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1.男運のない人生

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 男運のない人生だった。

 地味な顔の私は、昔からどうにも自分に自信を持てなかった。
 性格も引っ込み思案で友達も少ないから、学生時代も社会人になってからも男性とのいいご縁なんてあるわけがなかった。

 職場と自宅である賃貸アパートを往復するだけ日々に出会いなんてなかった。
 三十を超えたら自分の中で、このまま一人で生きるのも悪くないかもと考え始めていたのだけど。

 そんなある日、私は仕事帰りに駅のホームのベンチに座り、小説を読んでいた。
 いつもは自転車通勤だけど、今朝は雨が降っていたので電車で来たのだ。



 空いていたベンチの隣に男性が座った。もちろん顔なんて見てない。
 小説へ向けた視線の隅にその人のスーツがちらりと入っただけだ。

「あっ!」

 と男性が声を上げた途端、スカートに覆われた私の太ももがじわりと温かくなった。

 彼が手に持っていた紙コップのコーヒーをこぼされてしまったのだ。

「すみませんっ!」

 彼は慌ててハンカチで私にかかったコーヒーを拭いてくれた。

「うわ、俺、なんてことを……。火傷してないですか、汚れた服は弁償しますので」

 一生懸命謝るが、かかったコーヒーは大した量ではない上、火傷をするほど熱くないし、スカートは私物のスーツではなく会社からタダで支給されている制服だし、毎年もらうから家に予備はたくさんあるし、おまけに色も黒だし。

「そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」

「いやいや、せめてクリーニング代だけでも」

 彼は財布を取り出したが私は、

「いいですから、本当に大丈夫です」

 と苦笑いしながら断った。

 私と同年代だろう彼の誠実さが嬉しかった。

 彼は私の持っていた小説を見て、

「あ、その小説、面白いですよね。……僕も大好きです」

 と不安そうだった顔を笑顔に変えた。

「じゃあせめて、今度お詫びにお茶でもおごらせてください」

 そのまじめそうな彼がしつこくそう言うので、私は連絡先を交換した。

 週末、彼はチェーン店のカフェのケーキセットをおごってくれた。

 同い年の彼は、私の住むところから数駅離れた町で一人暮らしをしながら派遣社員として働いているのだと言った。

 彼とはすぐに打ち解け、その後も連絡を取り合った。
 彼は私の好みのタイプではなかったけれど、いつも私の話を楽しそうに聞いてくれた。
 「男性とデート」というだけで、私は毎回楽しみで仕方なかった。
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