて、さわやかで…なんなのっ!?
そんな人が、なんなのっ!?冗談?玉木くんて、そんなこと、する人だった?
っていうか、篠原くんも、玉木くんも…なんなのっ!?
2人して!…2人して。
私の心を、乱さないでよ。

その日は…もちろん眠れなかった。
私はちっとも悪くないと思う。
絶対に、絶対に、急に態度を変えた2人が悪いんだから!

2人とも…ばか。
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