5 / 43
5.二人の王子
しおりを挟む
「お嬢様、こんな時間までどこへ行かれていたのですか。ご主人様と奥様が留守の今、お嬢様の身に何かありましたら……」
家に帰るとハンナがとても心配していた。
「ちょっと森をお散歩してたの」
「森っ!? どうしてそんな場所へ行かれたのですか?」
ハンナは信じられないという顔で私を問い詰めた。
「森はとてもいい場所よ。そうだ野イチゴをあなたへのお土産に……」
私はワンピースのポケットへ手を入れたが、何も入っていない。
「あら、馬に乗ったときに落としたのかしら」
「野イチゴ? 馬?」
ハンナの表情はどんどん曇って行く。
「……どうやらお嬢様は婚約破棄のショックで、ずいぶん混乱されているのですね」
違うわ、転生して中の人が別人になったのよ、なんてハンナに言っても理解されそうにないので、私はただ首を傾げた。
「お嬢様、馬というのは馬車でございますか?」
「ううん、実はね……」
森で野イチゴ摘みに夢中になり崖から落ちてしまい、オオカミに襲われそうになったこと。
そこを黒い馬に乗った黒い男性に助けられたことを話した。
彼女をこれ以上心配させたくないので、足を捻ったことは黙っていることにした。もう痛くもないし。
「まあ……っ」
ハンナは口元を両手で覆い、言葉を失った。
「黒い男性は悪い人じゃないわ。とても優しいのよ。家のすぐそばまで送ってくれたの」
私は彼を思い出して頬をぽっと熱くして話した。
今思い出しても格好いい人だった。
また森へ行けば彼に会えるのかな、と私の心はときめいていた。
「お嬢様、あの森には亡霊が出るとか異国から追放された罪人が幽閉されているとか、とにかく奇妙な噂の屋敷があることをお忘れですか? お嬢様もそこを忌み嫌って、森へは決して近づかなかったではございませんか」
ハンナは私の肩を力強く掴んで諭すように言った。
「黒い馬に乗った全身黒い男なんて、きっとその屋敷の亡霊に違いありません」
「亡霊じゃないわ。彼の手や体は温かかったもの」
「お嬢様っ、その男に体を触られたのですかっ!」
「違うわ、馬に乗せられるときにちょっと触れただけよ」
彼女は少し安堵して、
「とにかくご無事に戻られて何よりでございます。今後はご主人様と奥様がお帰りになるまで、お嬢様には外出をお控えいただきます」
と言った。
ええっ、せっかく自由に歩き回れる体を手に入れたのに部屋にこもっていなければならないんて……と私は少しだけがっかりした。
***
それから私は家の中から一歩も外へ出してもらえなくなった。
広い屋敷の中を見て回り、ハンナの仕事を手伝おうとしたが、
「お怪我をされては大変です。お嬢様はお部屋でお過ごしください」
と食事の時間以外は部屋にこもって過ごすよう言われてしまった。
退屈で、私は部屋の中の家具の扉や引き出しを全て開けてみた。
机の引き出しに、両親が旅先から送って来た手紙が入っていた。
もちろん書かれているのは日本語ではないが、この世界の言葉も難なく読むことができた。
彼らは知り合いの商人と異国への船旅に出ているらしかった。帰宅する予定の日はどうやらすでに一週間ほど過ぎているみたいだ。
この時代の旅のスケジュールなんてきっとあまり当てにならないのだろう。
それから私は本棚にある本を読んだ。
シャルロッテの本棚にはこの国の王族の写真集があった。
そこには国王や王妃、婚約者だったルイス王子の写真もあったし、他にも数名の若い王族たちが載っていた。
王子二人が並んでいる写真にはアレクサンダー第一王子とルイス第二王子と書かれている。
転生する直前に見た夢の中ではルイス王子が王太子だったはずなのに、あれ? と思った。
クールな印象のアレクサンダー王子と優しそうなルイス王子。二人は兄弟なのにあまり顔つきの似ていない、タイプの違うイケメンだった。
その写真集の最後のページに新聞記事の切り抜きが挟まっていた。開いてみるとアレクサンダー王子が突然死去し、葬儀が行われたと書かれていた。
埋葬される棺を前に兄の死を悲しむルイス王子の写真とコメントが載っていた。日付は今から五年ほど前だった。
家に帰るとハンナがとても心配していた。
「ちょっと森をお散歩してたの」
「森っ!? どうしてそんな場所へ行かれたのですか?」
ハンナは信じられないという顔で私を問い詰めた。
「森はとてもいい場所よ。そうだ野イチゴをあなたへのお土産に……」
私はワンピースのポケットへ手を入れたが、何も入っていない。
「あら、馬に乗ったときに落としたのかしら」
「野イチゴ? 馬?」
ハンナの表情はどんどん曇って行く。
「……どうやらお嬢様は婚約破棄のショックで、ずいぶん混乱されているのですね」
違うわ、転生して中の人が別人になったのよ、なんてハンナに言っても理解されそうにないので、私はただ首を傾げた。
「お嬢様、馬というのは馬車でございますか?」
「ううん、実はね……」
森で野イチゴ摘みに夢中になり崖から落ちてしまい、オオカミに襲われそうになったこと。
そこを黒い馬に乗った黒い男性に助けられたことを話した。
彼女をこれ以上心配させたくないので、足を捻ったことは黙っていることにした。もう痛くもないし。
「まあ……っ」
ハンナは口元を両手で覆い、言葉を失った。
「黒い男性は悪い人じゃないわ。とても優しいのよ。家のすぐそばまで送ってくれたの」
私は彼を思い出して頬をぽっと熱くして話した。
今思い出しても格好いい人だった。
また森へ行けば彼に会えるのかな、と私の心はときめいていた。
「お嬢様、あの森には亡霊が出るとか異国から追放された罪人が幽閉されているとか、とにかく奇妙な噂の屋敷があることをお忘れですか? お嬢様もそこを忌み嫌って、森へは決して近づかなかったではございませんか」
ハンナは私の肩を力強く掴んで諭すように言った。
「黒い馬に乗った全身黒い男なんて、きっとその屋敷の亡霊に違いありません」
「亡霊じゃないわ。彼の手や体は温かかったもの」
「お嬢様っ、その男に体を触られたのですかっ!」
「違うわ、馬に乗せられるときにちょっと触れただけよ」
彼女は少し安堵して、
「とにかくご無事に戻られて何よりでございます。今後はご主人様と奥様がお帰りになるまで、お嬢様には外出をお控えいただきます」
と言った。
ええっ、せっかく自由に歩き回れる体を手に入れたのに部屋にこもっていなければならないんて……と私は少しだけがっかりした。
***
それから私は家の中から一歩も外へ出してもらえなくなった。
広い屋敷の中を見て回り、ハンナの仕事を手伝おうとしたが、
「お怪我をされては大変です。お嬢様はお部屋でお過ごしください」
と食事の時間以外は部屋にこもって過ごすよう言われてしまった。
退屈で、私は部屋の中の家具の扉や引き出しを全て開けてみた。
机の引き出しに、両親が旅先から送って来た手紙が入っていた。
もちろん書かれているのは日本語ではないが、この世界の言葉も難なく読むことができた。
彼らは知り合いの商人と異国への船旅に出ているらしかった。帰宅する予定の日はどうやらすでに一週間ほど過ぎているみたいだ。
この時代の旅のスケジュールなんてきっとあまり当てにならないのだろう。
それから私は本棚にある本を読んだ。
シャルロッテの本棚にはこの国の王族の写真集があった。
そこには国王や王妃、婚約者だったルイス王子の写真もあったし、他にも数名の若い王族たちが載っていた。
王子二人が並んでいる写真にはアレクサンダー第一王子とルイス第二王子と書かれている。
転生する直前に見た夢の中ではルイス王子が王太子だったはずなのに、あれ? と思った。
クールな印象のアレクサンダー王子と優しそうなルイス王子。二人は兄弟なのにあまり顔つきの似ていない、タイプの違うイケメンだった。
その写真集の最後のページに新聞記事の切り抜きが挟まっていた。開いてみるとアレクサンダー王子が突然死去し、葬儀が行われたと書かれていた。
埋葬される棺を前に兄の死を悲しむルイス王子の写真とコメントが載っていた。日付は今から五年ほど前だった。
10
お気に入りに追加
163
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
婚約破棄されたのに、運命の相手を紹介されました
佐原香奈
恋愛
今朝、婚約者はいつものように顔を見せにきて、愛を囁いてから出掛けていったのに、夕方になって突然婚約破棄を言い渡されたリーリエ。
溺愛されているとばかり思っていたリーリエはショックを受けるが、見切りをつけるのも早かった。
そんな彼女の元に再び婚約者が訪ねてくる。
その横にいた相手はとんでもない人で…
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
【短編】妹と間違えられて王子様に懐かれました!!
五月ふう
恋愛
ーー双子の妹と間違えられただけなのに、王子様に懐かれてしまった。
狡猾で嫉妬深い双子の妹に、恋人との将来を奪われ続けてきたリリー。双子の妹がリリーの名前で不倫を繰り返したせいで、リリーの評判は最悪なものだった。
そんなリリーにある日運命の出会いがあった。隣国の騎士ウォリアがリリーに一目惚れしたというのだ。
優しく一途なウォリアの求愛に戸惑つつも心躍るリリー。
しかし・・・
ウォリアが探していたのはリリーではなく、彼女の双子の妹、フローラだったのだ。
※中盤から後半にかけてかなりお気楽な展開に変わります。ご容赦ください。
冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです
cyaru
恋愛
王妃となるべく育てられたアナスタシア。
厳しい王妃教育が終了し17歳で王太子シリウスに嫁いだ。
嫁ぐ時シリウスは「僕は民と同様に妻も子も慈しむ家庭を築きたいんだ」と告げた。
嫁いで6年目。23歳になっても子が成せずシリウスは側妃を王宮に迎えた。
4カ月後側妃の妊娠が知らされるが、それは流産によって妊娠が判ったのだった。
側妃に毒を盛ったと何故かアナスタシアは無実の罪で裁かれてしまう。
シリウスに離縁され廃妃となった挙句、余罪があると塔に幽閉されてしまった。
静かに過ごすアナスタシアの癒しはたった1つだけある窓にやってくるカラスだった。
※タグがこれ以上入らないですがざまぁのようなものがあるかも知れません。
(作者的にそれをザマぁとは思ってません。外道なので・・<(_ _)>)
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※作者都合のご都合主義です。作者は外道なので気を付けてください(何に?‥いろいろ)
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる