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40.リヒトがいてくれたら……

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 石の床へ横たわったまま、我はしばらく起き上がる気力が出なかった。

 ウォズは我の身も心も壊さないと気が済まないのだろう。
 このままでは我はどうされてしまうのか。考えると不安でならなかった。

 自分が過去にエルフ族を追い出したせいだとわかっている。だけど、それならそもそも悪いのは魔族とエルフ族が暮らしていた地に攻め込んできた人間どもではないか。なのに、なぜ我ばかり責められるのか。

「くそがっ……」

 床に手をついて起き上がり、ひどく犯されたせいで違和感のする下腹部や腰をかばいながらよろよろと歩いて部屋の中の風呂場へ向かった。
 早く精液まみれの身を清めて、奴の精液の残っている腹の中もきれいにしたかった。

 温かいシャワーを全身に浴び、そっと後ろへ手を回して優しく蕾へ触れた。痛さはなかった。
 後孔へお湯を入れてすすいでいると、急にリヒトの優しさを思い出して涙が出そうになった。

 あやつはどうしているだろう。やっぱりこの世界にいた頃のことを懐かしんでいるのだろうか。
 もしここにリヒトがいたら……、奴なら強いからウォズを何とかしてくれるかもしれない。

 ウォズがつけたまま帰って行った両手首の細い革のブレスレットは切ろうと思えば切ることが出来そうに見えた。
 我はバスローブを羽織って部屋へ向かった。ブレスレッドを部屋に置いてある剣で切った。
 強い魔力を持つウォズにはブレスレットを切ったことがすぐに伝わってしまうかもしれない。

 我は魔法を使い部屋の床に広がっていた精液だまりを瞬時にきれいにすると、そこへ魔法陣を描いた。
 地下で見つけた本に書かれていた召喚魔法でリヒトを呼び寄せようと思ったのだ。

 やり方は本で読んだだけでうろ覚えで一度も練習なんてしていないので、うまくいく自信なんて全くない。
 でも今急いでやらないとウォズが戻ってきてしまう。

 我は描き上がった魔法陣の前で呪文を唱えた。首には赤い魔石の首飾りも身につけている。

「出でよっ!」

 と呪文の最後に大声で発すると、魔法陣が光った。我の体も光に包まれた。


***


 気が付くと建物と建物の間の細い路地にいた。我の体の下にはガサガサと音のする透明な袋が山積みになっていた。
 何だ、これは? と思いながらそこから起き上がると、狭い道の先にカラスがいた。
 これは都合がいい。古くからカラスは魔王の手先として知られる生き物だ。

「おい、一体ここはどこだ? 魔王城まで案内してくれ」

 カラスは丸い目でじっとこちらを見ていたが、何の返事もせずに飛んで行ってしまった。

「魔王である我を無視するなんて、なんと無礼なカラスだっ!」

 我はイラっとしながら、路地を出た。

 風呂上がりに急いで召喚術を行ったため、身につけているのはバスローブだけで足元はスリッパだ。
 まさか術を失敗し自分が異世界に来てしまうなんて思っていなかったのだ。

「うう、寒っ」

 早朝ということもあって寒い。早くどこかで温まりたかった。
 ずいぶんと建物の多い場所だった。縦に細長い建物が立ち並び、明るくなり始めた空もろくに見えない。
 建物は色とりどりの無数の看板をつけられ、ごちゃごちゃとしている。

 全く知らない場所だ。けれど、どこかで見たことのある景色だった。

「……そうか、ここはリヒトの住む世界かっ!」

 ミラージュが見せてくれた街並みにそっくりだと気付いた。

 しかし妙な感じだった。そこかしこに落書きやポスターが貼られているし、地面にもいろんなものが落ちていて人の気配はあるのに、町の中はしーんと静かで全く人がいないのだった。

 ふと見ると、道の隅に若い男が倒れていた。

「おい、大丈夫か? どうしてこんな場所で倒れている? 誰かに襲われたのか?」

 この者を助けてリヒトの居場所を教えてもらおうと思った。
 肩をゆすったが反応はない。まさか死んでいるのか、と顔を覗き込むと、あまりの酒臭さに我はうっと顔を背けた。

「酔っぱらいかっ!」

 我のいた世界でもパーティーなどで羽目を外してビールやワインを飲みすぎて倒れる者がいた。こんなふうに朝まで飲み歩いて外で寝てしまうなんて者はそういないが。

 薄目を開けた男と目が合った。

「んー、……ミカちゃん」

 ミカちゃん!?

「よせ、我はミカちゃんではないっ!」

 そう言っているのに、男は我の体に腕を回して抱きついた。この男はどうやらひどく寝ぼけているらしかった。

「放せっ」

 男の胸を押して空間を作り、バリアを出そうと相手に掌を向けたのに、何も出なかった。
 なぜバリアが出ない! 魔力がなくなっているのか!?
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