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29.銃声
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私の涙が止まるのを待ち、まだ外が暗いうちにシュヴァルツ様はバルコニーから庭木へ移り、そっと地上へ降りた。
一度私の方を振り返り、屋敷の裏庭から森の方へ走って行った。
頭の先から黒いローブに身を包んだ彼は闇の中へ紛れていた。
私は名残惜しくて、目を凝らして彼の後ろ姿をバルコニーからずっと見ていた。
私も森の屋敷へ連れて行って。私のことをさらって行って。
喉元まで出かかったが、言えなかったその言葉を私はグッと飲み込んだ。
そのとき、静かで凛と澄んだ早朝の空気の中を、ダアンッ! と一発の銃声が響き渡った。
「っ!」
何が起きたのか私はすぐに理解できなかった。
数秒経ってようやく、何者かが彼に向かって発砲したらしいことに気が付いた。
大急ぎで屋敷の中の階段を駆け下りて裏庭へ回ると、裏口のところに猟銃を持ったお父様が立っていた。
お父様がその銃で彼の背中を撃ったのだ。
「お、お父様っ! ……なんてことをっ!」
私は震えながら口元を押さえてその場にへたり込んだ。
「奴が先日お前の言っていた人さらいだろう? 大事な一人娘を再び誘拐されてはたまったものではないからな」
「そんなっ……、彼は人さらいなんかじゃないわ……」
ただの森の衛兵、いやそれはきっと仮の姿で本当はこの国の王太子であるアレクサンダー王子だ。
けれどそれを今お父様に言うことはできない。
「どうしてあんな男をかばう? お前があの男をうちへ呼んだのか? まさかあの男を部屋へ入れたのか?」
私は黙っていることしかできなかった。
「全身黒に仮面までつけて、とにかく怪しい男に違いない。そんな輩は撃たれて当然じゃないか。ほら、とにかくお前はもう家の中へ戻りなさい」
「まあ、まあ、なんの騒ぎかしら?」
銃声を聞いてお母様も駆け付けた。
「怪しい男がいたんだ。きっと例の人さらいに違いない」
「まあ、なんて恐ろしい……」
「なに、大丈夫。もう退治したさ」
お母様は私を屋敷へ入れようと手を引いたが、私はその手を振り払ってシュヴァルツ様のいた場所まで走って行った。
「シャルロッテっ、戻りなさいっ!」
地面には血も垂れていない。私はそのまま森の入口まで行ってみたが、彼はいなかった。
銃弾が当たらなかったのか、それともケガをしながらも帰ってどうにか帰って行ったのか。
彼は森の中でクレーエを待たせていると言っていたが……。
それから私の部屋はますます監視が厳しくなった。
常にメイドが見張っているし、お母様の許可なしでは庭にも出してもらえなくなった。
「近所の教会へ行きたいの。すぐ帰るから」
神父様に相談したくて、お母様に頼んでみたが、
「教会? あなたはそんなに信心深い子じゃないでしょう。街へ遊びに行く気ね。だめよ、我慢なさい」
と一蹴されてしまった。
私はただ一人で部屋の中で過ごすより他になかった。
以前も見たことのある王家の写真集を開いてみる。
アレクサンダー王子。やっぱりシュヴァルツ様なんじゃないかと思う。
「ご無事かしら……」
シュヴァルツ様は私のところへ会いに来たばかりに……と思うといたたまれなかった。
彼が無事か、ケガをしていないか、心配でたまらなかった。
けれど森の中の彼の屋敷まで行くことができないまま、結婚式の日がどんどん迫っていた。
数日後には船に乗って、私は異国の地へ行かなければならない。結婚式は来週だ、という日に突然大きなニュースが舞い込んできた。
五十代の若さで国王陛下が急死したのだ。
国中が驚きと悲しみに包まれた。
とても不謹慎なことだが、私にとってこれは幸運な出来事だった。
モーリスとの結婚式が延期になったのだった。
王国中の全てのお祭りやお祝いを中止になり、皆が静かに喪に服しているし、公爵家であるワイザー家は国王の葬儀にも参列しなければならなかった。
なので、国王の葬儀が終わるまで結婚式は先延ばしされることに決まった。
一度私の方を振り返り、屋敷の裏庭から森の方へ走って行った。
頭の先から黒いローブに身を包んだ彼は闇の中へ紛れていた。
私は名残惜しくて、目を凝らして彼の後ろ姿をバルコニーからずっと見ていた。
私も森の屋敷へ連れて行って。私のことをさらって行って。
喉元まで出かかったが、言えなかったその言葉を私はグッと飲み込んだ。
そのとき、静かで凛と澄んだ早朝の空気の中を、ダアンッ! と一発の銃声が響き渡った。
「っ!」
何が起きたのか私はすぐに理解できなかった。
数秒経ってようやく、何者かが彼に向かって発砲したらしいことに気が付いた。
大急ぎで屋敷の中の階段を駆け下りて裏庭へ回ると、裏口のところに猟銃を持ったお父様が立っていた。
お父様がその銃で彼の背中を撃ったのだ。
「お、お父様っ! ……なんてことをっ!」
私は震えながら口元を押さえてその場にへたり込んだ。
「奴が先日お前の言っていた人さらいだろう? 大事な一人娘を再び誘拐されてはたまったものではないからな」
「そんなっ……、彼は人さらいなんかじゃないわ……」
ただの森の衛兵、いやそれはきっと仮の姿で本当はこの国の王太子であるアレクサンダー王子だ。
けれどそれを今お父様に言うことはできない。
「どうしてあんな男をかばう? お前があの男をうちへ呼んだのか? まさかあの男を部屋へ入れたのか?」
私は黙っていることしかできなかった。
「全身黒に仮面までつけて、とにかく怪しい男に違いない。そんな輩は撃たれて当然じゃないか。ほら、とにかくお前はもう家の中へ戻りなさい」
「まあ、まあ、なんの騒ぎかしら?」
銃声を聞いてお母様も駆け付けた。
「怪しい男がいたんだ。きっと例の人さらいに違いない」
「まあ、なんて恐ろしい……」
「なに、大丈夫。もう退治したさ」
お母様は私を屋敷へ入れようと手を引いたが、私はその手を振り払ってシュヴァルツ様のいた場所まで走って行った。
「シャルロッテっ、戻りなさいっ!」
地面には血も垂れていない。私はそのまま森の入口まで行ってみたが、彼はいなかった。
銃弾が当たらなかったのか、それともケガをしながらも帰ってどうにか帰って行ったのか。
彼は森の中でクレーエを待たせていると言っていたが……。
それから私の部屋はますます監視が厳しくなった。
常にメイドが見張っているし、お母様の許可なしでは庭にも出してもらえなくなった。
「近所の教会へ行きたいの。すぐ帰るから」
神父様に相談したくて、お母様に頼んでみたが、
「教会? あなたはそんなに信心深い子じゃないでしょう。街へ遊びに行く気ね。だめよ、我慢なさい」
と一蹴されてしまった。
私はただ一人で部屋の中で過ごすより他になかった。
以前も見たことのある王家の写真集を開いてみる。
アレクサンダー王子。やっぱりシュヴァルツ様なんじゃないかと思う。
「ご無事かしら……」
シュヴァルツ様は私のところへ会いに来たばかりに……と思うといたたまれなかった。
彼が無事か、ケガをしていないか、心配でたまらなかった。
けれど森の中の彼の屋敷まで行くことができないまま、結婚式の日がどんどん迫っていた。
数日後には船に乗って、私は異国の地へ行かなければならない。結婚式は来週だ、という日に突然大きなニュースが舞い込んできた。
五十代の若さで国王陛下が急死したのだ。
国中が驚きと悲しみに包まれた。
とても不謹慎なことだが、私にとってこれは幸運な出来事だった。
モーリスとの結婚式が延期になったのだった。
王国中の全てのお祭りやお祝いを中止になり、皆が静かに喪に服しているし、公爵家であるワイザー家は国王の葬儀にも参列しなければならなかった。
なので、国王の葬儀が終わるまで結婚式は先延ばしされることに決まった。
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