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8.森の屋敷
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翌朝、父の知人だというあの酒飲みの男性が大柄な男性を何人か連れてやって来た。
屋敷の中にある高価な美術品や調度品を彼が指差し、それらを運び出すための指示をしている様子を私は部屋の隅で黙って見ているしかなかった。
「着替えも食器なんかも必要なものはみんな向こうで用意してあるっていうから、荷物は極力少なくしろ。なんせ森を一時間以上歩かなきゃならねぇんだからよ」
男性は小瓶の酒を飲みながら自分の部屋の荷物を片づける私にそう繰り返した。
数日前に転生してきた私には特に思い入れの品なんてないので、クローゼットにあった一番かわいい水色のワンピースを着て、お花のついた白い帽子を被り、念のために替えの下着一組とハンカチ一枚、歯ブラシ、くしなどをポシェットへ詰めた。
「支度できました」
と男性に言うと、
「おいおい、それだけでいいのかい。俺ぁ、てっきりドレッサーを持っていくとか衣装や宝石なんかは一つも手放せないとか駄々をこねると思ったんだが」
「ふふ、そういうものは全部売ってお金にしていただいて結構です」
ほーん、と男性は感心したような顔をして自分のあごを撫で、
「じゃあぼちぼち行くかい。おい、お前ら高そうな物は一つ残らず運び出しておけよ」
と男性たちに声をかけ、森の屋敷を目指して歩き始めた。
***
「あら、枝の上にリスがいる」
「あそこに見たことのないお花が咲いているわ」
きょろきょろしながら森を歩く私に、
「お嬢ちゃん、あんたこれから森の中の屋敷で働くんだぜ。怖くないのかい?」
と男性は呆れたように言った。
「怖くないわ。むしろ私は今まで働いたことがないから、お仕事というのが楽しみで仕方ないんです」
前世の病院で寝たきりのさららだった頃から、私は働いて誰かの役に立つことに憧れていた。
「ふはは、そりゃあんたは公爵令嬢だもんな」
「それに私、この森も大好きです」
ちょっと休憩、と切り株へ腰を掛けて、男性は瓶のウイスキーを煽った。
「あんたがこれから行く屋敷が、どんなところか気になるかぃ?」
「屋敷のご主人はどんな方ですか?」
「妙な男さ。いつも仮面をつけて顔の上半分を隠してるんだ」
「仮面っ……!?」
私は嬉しくて飛び上がりたい気持ちをどうにか堪えた。
私の奉公先の屋敷のご主人がまさかあの人だなんて。
「俺が酒場で聞いた話じゃ、どうやらそいつは異国で重罪を犯した者らしい。二度と表舞台に出られぬよう顔を焼かれて追放されてきたんじゃないかってみんな言ってらぁ」
「顔を焼かれたなんて……」
なんて気の毒だろうと私はショックだった。
「そうでなくたってあんな森の中に住んでいるんだから相当な変わり者には違ぇねぇ。怖気づいたかい、ふへへっ」
男性は意地悪な笑みを浮かべて、再び歩き出した。
「悪いがおじさんはあんたを引き渡して金をもらったらとっととずらかるぜ。気味の悪い場所に長居はしたかねぇ」
深い森の奥、木々に守られるようにして、その屋敷は建っていた。
確かにこんな場所にポツンと古いけど立派な邸宅があると、亡霊が出そうとか誰かが幽閉されていそうとか考えてしまう気持ちも理解できた。
大きな玄関ドアの横には真鍮のドアベルがついていた。
男性は引き紐を引いてベルを鳴らした。
すると、ぎぃーとドアが開いて、黒いローブで頭の先から足の先までを覆った腰の曲がったおばあさんが出てきた。
亡霊だ、と思って私たちはぎょっとした。
無表情の青白い顔のおばあさんは無言のまま男性にお金の入った袋を差し出した。
震える手でそれを受け取った男性は、
「ひい、出たっ、亡霊だっ」
と叫びながら逃げ帰って行った。
道中、ずいぶん酒を飲んでいたから酔っていて、余計に怖く見えたのだろう。
屋敷の中にある高価な美術品や調度品を彼が指差し、それらを運び出すための指示をしている様子を私は部屋の隅で黙って見ているしかなかった。
「着替えも食器なんかも必要なものはみんな向こうで用意してあるっていうから、荷物は極力少なくしろ。なんせ森を一時間以上歩かなきゃならねぇんだからよ」
男性は小瓶の酒を飲みながら自分の部屋の荷物を片づける私にそう繰り返した。
数日前に転生してきた私には特に思い入れの品なんてないので、クローゼットにあった一番かわいい水色のワンピースを着て、お花のついた白い帽子を被り、念のために替えの下着一組とハンカチ一枚、歯ブラシ、くしなどをポシェットへ詰めた。
「支度できました」
と男性に言うと、
「おいおい、それだけでいいのかい。俺ぁ、てっきりドレッサーを持っていくとか衣装や宝石なんかは一つも手放せないとか駄々をこねると思ったんだが」
「ふふ、そういうものは全部売ってお金にしていただいて結構です」
ほーん、と男性は感心したような顔をして自分のあごを撫で、
「じゃあぼちぼち行くかい。おい、お前ら高そうな物は一つ残らず運び出しておけよ」
と男性たちに声をかけ、森の屋敷を目指して歩き始めた。
***
「あら、枝の上にリスがいる」
「あそこに見たことのないお花が咲いているわ」
きょろきょろしながら森を歩く私に、
「お嬢ちゃん、あんたこれから森の中の屋敷で働くんだぜ。怖くないのかい?」
と男性は呆れたように言った。
「怖くないわ。むしろ私は今まで働いたことがないから、お仕事というのが楽しみで仕方ないんです」
前世の病院で寝たきりのさららだった頃から、私は働いて誰かの役に立つことに憧れていた。
「ふはは、そりゃあんたは公爵令嬢だもんな」
「それに私、この森も大好きです」
ちょっと休憩、と切り株へ腰を掛けて、男性は瓶のウイスキーを煽った。
「あんたがこれから行く屋敷が、どんなところか気になるかぃ?」
「屋敷のご主人はどんな方ですか?」
「妙な男さ。いつも仮面をつけて顔の上半分を隠してるんだ」
「仮面っ……!?」
私は嬉しくて飛び上がりたい気持ちをどうにか堪えた。
私の奉公先の屋敷のご主人がまさかあの人だなんて。
「俺が酒場で聞いた話じゃ、どうやらそいつは異国で重罪を犯した者らしい。二度と表舞台に出られぬよう顔を焼かれて追放されてきたんじゃないかってみんな言ってらぁ」
「顔を焼かれたなんて……」
なんて気の毒だろうと私はショックだった。
「そうでなくたってあんな森の中に住んでいるんだから相当な変わり者には違ぇねぇ。怖気づいたかい、ふへへっ」
男性は意地悪な笑みを浮かべて、再び歩き出した。
「悪いがおじさんはあんたを引き渡して金をもらったらとっととずらかるぜ。気味の悪い場所に長居はしたかねぇ」
深い森の奥、木々に守られるようにして、その屋敷は建っていた。
確かにこんな場所にポツンと古いけど立派な邸宅があると、亡霊が出そうとか誰かが幽閉されていそうとか考えてしまう気持ちも理解できた。
大きな玄関ドアの横には真鍮のドアベルがついていた。
男性は引き紐を引いてベルを鳴らした。
すると、ぎぃーとドアが開いて、黒いローブで頭の先から足の先までを覆った腰の曲がったおばあさんが出てきた。
亡霊だ、と思って私たちはぎょっとした。
無表情の青白い顔のおばあさんは無言のまま男性にお金の入った袋を差し出した。
震える手でそれを受け取った男性は、
「ひい、出たっ、亡霊だっ」
と叫びながら逃げ帰って行った。
道中、ずいぶん酒を飲んでいたから酔っていて、余計に怖く見えたのだろう。
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