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第九章 甘い生活(麗夜side)

56.手帳の語る真相

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 一番古い手帳は社会人になって1年目のものだった。厳しい上司や反りの合わない同期との人間関係にずいぶん悩んでいたようで、
「上司は同期をえこひいきして、自分の頑張りを全く評価してくれない。おまけにその同期は意地悪をしてくる。苦労して入社した会社で早々にこんな扱いを受けるなんて」
 と不平不満が書き連ねてある。ひどく絶望している様子だ。

 これだけではただの愚痴で終わってしまうが、それから下に矢印が向けられていて、「たまたま読んだ本にいい事が書いてあった」とその本の文章を引用してヒントが書いてあった。
「どんな人間も2割の人から嫌われて、6割の人からはなんとも思われず、2割の人から好かれるという。上司と同期はたまたま俺を嫌うたった2割の人間なのだろう。身近な人間に嫌われるとつい世の中の全ての人間から嫌われていると勘違いしてしまうからいけない。俺を嫌うそいつらに注目するより残りの8割、むしろ俺を好いて味方してくれる2割の人間に目を向けて働かなきゃもったいない。これからどんな素晴らしい人との出会いがあるか楽しみだ」

 俺は蒼にこのページを見せた。同期のちはると言ったかあの子が会社を辞めてから、蒼は自力でウォーターサーバーの契約を取れていて、俺が客を紹介してやることはなくなった。
「ふふ、父さんも僕と同じようなこと悩んでいたんだ……」

 他の手帳を開いていく。するとちらほらと年宏さんの名前が出てきた。
「きみこのご両親も悩んでおられるようだ。弟の年宏さんは高校受験を失敗したことをきっかけにずいぶんグレてしまったそうだ。悪い仲間とつるむようになり、高校を卒業後も一度も定職についていないそうだ。ギャンブルにのめり込んでいて、遊ぶお金が底をつくと家の金をくすねるのだという」

「お義父さんが大事にしていた高級腕時計を勝手に質に入れたことでお義父さんはとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。年宏さんが勘当されてしまったという。たった二人の姉弟だから間に入って仲を取り持ってあげようかときみこは言うが、これは親子間の問題で俺たちが安易に横から口を出してはかえって悪いだろう」

「脳梗塞でお義母さんが倒れたことを連絡したが、年宏さんは見舞いにも来なかった。年宏さんを強引にでも連れ出して、お義母さんに面会させてあげた方が良かっただろうか」

「昨年はお義母さんが亡くなり後を追うようにお義父さんまで亡くなって慌ただしい年だった。両親の葬儀にも顔を出さなかった年宏さんが年明けに我が家へふらりとやってきた。正月だっていうのにこの家はご馳走もいい酒の用意もないのか、と言った。うちは喪中で正月はない、どうして両親の葬式に来なかったのかと問いただすと、関係ない、俺と縁を切ったのは向こうの方じゃないかと開き直っていた。今日は親父の遺産を受け取りに来たんだ、もちろん俺にも分け前があるだろう、と年宏さんは主張した。俺たちはお義父さんの残した遺書を見せた。お義父さんの遺書には全財産をきみこに相続させ、年宏には一円も相続させないと強い意思が記してあった」
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