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1.国境を超える山でのキス

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 荷物をまとめてシエラと冒険に出て数日が経った。
 とりあえず練習用の短剣ではなく聖剣がほしいというシエラの目的を達成するため、私たちはレイバーン王国に向かっていた。

 魔女のレベッカさんの書いてくれた地図を元に歩いていたのだが、国境の山の中で私たちは道に迷ってしまった。
 さっきから大きな岩のあるY字の分岐を何度も回っているのだ。
 おまけに日も暮れてきて、普段は冷静で頼りになるシエラもさすがに苛立ち始めた。

「どうしよう、どんどん暗くなる。日没までに山を越えるつもりだったのに。もう夜になっちゃう!」

 ああ、もう、と彼はきれいな銀色の髪を掻きむしった。

「焦らなくて大丈夫よ、シエラ。落ち着きましょう」

 私は微笑みを向けて、彼を励ました。

「でも野宿になったら大変だよ。聖女様であるアイネを山の中で寝かせる訳には……」

「別に聖女になったからといって、私は元の私のままよ。野宿で構わないわ。シエラと一緒なら怖くないもの」

「アイネ……」

 それだけで彼は顔の緊張を緩ませ、落ち着きを取り戻した。

「じゃあもう暗いから木に上がって休もう。オオカミや魔物が来るかもしれないから地面で寝るのは危ないんだ」

 シエラは少し歩いて木を選び、その太い枝へ長い手足でひょいっと身軽に登った。

「私、木登りなんて初めてで……」

 木の根元で自信なく言う私に、彼は手を差し伸べてくれた。

「掴まって。俺が引っ張ってあげるから」

 その大きな手を掴むと、彼は強い力で私を木の上へ引き上げてくれた。

「暗くてわからないけど、きっと高いわよね。シエラ、離さないで」

 私はぎゅっと彼にしがみついた。彼は木の幹に寄りかかって座り、落ちないよう私を自分に寄りかからせた。

「大丈夫、朝までこうしてるよ」

 彼がすごく近い。細身に見えるけどよく鍛えられている彼の服越しの逞しい体の感触、それに体温や匂いを感じて私はドキドキしてたまらない。

 山の中はとても静かだった。時折かすかに風が吹いて、木々の葉や草を揺らす音だけしかしない。

「シエラは木に登り慣れているのね」

「まあね、子供の頃は嫌なことがあると孤児院を抜け出して、よく近くの林の木に上がってそこで寝てたから」

 悪魔の呪いをかけられた子。そのせいで彼の子供時代は苦労の連続だっただろう。私も同じく孤児だったけど、彼と比べればずっと恵まれていた。

「おやすみのキス、してもいい?」

 彼の青い瞳が悲しそうに私を見つめている。

「……もちろん、いいわよ」

 拒むわけない。私はいつだって彼の心の傷を少しでも癒してあげたいと思っているのだから。

 ベールを被っている私の後頭部を片手で押さえた彼の美しい顔が近づく。やっぱりシエラって格好いいなぁ、と胸がトクンッと熱くなる。その形のいい唇が、そっと私の唇に押し当てられた。

 ……っぷ、ちゅ……、チュパッ、……ジュッ、ちゅっ、と音を立て、にゅるりと私の唇や舌をしゃぶる。

「んふぅ……」

 気持ちがよくて私が切ない吐息を漏らすと、彼は舌と舌を絡ませ擦り合わせる。

 ……ニュチュッ、っちゅ、……クチッ、ジュルッ……。

 私は修道服の下の乳首を硬くして、パンティにとろりと蜜を垂らした。

 聖女として覚醒してから冒険に出るまでの数週間、シエラと暮らした小屋には日夜多くの人が訪れていたし、冒険へ出る準備も忙しくて以前みたいにいちゃいちゃする時間なんてなかった。

 そもそも悪魔の呪いが解けたシエラはもう誰にも害を与えることなく、自由にセックスできる。シエラはすらっと背が高くて顔の整った子だからモテないはずがない。だから私はもうお役御免なんじゃないかと思っていたのだけど。

 私の体は久しぶりに触れたシエラの柔らかくて温かな舌の感触を悦び、もっとして、とねだっている。修道女としてずっと禁欲や貞潔を守って来た自分の心がはしたない欲望にのまれ別の自分になってしまうのが怖くて、私は胸の十字架をぎゅっと握った。

 彼は名残惜しそうに私の下唇を吸って、唇を離した。
 二人の唇の間に伝った銀糸が月明かりに照らされた。

「こんな場所だけど、おやすみ、アイネ」

 シエラはまぶたを閉じて、木の幹に首を預けた。私も彼の胸板へ体を預ける。

 彼は私のことが好きというよりも、まだ私に母なる愛情を求めているだけなのかもしれない。
 なのに、私の方はどうしようもなく彼に恋してしまっている。私は人々を救う聖女だというのに。
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