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第十一章 マタニティライフ(朋美side)

60.不安と悪夢

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 夜、帰宅した蓮くんはいつもと何も変わらない様子だった。
 でも心なしか彼からいつもと違う匂いがする気がして、私は心をざわつかせた。まさか、今日もみわさんとホテルに行ってきたのかな……。そう思うと胸がズキンと痛んだ。

 蓮くんにあの手紙を見せてみようか……。でももし彼が浮気の事実をすんなり認めて開き直ったら、私とお腹の中の子供はすんなり捨てられてしまうのだろうか……。

「見てください、朋美さん。これ新しいマッサージオイルなんですよ。さっそく今夜これでマッサージさせてもらえませんか?」
 彼は嬉しそうにほほ笑んだ。
 彼が紙袋からボトルを取り出すと今日彼がまとっている嗅いだことのない匂いがフワッと広がった。ホテルのシャンプーとかじゃなく、これの香りだったんだ……、と安堵しながらも、とても彼からマッサージを受ける気分にはなれない……。

「ごめんなさい、今日はちょっと……」
 蓮くんは少し驚いた顔をして、それから私の体を心配した。
「具合が悪いんですか? 無理しないでくださいね」

 彼は優しい……。でも彼は私にだけ優しいんじゃなくて、きっと誰にでも平等に優しいんだ。職場の女の子がこんなにも優しくてイケメンの社長を放っておくはずない。今まで薄々気づいていたけど、怖くて目を背けてきた事実だ。

「ご飯出来てるから食べてね、……私はちょっと横になっているわ」
「え、大丈夫ですか?」
 今日は加奈子が帰った後もあれこれ考えすぎて、ものすごく疲れていた。

 私が寝室のベッドの上でまどろんでいると、食事を終えてやって来た蓮くんが後からそっと背中へすり寄った。
「……朋美さん」
 耳元へ唇を寄せて彼は囁いた。ドキッと甘く私の心臓が脈打つが、心はざわざわする。

「……ごめんなさい、触られたくない気分なの」
「えっ……、そんなに具合が悪いんですか?」
 彼は心底私を心配している様子で、私に触れた手をすぐに離した。
 返事をせず、私は彼に背を向けたままでいた。

「夜中に何かあったら、すぐ僕のこと起こしてくれて大丈夫ですからね」
 お腹が冷えないようにとタオルケットをかけてくれた。早朝から仕事をしてきてクタクタなはずなのに、やっぱり彼は優しい。
 そっと寝室から彼が出て行ったあと、私は悲しくなって目のふちからこぼれた涙をそっと枕へ押しつけた。
 まさか彼の浮気を疑う日が来るなんて、少し前まで夢にも思っていなかった……。
 相手は私が妊娠していると知っていながら、嫌がらせであんな手紙と写真を送って来たのだろうか……。

 私は暗い部屋の中でスマホを手に取った。
SNSで検索するとすぐに「妊娠中に夫に浮気されました」や「不倫夫に逆襲した話」などの体験談や漫画が出てきた。暗闇に浮かび上がる画面のそれらをぼんやりと読んでいく……。

 その中で「外見に無頓着だった夫が急に身なりに気を使うようになったから怪しいと思った」と書いてある部分があり、私はドキッとした。

 そういえば、私が妊娠してから蓮くんはネット通販で筋トレ器具やプロテインを買って前にも増して体を鍛えるようになった。彼は元々ちゃんと身だしなみに気を使うタイプだし、それなりに筋肉質ではあったのだけど。
 ……もしかしてみわさんがマッチョな男性がタイプで、蓮くんはそんな彼女の気を引こうとしてより一層トレーニングに励む気になったのだろうか。

 蓮くんがリビングから寝室へ歩いてくる音がして、私は慌ててスマホの画面を消し枕もとへ置いて狸寝入りした。
 彼は私を気遣うように静かにベッドの隣の空間に入り込み、そしてすぐに眠りについたようだった。
 私は色々なことを考えていつまでも眠れずに天井や壁ばかり見て過ごすのと軽くウトウトするのを繰り返し、気がついたら朝になっていた。
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