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第一章 今日中に契約を取ってこないとクビだ! (蒼side)
2.美麗クリエイション
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美麗クリエイションの本社ビルは、まるで美術館みたいにおしゃれだった。エントランスで紫のライトに照らされている筋肉質な男性の白い石像を横目に、受付の若い男性のもとへ進んだ。
「お世話になっております、ハッピーウォーターサーバーの野々原と申します。恐れ入りますが田中部長はいらっしゃいますでしょうか」
「お世話になっております。田中でございますね、確認いたしますので少々お待ちください」
彼は僕に笑顔を向け、パソコンで予定を確認してくれたが……。
「あいにく田中は出張で終日不在にしております。申し訳ございません……」
彼は心底悪いなぁという顔で僕に詫びた。
担当者が不在。本当かもしれないし、僕を体よく追い返そうとして嘘をついているのかもしれない。だって、今日だけで何十社、担当が不在だと言われたことか……。
「そんな……」
ラスト一件までこんなにあっさり断られてしまうなんて。
こうやって受付で取り次いでもらえない場合、いつまでも粘ると受付の人の迷惑になるから、速やかに立ち去るのが飛び込み営業のマナーだ。いつもなら僕はすんなりと出て行くところだけど……。
でもこのときばかりは、「はい、そうですか」とすんなり帰ることができなかった。手持ちの企業リストはもうここだけ。つまりこの会社で契約を取れなかったら僕のクビが確定する。
だからいつもなら絶対にやらないことだけど、今回は粘ってみようと思ったのだ。
「そこをなんとか、お願いします……」
僕はカウンター越しの男性に深々とあたまを下げた。
「えっ、……田中は本当に不在なんですよ」
彼は困惑した様子で眉を潜めたが、僕だって諦められない。ここで諦めたら職を失うことになる。
なんなら土下座をしよう、と僕はカバンを置いてヒザをついた……。
よく磨かれたきれいなこの床になら頭をつけることにも抵抗を感じない。
「ちょっと、やめてください、……そんなことしても社内にいないんですって」
僕が床におでこをつけようとしたとき、エントランスの自動ドアが開いた。
「どうしたの? 一体、何の騒ぎ……?」
秘書らしき男性を連れて入って来たすらりと背の高い若い男性が声をかけた。自信たっぷりの表情、落ち着き払った話し方、身につけている上質なスーツとピカピカの革靴。ろくすっぽ世の中を知らない新人営業の僕でさえ彼がただ者ではないと感じた。
「社長、おかえりなさいませ」
しゃ、社長!? こんなに若い人が社長なの!?
驚いて社長の顔をじっと見ていたら、彼もまた僕の顔をじっと見つめていた。
「そこで床にへばりついてる彼は誰? うちの社員じゃないみたいだけど」
受付係は苦笑いした。
「この方は営業さんです。担当者は不在だと説明したのにしつこくて……」
「ふふ、今どき土下座って、面白いね。君も意地悪しないで担当者に取り次いであげたらさ?」
「いえ、意地悪しているわけではありません。田中部長は本日、京都へ出張ですから」
受付の男性は取り次げない理由を社長に述べた。どうやら断り文句で言っているわけではなく、本当に不在のようだった。
「ああ、そうか。……じゃあさ、俺が代わりに話を聞いてあげようか?」
社長はニコッと微笑んだ。
「え、社長がですかっ」
受付係も驚いていた。
いくら担当者が不在だからって社長が自ら対応してくれるなんて、僕にとってもこんな展開初めてだ。
「うん、どうせ部長の田中に話しても最終的には俺に上がって来る話だろうからね。……今、ちょうどスケジュールも開いているし、ねえ都築」
彼が振り返ると眼鏡をクイっと指先で直した秘書が手帳を開いた。
「はい、本日はこのあと稟議書に目を通していただく予定ではございましたが、明日以降に回せます」
「お世話になっております、ハッピーウォーターサーバーの野々原と申します。恐れ入りますが田中部長はいらっしゃいますでしょうか」
「お世話になっております。田中でございますね、確認いたしますので少々お待ちください」
彼は僕に笑顔を向け、パソコンで予定を確認してくれたが……。
「あいにく田中は出張で終日不在にしております。申し訳ございません……」
彼は心底悪いなぁという顔で僕に詫びた。
担当者が不在。本当かもしれないし、僕を体よく追い返そうとして嘘をついているのかもしれない。だって、今日だけで何十社、担当が不在だと言われたことか……。
「そんな……」
ラスト一件までこんなにあっさり断られてしまうなんて。
こうやって受付で取り次いでもらえない場合、いつまでも粘ると受付の人の迷惑になるから、速やかに立ち去るのが飛び込み営業のマナーだ。いつもなら僕はすんなりと出て行くところだけど……。
でもこのときばかりは、「はい、そうですか」とすんなり帰ることができなかった。手持ちの企業リストはもうここだけ。つまりこの会社で契約を取れなかったら僕のクビが確定する。
だからいつもなら絶対にやらないことだけど、今回は粘ってみようと思ったのだ。
「そこをなんとか、お願いします……」
僕はカウンター越しの男性に深々とあたまを下げた。
「えっ、……田中は本当に不在なんですよ」
彼は困惑した様子で眉を潜めたが、僕だって諦められない。ここで諦めたら職を失うことになる。
なんなら土下座をしよう、と僕はカバンを置いてヒザをついた……。
よく磨かれたきれいなこの床になら頭をつけることにも抵抗を感じない。
「ちょっと、やめてください、……そんなことしても社内にいないんですって」
僕が床におでこをつけようとしたとき、エントランスの自動ドアが開いた。
「どうしたの? 一体、何の騒ぎ……?」
秘書らしき男性を連れて入って来たすらりと背の高い若い男性が声をかけた。自信たっぷりの表情、落ち着き払った話し方、身につけている上質なスーツとピカピカの革靴。ろくすっぽ世の中を知らない新人営業の僕でさえ彼がただ者ではないと感じた。
「社長、おかえりなさいませ」
しゃ、社長!? こんなに若い人が社長なの!?
驚いて社長の顔をじっと見ていたら、彼もまた僕の顔をじっと見つめていた。
「そこで床にへばりついてる彼は誰? うちの社員じゃないみたいだけど」
受付係は苦笑いした。
「この方は営業さんです。担当者は不在だと説明したのにしつこくて……」
「ふふ、今どき土下座って、面白いね。君も意地悪しないで担当者に取り次いであげたらさ?」
「いえ、意地悪しているわけではありません。田中部長は本日、京都へ出張ですから」
受付の男性は取り次げない理由を社長に述べた。どうやら断り文句で言っているわけではなく、本当に不在のようだった。
「ああ、そうか。……じゃあさ、俺が代わりに話を聞いてあげようか?」
社長はニコッと微笑んだ。
「え、社長がですかっ」
受付係も驚いていた。
いくら担当者が不在だからって社長が自ら対応してくれるなんて、僕にとってもこんな展開初めてだ。
「うん、どうせ部長の田中に話しても最終的には俺に上がって来る話だろうからね。……今、ちょうどスケジュールも開いているし、ねえ都築」
彼が振り返ると眼鏡をクイっと指先で直した秘書が手帳を開いた。
「はい、本日はこのあと稟議書に目を通していただく予定ではございましたが、明日以降に回せます」
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