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5.二人の王子

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「お嬢様、こんな時間までどこへ行かれていたのですか。ご主人様と奥様が留守の今、お嬢様の身に何かありましたら……」

 家に帰るとハンナがとても心配していた。

「ちょっと森をお散歩してたの」

「森っ!? どうしてそんな場所へ行かれたのですか?」

 ハンナは信じられないという顔で私を問い詰めた。

「森はとてもいい場所よ。そうだ野イチゴをあなたへのお土産に……」

 私はワンピースのポケットへ手を入れたが、何も入っていない。

「あら、馬に乗ったときに落としたのかしら」

「野イチゴ? 馬?」

 ハンナの表情はどんどん曇って行く。

「……どうやらお嬢様は婚約破棄のショックで、ずいぶん混乱されているのですね」

 違うわ、転生して中の人が別人になったのよ、なんてハンナに言っても理解されそうにないので、私はただ首を傾げた。

「お嬢様、馬というのは馬車でございますか?」

「ううん、実はね……」

 森で野イチゴ摘みに夢中になり崖から落ちてしまい、オオカミに襲われそうになったこと。
 そこを黒い馬に乗った黒い男性に助けられたことを話した。
 彼女をこれ以上心配させたくないので、足を捻ったことは黙っていることにした。もう痛くもないし。

「まあ……っ」

 ハンナは口元を両手で覆い、言葉を失った。

「黒い男性は悪い人じゃないわ。とても優しいのよ。家のすぐそばまで送ってくれたの」

 私は彼を思い出して頬をぽっと熱くして話した。
 今思い出しても格好いい人だった。
 また森へ行けば彼に会えるのかな、と私の心はときめいていた。

「お嬢様、あの森には亡霊が出るとか異国から追放された罪人が幽閉されているとか、とにかく奇妙な噂の屋敷があることをお忘れですか? お嬢様もそこを忌み嫌って、森へは決して近づかなかったではございませんか」

 ハンナは私の肩を力強く掴んで諭すように言った。

「黒い馬に乗った全身黒い男なんて、きっとその屋敷の亡霊に違いありません」

「亡霊じゃないわ。彼の手や体は温かかったもの」

「お嬢様っ、その男に体を触られたのですかっ!」

「違うわ、馬に乗せられるときにちょっと触れただけよ」

 彼女は少し安堵して、

「とにかくご無事に戻られて何よりでございます。今後はご主人様と奥様がお帰りになるまで、お嬢様には外出をお控えいただきます」

 と言った。

 ええっ、せっかく自由に歩き回れる体を手に入れたのに部屋にこもっていなければならないんて……と私は少しだけがっかりした。


***


 それから私は家の中から一歩も外へ出してもらえなくなった。

 広い屋敷の中を見て回り、ハンナの仕事を手伝おうとしたが、

「お怪我をされては大変です。お嬢様はお部屋でお過ごしください」

 と食事の時間以外は部屋にこもって過ごすよう言われてしまった。

 退屈で、私は部屋の中の家具の扉や引き出しを全て開けてみた。

 机の引き出しに、両親が旅先から送って来た手紙が入っていた。
 もちろん書かれているのは日本語ではないが、この世界の言葉も難なく読むことができた。

 彼らは知り合いの商人と異国への船旅に出ているらしかった。帰宅する予定の日はどうやらすでに一週間ほど過ぎているみたいだ。
 この時代の旅のスケジュールなんてきっとあまり当てにならないのだろう。

 それから私は本棚にある本を読んだ。
 シャルロッテの本棚にはこの国の王族の写真集があった。
 そこには国王や王妃、婚約者だったルイス王子の写真もあったし、他にも数名の若い王族たちが載っていた。
 王子二人が並んでいる写真にはアレクサンダー第一王子とルイス第二王子と書かれている。

 転生する直前に見た夢の中ではルイス王子が王太子だったはずなのに、あれ? と思った。
 クールな印象のアレクサンダー王子と優しそうなルイス王子。二人は兄弟なのにあまり顔つきの似ていない、タイプの違うイケメンだった。

 その写真集の最後のページに新聞記事の切り抜きが挟まっていた。開いてみるとアレクサンダー王子が突然死去し、葬儀が行われたと書かれていた。
 埋葬される棺を前に兄の死を悲しむルイス王子の写真とコメントが載っていた。日付は今から五年ほど前だった。
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