33 / 69
第七章 こうするしかなかった(朋美side)
32.私が引っ越す理由
しおりを挟む
私は長年暮らしたワンルームマンションの部屋の中で一人、最低限のマグカップやお皿をタオルにくるんで、段ボールへ詰め込んでいた。
たくさんあった衣類やぬいぐるみもネットのフリマアプリで中古品として大半を売りに出し、段ボール一つに納まる量しか残っていない。冷蔵庫やクローゼットは夕方、中古販売の業者が買い取りに来ることになっている。
このマンションでボヤ騒ぎがあった翌日、私の勤める会社の窓ガラスが割られていた。あの人の仕業に違いない……と私はすぐに思った。それから営業部に嫌がらせの電話が相次いだ。
「おい、誰だよ、ヤミ金から金を借りてるやつは?」
私宛の電話だというのに、営業部の誰もが大人しい私を疑うことなんてなかった。もちろん相手はヤミ金じゃない。淳士だ。
職場がバレているとなると、会社を辞めるしかないだろう……。次は何をされるだろう、と考えながら歩いていると、カバンの中のスマホが鳴った。見知らぬ番号からの着信だった。
ぞっとした。でも出ないと。
「……はい」
通話ボタンをタップして、震える声で答えた。
「よお、俺だよ、トモミ……」
心臓がドクッと脈打った。淳士の声だ……。
恐怖で言葉を失う私に彼はケラケラ笑った。
しばらくの沈黙の後、私は足を震わせながら、勇気を振り絞って切り出した。
「わ、私に、嫌がらせしないでっ! すでにあなたのことを警察に言ってあるんだから、そのうち逮捕されるわ!」
「あー? 何のことだ?」
淳士は私と対照的に落ち着き払った声でそう言った。
「とぼけないで! マンションの古びた原付に放火したのも、オフィスのガラスを割ったのも、脅迫電話も、あなたの仕業でしょう!?」
「ははっ、知らねーなぁ……。俺だっていう証拠はあるのかよ?」
「あるわ、たばこっ! 原付に放火したたばこが証拠よ!」
こっちが必死に言っているのに、淳士はケラケラ笑い、
「たばこから俺の指紋でも見つかったか? ……まさか俺が吸っているのと銘柄が同じってだけで俺を放火犯呼ばわりしてるんじゃないだろうな?」
と逆に私を脅しにかかった。
「うっ……」
「お前、ひでえ女だな。ろくな証拠もないくせに人を犯罪者呼ばわりすると、名誉棄損で訴えられるぞ?」
この男に口で敵うと思ったのが間違いだったのだろうか。悔しいけれど私は黙り込むしかなくなった。
「今日、お前に電話したのはさ、面白いこと教えてやろうと思ったからだぜ」
面白いこと……? 嫌な予感しかしない。
「何……?」
「あの蓮っていう小僧、生意気だから、あいつの働いているサロンにちょっと“いいこと”してやろうかなって思ってさ」
淳士は心底楽しそうにそう言った。“いいこと”ってろくなことじゃないに決まっている。
気に食わないことがあると暴力的な手段で自分の思い通りにしようとするところ、昔のままだ。高校時代に付き合っていて別れ話になった際、学校の非常階段で私のことを強引に押し倒そうとしたときのことが鮮明に脳裏に蘇った。
「な、なんてこと言って……」
あの誠実な蓮くんが一生懸命働いているお店を淳士が嫌がらせのターゲットにするなんて、そんなのあってはならないことだ……。
「あれー? もしかして嫌? 朋美も喜ぶと思ったんだけどな?」
「喜ぶわけないわ!」
淳士はゲラゲラ大笑いした。
「ふーん、嫌なのか? 朋美が頼むならやめてやってもいいぜ?」
「本当? ……やめて、お願い」
私が素直にお願いしたら、またケラケラ笑われた。
「なら、俺の言う条件を飲むことだ。……全てはお前次第だ」
淳士の出した条件、それは私が蓮くんから離れて淳士の部屋で生活することだった。
「やり直したい……」
それが淳士の願いだった。
もちろんこんな男と暮らすなんて不本意だけど、でも私のせいでこれ以上蓮くんに迷惑をかけるのは絶対に嫌だった。 蓮くんは何も悪くない。優しい彼のことは今でも大好きだ。
でも、だからこそ私は蓮くんと別れ、淳士の言う通りにすることにした。執念深い淳士は金にものを言わせて地獄の果てまで追ってくるだろうから。蓮くんのために私は別れを選んだのだ。
たくさんあった衣類やぬいぐるみもネットのフリマアプリで中古品として大半を売りに出し、段ボール一つに納まる量しか残っていない。冷蔵庫やクローゼットは夕方、中古販売の業者が買い取りに来ることになっている。
このマンションでボヤ騒ぎがあった翌日、私の勤める会社の窓ガラスが割られていた。あの人の仕業に違いない……と私はすぐに思った。それから営業部に嫌がらせの電話が相次いだ。
「おい、誰だよ、ヤミ金から金を借りてるやつは?」
私宛の電話だというのに、営業部の誰もが大人しい私を疑うことなんてなかった。もちろん相手はヤミ金じゃない。淳士だ。
職場がバレているとなると、会社を辞めるしかないだろう……。次は何をされるだろう、と考えながら歩いていると、カバンの中のスマホが鳴った。見知らぬ番号からの着信だった。
ぞっとした。でも出ないと。
「……はい」
通話ボタンをタップして、震える声で答えた。
「よお、俺だよ、トモミ……」
心臓がドクッと脈打った。淳士の声だ……。
恐怖で言葉を失う私に彼はケラケラ笑った。
しばらくの沈黙の後、私は足を震わせながら、勇気を振り絞って切り出した。
「わ、私に、嫌がらせしないでっ! すでにあなたのことを警察に言ってあるんだから、そのうち逮捕されるわ!」
「あー? 何のことだ?」
淳士は私と対照的に落ち着き払った声でそう言った。
「とぼけないで! マンションの古びた原付に放火したのも、オフィスのガラスを割ったのも、脅迫電話も、あなたの仕業でしょう!?」
「ははっ、知らねーなぁ……。俺だっていう証拠はあるのかよ?」
「あるわ、たばこっ! 原付に放火したたばこが証拠よ!」
こっちが必死に言っているのに、淳士はケラケラ笑い、
「たばこから俺の指紋でも見つかったか? ……まさか俺が吸っているのと銘柄が同じってだけで俺を放火犯呼ばわりしてるんじゃないだろうな?」
と逆に私を脅しにかかった。
「うっ……」
「お前、ひでえ女だな。ろくな証拠もないくせに人を犯罪者呼ばわりすると、名誉棄損で訴えられるぞ?」
この男に口で敵うと思ったのが間違いだったのだろうか。悔しいけれど私は黙り込むしかなくなった。
「今日、お前に電話したのはさ、面白いこと教えてやろうと思ったからだぜ」
面白いこと……? 嫌な予感しかしない。
「何……?」
「あの蓮っていう小僧、生意気だから、あいつの働いているサロンにちょっと“いいこと”してやろうかなって思ってさ」
淳士は心底楽しそうにそう言った。“いいこと”ってろくなことじゃないに決まっている。
気に食わないことがあると暴力的な手段で自分の思い通りにしようとするところ、昔のままだ。高校時代に付き合っていて別れ話になった際、学校の非常階段で私のことを強引に押し倒そうとしたときのことが鮮明に脳裏に蘇った。
「な、なんてこと言って……」
あの誠実な蓮くんが一生懸命働いているお店を淳士が嫌がらせのターゲットにするなんて、そんなのあってはならないことだ……。
「あれー? もしかして嫌? 朋美も喜ぶと思ったんだけどな?」
「喜ぶわけないわ!」
淳士はゲラゲラ大笑いした。
「ふーん、嫌なのか? 朋美が頼むならやめてやってもいいぜ?」
「本当? ……やめて、お願い」
私が素直にお願いしたら、またケラケラ笑われた。
「なら、俺の言う条件を飲むことだ。……全てはお前次第だ」
淳士の出した条件、それは私が蓮くんから離れて淳士の部屋で生活することだった。
「やり直したい……」
それが淳士の願いだった。
もちろんこんな男と暮らすなんて不本意だけど、でも私のせいでこれ以上蓮くんに迷惑をかけるのは絶対に嫌だった。 蓮くんは何も悪くない。優しい彼のことは今でも大好きだ。
でも、だからこそ私は蓮くんと別れ、淳士の言う通りにすることにした。執念深い淳士は金にものを言わせて地獄の果てまで追ってくるだろうから。蓮くんのために私は別れを選んだのだ。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる