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第一章 今日中に契約を取ってこないとクビだ! (蒼side)
3.契約する代わりと言っては何だけど……
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エレベーターを上がってドラマに出てくるような社長室へ通された。僕は終始おろおろしっぱなしだ。
秘書の都築さんが席を外したタイミングで、
「社長の藤崎麗夜です」
と名刺を差し出した。
僕も慌てて名刺を差し出す。緊張してあわあわしている僕に、藤崎社長はふふっと微笑みかけた。
なんていうか余裕があって格好良い。年齢は30歳ぐらいだろうか。
「受付で土下座するぐらいだ。よっぽどうちの製品に思い入れがあるんだろう?」
クビがかかったラストチャンスだったから必死でした、とは言えない。
例え会社から渡された企業リストで初めて名前を知った会社であったとしても、こういうときは相手の会社に対して色々と思い入れがある風を装った方がいいって、営業成績トップの先輩が以前飲み会で言っていたのを僕は思い出した。
「はい、僕は御社の製品が昔から大好きで……」
全くのでたらめだった。本当は美麗クリエイションのことは何も知らない。さっき企業リストの会社情報の欄で「玩具の製造販売をする会社」という文章を読んだだけだ。この会社の玩具って何だろう? ぬいぐるみ? パズル? ボードゲーム?
さっきからキョロキョロと廊下や社長室の中を見ているけど、ヒントになりそうなものは何もない。だからと言って社長の見ている前でカバンからスマホを取り出してこの会社のことを調べるわけにもいかないし……。僕は背中に滝のような汗をかいた。
けれど藤崎社長はニコッと笑って、
「へー、そうなんだ?」
と言っただけでそれ以上聞いてこなかった。
都築さんがお茶を淹れて戻って来た。
余計なことを言って墓穴を掘るのが怖いから、僕はそそくさと商談を始めた。
「ふーん、なるほど。法人向けの大型ウォーターサーバーかぁ」
社長相手の商談なんて初めてだから僕は緊張していつも以上にうまく説明できなかったけど、僕の説明で不足している部分を補うように藤崎社長の方から色々質問してくれてなんとか概要が伝わったので助かった。
パンフレットを手に、社長はしばらく考え込んでいた。
こんなに悩むなんて、やっぱり断られちゃうのかな……。僕のクビは確定か……。
実はハッピーウォーターサーバーは他社よりずっと高額な価格設定になっている。よそより高機能だし、ミネラルたっぷりの天然水だから、と説明するといいって先輩は言っていたけど、商談経験の乏しい僕には気の利いたセリフなんて思いつかない。
自分を不甲斐なく思いながらも、でも最後にこうやって立派な会社の社長へ商談することもできたのだから、僕は短い営業マン人生に悔いがない。やっぱり僕は営業に向いていなかったんだ。
「うーん、そうだな……試しに本社の各フロアと事業所、都内に展開している各店舗に置くとして、15台の契約でいいかな?」
「えっ……?」
「ん? たった15台でがっかりしたかい?」
僕は首を横に振った。
「とんでもないです。実は僕、入社して半年、まだ1台も契約取れていなかったので、もし今日契約取れなかったらクビになるところだったんです」
「へー、そうだったの? いやね、以前からコーヒーマシーンを導入してくれって声が上がっていて検討していたんだよね。このコーヒーマシーン付きの高機能モデルならちょうどいいよね」
「ありがとうございますっ!」
僕は深々と頭を下げ、心の中でガッツポーズをした。
やった! これでクビを免れる!
ニコニコ微笑みながら彼はこう切り出した。
「それでさあ、君にちょっと相談したいんだけど……」
「なんでしょうか?」
僕に相談って何だろう? もしかして値引き交渉?
「契約する代わりと言っては何だけど、弊社の製品が昔から好きだっていう君に、もうすぐ発売のわが社の新製品をテスターとして試してほしいと思ったんだけど、どうかな?」
御社の製品が昔から大好き……だなんて完全に口から出まかせで、好きどころかどういう製品を作って売っている会社なのかすら知らないけど、15台の契約と引き換えならばお安い御用だ。
「もちろんです」
「よかった、じゃあ今夜21時にホテルのラウンジで待っているね」
社長は高級ホテルの名前と地図をパソコンの画面に表示させて僕に見せた。
秘書の都築さんが席を外したタイミングで、
「社長の藤崎麗夜です」
と名刺を差し出した。
僕も慌てて名刺を差し出す。緊張してあわあわしている僕に、藤崎社長はふふっと微笑みかけた。
なんていうか余裕があって格好良い。年齢は30歳ぐらいだろうか。
「受付で土下座するぐらいだ。よっぽどうちの製品に思い入れがあるんだろう?」
クビがかかったラストチャンスだったから必死でした、とは言えない。
例え会社から渡された企業リストで初めて名前を知った会社であったとしても、こういうときは相手の会社に対して色々と思い入れがある風を装った方がいいって、営業成績トップの先輩が以前飲み会で言っていたのを僕は思い出した。
「はい、僕は御社の製品が昔から大好きで……」
全くのでたらめだった。本当は美麗クリエイションのことは何も知らない。さっき企業リストの会社情報の欄で「玩具の製造販売をする会社」という文章を読んだだけだ。この会社の玩具って何だろう? ぬいぐるみ? パズル? ボードゲーム?
さっきからキョロキョロと廊下や社長室の中を見ているけど、ヒントになりそうなものは何もない。だからと言って社長の見ている前でカバンからスマホを取り出してこの会社のことを調べるわけにもいかないし……。僕は背中に滝のような汗をかいた。
けれど藤崎社長はニコッと笑って、
「へー、そうなんだ?」
と言っただけでそれ以上聞いてこなかった。
都築さんがお茶を淹れて戻って来た。
余計なことを言って墓穴を掘るのが怖いから、僕はそそくさと商談を始めた。
「ふーん、なるほど。法人向けの大型ウォーターサーバーかぁ」
社長相手の商談なんて初めてだから僕は緊張していつも以上にうまく説明できなかったけど、僕の説明で不足している部分を補うように藤崎社長の方から色々質問してくれてなんとか概要が伝わったので助かった。
パンフレットを手に、社長はしばらく考え込んでいた。
こんなに悩むなんて、やっぱり断られちゃうのかな……。僕のクビは確定か……。
実はハッピーウォーターサーバーは他社よりずっと高額な価格設定になっている。よそより高機能だし、ミネラルたっぷりの天然水だから、と説明するといいって先輩は言っていたけど、商談経験の乏しい僕には気の利いたセリフなんて思いつかない。
自分を不甲斐なく思いながらも、でも最後にこうやって立派な会社の社長へ商談することもできたのだから、僕は短い営業マン人生に悔いがない。やっぱり僕は営業に向いていなかったんだ。
「うーん、そうだな……試しに本社の各フロアと事業所、都内に展開している各店舗に置くとして、15台の契約でいいかな?」
「えっ……?」
「ん? たった15台でがっかりしたかい?」
僕は首を横に振った。
「とんでもないです。実は僕、入社して半年、まだ1台も契約取れていなかったので、もし今日契約取れなかったらクビになるところだったんです」
「へー、そうだったの? いやね、以前からコーヒーマシーンを導入してくれって声が上がっていて検討していたんだよね。このコーヒーマシーン付きの高機能モデルならちょうどいいよね」
「ありがとうございますっ!」
僕は深々と頭を下げ、心の中でガッツポーズをした。
やった! これでクビを免れる!
ニコニコ微笑みながら彼はこう切り出した。
「それでさあ、君にちょっと相談したいんだけど……」
「なんでしょうか?」
僕に相談って何だろう? もしかして値引き交渉?
「契約する代わりと言っては何だけど、弊社の製品が昔から好きだっていう君に、もうすぐ発売のわが社の新製品をテスターとして試してほしいと思ったんだけど、どうかな?」
御社の製品が昔から大好き……だなんて完全に口から出まかせで、好きどころかどういう製品を作って売っている会社なのかすら知らないけど、15台の契約と引き換えならばお安い御用だ。
「もちろんです」
「よかった、じゃあ今夜21時にホテルのラウンジで待っているね」
社長は高級ホテルの名前と地図をパソコンの画面に表示させて僕に見せた。
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