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19.再び教会へ
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私は辺りが明るくなり始めると静かに屋敷を出て、森の中を町まで走った。
以前、ハンナと一度来た町の教会の扉は開いていた。
早朝の清らかな空気に包まれた広い聖堂の奥に神父様が一人でいた。
息を切らして入って来た私を見て神父様は、
「おや、あなたは……」
と嬉しそうに微笑んだ。
私はこの神父様に相談することにしたのだ。
一人で考えていても埒が明かないし、相談できる相手は他に思いつかなかった。
直感で神父様なら信用できると思ったし、彼なら私を正しい方向へ導いてくれると思ったのだ。
「あの、少しお話できますか?」
はあはあと乱れた呼吸を整えながら私は尋ねた。
「もちろんです」
彼はにっこりと笑って頷いた。
「私には好きな人がいるのですが、私はその人の大変な秘密に気づいてしまったのです。私の思っていることが本当なら彼はとんでもない計画を実行してしまうかもしれないのです。彼は犯罪者になってきっと処刑されてしまいます」
私が畳みかけるように話したのでさすがの神父様も目を丸くし、順序立てて話すよう私を諭した。
正直に私は森の屋敷で使用人として働き、仮面で顔を隠して暮らすその屋敷の主人が五年前に亡くなったアレクサンダー王子だと知ってしまったのだと告白した。そして彼が継母である現在の王妃に復讐する計画を持っているのではないかと話した。
「アレクサンダー王子が生きている? まさか、そんなはずは……」
神父様はひどく動揺していた。
「私は5年前のアレクサンダー王子の葬儀で、確かに王子の亡骸を目にしているのです。まるで眠っているだけのような美しい顔でしたが、血液の通わなくなった王子の体は冷たかったのを確かに覚えているのです。……あなたは何を根拠にそう言っているのですか?」
「雑誌で見た幼い頃のアレクサンダー王子の腕のほくろが彼の腕にあるものとそっくりなのです」
話しているうちに私はだんだんと自信がなくなってきた。
「ほくろ……ですか……?」
神父様も自分のあごを触って首を傾げた。
同じほくろの人間なんて世の中にたくさんいるような気がしてきた。
「すべては私の杞憂かもしれません。でも確かめる方法もなく……」
私は全てが自分の早合点だったと思った。神父様に相談に来る前にマリーに聞けばよかったか。でも……。
「彼の使用人のマリーに聞くこともできません。彼女はいつも顔色が悪くて眠れていないみたいなんです。誰かに屋敷の主人の正体がバレてしまうのを恐れているんだと思います。私が彼の正体に気付いたと知れば私を消そうとするかもしれません」
「他の誰かに聞くぐらいなら、屋敷のご主人が直接あなたに話してくれるのが一番いいですね」
それは確かに一番いいけど……。
「彼は私に恨みを持っているのです。私自身には何の心当たりもないことなのですが、彼が私に心を開いて秘密を話してくれるなんて考えられないことです」
思わず声を荒げてしまった。
神父様は穏やかな表情で私を見つめてしばらく考えた後、口を開いた。
「あなた自身にも何か彼に話さずに隠してしまっている秘密の一つや二つあるのではないですか? あなたがまず先にできるだけ大きな秘密を打ち明けたら、相手も何か打ち明ける気になるかもしれませんね」
「そうでしょうか……」
私の中の一番大きな秘密と言えば、シャルロッテに転生したことだろう。
でも彼に私が転生したシャルロッテであり、昔のシャルロッテとは中身が別人だと告白したら、もう用なしだと追い出されると思っていたのだけど……。
「人間関係というのは鏡だと私は思っています」
「鏡……?」
「良くも悪くも自分が相手にしたことが単純に自分に跳ね返ってきているだけなのです。自分が変われば相手も変わる。あまり難しく考えずにあなたが相手に今よりもっと心を開けば、きっと相手も同じように心を開いてくれるのではないですかね」
やっぱりいい事を言ってくださる。神父様に相談してよかった。
以前、ハンナと一度来た町の教会の扉は開いていた。
早朝の清らかな空気に包まれた広い聖堂の奥に神父様が一人でいた。
息を切らして入って来た私を見て神父様は、
「おや、あなたは……」
と嬉しそうに微笑んだ。
私はこの神父様に相談することにしたのだ。
一人で考えていても埒が明かないし、相談できる相手は他に思いつかなかった。
直感で神父様なら信用できると思ったし、彼なら私を正しい方向へ導いてくれると思ったのだ。
「あの、少しお話できますか?」
はあはあと乱れた呼吸を整えながら私は尋ねた。
「もちろんです」
彼はにっこりと笑って頷いた。
「私には好きな人がいるのですが、私はその人の大変な秘密に気づいてしまったのです。私の思っていることが本当なら彼はとんでもない計画を実行してしまうかもしれないのです。彼は犯罪者になってきっと処刑されてしまいます」
私が畳みかけるように話したのでさすがの神父様も目を丸くし、順序立てて話すよう私を諭した。
正直に私は森の屋敷で使用人として働き、仮面で顔を隠して暮らすその屋敷の主人が五年前に亡くなったアレクサンダー王子だと知ってしまったのだと告白した。そして彼が継母である現在の王妃に復讐する計画を持っているのではないかと話した。
「アレクサンダー王子が生きている? まさか、そんなはずは……」
神父様はひどく動揺していた。
「私は5年前のアレクサンダー王子の葬儀で、確かに王子の亡骸を目にしているのです。まるで眠っているだけのような美しい顔でしたが、血液の通わなくなった王子の体は冷たかったのを確かに覚えているのです。……あなたは何を根拠にそう言っているのですか?」
「雑誌で見た幼い頃のアレクサンダー王子の腕のほくろが彼の腕にあるものとそっくりなのです」
話しているうちに私はだんだんと自信がなくなってきた。
「ほくろ……ですか……?」
神父様も自分のあごを触って首を傾げた。
同じほくろの人間なんて世の中にたくさんいるような気がしてきた。
「すべては私の杞憂かもしれません。でも確かめる方法もなく……」
私は全てが自分の早合点だったと思った。神父様に相談に来る前にマリーに聞けばよかったか。でも……。
「彼の使用人のマリーに聞くこともできません。彼女はいつも顔色が悪くて眠れていないみたいなんです。誰かに屋敷の主人の正体がバレてしまうのを恐れているんだと思います。私が彼の正体に気付いたと知れば私を消そうとするかもしれません」
「他の誰かに聞くぐらいなら、屋敷のご主人が直接あなたに話してくれるのが一番いいですね」
それは確かに一番いいけど……。
「彼は私に恨みを持っているのです。私自身には何の心当たりもないことなのですが、彼が私に心を開いて秘密を話してくれるなんて考えられないことです」
思わず声を荒げてしまった。
神父様は穏やかな表情で私を見つめてしばらく考えた後、口を開いた。
「あなた自身にも何か彼に話さずに隠してしまっている秘密の一つや二つあるのではないですか? あなたがまず先にできるだけ大きな秘密を打ち明けたら、相手も何か打ち明ける気になるかもしれませんね」
「そうでしょうか……」
私の中の一番大きな秘密と言えば、シャルロッテに転生したことだろう。
でも彼に私が転生したシャルロッテであり、昔のシャルロッテとは中身が別人だと告白したら、もう用なしだと追い出されると思っていたのだけど……。
「人間関係というのは鏡だと私は思っています」
「鏡……?」
「良くも悪くも自分が相手にしたことが単純に自分に跳ね返ってきているだけなのです。自分が変われば相手も変わる。あまり難しく考えずにあなたが相手に今よりもっと心を開けば、きっと相手も同じように心を開いてくれるのではないですかね」
やっぱりいい事を言ってくださる。神父様に相談してよかった。
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